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【61話】 夏休み㉑ (ラブホテル)

 物凄く深い眠りだった。

 多分ここ10年くらいで一番の睡眠。

 体の大部分が温かい何かと接していて心地が良いし、ドクンドクンと脈打つ音がすごく安心する。



 ずっとそのままでいたいと体は言っているが、脳は起きたがっている。

 私は脳の気持ちを優先して薄っすらとを開けた。

 

 

 最初に目についたのは、誰かの首筋。

 そして視線をゆっくりと下に降ろすと、男の人の体。

 私の左足と、左手は男の体の反対側にあって、裸の男の人に抱きついている形だ。

 


 どうやら、まだ夢の中にいるらしい。

 私が裸の男の人とベッドで寝てるなんて、ありえない。

 それにそこに至るまでの記憶がないのだから夢に決まっている。

 


 私はもう一度目を閉じる。

 しかし自分の体の違和感に気づき、もう一度瞼を引き上げて自分の体を見る。

 


「え……」 



 私も裸だった。

 正確には下着姿だが、服を着ていない。

 その事実を知った瞬間、体中に恐怖感を駆けずり回った。



 ここはどこ?

 この男の人は誰?

 私は何をされたの?

 


 この状況ではもはや何をしたのかは明白だ。

 私は男の人と知らない部屋のベッドの上で裸で寝ている。

 それはつまり、私はこの人とエッチをしたのだ。

 でも、どうしてこうなったの?



 いや、どうしてこうなったかは今考えるべきじゃない。

 これからどうするかを考えないと……。

 急激に早くなる心臓の音と、とんでもない冷や汗。

 呼吸もしずらくなり、全身がとんでもなく熱を帯びる。

 


 これは夢じゃない。現実だ。

 逃げなきゃ、何されるかわからない。

 私は恐怖で震える体を静かに起こし、ベッドに座り、シーツを握って体を隠す。

 そしてベッドから降りようと片足を地面につけた瞬間。

 


「う……ん」



 男の人がゴソゴソと寝返りを打った。

 私は片足を地面につけた状態で、停止。



「鹿沼……さん……」



 私は名前を呼ばれて、振り返る。

 そして一緒に寝ていた男の顔を見て、心臓が大きく跳ね上がった。

 裸で身を寄せ合って寝ていた人は、羽切君だったのだ。

 男の人が一番信頼している人とわかった途端、震えや恐怖感が一気に消し飛んだと同時に羞恥心と困惑で頭がいっぱいになる。



 ――どどどどどうしよう!?


 

 私は下着姿で、羽切君もパンツ一枚。

 ベッドの横のハンガーラックには私の白のTシャツと短パンが掛けられていて、その下には私のバッグが置いてあった。

 そして机に置かれている黄色い飲み物が入ったプラスチックの容器。

 そうだ、昨日桐谷さんのライブに行ったんだ。

 そしてドリンクを飲みながら雨の中走って、その後の記憶がない。



 その後、私は羽切君と何をしたの!?

 同じベッドで裸で体を寄せ合って寝ていたって事は、そういう事をしたの!?



 寝ている羽切君を起こさないように、私はバッグの中からスマホを取り出す。

 脳みそが混乱していて、中々パスワードが開かない。

 3度パスワードのミスを犯して、チャットのアプリを立ちあげる。

 そして“戸塚美香”のアカウントにビデオ通話をタップ。

 5度コールした後、ガチャリと通話が始まった音がした。



「み、美香。助けて!」

「どうしたの景~。こんな朝から下着姿で~」



 美香は眠そうな顔だ。

 時刻は朝の6時20分。

 電話するには非常識な時間だが、今はそんな事言ってられない。



「私、羽切君とエッチしちゃったかも」

「おお~。卒業おめでとう~」

「そ、そうじゃなくて! エッチしたかどうかわからないの!」

「どういう意味~?」



 私は今できる範囲の状況説明をした。



 昨日桐谷さんのライブに行った事。

 そして台風で帰れないかもしれないとなった事。

 台風の中、羽切君とどこかへ走ってそれから記憶がない事。

 そして今、目を覚ましたら裸で抱き合って寝ていた事。



「なるほどね~」

「ど、どうしよう、私しちゃったのかな?」

「景、一回落ち着いて~。ほら深呼吸~」


 

