【68話】 夏休み㉘ (再教育)
「成ぅ!」
母さんが家に帰ってくると、リビングで抱きついてきた。
いつも母さんが帰ってくるとこんな感じなので今更驚きはしないが、後から入ってきた鹿沼さん母に現場を見られて少し恥ずかしくなる。
鹿沼さんは今シャワーを浴びていて、今は俺と二人の母親。
「チーちゃんも母親なのねー」
チーちゃん?
母さんの名前は羽切知昼なので、チーちゃんと呼んでいるのだろうか。
そんな呼び方をするなんて会社の同僚以上の関係としか思えない。
実際二人はどういう関係なのだろうか。
「ナナミ、私もう40よ?」
「チーちゃんもう40かー」
「あなただって38でしょう? おばさんになったわね」
「お、おばさんって言うなっ!」
初めて聞く母親同士の会話。
何だかお互い子供に戻ったかのようで少し面白い。
そして鹿沼さん母はやはり鹿沼さんと似ている。
容姿の雰囲気も似ているが、言葉遣いだったり表情だったりが特に似ていてやはり親子なんだなと感じさせられる。
それに38歳とは思えない程若々しくて、美しい。
「羽切君、お久しぶり」
「この間会ったばかりじゃないですか」
「あら、そうだっけ?」
最後に会ったのは夏休みの前なので大体1か月ぶり。
たった1ヶ月会わなかっただけじゃお久しぶりとはならないと俺は思う。
「ところで景はまだ寝てるの?」
「いえ、今シャワー浴びてます」
「そう」
ハグしている母さんの肩越しに鹿沼さん母が微笑んでいるのが見える。
そして鹿沼さん母は机の上にある3種のアイテムを見てその一つの男性器の形をしたディルドを持ち上げて言った。
「羽切君の助言通りに教育しておいたわ」
「本当にまともな教育をしたのか正直疑ってますよ」
「えー、ひどーい。チーちゃんからも何か言ってよー」
鹿沼さん母は女子高生に戻ったかのような言動になっている。
もしかして二人は高校時代からの知り合いなのだろうか。
「大丈夫よ成。重要な事は私からも教えたから」
「それならいいけど」
大人二人がちゃんと教育したのならもう大丈夫だろう。
今後はお酒をジュースと間違えたり、変な薬を盛られて連れ去れれるみたいな心配はなさそうだ。
それに性の知識もつき始めているみたいで安心だ。
まったく、転校人生の弊害は厄介だな。
「成君にも教育しなきゃダメかな?」
「俺にもですか?」
「ほら、女性がどうされると気持ち良いのかとか」
「そんなの何となくわかってますよ」
「AVでの行為は間違ってることだらけよ?」
「えっ、そうなんですか?」
逆にAVで学べないならどこで学べばいいんだろうか。
学校の保健体育でも女性がどうされると気持ち良くなれるかなんて教えるはずが無いし、人からそう言った実体験を聞くことも無い。
俺が持っている知識が間違っているというのであれば是非とも聞きたい。
いつか初体験の時に間違った知識で行為に及ぶのは、相手に失望されかねないし。
「やっぱり成君にも教育が必要ね。チーちゃんもそう思うでしょ?」
「うーん」
「あら意外。乗り気じゃないの?」
「息子にそういう話するのってなんか違う気がするのよね……」
「私だって景に結構過激な教育したんだけど?」
「それは女同士だからいいでしょう」
「確かに。じゃあ私が教育するわ」
「変な事は教えちゃダメよ?」
どうやら鹿沼さん母から教育を受ける事になったみたいだ。
確かに親である母さんからそういう話を聞くのは俺としても恥ずかしいしなんか嫌だ。
そういう意味では鹿沼さん母のほうがいい。
「じゃあ成君、こっちおいで」
