【60話】 夏休み⑳ (ラブホテル)
ライブハウスから出ると、とんでもない雷の音や風の音、雨の落ちる音が聞こえてきた。
「台風すごいねー」
鹿沼さんは黄色いドリンクを片手に階段を上り始めた。
しかし階段が雨に濡れていて滑るのか、足元が少しフラフラしていて危なっかしい。
俺は鹿沼さんが落ちないように、すぐ後ろに引っ付くように階段を上る。
何とか一番上まで登りきると、地上の現状が見えてきた。
とんでもなく大粒の雨がシャワーのように落ちてきている。
そしてその雨が強風に乗って空気を真っ白に染めていた。
20秒に1回ピカッと光り、ズドーンと雷が落ちる音がしている。
俺は桐谷さんが言っていた、ライブハウスの左の道を見る。
その道をまっすぐ行って右側に良い感じのホテルがあると言っていた。
視界が真っ白であまり遠くは見えないが、かすかに発光したHOTELという看板が見える。
「鹿沼さん」
「はーい?」
「あそこに見えるホテルまで走れる?」
「どこどこー?」
何だか鹿沼さんはほわほわしている。
足元もフラフラだし、一体どうしちゃったんだろうか。
鹿沼さんは俺が指さした方角をおでこに右手を平らに置いて遠くを見るような動作で見た。
「あー、でも走りたくないなー」
「走らないと濡れちゃうよ」
「何だかすごく体が熱いし、雨に濡れたい気分だよー?」
「着替えが無いし、風邪ひくから駄目だよ」
いつもの鹿沼さんじゃ絶対言わない言動。
そしていつもと違うテンション。
ライブハウスで活発だった鹿沼さんとも全然違う、初めて見る鹿沼さんの雰囲気に俺は大いに困惑した。
しかしずっとここにいるわけにはいかない。
ホテルまでの距離は走って大体20秒程の距離だ。
俺は鹿沼さんの手首を握る。
「走るよ? いい?」
「いいよー」
鹿沼さんに許可をもらったので、手首をにがぎったまま全力で走る。
顔に打ち付ける猛烈な雨。
ホテルに着き、とりあえず中に入る。
冷たい雨が服やズボン、靴を貫通して肌にまで到達していて、べたつく。
ホテルの自動ドアを入ると、中に受付的な場所は無かった。
その代わり自動販売機のような販売所が一つと“鍵・返却口”の看板のついた小さな小窓のみ。
何だか怪しい雰囲気を感じつつも、鹿沼さんを引っ張って自動販売機まで歩く。
自動販売機はタッチパネルになっていて、お金を先に入れて宿泊したい部屋をタッチすると鍵が出てくるというシステムらしい。
このホテルは3階で部屋は1階につき4部屋のみ。
1階と2階の部屋は満室。そして3階も2部屋が清掃中という表示、1部屋は光っていないので人が入っている。そして最後の1部屋が空室となっていた。
料金は12時間で5000円。
今は19時20分なので、朝の7時まで泊まれるという事だ。
今日の朝のニュースでは明日の朝9時ごろまでは台風の影響があると言っていたが、そもそも台風の到達スピードが予報よりも早かったので明日の朝7時には台風が通り過ぎている可能性も大いにある。
俺はお金を入れて、その空室をタッチする。
すると機械音と共にカードキーが出てきた。
「鹿沼さん、大丈夫?」
「うーん? だいりょーぶー」
どう考えても大丈夫じゃない。
俺はその場で座り込みそうになっている鹿沼さんの腕を首に回し、そのまま引きずるようにエレベーターに乗る。
そして3階でエレベーターの扉が開くと、ピンク色のまっすぐの廊下が出てきた。
左側に2室、右側に1室、そして奥に正面を向いて1室。
俺達の部屋は正面を向いている部屋だ。
エレベーターから出て部屋の扉まで歩き、カードキーを差し込――。
「ああん! ダメッ、んんっ!」
カードキーを差し込もうとしたとき、右側の扉の部屋から卑猥な声が漏れてきてピタリと俺の動作が止まった。
そして脳裏に浮かぶ数々の不思議。
ホテルに行こうという会話に赤面して驚いていた桐谷さん。
今夜は思う存分、野生になっちゃえという桐谷さんの一言。
ピンク色の廊下。
12時間で5000円という格安の料金設定。
