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【67話】 夏休み㉗ (再教育)

お久しぶりです。

まさかのコロナです。

死にそうなくらいキツイです。

 急遽入った父さんと絵麻の家での2泊3日が終わり、バスと電車を取り次いで4時間かけて家の最寄り駅に着くと、グーっとお腹が鳴った。

 時刻は11時10分でお昼時。

 俺は駅周辺で昼飯を食べて帰ろうかと思ったが、何となく早く帰りたかったので唐揚げ弁当を買ってから帰ることにした。

 


 唐揚げ弁当を入れた袋を手に持ちながら家までの道を歩く。 

 夏休みが終わるまで残り12日。

 俺にとってこの地域でいられる最後の長期休暇。

 まだ俺の転校時期は確定していないが、12月の上旬ならこの夏休みが最後。12月の下旬なら1週間くらいはこの地域で冬休みを経験できるかもしれない。

 ただ転勤1週間前はもはや引っ越しで大忙しだから遊ぶ余裕はないだろう。

 次は海外なのでいつもよりも忙しくなりそうだし。



 そんな事を考えていると、家が見えてきた。

 母さんに送ったチャットに既読がつかないので母さんが今もいるのかはわからない。

 まあいつもなら1泊もすれば帰ってしまうので多分いないだろう。

 


 俺は玄関の鍵を開けて中に入る。

 玄関には靴が一つもない。

 ということは母さんはいないみたいだ。

 


 しかしリビングに行くと、母さんのスーツだったりカバンだったりがソファーに無造作に置いてある。

 母さんが私服で仕事に出ることはまずない。ましてや仕事に必要なものを家に忘れていくなんてありえない。

 昨日から既読がつかないことも含めて何だか変だ。



 俺は不穏な空気を感じつつ、寝室の扉を開く。

 すると俺のベッドの上に夏用の薄い掛け布団がもっこりしているのが最初に目に入った。

 母さんが寝てる……? こんな時間まで……?

 俺は近づいて薄い布団を掴む。



 もしこの下で母さんが死んでたらどうしよう。

 そんな心配を抱えながら、布団を思い切りひっぺがえす。



「……は?」



 そこで寝ていたのは母さんではない人物。

 乱れた黒と銀の髪の少女。

 


「お母ぁさん、もうちょっと……」



 安心しきった表情で少女はもぞもぞと動き、そして太陽の光の中で寝る猫のように少女は体を丸めて再度眠った。

 俺は一週間ぶりの彼女を起こすことはせず、リビングに戻った。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



「もお、朝ぁ?」



 リビングで唐揚げ弁当を食べていると、鹿沼さんが寝室から出てきた。

 鹿沼さんは大きめの青のTシャツを身にまとって眼はショボショボ。



「朝っていうか、昼だよ」



 俺がそう言うと、鹿沼さんは何も言わず目をゴシゴシと摩りながらキッチンに入ってコーヒーを煎れ出した。

 俺の家ではコーヒーメーカーではなく、サイフォン式の少し手間のかかるものなので、コーヒーがガラスの容器に満たすまで時間がかかる。

 ポタポタとコーヒーが満たされていく音が部屋に響かせている中、俺は唐揚げ弁当の米を平らげて唐揚げ2個だけ残った。


 