鹿沼さん母が手招きしたのは俺の部屋。
俺が部屋に入ると、鹿沼さん母は扉を閉めた。
扉が閉じられると鹿沼さん母は俺のベッドの横にある紙袋から新たなアイテムをいくつか取り出す。
そして俺は、鹿沼さん母から教育を受けた。
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今日はよく寝たからか、体が軽い。
頭を洗うために腕をあげる動作も風呂椅子から体を持ち上げる動作も何もかもが軽い。
数年に一度あるかないかの体の調子の良さを堪能したいという気持ちももちろんあったが、私の心は早くシャワーから出たがっている。
何故なら今日は羽切君がいるから。
あの日から1週間以上会う事も会話することも無かった。
いつもならどちらかがご飯の用意とかの連絡のために週に二日は会っていたのだが、どういう訳か途絶えた。
私から会いに行こうとも考えたがやっぱり恥ずかしくて会いに行けず、しかしさすがに1週間の最後の2日はソワソワした。
普段、定期的に会ってたのに会わなくなるというのは何だか関係が壊れてしまうのではないかと思ったからだ。
私は全身を洗い終え、脱衣所へ出る。
そして大きめのタオルで体の水滴を拭いていると胸の張りが少しひどくなっていることに気づいた。
これは生理が近いという証拠だ。
体が軽いのも生理で体調が悪くなることの前借みたいなものなのかもしれない。
ここ数日はムラムラも酷くて、恐らく後3日以内に始まるのだと予感している。
水滴を拭き終え、下着と服を着てからドライヤーで髪を乾かし、身だしなみを鏡でチェックしてから脱衣所を再度見渡す。
初めてこの家に来た時は羽切君が転校してきて2日目の日だった。
その日は大雨で私が家の鍵を失くしてしまったため助けを求めて羽切家に入り、この脱衣所で濡れた制服を脱いで裸になった。
最初はあんなに警戒してたのに今では普通にこの家に出入りしてるし、脱衣所で着替える事にも抵抗がなくなっている。
男子の家で寝泊まりしたり、シャワー浴びたり、着替えたりするなんて羽切君と出会うまではありえない事だったのに随分と私も変わってしまったみたいだ。
それに、今では彼に会えるというだけでこのわくわく感。
私が羽切君の事を好きなのはもはや間違いない事なのだが、私はいったい羽切君のどんなところを好きになったのだろうか。
私は熟考しようかと思ったが、会いたいわくわく感に勝てず脱衣所のドアに手をかけ、気持ちを開け放つようにドアを開ける。
脱衣所の外に出た私は、廊下を左に曲がってリビングへと入った。
するとリビングで一人でくつろいでいる羽切君のお母さんがこちらを見た。
「景ちゃん、おかえり」
「シャワーありがとうございます」
「いいのよそのくらい」
どうやら仕事の休憩中みたいだ。
それにしても羽切君はどこに行っちゃたのだろうか。
「成なら自分の部屋にいるわよ?」
羽切君のお母さんは私の心中を察したかのように言った。
視線を羽切君の部屋へ移すと、いつもなら開きっぱなしの扉が閉まっている。
もしかして中で何かしてるのだろうか。
「えっと、中で何かしてるんですか?」
「ナナミとお話してるわ。景ちゃんも参加してきたら?」
お母さんと羽切君が密室で会話?
何か重要な話でもしているのだろうか。
「入ってもいいんですかね?」
「むしろ参加した方がいいかもしれないわ」
「そうですか」
とにかく私も参加して良い話を中でしているみたいなので、羽切君の部屋の引き戸の取っ手を掴む。
そしてゆっくりと開けて中を覗き見る。
――えっ!?
