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【74話】 夏休み㉞ (戸塚家)

うーむ……

 いきなりの事で、私の脳は混乱していた。

 扉からいきなり出てきた上半身裸の羽切君に私は抱きしめられている。

 羽切君が自分から私を抱きしめたのは今回で初めて。

 もしかすると苦手なワンちゃんを使って追い込みすぎたのかもしれない。



「あの、羽切君……?」



 声をかけて見るけど、何も言い返してこないし腕の力を弱める気配もない。

 私の力で羽切君を離れさせるのは無理だし、彼に抱擁されていて心地よくて自然と私も抱き返した。

 


 しばらく抱擁し合っていると、羽切君の肩越しに真里さんが部屋から出てくるのが見えた。

 さっき羽切君が出てきた部屋と同じ部屋。

 それに二人とも結構な汗をかいていて、羽切君は裸。

 二人は部屋で何をしていたのだろうか。



「あの、真里さん」



 部屋から出てきて、そそそっと逃げるように私達の横を通り過ぎようとする真里さんに話しかけてみる。

 すると真里さんはビクーンと肩を跳ねらせて停止した。



「何かな?」

「羽切君と部屋で何してたんですか?」

「それは……うーんっと」



 真里さんは薄く笑みを浮かべながら、視線を斜め上に移動させて何かを考えている様子。

 その様子を見て部屋の中で裸の羽切君と、もしかすると裸になっていたかもしれない真里さんが何をしていたのかを問いただす必要があると判断。

 状況があまりにもおかしすぎる。



「二人とも汗だくですし、羽切君は何故か裸ですけど」



 さらに追い詰めるように問いただすと、真里さんは意を決したのか羽切君の方に手を置いて「実は……」と話し始めた。



「羽切君で催眠術の練習をしてたの」

「催眠術? それって全部ヤラセじゃないんですか?」

「ほとんどの人はヤラセだと思うでしょうね。でもね鹿沼さん、目の前の羽切君は普段自分からあなたに抱きついたりするかな?」



 確かに羽切君が自分から私に抱きついたりはしない。

 何かそういう過激な事をするときは、私やお母さんに許可をもらってからか、状況的に仕方がない時だけ。

 今みたいに特に理由もなく過激な事をすることは今までに一度も無かった。

 という事は羽切君が真里さんの催眠術にかかっているというのは本当なのかもしれない。



「お姉ちゃんは催眠術も得意だもんね~」



 ワンちゃんをどこかに置いて、階段を上がってきた美香が真里さんの隣に立って言った。

 


「ちなみにどんな催眠をかけたんですか?」



 真里さんが催眠術をかけたのはわかったが、どんな催眠をかけたのだろうか。

 私に抱きついてきたという事は、“私に抱きつきたくて仕方が無くなる~”みたいな催眠かな。



「鹿沼さんを本気で愛してあげてってね」

「本気で愛す……?」

「羽切君、私のベッド使っていいから続けなさい」



 真里さんはそう言ってパチンと指を鳴らした。

 すると羽切君は少ししゃがみ、私の両膝裏に左腕を回して力強く持ち上げた。

 私は突然の事でバランスを崩したが、羽切君の腰から首へと腕を回して態勢を保つ。



 私はお姫様抱っこをされていて、すぐ上には羽切君の顔。

 羽切君は私を見ることは無く、瞬きもせずまっすぐ前を見ている。

 よくテレビで見る、催眠術にかかった人のようだ。



「お二人さんどうぞ~」



 美香が部屋の扉を開けると、羽切君はまっすぐ歩きだした。

 私達がいる2階には6つの部屋があって、全て廊下に沿って扉がある。

 羽切君に抱えられてその部屋に入ると、思っていたよりも部屋が広くなくて驚いた。

 家自体がとんでもなく大きいので6部屋あっても一つ一つの部屋も広いと予想していたが、この部屋は奥行きはあるものの横幅は大して広くない。

 羽切君が歩いている先には窓があって、そのすぐ手前には横幅いっぱいに置かれたダブルベッド。



 真里さんは羽切君に私を本気で愛せと催眠をかけたらしいが、それによって私は羽切君に何をされるのだろうか。

 羽切君にとって“本気で愛す”っていう言葉が何を意味しているかによって行動が変わって――。

 そこまで考えて自分が今大変な状況だという事に気づいた。

 羽切君は男であり、真里さんの指示にしたがって私をベッドに運んでいる。

 そこで何が行われるのかなんて決まってる。

 

 

「ま、真里さんっ! 催眠術を解いてくださいっ!」

「やーだね」



 扉の前に立つ真里さんはプイッと顔を逸らした。

 


 羽切君はベッドの前に着くと、ベッドに私を寝かせて太ももの間に体を入れてきた。

 そして手を腕ごとワンピースのスカートの中に入れてまさぐりだす。

 


