【64話】 夏休み㉔ (プール)
微妙かも
夏休みの半分が終わった。
鹿沼さんとライブハウスに行った日から1週間が経ち、今日は八木達とダブルデートをする日だ。
この1週間、鹿沼さんと顔を合わせる事は無く、週に2回一緒にご飯を食るという暗黙の約束も果たされなかった。
俺も今は心の整理がついておらず、会おうという気にはなれなかったので沈黙していた。
夏休みが始まる前の話ではダブルデートは海でする予定だったのだが、予定が変更されてプールに行くことになった。
それも大型のレジャープールという一番混みそうな場所。
正直、海にはもう行ったからプールで良かったと思っている。
改札口を出ると、すぐ目の前に待ち合わせ場所であるSの文字のコンビニが見えた。
そしてその前には3人の男女がこちらに手を振っている。
八木、佐藤さん。そして一色さん。
八木と佐藤さんは付き合っているからセットでも違和感ないが、俺と一色さんがセットというのは違和感でしかない。
3人の前まで行くと、八木が一枚のチケットを手渡してきた。
「ほれ、お前の分」
「サンキュ」
「それにしてもお前、焼けてね?」
「海とライブハウスに行ったからな」
「海? 誰と?」
「戸塚さんと鹿沼さん。後は亀野と佐切さん」
「変な組み合わせだな。戸塚さんと鹿沼さんは大体セットだし、亀野と佐切さんも大体セットだから孤独だったろ?」
「そんな事無かったけどな」
「まぁ、今日は心配すんなって」
そう言うと、八木は俺の耳元で言う。
「今日はフリーの一色さんがいるからさ」
どんだけ俺と一色さんを繋げたいんだよこいつ……。
チラリと女子の二人を見ると、二人は二人で楽しくお話している。
しかし、たまにチラチラとこちらを見ている佐藤さんの瞳には怪訝な色が見え隠れしていて、何だか今日一日の雲行きが怪しい。
まあ当然か。
佐藤さんは俺と鹿沼さんが付きあっていると思っている。
にも関わらず、俺はダブルデートでフリーの一色さんとセットでここにいるのだから。
俺達はレジャープールの入り口である巨大な虹の模型の内側まで歩き、入場した。
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レジャープール施設という場所に入ったのは俺の記憶上ではこれで2度目。
一度目は小さいときに母さんと行った記憶がある。
あの時は子供だったので浮き輪に乗って流れるプールで母さんと流れていただけだったのだが、こうやって高校生になって来ると色々なアトラクションがあるんだと気づかされる。
高い所から長い滑り台を滑り落ちるウォータースライダーや高い所から筒の中を浮き輪に乗って滑り降りるウォーターチューブスライダー。
テレビのCMとかでは見たことがあったが、実際に見ると結構でかい。
八木と佐藤さんは事前に今日一日どう過ごすかを計画してたらしく、まずは皆で楽しもうという事だった。
そしてその後は二人一組で楽しみ、途中で男女を交換して遊ぼうという事らしい。
俺的には佐藤さんと二人っきりで遊んでいいのかという疑問もあったのだが、八木も気にしている様子が無かったので了承した。
「結構高いじゃん」
俺達はウォーターチューブスライダーに乗るために階段を上っている。
前で並んでいる二人はきゃぴきゃぴと楽しそうにしているが、隣にいる一色さんは何やらテンションが低い。
「大丈夫?」
声をかけてみると苦笑いをしてこちらに振り返った。
「実は高いところ苦手で……」
「えっ、マジか。絶叫系とかは?」
「そういうのもちょっと……」
ウォーターチューブスライダーは高いところから浮き輪で滑っていくアトラクションなので、高いところが苦手な人や絶叫系が苦手な人の中には怖いという人もいるだろう。
「苦手なら断っても良かったんじゃない?」
「せっかくのお誘いだったから断りずらくて……それに羽切君も来るって事だったから……」
一色さんは両手の人差し指を胸の前でちょんちょんとぶつけて俯いた。
八木も言っていたが、俺は一色さんに好意を抱かれているらしい。
男の俺的には好意を抱かれているのは悪い気はしない。
八木に教えてもらわなかったら、一色さんに好意を持たれているなんて俺は気づかなかっただろう。
俺としては好意を抱いている女子がどういう行為や表情、言動をするのかはちょっと気になるところでもある。
