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【72話】 夏休み㉜ (戸塚家)

ちょっとスランプになってしまった。

戸塚家はあまり面白くないかも。

「なんだよ……これ」



 夏祭りが終わり、鹿沼さんの女の子の日が終わったところで俺達は戸塚さんの家に招待された。

 主な理由は鹿沼さんの診察。

 修学旅行の日に戸塚さん家が精神科・診療科をやっている医者だという事を聞いてからかれこれ1カ月たっている。

 本当は修学旅行が終わってすぐに行くつもりだったのだが、やはり医者は忙しいらしく、中々時間が取れなかった。

 それならばと戸塚さんの親の病院に直接予約を入れて病院で診てもらおうと思ったのだが、まさかの3カ月先まで予約が埋まっていた。



 そしてその人気っぷりを今俺は肌で感じている。

 住所的に高級住宅街であることはわかっていたのだが、その中でもとびっきりにでかい建物が目の前にあるのだ。

 何度スマホのGPSで住所を確認しても地図上のここにピンが刺さっている。

 


「すごいね、美香の家」



 一軒家なのに5階建てのビルくらいの高さがあって、手前には広大な緑の美しい芝。

 その芝には等間隔に自動水撒き機が置いてあって、空中を弧を描いて水を飛ばしている

 写真でしか見た事が無いが、まるでアメリカの一軒家のような雰囲気で、多分現地よりも遥かにでかい。



 俺は恐る恐るガレージから伸びる道を歩き、インターホンの前に立つ。

 インターホンの横には宅配ボックスがあり、まるで一個一個が大きい電子レンジのような形をしていてガラスの窓から中を見る事が出来る。

 4つあるロッカーうちの右上のボックスには何か荷物が入っていて、取っ手のボタンがピカピカと光っている。

 俺は興味本位でそのボタンを押してみる。

 すると、ピーガチャンという音と共に扉が開かれた。



「ちょっと、勝手に開けちゃダメでしょ?」



 俺の一連の行動を見ていた鹿沼さんは呆れた表情で俺を見た。

 


「まさか開くとは思わなかったんだよ」


 

 どうせ開かないと思って押したら開いた。

 どんだけセキュリティーガバガバなんだよ。

 

 

「泥棒さんですか?」

 

 

 ロッカーを閉めようとしていたらどこからかそんな事を言われ、ドキッとした。

 周りを見渡しても誰もおらず、上を見ると家の窓からタンクトップの女性が見下ろしていた。

 

 

「いや、違くてですね」

「警察に連絡しちゃおっかな~」



 女性はヒラヒラとスマホを見せつけ始めた。

 女性の見た目の年齢的に戸塚さんの母親とは思えない。

 ならば姉か何かだろう。

 戸塚さんの家族構成について聞いたことが無いので、実際の所わからないが。

 

 

「それは勘弁してくださいよ。何でもしますから」



 戸塚さんは今日俺達が来ることを家族に伝えてるはず。

 よってこの女性が誰であれ、家に二人組が来たら俺らだとすぐに分かる。

 にも関わらず泥棒だと言っているのは俺達をからかってるからだろう。

 

 

 いや、ちょっと待てよ。

 ここは高級住宅街。

 こういう所に住んだ事が無いから知らないけど、本当は今の俺達みたいに勝手に物を盗んだりする被害が多いんじゃないか?

 もし俺が泥棒だったら高級住宅街の更にでかいこの家を狙うと思うし。

 だとしたら警察を呼ぶというこの女性の言っていることは冗談でも何でもなく、本気という事になる。

 俺は重大なミスを犯してしまったかもしれない。



「今、何でもするって言ったよね?」



 俺達を見下ろしている女性は、ニヤリと不敵に笑った。

 その言葉を聞いて、たまにネットで話題になる野獣男の顔が脳裏に浮かんだが一瞬で消えた。



「そうだな~、じゃあ君」

「えっ、私?」



 指名されたのは鹿沼さん。

 


「そこで裸になってくれる?」

「……はい?」



 この発言でこの人が紛れもなく戸塚家の人間だと理解した。

 初対面の人に裸になれなんていう人はまともではない。

 なんか今日、戸塚家と関わるのが怖くなってきた。



「この辺ほとんど人いないし、私もよく裸でうろついてるから大丈夫だって~」

「そういう問題じゃないですっ!」



 そういう問題じゃない。

 正論だ。

 そして女性なのに外を裸でうろついているとかやっぱり頭がおかしい家だ。

 


 鹿沼さんは白のTシャツに肩ひものある黒と白のチェック模様のワンピース。

 腰から下は膝までスカートになっていて、風が吹くたびにひらひらと揺れて涼しそうだ。

 


 今日は初めて友達の家に行くということでいつもより張り切っていたのだが、今は想定外の出来事に驚いている模様。

 戸塚家の誰かにいきなり庭で脱げといわれているのだから当然か。


  

