【70話】 夏休み㉚ (夏祭り)
夏祭り……。
初めて親以外の人と夏祭りに行ってみて気づいたことがある。
それは夏祭りというのはその行事自体に楽しさがあるのではなく、重要なのは誰と行くかという事。
高校生となった俺はゴム風船すくいだったり金魚すくいなどの遊ぶ要素を楽しいとは思わない。
しかし一緒に来ている人がその遊びを真剣に楽しんでいるのを見ると、不思議とこっちまで楽しくなってくる。
「ああっ!」
鹿沼さんが声をあげると同時に、ポイの薄い紙が破れて金魚が水の中にポチャンと音を立てて落ちた。
「お嬢ちゃん、残念だったね」
屋台のおじさんはニチャと笑い、鹿沼さんは膨れっ面になった。
これで2回目の挑戦だが1匹も取れておらず、鹿沼さんを取り囲む子供達からは「お姉ちゃん下手くそー」と言われ、少々ムキになっているように見える。
鹿沼さんは子供からも愛されるキャラみたいだ。
それが今の鹿沼さんが子供っぽいからなのか、雰囲気的に無害だと判断されたのかは分からない。
ただ、子供達に囲まれて楽しそうな鹿沼さんはすごく魅力的で魅入ってしまう。
「ナル君」
ジッとその風情を見つめていると、お声がかかった。
鹿沼さんがつま先座りのまま顔だけこちらに向けると、子供達は鹿沼さんを壁にして俺から隠れる。
そして鹿沼さんの陰から子供達の怪訝な視線が飛んできた。
どうやら俺は子供に好かれないタイプらしい。
「もう1回やってもいい?」
「どうぞ」
俺と鹿沼さんは母親たちから二人で5000円のおこずかいを貰っている。
これは二人の共有財産なので、使うときは許可が必要だと思っているらしい。
焼きそばとたこ焼き、五平餅がそれぞれ500円で二人分だったので、3000円。そして金魚すくい2回で600円使った。
祭りの物価が意外と高いので二人で5000円だとキツキツだ。
そのキツキツな状況で鹿沼さんは3回目の金魚すくいをしていいかと聞いてきているのだが、俺的には全然問題ない。
そもそも飲食以外で俺はおこずかいを使うつもりは無いし、鹿沼さんがこのお金で楽しそうにしているのを見るだけでそれ以上の価値があると感じているからだ。
「おじさん、もう1回」
「はいよ、毎度あり」
鹿沼さんはおじさんからポイを受け取り、三度目のチャレンジを始めた。
俺はそんな鹿沼さんから一度視線を外して辺りを見渡す。
公園でご飯を食べてからまだ15分ほどしか経っていないのに、人がどんどん増えていた。
屋台の周りは購入するための列でごった返しているが、少し道の真ん中に入ると人の流れで大渋滞。
通常、夏祭りであれば屋台を回ってゆっくりと過ごすもんだと思っていたのだが、何故か人々は急いでいるように見える。
「おじさん、今日って何かあるの?」
「お兄さん知らないのかい? 今日は三年に一度の夏祭りと花火大会の同時開催だ」
「あっ、そうなんですか」
「もうすぐ始まるんじゃねえかな?」
おじさんは腕時計をチラリと見て、再度俺の方に視線戻した。
「後30分で打ち上がるぞ。お嬢ちゃんと行くんだろ?」
「それは……聞いてみないとなんとも」
鹿沼さんは現在、金魚をすくうのに集中しているので聞くに聞けない。
まあ花火大会は1時間くらいは打ち上げてるだろうし、最初からいる必要もない。もし、良い場所で見たいと言うのならば急いだ方がいいかもしれないが。
鹿沼さんは結果的に3回とも惨敗だった。
900円使って何も得られなかったという事実になのか、鹿沼さんは口元を歪ませて悔しそうにしている。
周りの子供達から慰めの言葉を貰っているが、届いているようには見えない。
「景」
俺は意気消沈している鹿沼さんに手を差し出す。
すると鹿沼さんは俺の手を握って立ち上がった。
「意外と難しいねこれ。一匹も取れなかった」
「手先が不器用で意地になる人に対する商売だからね」