 私は美香の言う通り、一度深呼吸をする。



「とりあえず、一度部屋を映してくれる~?」

「わかった」



 私はカメラを背面側にして、部屋をぐるりと映す。



「ああ~、ここはラブホテルだね~」

「ラブホテルって何?」

「男女がエッチするためにあるホテルだよ~」

「えっ、えええっ!?」



 そんなホテルがあるなんて知らなかった……。

 ラブホテルという場所で裸で寝ていたという事はやっぱり……。

 かーっ、と体が熱くなる。



「次にゴミ箱の中映して~」



 私は立ち上がって言われた通り一つ一つのゴミ箱の中を映す。

 しかしどのゴミ箱にも何も入っていない。



「ゴムはなしね~」

「そういうのってゴミ箱に捨てるんだ……」

「一応ベッドの上も映してよ~。ごみ箱に捨てないでベッドの上に置いたまま寝ちゃった可能性もあるし~」



 私は再度ベッドの上に乗り、色々な場所を映す。

 しかし、ゴムと思われるものは見当たらない。



「羽切君、本当に裸で寝てるね~」

「そうなの。私も裸で寝てて……」

「ちなみにどんな感じに寝てたの~? 再現してみて~」

「う、うん」



 私は羽切君が起こさないように再度腕に頭を乗せて横になる。そして羽切君の体の反対側に足を持っていく。

 左手はスマホを持っているので、高く上げてその姿を映す。

 するとカシャッという音がスマホから鳴った。



「ちょっと美香!? 写真撮ったでしょ!?」

「スクリーンショットだよ~。すごい画像ゲットしちゃった~、後で景に送るね~」

「えっ、あ、ありがとう?」



 美香がその写真を悪用するとは思えないから、別にいいや。

 私もちょっと欲しいし。



「ところでさ~、景はホテルでの記憶は全くないわけ~?」

「うん、全くないの。おかしいよね」

「羽切君は薬でも盛ったのかな~?」

「薬?」

「レイプドラッグって言ってね、飲み物とかに薬を混ぜて意識が朦朧としてる女の子をホテルに連れて行って寝てる間にそういう事をするっていうのが結構あるんだよね~」

「そんなのもあるの!?」

「そう。だから景、男の人から飲み物とか食べ物とか渡されたときは気を付けた方がいいよ~。今の景みたいに気づいたらホテルのベッドに裸で寝てて、されてた記憶が全くないっていうので泣き寝入りしちゃうこともあるみたいだから~」



 そ、そんな馬鹿な……。

 羽切君が私に薬を盛って、意識が無い間にしたって事?

 でも待って、私は昨日何も食べてないし何も飲んでな――。

 いや、飲んだ。

 ライブハウスで注文した黄色い飲み物。

 私はベッドから降りて、机の上に置いてある黄色い飲み物を手に取った。



「まあ、羽切君がそんな事するとは思えないけどね~」

「ねえ美香、レモンサワーって知ってる?」

「知ってるよ~。お酒でしょ~?」

「お酒……!?」



 あれがお酒……?

 レモンネードみたいな味でジュースだと思っていた。

 そう言えばレモンサワーを飲んでから頭がフワフワしてきてたし、何だか体もぽかぽかと熱くなってた。

 


「私、レモンサワーをジュースだと思って飲んじゃってたみたい」

「景はアルコールに弱いんだね~。それが原因で記憶が無いんじゃないかな~?」

「じゃあ、私は何もされてないって事?」

「景、アソコがヒリヒリ痛んだりしてない~?」

「してないけど……」

「だったら、挿入はされてないね~。初めての時は痛いし、終わった後もしばらくヒリヒリジンジン痛いから~」

「そうなんだ……」



 何だか安心したような、残念なような。



「でも景が寝てる間に羽切君が何をどこまで見たのかな~?」

「どういう事!?」

「酔っぱらった状態の景が下着姿で寝てたんだよ~? 羽切君も男の子だからね~、ブラをずらして胸を見たり、色んなところ舐め回したりしてるかもよ~?」

「な、舐めっ!?」



 確かにそうだ。

 私が何で裸なのかという疑問もあるし、無防備な私が隣で寝ていたらいくら羽切君でも何かしているかもしれない。

 

 

 もし彼が私に何かしていたとしたら、心配だ。

 私は昨日シャワーを浴びてないだろうし、汗もかいてて体が臭いはず。

 それが原因で嫌われちゃってたら、どうしよう……。



 いや、彼を信じよう。

 意識が無い私に手を出していないと。

 じゃないと恥ずかしさと不安で頭が狂っちゃいそうだ。

 

 

「とにかく景、羽切君が起きたらちゃんと話し合いな~」

「うん……ありがとう美香」



 美香との通話を終えて、スマホをベッドに置く。

 ベッドにはまだ羽切君が寝ていて、それ以外の音は何もない。

 今更だが家以外の場所で下着姿のまま歩いているのが、すごい違和感がある。

 

 

 ここはラブホテル。

 男女がそういう行為をする場所。

 ならばシャワー室だってあるだろう。

 このベッドのすぐ横にはもう一つの部屋があって、多分そこがシャワー室。

 シャワーを浴びて、一度頭を整理してから羽切君とちゃんと話そう。

 


 私はシャワー室と思われる部屋の扉を開けて、中に入った。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 ジャーという水が落ちる音に目が覚めると、俺は裸だった。

 まだ台風がすごいのかと思ったのだが、水の音は外からではなくベッドのすぐ隣のシャワー室からだった。

 隣を見ると、鹿沼さんがいない。

 この部屋には俺と鹿沼さんしかいないので、シャワーを浴びているのは鹿沼さんという事になる。

 


