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【63話】 夏休み㉓ (ラブホテル)

 ホテル退出時間まで残り10分となっていた。

 目の前には下着姿で母親と話している鹿沼さん。

 


「そんなんじゃないってば!」



 あたふたと手を動かしながら、チラチラと俺を見てそう叫んだ。

 どこから通話中になっていたのかはわからないが、場合によってはとんでもない誤解を生んでいる可能性がある。

 いや、誤解ではなくとんでもないことが行われたのだ。

 ラブホテルの円型のベッドの中心で、下着姿の鹿沼さんとキスをして胸を揉んだ。

 そして俺はその先に進もうとした。



 どうしてあんな事になったのか、俺も困惑している。

 あの時、あの瞬間だけは自分の体では無かったのではないかと感じてしまうほど、勝手に体が動いた。

 条件反射のように2段飛ばしで大人の階段を駆け上がろうとしていた。

 そして今も変な感情で痛いほど胸が締め付けられ、苦しい。

 この感情はなんだ?



 俺は知らない感情を抱えつつ慌てている鹿沼さんを眺めていると、鹿沼さんは振り返り、スマホを渡してきた。



「お母さんが羽切君と話したいって」

「……」



 どうしよう。

 正直言うと俺は話したくない。

 今はこの感情について自問自答したい気分で、それ以外の事で頭を使いたくなかった。

 しかし唯一の愛娘である親の事を考えると、ちゃんと説明しなくてはいけない。

 俺は渡されたスマホを耳に当てる。



「もしもし?」

「羽切君おはよう。景の愛撫中にごめんなさい」

「いえ、むしろ助かりました」

「愛撫していた事は認めるのね?」

「……はい」



 キスは愛撫に入るだろうし、胸だって揉んだ。

 いつもなら認めたりはしないけど、今は返答に頭を使えない。

 だから全部真実をいう事にした。

 真実なら別に頭を使う必要はないからだ。



「朝から元気で健康体ね」

「言っときますけど、キスしただけですよ」

「またまたー。電話口から聞こえてたわよ?」

「聞こえてたって何がです?」

「ああんっ! ダメッ! 指抜いて! ってね」

「……」



 どうやらだいぶ最初の方から通話中だったみたいだ。

 俺が鹿沼さんの脇の下をくすぐった時の鹿沼さんの声を別の行為と勘違いしているらしい。



「あのですね、それは鹿沼さんの脇の下に指を入れてくすぐってただけですよ」

「手〇〇してたんじゃなくて?」

「するわけがないでしょ」

「くすぐったいという感覚から始めるなんて羽切君は上級者ね。誰かで練習したことがあるのかしら?」

「いいえ、初めてです」

「それは良かったわ」



 良かった? 何が?

 とにかく、鹿沼さん母は怒っていないみたいで安心した。

 むしろ興味津々の様子だ。

 


「バレない様に景を映してもらえる?」



 俺は一度耳からスマホを離し、カメラモードをオンにする。

 そしてカメラをスマホの背面を映すように設定。

 その状態のまま俺は耳にスマホを当てて鹿沼さんが映るように横を向く。



「あら、景ったら下着姿。やっぱりヤったんじゃないの?」

「雨で服が濡れたので脱いだだけです」

「でもそれって昨日の事よね? もう乾いてると思うけど」

「さっきシャワー入ったばかりなんです。服を持っていくの忘れてたみたいで」

「ふーん」



 何やら懐疑的な声が向こう側から聞こえた。


 

「羽切君、気づいてる?」

「気づいてるって、何にですか?」

「景、女の顔になってるわよ」

「女ですから当たり前では?」

「そうじゃなくって、羽切君にしか見せないような表情をしてるって言いたいのよ」



 ンフフと電話の向こう側から興奮気味の声。

 鹿沼さん母とは二日間しか一緒にいなかったけど、何となく今どんな顔をしているのか想像がつく。



「……俺にしか見せない表情?」



 それってどんな表情だろうか。

 チラリと鹿沼さんを見ると、脚をベッドにハの字にして座って俯いていた。

 顔も体も紅潮していて少しテカっている。

 俺は今鹿沼さんを横から見ているが、目が泳いでいるのがわかるし、口元も〰〰と波のようにうねっている。

 


 その表情を見て、ギューと心臓が締め付けられる。

 活発な鹿沼さんとは全く別の表情。

 確かに鹿沼さんのこういう表情を見た男は俺以外にいないと思う。

 だけどそれは“俺にしか見せない表情”ではない。

 ただ俺が一番最初に見たというだけだ。



「お母さん」

「はーい」

「景さんを僕に下さい」



 俺がそう言うと「ふぇっ!?」と鹿沼さんがこちらを振り向いた。



「どうぞー。羽切君になら景の全部あげるわー」

「冗談です。もっと娘さんを大事にした方がいいかと」

「えー、羽切君になら本当にあげるのにー」

「いいですか。娘さんは今、男の俺とラブホテルにいます」

「えっ……ええっ!?」

「そして昨日、娘さんはレモンサワーが何か知らずに飲み、酔っぱらってフラフラでした。そんな娘さんを俺はラブホテルに連れて行き、下着姿にひん剥いた後寝かしつけました。娘さんの意識が無い間、俺が何かして結果的に妊娠とかしたらどうするんですか?」