「ふーん。ナル君は私を不器用ですぐに意地になる人だと思ってるんだ?」
「いや、そういう意味で言ったわけじゃ……」
「じゃあどういう意味?」
ギロリと鹿沼さんに睨まれた。
何とか言い訳を考えようとしたのだが、中々思いつかない。
手先が不器用かどうかはともかく、意地になっていたのは事実だし。
俺は特に何も言い返すことが出来ず、沈黙。
「まあまあ、お二人さん。折角の夏祭りなんだから喧嘩はやめときな。ほれ、一回無料で遊ばせてあげるから」
すると子供を慰めるかのようにおじさんはポイを一本差し出してきた。
俺はてっきり鹿沼さんが再度チャレンジするのかと思ったのだが、何故か鹿沼さんはそのポイを受け取った後、今度は俺に向かって差し出した。
「そこまで言うなら、ナル君どうぞ?」
少々鹿沼さんを怒らせてしまったらしい。
「……はい」
仕方が無いので俺はポイを受け取り、小さなゴム水槽の前に座る。
隣には鹿沼さんが立っていて、子供達も鹿沼さんの周りから俺を見下ろしているというアウェーな状況。
さて困った。
実は俺も金魚すくいが初めてなのだ。
ゴム水槽の中を覗き込むと様々な色や形をした金魚が泳いでいて、何故か簡単にすくえるんじゃないかという根拠のない自信が湧いてくる。
だって一匹一匹が小さい上に動きも早くないし。
こんなもんポンポンとすくっておじさんを困らせてやろう。
俺はポイを水の中に入れて一匹を追いかけ、ゴム水槽の角まで追い詰めたところでゆっくりとすくい上げる。
ポイが水面から出たところで左手に持っているカップを近くに寄せて、その中に――。
「あっ……ああっ!」
入らなかった。
本当にコンマ1秒早くポイの紙が破けて金魚が水の中へと落ちて行った。
あと少しだったのに!
もう1回やったら絶対に取れるのに!
そんな事を思いながら鹿沼さんを見上げると、ニヤーっとした表情でこちらを見ていた。
「残念だったねナル君」
その表情を見て鹿沼さんが3回もチャレンジした理由に気づいた。
まさに今俺が抱いている感情“もうちょっとだったのに!”が毎回あるのだ。
意地になるのもわかるし、決して不器用だから失敗したわけじゃない。
単純に経験不足。
「何か言わないといけないんじゃないかな?」
「……すみませんでした」
「うんうん」
俺が謝ると、鹿沼さんは満足気になった。
まったく……怒った顔だったり、ニヤニヤしたり、満足気な表情になったり、本当に表情が良く変わる人だ。
俺は立ち上がり、目を白黒させてるおじさんに向き直る。
「おじさん、帰りにまたチャレンジするから店畳まないでくれよ」
「はいよー」
悔しい気持ちが抑えきれないので、帰りに必ずリベンジしに戻る。
そう決意して俺は鹿沼さんの手を握る。
そして子供達とさよならした鹿沼さんと再度歩き出した。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
花火大会のスタートが近いという事もあって、右側の駅から海へ向かう二車線の道路は大混雑となっていた。
海まで続く道路は中央分離帯によって明確に区切られている。
途中からその上には四角く整えられた植物が植えられているので、中央分離帯を跨いで反対側の車線に逃げる事が出来なくなっていて、それが混雑具合をさらに悪化させていた。
右側車線では屋台の前の、人の流れがないスペースにまで人流の幅を利かせていて、屋台で何かを買うときは後ろの歩道から声をかけて買うしかない。
しかしこれだけ人が多いと当然屋台で何かを買う人も増えてきていて、屋台の後ろの歩道も注文待ちや受け取り待ちの人でごった返している。
花火大会を見に来ている人達は、海から1km程手前にある川の河川敷を目指しているのだろう。
海の浜辺付近で打ち上げて、河川敷で打ちあがった花火を見るというのは確かに綺麗だろうし、男女のカップルが多いのも納得だ。