 俺は美味しいものは最後に残しておいて、余韻を楽しむタイプ。

 俺は2個あるうちの1個を食べようと割り箸を伸ばす。



「あ……えっ?」



 割り箸で唐揚げを掴み上げると、キッチンで変な声が聞こえた。

 俺はキッチンを見ると、驚いた顔の鹿沼さんと目が合う。



「帰ってたんだ」

「今更気づいたのかよ」

「ちょっと寝ぼけてたかも」



 かもじゃなくて間違いなく寝ぼけてた。

 1週間以上ぶりに鹿沼さんと会話をしているが、特に変わった様子はない。



「寝すぎじゃない? 昨日何してたの?」

「朝方までちょっとね」

「そのちょっとを聞いてるんだけど」

「恥ずかしいから言えない」

「恥ずかしい事を人のベッドでしてたのね」

「そ、そういう意味じゃないってば!」



 別に具体的な事を言ったわけじゃないのだが、鹿沼さんはそういう意味と捉えたらしい。

 前に絵麻と鹿沼さん3人で遊園地に行ったときに、絵麻が鹿沼さんに「実は性欲強いでしょ」という問いにハッキリと否定はしなかったし、「毎晩一人でしてるんだ?」という問いには「毎晩はしていない」と定期的にはしているような発言があった。



 年頃の女子でも男子と同じように一人で性欲を発散するという事があるらしい。

 しかし鹿沼さんは男にトラウマがあるのに一体何をオカズにそういった事をするのだろうか。

 いや落ち着け、まだ鹿沼さんが本当に一人でしていると確定しているわけではない。



 そんな事を考えていると、鹿沼さんが向かい側に座った。

 


「今変な事考えてたでしょ?」

「まあね。鹿沼さんが何をオカズにしてるのかなって」

「オカズ……? 唐揚げでもお魚でもオカズにできるけど?」

「まあ、そうだよね」



 鹿沼さんはオカズの意味を知らないみたいだ。

 まあ、知らないと確信していたから聞いたのだが。



「お腹すいた」



 時刻は11時40分。

 ずっと寝ていたという事は朝ごはんも食べていないのだろう。

 


「一個食べる?」

「いいの?」

「どうぞ」



 俺は割り箸を鹿沼さんに差し出すが、何故か受け取ろうとしない。

 


「……?」



 鹿沼さんがどうしたいのかしばらく理解できなかったが、表情を見ていると何だか少しづつわかってきた。

 俺は唐揚げを持ち上げて鹿沼さんの口元へ持っていく。

 すると鹿沼さんが口を開けたので、口の中へ入れ――なかった。


 

 俺は鹿沼さんの口に入りそうになったところで折り返して自分の口に入れたのだ。

 そしてモグモグと咀嚼をしながら鹿沼さんを得意げに見る。

 すると鹿沼さんは俺を見て睨んだ。

 

 

「いじわる」



 俺は口の中の唐揚げを飲み込んで、次は弁当の中にある唐揚げの最後の一個を持ち上げる。

 そして鹿沼さんの口の前まで持っていくが口を開いてくれない。

 閉め切った唇に何度もトントンと軽くぶつけて促すが、ダメみたいだ。



「また食べちゃうよ?」

「ダメ」

「じゃあ口開けてよ」

「アーンして?」

「ほら、アーン」



 要望通り俺がそう言うと鹿沼さんは「アーン」と口を開いた。

 そして唐揚げを鹿沼さんの口の中に入れると唇が閉まり、割り箸だけを口の中からゆっくりと取り出す。

 

 

 ちょっと前まで間接キスすらも気にしていた鹿沼さんだが、今はもう気にしている様子が無い。

 まあ当然か。

 先週、ラブホテルで2回本当のキスをしたのだから。

 


 何だかそう考えると、勿体ない事をしているような気がする。

 こうやって一個一個恥ずかしい事を経験していったら、鹿沼さんの初々しい感じとか恥ずかしがる態度とかをいつかはしなくなっていくかもしれない。

 これも一つの成長ってやつなのだろうか。

 

 

 鹿沼さんは唐揚げを食べ終えると、立ち上がって再度キッチンに入った。

 


「コーヒー飲む?」

「飲もうかな」

「わかった」



 キッチンから戻ってきた鹿沼さんは二つのマグカップを持っていて、その内一つを俺の前に置いて向かいの席に座った。

 俺は煎れてもらったコーヒーを一口啜ってから、一つ疑問を投げかける。



「ところで、母さんは?」



 母さんの荷物はあるが、いない。

 スーツだったりカバンだったりは置いてあるので仕事に行ったとは考えずらい。

 靴も無かったので出かけたのか、それとも鹿沼さん家にいるのか……。

 