 とはいえ、警察を呼ばれても困る。

 だから女性の要求にはできるだけ応えよう。

 


「鹿沼さん、あの人の言うとおりにしようか」

「ちょっ、羽切君まで何を言うの!?」

「ここなら解放感もあるし、全裸で水遊びも気持ち良いと思うけど」



 この広大な庭で全裸になって水撒き機の上をビチョ濡れになりながら飛んで跨いだりしている鹿沼の姿を想像するとちょっとエロい。

 そして想像だけでも気持ち良いのがわかる。

 昨日まで鹿沼さんは女の子の日だったので、こういう会話ができず、1週間ぶりだ。



「あれ? 君が羽切君?」

「そうですけど」

「そして君は鹿沼さん?」

「はい」

「なるほど、美香が言ってたお友達って君たちのことか」



 逆に今更気づいたのかよ。

 という事は警察に連絡するとか全裸になれとかは冗談じゃなくて本気だったって事。

 いよいよ怖いよこの人達。



「わかった。裸は後でで良いから、とりあえず入っておいで」



 女性はどうしても鹿沼さんを裸にさせたいらしい。

 見下ろす女性が窓から顔を引っ込めると、俺達の前にあるドアがガチャと音を立てて開かれた。

 これだけ大きな家なのに、玄関の扉は一般家庭のと変わらない大きさ。



「お二人さん、いらっしゃ~い」



 ドアが開かれたのはいいのだが、勝手に入っていいのかわからずに立ち尽くしていると、中から先ほどの女性が出てきた。

 そして俺達の後ろに立ち、両腕で俺と鹿沼さんの肩に手を回して中へとグイグイ誘導

してきた。



「お邪魔します」



 俺と鹿沼さんは特に抵抗せず、玄関へと入った。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 戸塚家に入って最初に案内されたのはリビングだった。

 これだけ大きな家のリビングは、白の大理石風の床に高そうなガラス張りの棚、天井からはどでかいシャンデリアがぶら下がっているというイメージだが実際には違った。 

 床は木製のフローリングで大きな棚もまたアンティーク家具っぽく木製。

 部屋の中心にある何人掛けのテーブルだよとツッコミたくなるくらい長い長方形の机もまた木目が張り巡らされており、木製。

 天井からはシャンデリアではなく電球がぶら下がっていて、部屋が全体的に暗めの雰囲気。

  しかし案内してくれている女性が机の奥にあるカーテンを開けると、どでかい窓から太陽の光が差し込んできて一気に明るくなった。



 どこを見ても木製なので、部屋の臭いも何だか自然豊かな森の中にいるような匂いでちょっと安心する。



「ようこそ、我が家へ!」



 女性は両手を万歳して歓迎ムードだ。

 しかし俺は万歳したことで女性が着ているタンクトップが肌との距離を縮めたために見えてはいけない物を見てしまった。

 女性のタンクトップの胸の中心部分がプクッと突起していたのだ。

 それを確認した時、改めてやばい家に入ってしまったと感じた。



 彼女はド変態だ。

 庭でよく全裸でうろついていたという発言もあったし、今は下着をつけない状態で万歳して俺達に見せつけているようにも見える。

 家の大きさといい、常識が通用しそうにない。

 この人を見ていると、戸塚さんの方がまだマシに感じてくる。



「あの、貴方は美香のお姉さんですか?」



 鹿沼さんからの当然の疑問。




「私? そう、美香の姉の戸塚真理でーす。ちなみに職業はマッサージ師でーす!」

 

 

 予想通り、戸塚さんの姉だった。

 そしてマッサージ師というワードは何だか危険なにおいがする。

 一体どこをマッサージするマッサージ師なのだろうか。 

 


「マッサージ師!?」

「プロのね」



 戸塚姉はそう言うと鹿沼さんの前まで歩き、腰に腕を回して抱き寄せ、そのまま首筋に顔をうずくめた。



「な、なんですか!?」



 鹿沼さんは驚いたが、戸塚姉はお構いなしにすぅ~っと鹿沼さんの首筋のにおいを3度大きく吸い込んだ。



「君、昨日まで生理だったでしょ」

「ええっ!? なんでわかったんですか?」

「それと慢性的に肩が凝ってる」

「す、すごい……」

「さらに言うと、処女」

「……」



 人のにおいでそこまでわかるわけがない。

 しかし、肩が慢性的に凝っているというのはともかく、昨日まで生理だった事や鹿沼さんのビジュアルで処女であることを当てるのは実際凄い。

 もしかしてにおいだけで色々わかっちゃう超能力者か何かなのか?


