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【66話】 夏休み㉖ (父親)

「絵麻さんの進路についてなのですが……」

「……はあ」



 俺は今、学校にいる。

 山の上の自然豊かな場所に建てられた中学校。

 そして何故か、妹の三者面談に参加している。



 絵麻は中学三年生で受験生だ。

 中学3年生の夏休みといえば既に受験する高校が決まっている人が多いのだが、絵麻はまだ決まっていないらしい。

 それを心配した担任の先生が夏休み中に三者面談を予定していたらしく、今に至る。

 


 どうやら父さんは仕事の関係で今まで絵麻の三者面談に参加できずにいたらしく、今日も家にいないので俺が参加することになった。

 俺は保護者でも何でもないのに、保護者として参加させられ、先生も困惑している。



 先生から言いたいことを要約すると、要は早く志望校を決めてくれという事だった。

 なんでもクラスの中で志望校が一つも決まっていないのは絵麻だけで、その上三者面談も親が来ていない状況という先生からしたら心配でしかない状況だったみたいだ。

 


「これが絵麻さんの成績表と偏差値です」

「……ほう」

 


 俺は絵麻の成績表と前回行われた模試の偏差値が書かれた紙を渡された。

 成績はかなり良く、右下には手書きで8という文字が書いてあった。

 そして模試の偏差値は65とかなり良い。



「絵麻さんの内申は学年で8位です。それに前回行われた模試の成績もかなり良くてですね、難関校への挑戦も出来るレベルにいます」

「そうなんですね」

「本当ならこの夏休みは志望校への対策をしながら勉強するのが通常ですが、絵麻さんは志望校が決まっていないので先生としては心配です」

「なるほど」



 これは三者面談。

 だけど、志望校をどうするかを決めるのは絵麻であって俺でも先生でもない。

 要はこれは先生から絵麻にプレッシャーをかけているのだ。

 早く決めないとお前、やばいぞと。



 その後、先生は全国の学校の書かれたリストを取り出して、絵麻の学力的に合格できる学校と家から通えるであろう学校をリストアップしていった。

 その中から決めるのが一般的だが、絵麻は何だかしっくりと来ていない感じでもあった。



 正直言って、絵麻は学力的には問題が無い。

 多分偏差値の範囲内の学校であればどこでも合格できるだろう。

 しかし選ぼうとしない。

 その理由は何となく俺にはわかっていた。

 前に絵麻が来て、遊園地に行った帰りの電車で言っていた事。

 


 絵麻は俺の通っている高校に行きたいと言っていた。

 正確には入試を受けようかなと言っていたわけだが、それが理由じゃないだろうか。

 俺の学校まではここから片道4時間かかるので、一人暮らししないと無理だ。

 一人暮らしするためには父さんの許可だったり、金銭面の相談だったりが必要で、もしかすると父さんとそう言った話が出来ていないのかもしれない。


 

 それに絵麻も親想いの優しい妹だ。

 父さんに迷惑がかかるんじゃないかとか、金銭的に反対されるんじゃないかとか色々考えちゃって踏み出せていないのかもしれない。

 とにかく、その辺も含めて一回絵麻と話さないとダメだ。

 


 こっちに来てまだ1日しか経っていないのに、考えることが多すぎる。

 鹿沼さんの一件や、父さんの再婚の件。そして絵麻の進路。

 

 

 とにかく一個一個話を聞いて解決していくしかない。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 


 三者面談が終わり、俺と絵麻は校内を散歩している。

 学校が夏休みという事でバスの便も少なくなっていて、バスが来るまでの時間帰ることができないからだ。

 


 山の上にある学校って事もあって、セミの鳴き声がすごい聞こえてくる。

 そして校庭からは部活動の元気な声。

 知らない学校の校内を歩いていると、何だか転校してきたみたいな気分になる。

 今まで20回も転校してきて毎回思うのだが、学校にはそれぞれ違ったニオイが存在している。

 そのニオイの元が何かはわからないけど、臭くもなく良い匂いでもない独特なニオイ。

 


「絵麻!」



 見ると廊下の向こう側で手を振っている女子がいた。

 絵麻は名前を呼ばれてその女子へと駆け足で走って行く。

 俺も廊下を歩いている途中で、絵麻とそのお友達の所まで追いつくと止まらずに通り過ぎた。

 俺も絵麻の友達と顔を合わせるのもなんか違う気がしたし、絵麻も多分嫌がりそうな気がしたからだ。

 


 俺は一人で廊下を渡り切り、階段を上がる。

 一番上までいくと壁で行き止まりになっていて、ドアが一つあった。

 そのドアを開けて中に入ると、予想通り屋上に出た。

 金網に囲まれた屋上にはいくつか椅子が置いてあって、別に立ち入り禁止になっているわけでは無さそうだ。

 