「そ……それは……」



 高校1年生で妊娠。

 それは親としては起きてほしくない事故だろう。

 娘の体にも負担がかかるし、何よりも学生で自立していない状態での妊娠は問題が多すぎる。

 それは出産しようが、中絶しようが問題の大きさはかなり大きい。

 それを容認するほど、この母親も頭はおかしくないだろう。



「それが知り合いの俺ならいくらでも責任は取れます。だけど、知らない男から提供された飲み物を飲んでフラフラの状態でラブホテルに連れていかれ、知らない間に裸にされて最終的に妊娠したら、もう取り返しがつかない事件になりますよ」



 俺と鹿沼さんは他の人と比べて、基本的な知識が乏しい。

 特に鹿沼さんはレモンサワーがお酒だと知らなかったし、ゴムが何なのかについても最近まで知らなかったらしい。

 あまりにも自分を守る知識が乏しすぎる。

 


「もっと自分を守る教育をした方がいいかと」

「……そうね」



 納得してくれて助かった。

 異常に忙しい転勤族の母親は、子供の現状を知る機会は乏しい。

 それは俺の母さんもそうだから良くわかっている。

 だが、俺達ももう子供じゃない。

 鹿沼さんは今15歳なのか16歳なのかわからないけど、16歳なら去年までの法律であれば結婚できる年齢だし体ももう妊娠できるよう成熟しているだろう。

 


 そして世の中にはアルコールや薬を使った性犯罪は後を絶たないのも事実。

 男から渡された飲み物は飲まないとか、トイレに行く前に飲み切ってからトイレに行くとかの自己防衛は必要になってくる。

 それと自分がどれくらいのアルコールなら意識を保っていられるかも理解する必要がある。



 鹿沼さんは見目麗しい女の子。

 今はまだ高校という鳥籠の中にいるが、大学生となりお酒を飲める年齢になればサークルなどで飲み会などがあるだろうし、ナンパなどは日常的にされるだろう。

 当然、中には欲望をぶつけたくて仕方がない男だっている。

 そんな状況の中、身を守りながら生きて行かないといけない。

 外見が良い事をまるでガチャで当たりを引いた生まれつきの特典と考える人が多いが、鹿沼さんを見ているとそれは間違っているのではと考えさせられる。 



 外見が良くて得をする人は、自分を守る術を知っている上で外見を武器に行動できる人間の事を言うのではないだろうか。

 自分を守る術を知らない人は他人にその外見を利用されてただ搾取される人間になってしまうのではないだろうか。

 現に鹿沼さんは過去に一度それで問題が起き、今もそれで苦しんでいる。

 外見が良くなければ、男に好かれることも無ければあんな事にもならなかった。

 ただ毎日不良たちにビクビクしながら生きる小鹿の一人だっただろうし。



「わかったわ。夏休み中にもう一度帰って、景にちゃんと教育するわ」

「それがいいかと」

「自分を守る術……ね。羽切君は景の事、本当に大事に想ってくれてるのね」

「大事というか、危うすぎて心配なだけです」

「そういう事にしておくわ。景に代わってくれる? 景とそのことについても話さないといけないわ」

「わかりました」



 俺は鹿沼さんにスマホを渡す。

 

 

「じゃ、俺シャワー入ってくるね」

「……うん」



 俺はベッドから降り、隣のシャワー室へ入った。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



「おめでとう景」



 私がスマホを耳につけると、お母さんが言った。

 


「えっ、何が?」

「羽切君とキスしたんだって?」

「あ……うん」



 羽切君とスマホの取り合いで勝負して、勝敗が決まる前にそういう雰囲気になった。

 そしてキスを2回もしてしまった。

 行為中は何も考えられず、終わった後もずっと体が火照っている。

 


「それで、他には何かしなかったの?」

「他には……裸を見られた」

「遂に全裸をッ!?」

「私がシャワー浴びてる時にその……壁が降りてきて見られた」

「……? 何を言ってるのかわからないわ」

「じゃ、じゃあ見てて」



 私はカメラをオンにして背面にする。

 これは復讐。

 私ばっかり恥ずかしい思いさせられて、不公平だ。

 それにお母さんと一緒なら羽切君だって怒ったりはしないだろう。



「お母さん見えてる?」

「見えてるわ」



 私はタブレットを手に取り、御開帳をタップする。

 すると隣のシャワー室の一部透明の壁が機械音と共に降りてくる。

 そして30秒程かけて、一番下まで下がった。

 羽切君は気づいていないようで、横向きでシャワーを頭に浴びている。

 


 シャワーを浴びている羽切君の全裸が現れたが、私はその下半身に釘付けになった。

 太ももの付け根から伸びている棒。

 とんでもなく太くて長く、先端に行くにつれて上向きにゆったりとした曲線を描いている。

 パンツの中で突起しているのは何度も見たことがあるが、パンツから出るとこんなに大きいものなんて知らなかった。



「景、アレが男のブツよ」

「あれが男の人の……」

「あのブツが景の中に入るのよ」

「あんな大きいのが私の中に……!?」


 

 あんなのが本当に入るの!?