「昨日、私の家で仕事するって言ってた」

「え、今日休みなんじゃなかったの?」

「なんか突然仕事が入ったらしくて、リモートだってさ」

「休みの日に仕事任せるなんてさすがに非常識すぎない?」



 まあ半年に一回転勤させてる時点でとんでもなく非常識なのだが。

 


「でもその代わりもう1日休みになるって」

「へー」


 

 とういうことは明日までいるという事か。

 母さんと対面で会うのは本当に久々だが全然嬉しくもない。

 何せビデオ通話で既に顔を見たからだ。



 鹿沼さん家が母さんの仕事場になってるなら、今日一日俺と鹿沼さんはこの家で過ごすことになりそうだ。

 母さんだけなら俺の家が仕事場になって鹿沼さんは自分の家で寝ていただろうが、恐らく鹿沼さん母も一緒なのだろう。



「母さん達と過ごして大変だったでしょ」



 昨日母さんから送られてきた写真から察するに、かなり大変だったと思われる。

 笑顔も苦笑いだったし。



「んまぁ大変だったというか勉強になったというか......」

「ああ、やっぱり教育を受けたんだ」

「うん」

「ちなみにどんな教育受けたの?」

「それは.....」



 俺が鹿沼さん母に教育してくれと言ったのは、女性としての基本的な身を守る方法だ。

 レモンサワーがアルコールである事すら知らなかった鹿沼さんにとっては必要な事。

 それに加えてレモンサワー一杯であの酔いっぷりだと今後がかなり危うい。



 鹿沼さんは机の下にあるトートバッグからゴソゴソと何かを取り出した。

 見た目は小さい虫除けスプレーのような物。



「まずは催涙スプレーを肌身離さず持っとけって教育を受けた。」

「ほ......ほう」



 確かに力の強い男に女が力で勝つのは難しい。

 催涙スプレーで対抗するのは中々に過激な撃退方法だが、かなり有効的であるのも事実。

 


「他には?」

「後は卍固めとか、腕十字とか......通天閣ジャーマンスープレックスホールドとか」

「プロレスかっ!」



 何を教えてんねんあの人は。

 俺が教えた方がいいと言ったのは撃退のためのプロレスの技じゃなくて、もっと現実的で基本的な、女性が気をつけるべき男の危険な行為についての教育についてだ。



「ちなみに他には?」

「後はその……」

「えっ、何その反応」

「いや……なんというか……」



 鹿沼さんは何やら迷いながらも再度机の下のトートバッグから色んなものを取り出して机の上に置いた。

 一つは男性器の形をしたディルド。一つは0・01という表示がある14個入のコンドーム。そして最後に謎の錠剤。

 


 なるほど、ゴムの使い方を学んだわけだ。

 しかしこの錠剤はなんだ?

 もしかして前に鹿沼さん母と電話した時に言った、薬を飲み物に混ぜてホテルに連れ込むという事もあるというのを再現してくれたのだろうか。

 つまりは錠剤であっても水の中に溶かせばバレずに摂取させることができるという事の実演。

 しかし確定ではないので聞いてみることにした。



「この錠剤は何?」



 俺がそう質問すると、鹿沼さんは少し目を逸らした。



「精力剤」

「精力剤?」

 

 

 精力剤には大きく分けて二つの種類がある。

 一つは単純に疲れた体を元気にしたりする滋養強壮剤や栄養補給系。

 もう一つはいわゆる男性のアソコを元気にさせたり、やる気にさせる事ができるいわゆる媚薬のような役割のある系。



「体の調子はどう?」

「どういう意味?」

「さっきコーヒーにこの錠剤溶け込ましたんだけど」

「……マジで?」



 思えば確かに4時間かけて帰ってきた疲れが無くなっているような気がする。

 これが精力剤の効果なのか?