 太陽までの距離が近くなったせいか、暑い。

 金網まで歩いて景色を見ていると、意外と風があって心地が良かった。



「お兄ちゃん、勝手に行かないでよ!」



 景色をしばらく見ていると、追いついてきた絵麻が言った。

 そして俺の隣に並んで一緒に景色を見る。



「進路、どうするつもりだ?」



 二人きりになったので、俺から切り出した。

 絵麻からしたらあまり話したくない内容かもしれないけど、意見を聞かないからには始まらない。

 絵麻は金網を掴んだ。



「お兄ちゃんの学校行きたいって言ったらどうする?」

「支持する」



 やはり絵麻は悩んでいたみたいだ。

 絵麻が俺の学校に行きたいという意見に反対なんてしない。

 だって俺には関係ないから。

 絵麻が来年学校に来ても、俺はいないし。

 ただ、問題は多い。

 


「父さんには話したのか?」

「ううん、まだ」

「早めに話さないと、ズルズル遅れて結局無理になるかもしれないぞ」

「それはわかってる」



 わかってるけど中々話し出せない。

 その気持ちはわかるが、もう8月でもはや猶予はない。

 うちの学校も偏差値的には高い部類で簡単にはいかないだろう。

 また、一人暮らしの準備だったり、そもそも許可されるかという問題もある。



「お父さんに話したら何て言われるかな?」

「まあ、間違いなくダメだって言われるだろうな」

「だよね……」



 絵麻は隣でしゅんとなった。 

 いくら子供想いの父親だとしてもダメと言うと思う。

 いや、子供想いの父親だからこそ娘の一人暮らしは許可しないのかもしれない。

 それに絵麻がいなくなった父さんは一人に――ならないか。

 


 父さんは再婚をすると言っていた。

 絵麻がいなくなっても新しい奥さんがいれば寂しくないかもしれない。

 いやちょっと待てよ。

 父さんの再婚の件はもう少しちゃんと考えないとダメだ。

 


 父さんが再婚して新しい奥さんと一緒に住むとなれば、当然絵麻も一緒に暮らすことになる。

 絵麻はそのことについてどう思っているのだろうか。

 


「なあ、父さんが再婚するって話は聞いてるのか?」

 

 

 素直に聞いてみることにした。

 俺は明日帰る予定だから、ぐずぐずしていられない。

 絵麻は一瞬目を丸くして俺を見たが、すぐに金網の外へ視線を移した。



「うん。相手の人とも会ったし話もした」

「そうか……」



 想像しなくてもわかる、生き地獄。

 本当の母親がいるのに別の人が母親になる。そしてその人と会って会話をしたことがあるというのだから。

 絵麻の気持ちを考えると、何だかこっちまで苦しくなってくる。

 もしかすると、家を離れたくて俺の学校を志望しているのかもしれない。



 これはもはや父さんと絵麻だけの問題じゃない。

 家族の問題だ。

 父さんは再婚にあたって絵麻の事をどこまで考えているのだろうか。

 


「お父さんが再婚したら、私の居場所ってないよね……」



 絵麻は不安な表情になった。

 父さんと知らない女性が再婚したら母さんとの子供である絵麻は邪魔に思われるかもしれない。

 少なくとも高校を卒業して自立できるまでは居場所が無い家に帰り続けないといけなくなるかもしれない。

 可能性を考えれば考えるほど、良く無いことずくめだ。



 俺は何も言い返せずにいた。

 そんな事無いと言っても、そうだなって言っても、なんか違う気がしたからだ。

 実際、家に居づらくなると思うし。



 しばらく俺達の間に沈黙が流れた。

 兄妹だからか、妹の気持ちとか考えとかは言葉を交わさなくても何となくわかる事がある。

 世界でたった一人の俺の妹。

 俺は別にシスコンでも何でもないけど、大切な家族だ。



 このままでは絵麻が不安に思ってることが現実になるだけ。

 まだ高校生で何の能力も、金もない俺にどこまでできるかはわからないけど、父さんに現状を伝えることくらいはできる。

 そして現状については母さんにも伝えよう。

 


 その後の事は親と絵麻の問題だ。



「絵麻、そろそろ」

「うん」



 俺がそう言うと、絵麻は金網から離れて歩き出した。

 屋上を歩く絵麻の後ろ姿を目で追う。



 3年でお互い成長したな。

 絵麻の後ろ姿を見て、自然とそんな言葉が頭に浮かんだ。

 身長、体格、考え方、感じ方。

 子供だった絵麻は女の子から女子へと成長している。

 まだまだ女性になる過程ではあるが、俺がイギリスから帰って来たらまた知らない内に成長しているんだろう。

 

 

「お兄ちゃん! バス行っちゃうよ!」

「はいはい」



 そんな事を一人でに考えながら、俺も歩き出した。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



「父さん、再婚しようと思ってる」

「それは昨日聞いた」



 夜になり、昨日と似たような状況になっていた。

 絵麻は二階の自室で勉強をしていて、リビングには俺と父さんの二人きり。

 ただ父さんは昨日と違ってお酒を飲んでいないので正常な状態。

 