そして隣の扉から漏れ出る卑猥な声。
俺の頭の中に浮かぶ、まさか。
俺はそのまさかを頭の片隅に入れながら、カードキーで部屋の中に入る。
部屋の中は狭くて、部屋の中心に円形のベッドが陣取っている。
そしてシャワー室らしき空間と円形のベッドの横にはテレビ。
「鹿沼さん、ホテルに着いたよ」
「羽切君、ありがとー」
鹿沼さんは円形のベッドに腰を下ろし、黄色のドリンクを「んー!」と美味しそうに吸い上げる。
そういえば、鹿沼さんがおかしくなり始めたのはこのドリンクを飲んでからだった気がする。
「そのジュース美味しい?」
「すごく美味しいよ」
「何てジュースなの?」
「レモンサワーって書いてあった」
「レモンサワー!?」
レモンサワーとは即ち、アルコール。
受付の人は鹿沼さんが20歳以上だと思ってアルコールを提供してしまったらしい。
鹿沼さんの雰囲気は確かに大人っぽいが、見た目はまだまだ幼さが残ってて20歳以上には到底見えないと思うのだが。
なんにせよ鹿沼さんはレモンサワーをアルコールだと知らずに注文し、それを飲んでフラフラになってしまった。そしてアルコールでフラフラな彼女を俺はホテルに連れ込んでいる。
俺は4分の1くらい残っている鹿沼さんのドリンクを取り上げる。
「ああー! 何するの!?」
「これ、アルコールだよ。もう飲んじゃダメ」
「ええー! 羽切君のいじわる!」
鹿沼さんはドリンクを取り返そうと手を伸ばしてきたが、俺は鹿沼さんが立ち上がれないように肩に左手を置いて力を入れ、右手のドリンクは高く上げた。
取り返すのが無理だと悟ったのか、鹿沼さんはベッドにドスンと仰向けに横たわった。
「鹿沼さん、雨で濡れただろうしシャワー浴びてきたら?」
俺は酔っぱらった鹿沼さんの目を覚ますためにシャワーを浴びさせるという作戦に切り替えた。
昔、酔っぱらった父さんがシャワーを浴びて正気に戻ったという事があったので、これでうまくいくはずだ。
「えー、もう少し休憩したいー」
「服も雨で濡れてるでしょ? そんなんで寝転んだらベッドも濡れちゃうし風邪ひくよ」
「わかった」
どうやらシャワーを浴びてくれるらしい。
俺が安心した束の間、鹿沼さんは寝ている態勢から起き上がっていきなり服を脱ぎ始めた。
「ちょっ、何してるの!?」
「服脱げば風邪もひかないし、ベッドも濡れないでしょ?」
「そういう問題じゃないよ!」
鹿沼さんはすでに白のTシャツを脱いで、ブラ一枚。
白のTシャツはポイと俺に向けて投げ捨てた。
鹿沼さんの脱ぎたての白のTシャツがひらりと浮かんで、俺の頭の上にぱさっと被さり、一瞬視界が塞がる。
俺はその白のTシャツを頭からどかすと、今度は履いている短パンもヨジヨジと腰を動かしながら脱ぎ始める鹿沼さんが視界に入った。
俺は短パンが太ももまで降ろされたところで、鹿沼さんの手を握ってそれ以上の進行を阻止する。
「鹿沼さん! 流石にまずいって!」
「だって暑いんだもん! それに羽切君が脱げって言ったんじゃん!」
「脱げなんて一言も言ってないよ!」
鹿沼さんは完全に酔っ払っている。
まさか酔っ払った下着姿の女子とホテルでこんな事をする日が来るとは。
それも鹿沼さんという高嶺の花の女子と。
「私が脱ぐって言ったら脱ぐの!」
「男の人の前で自分から脱ぐなんて、良くないって!」
「わかった。じゃあ羽切君が脱がして?」
「え?」
円型のベッドに座る鹿沼さんの表情は真剣だ。
しかしその目は眠そうで、顔はアルコールのせいか恥ずかしさがあるのか赤い。
もはや鹿沼さんがシャワーを浴びてくれるとは思えない。
ならば早めに寝かせるのが良いだろう。
幸いにも鹿沼さん眠そうだし、下着姿になれば解放感もあって静かに寝てくれそうだ。
「わかった」
俺は鹿沼さんの手首を握るのをやめて、代わりに短パンの内側に親指、外側に人差し指で挟んでゆっくりと脱がす。
露わになる鹿沼さんのパンツ。
ブラと同じネイビー色に白の花柄。