「ちょっと! 本当にダメだってばっ!」



 友達の家で友達の姉のベッドの上。

 そして美香と真里さんに見られながら愛されそうになっている。

 それに羽切君は催眠術にかかっていて、理性もない。

 こんなシチュエーションでするのは私も望んでない。



 羽切君はスカートの中に手を入れてわさわさ何かしているが、幸いにもまだパンツまではたどり着いていない。

 もはやこうなっては最終手段をとるしかない。

 私は羽切君の首から腕を外して、スカートの中にある羽切君の右手首を捕まえる。

 その右手を自分の脇下辺りに持っていって私は瞬時に右脚を上げて膝裏を羽切君の首に回す。

 最終手段の準備段階を終えてもスカートの中でまさぐっている左手が止まらないので決行することにした。



「いい加減にしてってばっ!」



 今度は左脚を持ち上げて羽切君の脇下を通して首を回っている右脚に絡め、本気で締め上げる。

 


 男の人が体を太ももの間に入れて襲ってきた時に使える対処法の一つ“三角絞め”。

 お母さんに教えてもらった自分を守るための技。

 まさか最初に使う相手が羽切君になるとは思わなかった。

 


 扉の前に立つ姉妹からは「おお~」と歓声の声が聞こえ、締め上げている羽切君は「痛ててててっ!」と苦しそうにしている。

 初めて人に技をかけたので力加減が分からないが、相手は催眠術にかかった手加減のない男。

 力の差があるので生半可な締め上げ方ではダメだと思い、太ももと脚とお尻の筋肉を使って本気で締め上げている。



 10秒程締め上げていると、羽切君から苦しそうな声も出なくなった。

 ようやく催眠術も解けたかと思い絞めるのを辞めると、羽切君はふらーっとベッドの下へと落ちて行った。

 ドスンという大きな音と小さな悲鳴。

 


「大丈夫!?」



 駆け寄ってくる姉妹。

 私もまさかの事で心配になってベッドから降りて上向きに倒れている羽切君を覗き込む。

 羽切君は体を脱力した状態で白目を剥いており、動かない。

 そんな羽切君を見た美香が首筋に二本指を置いて、口元に手を置いた。

 そして真里さんは羽切君の体をクンクンとにおいを嗅いでいる。



「心拍は正常。呼吸も正常」

「うーん、ただの気絶だね。鹿沼さん、羽切君の両足を上げてあげて」

「え……はい」



 瞬時の状況判断に驚かされ、言われた通り両足を上げる。



「覚えておいて。気絶させちゃったときは、両足を上げて血流を脳に流すの」

「何でそんなことまで知ってるんですか?」

「昔、弟を何度か気絶させちゃった事があってね」



 真里さんと美香は苦笑いした。

 どうやらこの姉妹にはもう一人弟が存在しているらしい。



「それにしても完璧な三角絞めだったね~」

「ありがとう……?」

「羽切君が起きたら、キスの一つでもしてあげなよ~?」



 キスはいつだってしたいけど、謝罪のキスは納得がいかない。

 だって今回は催眠術をかけられた羽切君に襲われる形で初めてを奪われそうになったんだから。



「真里さんが変な催眠術をかけるからじゃないですかっ!」

「私、催眠術なんてできないよ?」

「えっ?」

「さっきのは私が適当に言った事を羽切君がその場で演じてただけ。つまり全部羽切君の意思」

「なっ……だったら自業自得!」

「よくもまあ即興であそこまで出来るよね。行動も大胆だし好きになっちゃいそう」

「好きになっちゃダメですっ!」



 この人と羽切君の取り合いをしたら何となく勝てそうにない。

 っていうか催眠術が嘘だったのなら、あの部屋で二人で汗だくになって何をしていたのだろうか。

 これについて問いただす必要がありそうだ。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 ……あれ? 俺なんで寝てるんだっけ。 

 

 

 脳が覚醒し瞼を開ける前に、俺は寝る前何をしていたかを考える。

 昨日は鹿沼さんの女の子の日の最終日でかなり機嫌が悪かった。

 だから特に話すこともなく、鹿沼さんの機嫌を損ねない様に一挙一動意識しながら行動していてかなり疲れた。

 晩御飯は鹿沼さん家で作り、食べ終わった後は自分の家に帰って寝た。

 