「それで……」



 父さんは何か言いたげだが言い出せない様子。

 昔からそうだが、見た目とは違って臆病者で何か重要な事を言うときは結構時間がかかる。

 そういう性格は母さんとは真逆。 



「なんだよ」



 なかなか言い出さないので、俺から促した。

 すると父さんは少し俯いて口を開いた。



「許してくれるか?」



 許すも何も再婚自体は父さんが決める事だ。

 父さんも一人の人間で、人生がある事くらいは俺も理解できてる。

 ただ簡単には許すとは言えない。

 それは絵麻の事が気掛かりだったからだ。



 俺が何も言わないので、父さんと俺の間には沈黙が流れた。

 リビングにはテレビの音のみでそれ以外は何も聞こえない。

 


 しばらく黙っていると、俺のスマホが鳴った。

 俺はポケットからスマホを取り出し確認すると、母さんからチャットの通知だった。

 俺はチャットアプリを開いて、母さんのアイコンをタップしてその内容を見る。

 


『今家に帰ってるわー。皆で楽しくやってます!』



 どうやら母さんは俺がこっちに来ている間、家に帰っているみたいだ。

 それにしても皆とは誰の事だろうか。

 俺は下にスクロールして写真をタップして広げる。



 写真には3人映っていた。

 右側には母さん。左側には鹿沼さん母。

 そして真ん中には鹿沼さん。

 


 鹿沼さんは左右の元気な母親に挟まれて、少し小さくなっている。

 そしてその表情は引きつった笑顔。

 あっちはあっちで大変なことになっているようだ。



 俺はスマホの鹿沼さんから目が離せなくなっていた。

 鹿沼さんと一週間以上会っていないなんて、本当に久々だ。

 そのせいなのか、早く会いたいと思っている自分がいて驚いている。

 頭ではあまり関わらない方がいいとわかっていても、体が彼女を求めてる感覚。

 元気で活発な彼女の姿だったり、恥ずかしそうにしている彼女だったり、悪戯に笑う彼女だったり。

 そういった色んな彼女が見たいと体が主張しているような。

 


 本当に俺はどうかしている。

 俺は鹿沼さんとキスもしたし胸も触った。そして裸も見たのに、それ以上の行為を求めている訳でなく、ただいつもの彼女を求めてるなんて。

 男の機能としてどうかしていないか心配だ。

 


「成……やっぱりダメか?」



 しばらく俺が何も言わないから心配になったのか、父さんはこちらを見て再度聞いてきた。

 こちらを見る父さんの瞳の奥には怯えのような色が見え隠れしている。

 子供想いなら子供にそう言う事を聞くのが怖いのは理解できる。

 ただ父さんの“子供想い”というのも再婚するという話の中では矛盾があって何だか変な気分だ。

 

 

「俺が許さないって言って、父さんはやめれるの?」

「それは……」



 俺は父さんの子供ではあるが、疎遠だ。

 俺の意見で父さんの行動が変わるとは思えない。



「ちなみに絵麻には許可貰ったの?」

「いや……絵麻にもまだもらってない」



 父さんの瞳は揺らぎ始めていて、動揺しているようにも見えた。



「今ので父さんも母さんと同じで自己中な人間って事がよくわかったよ」

「父さんが自己中……?」

「俺が父さんの再婚を許せば、絵麻からも許してもらえると思ってたんじゃないの?」


 

 兄妹の兄である俺が許せば、妹の絵麻も許す可能性は高くなる。

 絶対ではないけど、プレッシャーになるのは間違いない。

 だから絵麻より先に俺に聞いた。

 


「成。お前は母さんに似てきたな」

「そうかな?」

「父さんはそんなことまで考えてなかった」

「じゃあどうして絵麻に最初に聞かなかったんだ? 一番影響するのに」

「言い出せなかったんだ」



 自分の娘に再婚することを許してくれと言う事。

 そして今日からお前の母さんはこの人だと言う事。

 臆病な父さんが言い出せないのも何となくわからなくはない。

 だけど――。



「一番辛いのは父さんでも俺でもなくて絵麻だよ」

「……」

「ちなみに俺は父さんの再婚を許すよ。条件を飲んでくれればね」

「……条件?」



 だけど少なくとも再婚相手を絵麻と対面させる前に話し合う勇気をもって欲しかった。

 ハッキリさせず、何となくの雰囲気を日常的に出し続けるのはもはや拷問に近い。

 今日一日絵麻を見てきたけど、ずっと不安を隠してるのはわかってた。

 そうやって少しづつ絵麻の心を蝕んで、何が子供想いだ。

 いや、俺が勝手に父さんを“子供想い”と思い込んでいただけか。



 とにかく俺は父さんに条件を口にした。

 するとその条件を聞いた父さんは目を丸くした後、険しい表情になった。


地道に地道にコツコツコツコツとね。


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