「一色さん」
「……えっ?」
俺が手を差し出すと、その手を見て一色さんは少し驚いた。
鹿沼さん以外の女子にこういう事をしたのは初めてでこっちとしても少し勇気がいる行為だったが、試しにしてみることにした。
どうせ後4ヶ月ちょいで皆とはお別れだ。
いつもの転校人生通り、してみたいことをする。
それで嫌われようが転校しちゃえば俺には関係のない事だし。
一色さんは少し迷いつつも、俺の差し出した手を握った。
鹿沼さんとは少し違った感触や手の大きさ。
前に並ぶ八木はニヤニヤしていて、佐藤さんはやはり怪訝な表情だ。
『ようこそ、ウォーターベッドへ!』
頂点まで行くと、女性スタッフが立っていた。
しっかりとグリップを握って落ちない様にという注意以外は特に何の説明もなく、大型の浮き輪に4人で乗りいざ出発。
最初は筒の中を結構なスピードで滑っていき、途中から筒の上半分が開かれる。
夏の空気と太陽の光を浴びながらぐにゃぐにゃと曲がったりすると、水飛沫が飛んできて結構気持ちがいい。
それに思っていた以上にスピードも無いので、絶叫マシンとは違ってまったりとした雰囲気を楽しむアトラクションだった。
なのでジェットコースターのような浮遊感が無く、全然怖くない。
浮き輪が曲がりくねった場所を通過するたびに一色さんがギュッと手を握ってきたが、浮き輪が一番下のプールへと流れつくと「楽しかったー」と笑顔になっていた。
その後4人で色んな乗り物に乗ったが、その間ずっと一色さんと手を繋いだまま。
そして手を繋いでいることを意識している様子。
時間が経ち、二人一組の時間になる。
この施設の中心に立てられている高い時計に1時間後に集合という事で、八木と佐藤さんは離れて行った。
俺と一色さんの二人っきり。
手は繋いだままで、水着姿。
「私達、恋人みたいだね」
「そうだな。手も繋いじゃってるし」
「どこ行く?」
「一色さんが決めていいよ」
「ほんと?」
「どうぞ」
「やったっ!」
俺は一色さんと施設内を歩き回った。
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「羽切君、どういうつもり?」
一色さんとの時間が終わり、俺は佐藤さんと一緒にいる。
場所は施設内にある飲食できるスペース。
机の真ん中から出ているパラソルの陰で俺と佐藤さんはクリームソーダを飲みながら向かい合っている。
サングラスの奥にある佐藤さんの瞳がギロリと俺を睨んだ。
「どういうつもり……とは?」
佐藤さんが言いたい事はわかっている。
鹿沼さんがいるのに、こんな事していいのかと言いたいのだろう。
「彼女がいるのを隠して、友菜をたぶらかしてる」
「たぶらかしてるつもりはないけど」
「さっき羽切君から手を繋いでたでしょ」
「それだけでたぶらかした事にはならなくない?」
「私から見ると、友菜の恋心を羽切君が弄んでるようにしか見えない」
「そんなつまりは無いんだけどなぁ……」
俺は一度クリームソーダの中身を吸い上げる。
炭酸のシュワシュワと甘くてツンとしたメロンソーダの懐かしい味が口いっぱいに広がった。
「友菜は本気だよ?」
俺はクリームソーダの中身を再度吸い上げようとストローに口をつけたが、吸い上げずにその状態のまま佐藤さんを見る。
佐藤さんの瞳は怒っているというよりも、悲しんでいるような感じ。
「友菜は前の合コンで羽切君とデートした! って大喜びしてたし、今日の事だって羽切君から誘ってもらった! って喜んでた」
「……」
今日のダブルデートに一色さんを誘ったのは俺だ。
別に俺が一色さんを意識してるから誘ったわけではなく、前回の合コンに誘ってくれたお返しとして誘ったというだけだ。
それがまさか彼女の中で大きなものとなっていたとは夢にも思わなかった。
「私達は中高一貫の女子高だから、男子と関わる機会は学校にはない。だからこうやって学校の外で男子と関われる数少ない機会は毎回勝負なんだよね。今、友菜のそういう貴重な時間を羽切君が踏みにじってるって自覚はある?」
「……今、自覚できました」
確かにそう考えると、たぶらかしていると思われても仕方がないかもしれない。
女子高に所属している人の言葉の重みは違う。