「大丈夫?」
「ちょっと痛いかな」
俺達は今、屋台の後ろの歩道で立ってフランクフルトを食べている。
鹿沼さんは花火大会にはあまり興味が無いらしいので、祭りの雰囲気をゆったりと楽しむことにした。
鹿沼さんは下駄で靴擦れを起こしてしまったらしく、今は下駄の鼻緒(紐の部分)から少し足をずらして指の間を空気に触れさせている。
足の親指と人差し指の間は確かに赤くなっていて、ひりひり痛そうだ。
鹿沼さんは下駄を履いているので身長が3cmほと高くなっている。
鹿沼さんの身長は150cm後半くらい。俺が167cmなので、3cm鹿沼さんが高くなると目線の位置がほぼ同じ。
「じゃあさ、一回履物交換する?」
「いいアイデアかも」
俺と鹿沼さんは履物を交換した。
今まで鹿沼さんが履いていた下駄なので、足の裏に生温かさが残っている。
「軽ーい!」
鹿沼さんは俺の雪駄を履いてはしゃぎ始めた。
雪駄にしろ下駄にしろ履き方は一緒なので鹿沼さんの痛みが和らぐことは無いと思っていたのだが、重さが違うらしい。
俺も木製の下駄を履いたまま足を上げてみると、確かに雪駄よりは重い。
「しばらく交換してていい?」
「いいよ」
「ありがと」
俺が下駄を履いてるのは少し違和感があるけど、鹿沼さんが雪駄を履いてるのは違和感がない。
どちらにせよ祭りで人の足元なんて気にしないだろうし、鹿沼さんが交換して楽になるならそれで良かった。
「にしても、よく食べるね」
「……ッ!」
俺がそう言うと、鹿沼さんは苦笑いしながらこちらを見た。
「お祭りの雰囲気でお腹すいちゃったのかもなぁ」
「いやいや、普段からバクバク食べてる」
「うっ……」
鹿沼さんは普段からよく食べるし、よく寝る。
だからこそ育つべき所はしっかりと育ったのかもしれない。
「もしかして私、太った?」
鹿沼さんは不安げな表情に変わった。
どうやら鹿沼さんは俺が遠回しに太ったと言っていると勘違いしているらしい。
鹿沼さんは全体的に細めに見えるが、内側には肉付きの良い箇所はいくつもある。
しかしそれは太っているわけではないし、むしろ付くべき場所に肉が付いていた方が俺的には好きだ。
「全然太ってない」
「でも最近食べ過ぎ感、確かにあるんだよね」
「そう思うなら運動とかすれば?」
「運動かー。継続できる気がしない」
「それはあるな」
運動を継続できてる人は本当に意志の固い人にしかできない。
鹿沼さんは現状、自分が太っていると思っていないため継続は困難だろう。
「ナル君、ゴミ捨ててくるね」
「一人で大丈夫?」
「うん。それにちょっと運動」
鹿沼さんは二人分のフランクフルトの棒を持って歩き出した。
フランクフルトを買った場所は屋台10軒戻った場所にある。
鹿沼さんの背中が人混みで見えなくなったところまで見届けてから一度息を大きく吸う。
そしてしばらく待っていると、ボーンという大きな音と共に、少し遠くの空に花火が打ちあがった。
祭りに来ている人々は、空を見上げていた。
しかし打ち上げ花火はそれから連続で打ちあがることは無く、恐らく“花火大会が始まりますよ!”という挨拶の一発だったのだろう。
打ち上げ花火が追随しないと気づいた人々は再度、今度はさっきよりも速足で歩きだした。
鹿沼さんがゴミを捨てに行ってから5分程経過した。
屋台10軒先までの往復にしては遅いなと思ったが、俺が動いて万が一鹿沼さんと気づかずにすれ違ったりしたら、お互い迷子になってしまうと思ったので動かなかった。
しかしその後、鹿沼さんが戻ってくることは無かった。
PV1万突破! ユニーク3000人突破! イエーイ!
皆が言いたいことはわかるよ?
70話も書いてPV1万程度?って思ってるでしょ?
いいんだよ! 自分にとっては初めての事なんだから!!!
そして、久々投稿で申し訳ない。