 

「正解?」

「……正解です」

 

 

 戸塚姉は正解したのに全然喜んでおらず、誇らしげな顔で鹿沼さんから離れた。



「私昔から嗅覚が鋭すぎちゃってね~、においだけで色々わかっちゃうんだよね~」

「凄すぎます!」



 鹿沼さんは目を輝かせた。

 そう言えば戸塚さんも嗅覚が鋭かった。

 一番最初の合コンの時に俺と鹿沼さんが同じシャンプーとボディーソープを使っていた事を当てたくらいに。

 しかしこの人は別格。

 もし本当ににおいだけで色々わかるのなら、マジですごい。

 むしろ確かめたいという欲が出てきた。



「あの、お姉さん」

「真理でいいよ?」

「じゃあ真理さん、俺のにおいで色々当ててみてくださいよ」

「いいけど~、もしかしてお姉さんに抱き寄せられたいだけなんじゃない~?」

「それもあります」

「おおっ! 欲に誠実でよろしい」



 戸塚姉は今度は俺の前に来て抱き寄せてきた。

 柔らかい胸が俺の胸辺りに強く当たり、まるで吸血鬼のように俺の首筋でにおいを嗅ぎ始めた。

 俺もまた戸塚姉の横髪のにおいを嗅いで堪能していると、下半身が反応してしまう。

 


「不思議なにおいだね~」

「そうですか?」

「うーん」



 戸塚姉は俺の首筋にずっと顔をうずくめている。

 鹿沼さんの時は3回の大きな呼吸で終わったのだが、俺の場合はもう10回以上吸って吐いてを繰り返していて、俺もちょっとドキドキしてきた。



「あの、そろそろ」

「もうちょっと~」



 なんでこんなに長くかかるかわからないが、とにかく従う事にした。



「あのさ羽切君」

「はい?」

「もう少し汗出してくれない?」

「難しい事言いますね」



 いきなり汗を出せと言われても難しい。

 抱きつかれていてこの場で走るわけにもいかないし。

 どうやって汗をかこうか色々考えていると、戸塚姉の肩越しに鹿沼さんが移動していた。

 その目は瞼を半分降ろして俺を睨んでいる。

 


 そんな鹿沼さんの顔を見て、汗をかく方法を思いついた。

 俺は抱きついてきている戸塚姉の腰に腕を回して、更に自分の方に密着させる。



「おおっ! 大胆で良いね」

「すみません」



 下着のない胸に密着している部分から熱を帯び始め、次第に全身が熱くなってきた。

 過去に鹿沼さんと何度も密着し、その度に汗がすごかった。

 その経験から汗をかく方法を見つけ出したわけだ。

 


 そこから3分ほど密着していると、戸塚姉は俺の首筋ではなく、耳元に口を移動させた。

 そして耳元でコソコソ話し出す。



「君、相当危険だね」

「どういう意味ですか?」



 危険って病気か何かにかかっているという事だろうか。

 何だか怖くなってきた。



「女とか躊躇なく殴れるでしょ?」

「……は?」



 そんな訳ない。

 俺は人生で一度も女性に手をあげたことなんてない。

 やっぱりこの人の匂い診断は信用できないかも。



「女を殴った事なんてありませんよ」

「でも君って――」



 戸塚姉が何かを言いかけた瞬間、後ろにあるリビングの扉がドンッと開かれた。



「あっれ〜?」



 そして聞き覚えのある声。

 戸塚姉が俺から離れたので振り返ると、そこにはサングラスをかけた戸塚さんと二匹の大型犬。

 戸塚さんは一度俺達を見た後、中腰になって二匹のゴールデンレトリバーの首輪を外し始める。

 俺の大っ嫌いな動物はヘッヘッヘと舌を出してこちらを見ていて、首輪が外れたら飛び込んできそうだ。



「お姉ちゃんに味見されてたんだ〜」



 そしてついに解き放たれた大型犬。

 最初こそこちらを見ながらゆっくり横に歩いて様子見をしていたが、俺が棒のように突っ立っていると突然俺に向かって一直線に走りだす。

 そしてピョーンととんでもないジャンプで飛び掛かってきた。



「うああああっ!」



 情けない声が漏れ、俺は両腕を自分の顔の前でクロスして尻餅をついた。



「ひゃっ!?」



 しかし何の衝撃も来ず、そのかわり隣で悲鳴が聞こえた。

 ゆっくりと目を開いて隣を見る。

 そこには大型犬二匹に押し倒され、滅茶苦茶に踏みつぶされながらぺろぺろ色んなところを舐められる鹿沼さんの姿。



「ひゃっはは、くすぐったいってば!」

「やっぱ景は男に好かれるね~」



 そうだった。鹿沼さんは動物にも好かれる気質だった。

 そして最悪だ。

 俺は今日、苦手な動物と一緒にいなければならないのだから。


 

 

少しづつ涼しくなっている気配があっていいですね。



夏休みのイベントは戸塚家で終わるか、もう一つ加えるか考え中です。




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