俺が無自覚に一色さんに期待させて、その淡い時間を奪っているなんて思いもしなかった。
「このままだと、羽切君は鹿沼さんも友菜も傷つけることになるよ」
しかしどうだろう、だからと言って俺に何ができると言うのだろうか。
俺が鹿沼さんと本当に付き合っているという前提では確かに現状どう動いてもどちらかが傷つく。
俺が一色さんに乗り換えたら鹿沼さんが傷つくし、今後一色さんの誘いを全部断ったら一色さんが傷つく。
もしもどちらを選ぶかと言われたら俺は迷わず鹿沼さんが傷つかない選択を選ぶ。
どちらも傷つけない方法はもはや一色さんと付き合うという選択以外はない。
正直それもありかなと思ってる。
俺も男子高校生。
女子と付き合ってみたいという気持ちは当然ある。
もし一色さんと付き合うことになったら、鹿沼さんと付き合っていると勘違いしている佐藤さんは驚くだろうが、鹿沼さんとは円満に別れた上で付き合い始めたと説明すればいい。
実際のところ付き合っていないのだから、これなら誰も傷つかない
「分かった。今後はちゃんと考えた上で行動するよ」
「わかってくれたなら、よろしい」
正直何の解決にもなっていないけど、まあいいか。
今後一色さんを俺が誘うことはないし、一色さんからの誘いも状況を見て断るかを判断しよう。
「それより八木のことはいいの?」
「と言うと?」
「八木は佐藤さんがいるのに、今は一色さんと二人きりで遊んでるんだよ?」
「あー、それなら別に大丈夫だよ。友菜は羽切君一択だしそれに……」
「それに?」
「アイツは私が完全に管理してるから」
佐藤さんはクリームソーダを飲み込んだ後、ニンマリと俺を見て笑った。
こ、怖えええっ。
今までの印象と違いすぎてゾクっと体が震える。
そして彼女がどこまで八木を管理しているのか訊こうとしたが、何だか訊くのも怖くなってやめた。
多分冗談だと思うし。
「じゃ、私達も遊ぼっか」
「あ、ああ」
佐藤さんはクリームソーダを片手に立ち上がり、歩き出し――。
佐藤さんが歩き出そうと一歩足を前に出したとき、ガッシャ―ンと音を立てて、転げ落ちた。
何が起きたのか良くわからなかったが、多分佐藤さんの後ろ足が椅子に引っ掛かりバランスを崩したんだと思う。
まるで初めて佐藤さんに会った時、つまずいて盛大にパフェをぶちまかしていた時のようだ。
机がひっくり返ることは無かったが、佐藤さんが座っていた椅子と机の上にあった俺のクリームソーダがひっくり返った。
ぼたぼたと零れる俺のクリームソーダとその流れの中、堂々としているアイス。
まるで流れる滝で耐えている岩のようだと思ったが、遂にその岩が動き出した。
俺のアイスはクリームソーダの流れに逆らえず、机の端に少しずつ移動する。
そして零れ落ちた。
「ひゃっ!?」
その先に待っていたのは佐藤さんの背中。
いきなり冷たいものが背中に落ちてきてビックリしたのだろう、佐藤さんは変な声を出した。
「大丈夫?」
俺は倒れる佐藤さんに近づき、腰を曲げる。
すると佐藤さんは苦笑いをしながら俺を見上げた。
「ははは……羽切君のクリームソーダ、こぼしちゃった」
「別にそれはいいんだけど」
「コレ……あげようか?」
佐藤さんは自分のクリームソーダをプルプルと腕を振るわせて俺へ差し出してくる。
「いや……いいや」
この人に八木を管理することは無理だ。
直感的にそう感じた瞬間だった。
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帰り道、俺のスマホにチャットが入った。
送信元は妹の絵麻。
『お兄ちゃん、お父さんがイギリスに転勤する前に一度会わないかって言ってる』
父さんが俺に会いたがってる……か。
二人が離婚してから父さんとは一度も会っていない。
イギリスに行けば会えない時間もさらに増えて、いつしか本当に疎遠になってしまうかもしれない。
『それと……大事な話もあるってさ』
大事な話?
親から大事な話があると言われると、何だか不安になる。
とりあえず、俺が夏休みに予定していた行事は一つ残して全部終わった。
後は戸塚さんの家に行って鹿沼さんを診てもらうだけだ。
「わかった。そっちに行くよ」
俺は絵麻にそうチャットを打ってスマホをポケットにしまった。
一話から読んでると、なんかやり直したくなる気持ちが出てくるけど、踏ん張ってる。