まるで俺が選んだ水着のような下着の上下。
なんだか途轍もなく悪い事をしている気分だ。
俺は短パンを完全に脱がし、白のTシャツと共にハンガーにかけてベッドの横のハンガーラックに掛ける。
その一連の様子を下着姿の鹿沼さんにジッと見られていてなんだか落ち着かない。
「ハクシュッ!」
俺も濡れた服を着ていて少し体が冷えてしまったみたいだ。
俺も服を脱ぎ、ズボンも脱いでハンガーラックに掛けた。
下着姿の鹿沼さんとパンツ一丁の俺。
俺のパンツはフルで突起していて、どうやったって隠しようがない。
チラリとベッドに座る鹿沼さんを見ると、その視線は上下していた。
俺はこのままシャワーに入ろうかとも思ったが、酔っぱらってる鹿沼さんの行動が予測できず、もしも下着姿のまま部屋を出て行ったりしたらどうしようとか考えてしまい、心配で行動に移せない。
とりあえず俺は円型ベッドの鹿沼さんと反対側に背中を向けて座る。
俺は枕側で鹿沼さんは足側。
壁の小窓から見える外は大荒れ状態で、もはや絶対に帰ることができない。
そして家でない外出先の、恐らくラブホテルの一室で鹿沼さんと二人きり。
誰かが突然インターホンを鳴らしてきたり、母さんが突然入ってきたりすることもない。
何の心配事も無い、純粋な二人きり。
そんな状況で鹿沼さんは酔っ払っていて、下着姿。
これでは興奮しない方がおかしい。
「羽切君」
猛烈なビートを刻む自分の心臓に意識を傾けていると、後ろからほんわりと温かくて柔らかい何かが俺の体を包み込んだ。
「好き」
「……?」
「私、羽切君の事好き」
突然の告白。
やはり今の鹿沼さんは正常ではない。
「鹿沼さん、酔っぱらってるね」
「そんなんじゃない。そんなんじゃないもん!」
俺の後ろから首に腕を回して抱きついている鹿沼さんは、ぴょんぴょんと縦に跳ねた。
背中に押し付けられているブラジャーの花柄のザラザラな部分が俺の背中を上下に擦っている。
「はいはい。じゃあもう、おねんねしましょうねー」
「子ども扱いムカつく!」
「ほら」
俺は振り返って、鹿沼さんをゆっくりとベッドに寝かせた。
そして掛け布団に手を伸ばす。
「羽切君も、一緒に寝よ?」
「俺は椅子で寝るからいいよ」
「だーめ」
鹿沼さんは俺の手首を握り「お願い」と小さな声で言った。
「わかったよ」
俺は部屋の電気を常夜灯にして、ベッドに横になる。
掛け布団を掴んでみてわかったが、結構厚みがあって暑そうだった。
なので体ではなく膝に掛かるくらいに留める。
仰向けで寝る鹿沼さん。
そして腕で頭を支えながら横向きに寝る俺。
オレンジ色の温かい明かりで鹿沼さんの表情と肢体が見える。
「おやすみ、景」
「ナル君、おやすみのチューは?」
「ここ日本だよ?」
「してくれないなら、寝ない」
「はいはい」
俺は顔を近づけ、ほっぺに唇を押し当てる。
「これで満足?」
「……口が良かった」
「今はこれで満足してくれ」
「わかった」
鹿沼さんは瞼を閉じ、静かになった。
10分程経つと鹿沼さんの胸が上下にゆっくりと動き、寝息を立て始める。
やっと酔っ払いが寝てくれた。
酔っ払いの鹿沼さんが下着姿で熟睡している。
今なら何をしても起きることは無いしバレる事もないだろう。
たった一枚。
鹿沼さんの豊満な胸を隠している、たった一枚の布。
これを捲し上げれば、鹿沼さんの生のおっぱいがプルンッと姿を現すだろう。
いや、それだけじゃない。
下着を全部脱がして、ベッドの上で全裸にひん剥くのもいいかもしれない。
ここはラブホテル。
男女が裸の行為をする場所であり、想像を現実にして楽しむ場所。
俺は鹿沼さんに手を伸ばす。
反対側の脇腹に手を置き、そのまま脇の下まですぅーと這わせる。
そして肩、首へと手を滑らせ、最後に胸と胸の間にあるブラジャーの紐を掴み、そして――。
60話まで来た!!
12月までのイベントで夏休みは長いので、自動的に話数も多くなってしまう。
良かったら、いいね、ブックマーク、レビュー、評価してねー。