 それくらいに大きい。

 あれを普段どうやって体に収納しているのだろうか。



「お母さん、質問があるんだけど」

「なーに?」

「アレ、男の人は普段どうやって収納してるの? 口紅みたいに押したり回したりすると体の中に収納されたりするの?」

「違うわ景。普段はもっと小さくてフニャフニャだけど、興奮したり朝起きたりしたときは血流がそこに溜まって大きくなるの」

「へー……」



 そういえば前にお母さんが来た時に、朝寝ていた羽切君の下半身を観察しながら色んな説明を受けた。

 だけどその原理については今初めて知ったし、生で見るのも初めて。



「それにしても羽切君のは大きいわね。お父さんのより大きいんじゃないかしら」

「お父さんよりも!? っていうか、大きさに差なんてあるの!?」

「あるに決まってるでしょ。女でも胸の大きさは個人差があるじゃない?」

「た、確かに……」



まさか男の人にも個人差があるなんて知らなかった。

 という事は女の人と同じように、他人と比べて大きさとか気にしたりするのだろうか。

 

 

「景、夏休み中にもう一度帰るから、その辺の話も含めて一度話し合いましょう」

「えっ、帰って来れるの?」

「有休を使うわ」

「そこまでして話さないといけない事なの!?」

「羽切君がちゃんと景に教育してくれって言われちゃった」

「そっか」

「羽切君は景の事、相当大事に想ってるみたいね」

「そうなのかな……」

「でもまだまだ安心してはダメよ」

「わかってる」



 羽切君に大事にされているのは何となくだけど気づいてた。

 だけどそれは発作があるからだと思う。

 それにもし羽切君が今後私の事を好きになったとして、それで絶対にイギリスに転校しないとは限らない。

 根本にあるのは羽切君のお母さんの転勤なのだから。

 羽切君が自ら転校しないとお母さんに明言しない限り、転勤の呪縛からは逃れられない。

 そして現状、その可能性は0だ。



 最初から分かっていた事だが、相当難易度は高い。

 8月になり、転勤予定日まで残り約5ヶ月。

 羽切君が転校してきて約2ヶ月が経ち、相当親密な関係になったと思う。

 私も羽切君と関わる前までとは別人になってしまった気分だ。

 みんなが当たり前のように知っている知識だったり、感情、そして男の人の事について前よりも圧倒的に良くわかった。

 


 後は今後羽切君とどう関わっていくか。

 夏休み中もそうだけど、学校が始まってからについても考えなくてはいけない。



 私は一度深呼吸をして、シャワーを浴びる羽切君を見る。

 すると羽切君と目が合った。

 そして――。



「うわああああああああっ!?」



 羽切君は両手でアソコを隠し、脱衣所へ消えて行った。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 ラブホテルから出て、電車に乗った。

 そして最寄り駅で降りて、家まで歩く。

 その間、俺達の間に会話は無かった。

 

 

 あんな事があって、何となく気まずい。

 チラリと鹿沼さんを見て目が合ってもすぐに逸らされるし、正直何を話せばいいのかわからなかった。

 

 

 家の前まで着くと、鹿沼さんは自分の玄関の鍵を開けてドアを開けた。

 俺も自分の家をドアを開く。



「じゃ、じゃあね」

「あ、ああ」



 短い言葉だけを交わし、俺は家に入る。

 時刻は10時。

 後2時間もすれば昼飯を食べる時間だ。

 


 俺は靴を脱いでリビングに行き、ソファーに座った。

 家の中は物音一つしない静寂に包まれていて、なんだか寂しい。

 家に一人でいることが寂しいと感じたのはいつ以来だろうか。

 

 

 俺はソファーに腰を深く沈めてくつろぐ。

 すると脳裏にはライブハウスで元気にはしゃいでいた鹿沼さんの元気な姿が映った。

 そしてラブホテルで下着姿で寝ている鹿沼さん。

 朝に全裸でシャワーを浴びている姿。

 そして唇の感触と、触れた胸の感触。

 

 

 どうしてあんな事になったのだろうか。

 鹿沼さんと見つめ合って、勝手に体が動いた。

 あれは何だったんだ?



 心の整理をする必要がありそうだ。

 俺は何とか答えを出すため、長考することにした。

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