 という事は今、俺は自分の家のベッドで寝ているはず。

 だけど何だかいつもとベッドの感触が違うし何だか開放感があって涼しい。

 色んな違和感を感じて瞼を開けると、知らない部屋のベッドに寝ていた。

 ベッドから起き上がると、腕と首周りそして肩に痛みが発生して何が起きたかの記憶が蘇る。 



 俺は真里さんとの行為に罪悪感を覚えて、その感触を消すかのように鹿沼さんを抱き寄せた。

 当然鹿沼さんは俺と真里さんが部屋に何をしていたのかを問うてきて、真里さんは俺に催眠術をかけていたという嘘で回答。

 俺はその回答を真実にするために催眠術にかかったふりをして、ベッドに鹿沼さんを押し倒してスカートの中を肌に触れない様にワシャワシャと手を動かした。

 すると鹿沼さんが動き出し、俺は右腕と首を鹿沼さんの太ももで絞められた。

 痛みと苦しさの中、はだけたスカートの中の太ももの間の面積の少ない純白パンツに見とれていると意識が薄れ、そこでブラックアウト。

 どうやら俺は鹿沼さんに締め落とされたらしい。



 俺はベッドから降りて部屋を見渡す。

 どういう訳か俺はパンツ一丁で自分の服がどこにもない。

 どこをどう探してもないので、俺は部屋から廊下に出る。

 まさかパンツ一丁で女子の家を徘徊する日が来るなんて思ってもおらず、恥ずかしいとかよりも背徳感がすごい。



 とりあえずリビングに行こうと階段を降りていると、1階から女子達の笑い声や話し声が聞こえてきた。

 俺は階段を降り切ったところで階段の壁からリビングを覗いてみる。

 リビングには女子二人と女性一人が楽しそうに話していた。

 長方形のテーブルのこちら側には鹿沼さんと戸塚さんで、向こう側には真里さん。

 3人は楽しそうに食事をしている。



 今日は戸塚さん家で昼飯をご馳走してくれると言われていたので朝から何も食べていない。

 現在時刻はわからないが、お腹が空いてきた。

 しかし3人はガールズトークで盛り上がっていて、その雰囲気の中に男の俺がパンツ一丁で入り込んでいくのはあまりにも滑稽じゃないか?

 


 色々考えたが、やっぱり出て行く事にした。

 この3人なら俺の裸を見て驚いたり怒ったりはしないだろうし、単純に腹もへった。

 俺が階段の壁から離れて3人が座るテーブルに向かうと、最初に気づいた真里さんが手を振り、後ろを向いている鹿沼さんと戸塚さんも振り返った。



「おはよう。災難だったね」

「まったくです」



 ほとんどあなたの所為ですけどね。

 そう思いながらテーブルを見ると、そこには四人分のお盆とテーブルの真ん中にはデカい木製の船に乗った刺身。

 それらを見た瞬間、俺はもう我慢出来なくなった。

 


「あの、俺も食べていいですか?」

「どうぞ〜」



 一応の許可を貰い、お盆の置かれている真里さんの横に座る。

 お盆の上には大盛りの白ごはんと色とりどりの生野菜。そして醤油とワサビの入った小皿。



 刺身を一枚取ろうと手を伸ばすと、対面の座る鹿沼さんの姿が目に入った。

 鹿沼さんは刺身を一枚一枚丁寧な動作で取って、醤油とワサビをつけて白ごはんと共に頬張り、幸せそうに口元を緩ませている。

 締め落とした相手が目の前にいるのに、今は食べる事に集中しているらしく、目も合わない。



「あっ、そうだ羽切君〜」

 


 鹿沼さんの食べっぷりに釘付けになっていると、その隣の戸塚さんから声をかけられた。



「何?」

「さっきパパから電話かかってきたんだけど〜、パパもママも今日は帰ってこれないって〜」

「マジかよ」



 つまりは今日、鹿沼さんを診てもらう事ができなくなったわけだ。

 なんてこった。



「でも明日の朝なら診てくれるってさ~」

「朝……か」



 戸塚家まで俺たちの家から電車と徒歩合わせて50分ほどかかる。

 ここでの朝が何時を指しているかはわからないが、何時にしても朝早く起きてまたこの家に来るのは正直面倒くさい。



「そんなわけで今日、二人ともうちに泊まれば~?」



 戸塚さん家でお泊まり会。

 明日の朝に診察を受けるという意味では悪くない提案だが、正直俺は嫌だ。

 理由はこの家にいる大型犬二匹。

 奴らが歩き回っている家に一日泊まるのは恐ろしすぎる。

 それに両親がいないのに男の俺が女子だらけの家で一泊するのは何か変な誤解を生みそうだし。



「いいの?」



 しかし鹿沼さんはノリノリだ。

 今日の朝も友達の家に行くという初めての経験に少々興奮気味だったのと同じように。

 


「もっちろん~。羽切君も泊まるでしょ~?」

「俺は帰る」

「えっ」



 俺が拒否すると、前に座る鹿沼さんの視線が上がり目が合った。

 


「羽切君も一緒に泊まろ?」



 そして懇願される。

 一人でこの家に泊まるのが心細いのか、夜に戸塚家の人間にメチャクチャにされる可能性がある事に不安を感じてるのかわからないが、とにかく一人は嫌そうだ。



「お願い」



 俺が沈黙しているとさらに後押しするように懇願してきた。



「ほら、鹿沼さんがここまで言ってるんだから泊まって行きなよ」



 隣の真里さんが俺の肩を握って言った。

 俺が泊まりたくない理由はアンタとその妹が何するかわからない怖さもあるんだよ! っと言いたかったが堪える。



「わかりましたよ」



 俺がそう言うと鹿沼さんは安心したような表情をし、真里さんと戸塚さんはお互い視線を交差してニンヤリと笑った。

 二人のその表情を見て、まるで蜘蛛の巣に引っ掛かった虫のような感覚に陥り、ゾクっとした。

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