覗き見た先に飛び込んできた景色。
羽切君のベッドの上で男が女を押し倒しているような状況。
男は羽切君で女はお母さん。
まるであの日、ラブホテルでの私と羽切君のような体勢になっていて、羽切君はどんどん顔をお母さんに近づけている。
お母さんの表情は見えないけど、抵抗している素振りはない。
私は一瞬迷った。
この異様な光景を扉をそっと閉じて見なかったことにするか、入って止めるか。
この状況を私が見たら、お母さんとも羽切君とも物凄くギクシャクしてしまう気がするし。
色々考えているうちに腹が立ってきた。
私が羽切君を好きだと知っているお母さんが羽切君を奪おうとしている事にもお母さんを襲っている羽切君に対しても。
私は引き戸を思いっきり開けた。
「なっ、なっ、何してるの!?」
私が突然扉を開けて大声をあげたので羽切君の体全体がビクッと跳ねて、歪んだ顔でこちらを振り返った。
お母さんは目を瞑ったまま苦笑い。
「こ、これは違うからな?」
「違うって何が!? 今確かに羽切君がお母さんを襲ってる現場を見てるんだけど?」
「ち、ち、ち、違くてだなっ!」
羽切君は見た事が無いくらい動揺している。
そして動揺するばかりで中々説明をしてこない彼を見ると、少し失望した。
だって説明しないという事は、言い訳もできないという事になるのだから。
「羽切君はお母さんみたいなのが好みだったんだ」
「いやまぁ……若々しくて綺麗な方だとは思うけど……」
「信じられない! 羽切君は『母親とその娘さん、どちらも味わわせてもらったぜへっへっへっ』っていうド変態人間だったって事でいい!?」
「どこでそんなシチュエーション覚えたんだよ……」
羽切君は呆れた顔になった。
私がこのシチュエーションを覚えたのは、お母さんが持ってきたエッチな漫画だ。
お母さんが言うには、私が想像できる以上のド変態ド畜生野郎が世の中にはいるから、絶対に気を緩ませちゃだめだと。
それにそういう人間ほど表向きは凄く良い人だったり外見的にも魅力的だったりする場合が多いらしい。
本当に世の中わからないことだらけだ。
こういう現実を理解するための教育も昨日受けた。
「落ち着いて景、これは再現だったの」
ずっと静かにしてたお母さんが起き上がった。
それと同時に羽切君もお母さんの上から離れて、ベッドの上で正座した。
「再現って?」
「景と羽切君がどういう風にキスをしたのかっていうね」
「それにしてはお母さんの顔は赤いけど?」
「えっ?」
お母さんは自分の体温を確かめるように自分の頬に両手を当てた。
「あらら、こういうの久々で少し興奮しちゃったのね」
そう言うと、お母さんは嬉しそうに左右に体を揺らし始めた。
こんな風に感情表現をするお母さんを本当に久々に見た気がする。
そう、お父さんが生きていた頃は喜怒哀楽をよく表情や態度で表していたが、死んでしまってからほとんど見なくなった。
「でも成君には感謝してるわ。若い日を思い出させてもらって」
「ど、どういたしまして」
羽切君は少し恥ずかし気な表情に変わっている。
どうやら再現というのは本当らしい。
でもなんでそんな再現をする必要があるのだろうか。
「ちょっとナナミ。仕事に戻らないと」
「おっと、もうそんな時間?」
部屋に入ってきた羽切君のお母さんがそう言うと、私のお母さんはベッドから降りた。
「あっ、そうだお二人さん。今夜は夏祭りよ?」
「そうだっけ」
「浴衣も用意してるわ。二人で行くでしょう?」
浴衣まで用意してるなんて随分と用意がいい。
夏祭りを誰かと行くなんて小学生の時以来だ。
羽切君と夏祭りの話はまだしていないけど、行ってくれるだろうか。
「うん。行きたいな」
「着付けは夜に私がしてあげるから」
「わかった。ありがとう」
私がそう言うと、母親二人は玄関へと消えて行った。
家に残されたのは私と羽切君。
「今日の夜、予定あった?」
さっきは行くのが前提でお母さんと話してしまったが、羽切君の予定を聞いてみないといけない。
考えたくないけど誰かと行く予定があったのかもしれないし。
夏休み前に美香が言っていたけど、羽切君は合コンで3人の女子と連絡先を交換したらしい。
その中の一人である一色さんとはプールに行ったみたいで、もしかすると一色さんと夏祭りに行く予定があるかも.......。
現状羽切君との競合相手は一色さんくらいしか思い当たらない。もし一色さんと夏祭りの予定があるなら無理を言ってでも私もついていくけど。
「誘われてはいた」
「へー、誰に?」
「一色さん」
競合相手にの名前が羽切君の口から出てドキッとした。
やはり彼女は危険だ。
「でももう予定があるって断ったよ」
「えっ、予定?」
「もしかしたら母さんと祭り行けたりするのかなとか思ってさ」
「羽切君って意外と子供なんだね」
まあ、その気持ちはわからなくはないけどね。
恋人と行く祭りとか親友と行く祭りとか、そういうのを経験したことがない私達にとっては祭り=親と。
それは小さい時に親と祭りに行って楽しかったという記憶からもきている。
今回は羽切君と二人で夏祭り。
人生初の好きな人との祭り。
どんな夜になるのか、楽しみだ。
コロナしんどすぎる。
誰ですかコロナはただの風邪とか言ってた人。
インフルエンザよりきついんじゃないかなこれ。
夏休み編は後3つのイベントで終わろうと思います。
それと総合評価50ptいえーい。