 それにしても昨日の夜は凄かった。

 酔っぱらった鹿沼さんは足元がフラフラで、この部屋に連れてくるまでまず大変だった。

 そしてその後も言動だったり行動が大胆になっていて、服は脱ぐわ告白してくるわ。

 やっとの思いで寝かせつけれたが、酔っぱらった下着姿の鹿沼さんが真横で寝ていてずっと心臓がうるさくて寝付けないし。

 そんな鹿沼さんを見ているうちに、色々想像しちゃって悪戯したくなってくるし。

 


 あんな状況で理性が働く男の方がおかしいだろう。

 これは内緒だが、俺も鹿沼さんの色々な場所の肌に触れた。

 普段ならあまり触れれない首とその下にある鎖骨を触ってみたり、ちょっと首を握ってみたり。

 少し膨らんでいる下腹部や肋骨、脇腹そして二の腕をさすってみたり。

 太ももの付け根とお尻の横を触ってみたり。



 本当は下着を脱がしてその内側を見ようとしていたのも事実。

 俺は鹿沼さんの胸と胸の間にあるブラジャーの紐を引っ張り上げて、その内側を拝見しようとした。

 俺の中の興奮がピークだったのだ。

 鹿沼さんの胸が顔側に傾いて、限界に達した所で元に戻ろうとする力が発生。

 あと少し紐に力を入れるか、もう1秒そのままを維持していたら、ブラの下から鹿沼さんの胸がプリンが弾けた時のようにプルッと勢いよくはみ出ていただろう。

 

 

 しかし俺はその前にブラを元に戻した。

 俺も男の性。

 めちゃくちゃ見たいし、触りたい。

 今までの人生で間違いなく一番下半身が反応していて、痛いくらいだった。



 だけど微かな背徳感に俺は怖気づいた。

 そして鹿沼さんという大切な存在を俺が穢していいのかという不安もあった。

 さらにはここで見てしまって、俺はその後鹿沼さんをどういう目で見てしまうのかという懸念。



 今年のニュースで“蛙化現象”という言葉が流行った。

 俺は恋愛とかしたことが無いからその感情はわからないけど、何でも好きな人が振り向いてくれたと感じたら恋愛感情が冷めるらしい。

 男の場合だと性的な欲求を満たすと、その女性を大切に感じ無くなったり、好きじゃなくなったりするらしい。



 ここで鹿沼さんのソレを見たとして、俺はそれでも彼女を大切と思い続けられるのだろうか?

 それがわからないから怖い。

 だから辞めて寝ることにした。

 不思議なもので、そう考えて瞼を閉じたらすぐに寝られた。



 俺はベッドから起き上がって、ベッドのすぐ横にある机の上のタブレットを手に取る。

 そこには照明の明るさだったり、テレビの番組だったり、無料で見れるエッチな動画の閲覧だったり色々なオプションが書いてある。

 その中で一つ、見慣れない“御開帳”という表示があった。

 俺も初めてのラブホテルで御開帳というワードは何か怖い雰囲気がする。

 料金とかは書いてないので、いきなり女の子が部屋に来るとかは無いと思うけど……。



 俺は興味本位でそのオプションをタップしてみた。

 するとウイーンという機械音と共に、ベッドの隣にあるシャワー室の壁が下に動き始め、それと同時にシャワーの音が明らかに大きくなる。

 ずっと変だと思っていた。

 ベッドとシャワー室を隔てる壁の一部は透明で、かといって鏡になってるわけでもなく奥が透けるわけでもないデザインとしては変な感じだったのだ。

 


 その透明の壁が5分の1程下に下がると、中から湯気が出てきた。

 そして5分の2程下がると、鹿沼さんの横顔が出てきて、5分の3下がると、鹿沼さんの下腹部までの肢体が露になる。

 鹿沼さんはシャワーを浴びながら両手で濡れた髪をアップにしようとしている最中で、脇の下から胸が完全に見えてしまっている。

 そして完全に壁が下がりきると、鹿沼さんの全部が露になった。

 

 

 母さんが言っていた通りの体。

 いや、そんな事を考えている場合ではない。早く壁を元に戻さないと――。



 俺は慌ててタブレットを手に取るが、視線はどうしてもあっち側に行ってしまう。

 何か違和感を感じたのか、鹿沼さんは腕の間からこちら側を振り向いた。

 万事休す。 

 俺はもはや何も言い訳が出来ないと悟り、正座する。

 


 鹿沼さんはベッドに座る俺を見て、見る見るうちに表情が歪んでいく。

 コンマ1秒の沈黙の後、鹿沼さんはバッと胸を隠し、勢いよくつま先座りした。

 そして――。



「きゃあああああああああああああああああああっ!!!」



 とんでもない絶叫。

 しかし俺はどうすることも出来ず、ただただその絶叫が収まるのを待った。

暑すぎる。

熱中症に気をつけないと死んじゃうよ。

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