 いやいやいや、こんな即効性があるわけがない。

 これは久々の「なんちゃって」のやつか。

 それならこちらから仕掛けるまで。



「確かにちょっと興奮してきたかも」

「興奮!?」

「あー、やばいよ鹿沼さん」



 俺はフラフラと立ち上がって鹿沼さんの背後に立つ。



「な、何?」

「今すぐ襲いたくなってきたから、逃げた方がいいよ」

「ええっ!?」

「これが錠剤の効果かー」



 鹿沼さんは椅子を引いて逃げようとしているが、俺が背もたれに体を強く密着させているので逃げられない。

 俺は背後から鹿沼さんの肩越しに机の上にあるコンドームの箱を開けてその中からコンドームを人差し指と中指で挟んで取り出す。

 そしてクッキリと中の丸い形のゴムが浮き出た正方形の袋を、そのまま鹿沼さんの顔の前に持っていく。

 


 鹿沼さんは昨日、母親にこのブツの中身について色々と説明を受けたはずだ。

 そして机の上にあるディルドで着け方のレクチャーまでしたと思われる。



 俺は空いた左手で鹿沼さんの黒と銀の髪を耳に掛ける。

 そして肩に手を置いて、耳元に顔を近づけて言う。



「あの日の続きしようか」


 

 俺がそういうと、鹿沼さん肩がぴくっと小さく跳ねた。

 


 あの日というのはラブホ事件の事だと理解しているだろう。

 あの日から1週間以上会う事もなく、今こうして久々に会話しているが、どこか気まずい感覚があった。

 だから一度あの日前の感覚に戻す必要がある。

 確か、前までの会話はこんな感じだったはずだ。



「あの……私初めてで……」



 鹿沼さんはしばらく沈黙した後、ボソボソと小さく唇を動かして言った。



「ふーん。で?」

「だから…その…優しくしてください……」



 ……ッ!?

 少し俯いている上にボソッと敬語で言われてドキッとした。



 俺が鹿沼さんを本当に好きかどうかは怖がらずに先に進まないとわからないと父さんが言っていた。

 今ここにはコンドームがあって、二人きりな上に鹿沼さんからの許諾も得た。

 ならばしても良いのでは?



 一瞬そう思ったが、やっぱり辞めた。

 確かに好きという感情を理解したいという気持ちはあるし、父さんとの会話は真実に近いのだと思う。

 だけどこうやって鹿沼さんを目の前にするとやっぱりその感情は知らない方がいいと思わされる。

 もしこのまま進んでその感情を知ってしまえば、もう別れられなくなる気がするから。

 正確にはお別れが途轍もなく辛いものになってしまうのではないかという懸念があり、それはどうしても避けたい。



「あのさ鹿沼さん」

「は、はいっ」

「本当に錠剤入れたの?」

「入れましたけど……?」



 本当に入れたのかよ。

 その行為は錠剤の種類に関わらず、食品との関係とかで危険な場合がある事を後で教育してやらないとダメだな。

 それにしても何でまだ敬語なんだ?



「それって本当に精力剤なの?」

「お母さんがそう言ってた」

「へー、全然効果無いけどなー」

「……え?」



 鹿沼さんは俺の言葉に違和感を持ったのか振り返った。

 俺はそんな鹿沼さんに向けて決まり文句を言う。



「なんちゃって」



 俺がそう言うと、鹿沼さんはみるみるうちに顔が赤くなる。



「ば、ばかぁ」



 そして、すごく久々な緩やかな語尾の「ばか」が帰ってきた。

 鹿沼さんの口元は薄らと笑っていて、何だか少しは前の関係に戻れた気がした。



まさかのコロナ罹患。

それはまことに遺憾。

だけど書くのをやめるわけにはいかん!

もう人混みには行かん。

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