【58話】 夏休み⑱ (海)
不定期投稿となっております。
ビデオ通話が始まり、俺のスマホの画面には母さんの顔と右上に砂に埋まっている俺の姿が映し出された。
『成……あなたイジメられてるの?』
母さんは俺の姿を見て目を丸くしている。
海で砂に埋められるっていうのは遊びとしては定番だと思うのだが、母さんは知らないのだろうか。
「あのな母さん、遊びだよこれ」
『遊びだと思い込まされているのね……お母さん悲しいわ』
今度は泣き顔を隠すように両手で両目を塞いだ。
我が家では冗談をそのまま継続して会話する文化があり、俺はこういうのに慣れている。
「そうなんだ母さん……こんな灼熱地獄の中でビーチに埋められて、身動きが取れなくなった俺の顔に水を流して息をできなくさせたりしてくるんだ……」
『それは……相当ないじめね。いじめっ子の顔を見てみたいわ』
「いじめっ子の顔を見せてやりたいけど、スマホも取られちゃったし、奴らはこうやって親に俺の情けない姿を見せて喜んでるんだ」
チラリと皆の顔を見ると、信じられないという表情。
我が家にこういう文化があると知らない上に、自分たちがいじめの加害者だと言われたので当然か。
特に亀野は学級委員長だからなのか、不安そうだ。
『ひどい事するのね。じゃあ早めに転校の手続きをしましょうか』
「頼んだ母さん」
「ちょっと待ってください!」
俺と母さんの会話に横槍を入れたのは鹿沼さん。
「羽切君はいじめられてなんていません!」
『今の声は、いじめっ子の女の子かしら?』
「私ですっ! 鹿沼ですっ!」
『あらー、景ちゃん? 久しぶりね』
鹿沼さんは何故か焦っている。
そして反対に母さんは楽しそうだ。
『景ちゃん、インカメにしてインカメに』
「は、はい」
『ワーオ! ビキニ姿も可愛いわね。自分で選んだの?』
「い、いえ…羽切……ナル君に選んでもらいました」
『成は景ちゃんの似合う色使いがわかってるのね。全体像も見てみたいわ』
「わかりました。美香映してくれる?」
「おっけ~」
鹿沼さん、母さんにペースを握られたな……。
鹿沼さんは母さんに何かを訴えかけようとしたのだろうが、今は母さんのペースでされるがままだ。
戸塚さんはスマホを受け取り、鹿沼さんを映す。
『オーマイガー! 景ちゃん全部が最高よ、お嫁に来てちょうだい?』
「お嫁!?」
イギリス行きまで約4ヶ月。
母さんの言葉に英語が混じってるのは海外で生活する準備をしてるからだろう。
それにしても日本語に自然と英語が混じるなんて、相当勉強している証拠だ。俺も頑張らなくては……。
「いいじゃん景、お嫁に行っちゃいなよ~」
「私がナル君のお嫁さんに……!?」
「相性は良いと思うな~、後は体の相性も確認しないとね~」
「か、体の相性!?」
俺の体の上ですごい会話が繰り広げられている。
『あら、お嬢ちゃんわかってるわね。お名前は?』
「戸塚美香です~」
『戸塚さんね、覚えておくわ』
戸塚さんと母さんがお互いを認識してしまった。
二人が実際に会う事はないとは思うが、会えばとんでもない事になりそうだ。
混ぜるな危険とはこのことか。
「母さん、もう切ってもいい?」
『えー、』
「この電話が切れるのをみんな待ってるんだよ」
『とりあえず成が楽しそうにしてるようで安心したわ。最後に景ちゃんと二人で話したいんだけどいいかしら?』
「えっ、私と?」
「別にいいけど」
鹿沼さんは少し驚いて立ち上がった。
そして戸塚さんから俺のスマホを手渡され、一人でパラソルへと離れていった。
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「鹿沼さんと羽切の関係が親公認って事はわかった」
鹿沼さんが少し離れたところにあるパラソルで母さんと電話で話している。
時刻は15時。
海という場所が影響しているのか、こうやって皆で遊んでいるからなのか、時間の流れが早いような気がする。
そして15時を過ぎてから多くの人がパラソルをたたんで帰り始めていている。
「親公認というか、親同士が知り合いなんだよ」
「親が知り合いだから二人は仲が良いんだね」
「まぁ、そんな感じ」
亀野は「なるほどなー」と頷いた。
「色々謎は解けた」
「そりゃ良かったな」
確かに鹿沼さんと転校して一ヶ月しか経っていない俺がこうやって海に来ているのは不自然だ。
鹿沼さんが男子の誘いを避けているのは明白だから変な疑惑を持たれるのも仕方がない。
俺が鹿沼さんと付き合っているわけではないという事と、鹿沼さんの肉体的な初めてを奪ったわけじゃない事を理解してくれただけでも良かった。
鹿沼さんは今もフリーで穢れのない女の子。
そのイメージを壊さずに済んだのだから。
「それじゃまあ、そろそろ帰るか」
「いっくん、私達のパラソル片付けなきゃ」
「ああ、そうだった」
亀野と佐切さんは立ち上がり、俺と戸塚さんを見下ろした。
「羽切グループと仲良くなれて良かったよ。二学期にまた会おうな」
「お、おう」
「またね〜」
亀野と佐切さんは手を振りながら帰っていった。
「あの二人、俺を砂に埋めたまま帰りやがった」
「まあまあ、それよりさ上塗りはできたの〜?」
戸塚さんは人差し指で自分の唇をトントンと叩いた。
「できてない。でも戸塚さんの言う通り、鹿沼さんは気にしてるってさ」
「そりゃ気にするよ〜。だって初キスって人生で1回しかないイベントだよ~?」
初めての事は全部人生で一回しかないと思うのだが。
とはいえ、そういうのを重要視しているというのは正直俺も意識していないところではあった。
初めてだからこその価値。
その後数多くある内の一番記憶に残る1回。
「話し合った結果、鹿沼さんから提案があったんだ」
「どんな~?」
「俺がいつでも好きな時に鹿沼さんにキスをしていい権利をもらった。そして事前に報告する必要もなくて、俺がしたくなった時にいきなりしていいってさ」
「じゃあいつでもできるじゃん。景ったら、意外とやるね~」
「でも場所とか鹿沼さんの気分とか考えた方が良くないかな?」
「そんな小難しい事考えないでぶちゅっとやっちゃえば~? まあ、一番気持ちが昂った所でするのがベストだろうけどね~」
「そんなタイミングでしたら襲っちゃいそうだな」
「景はそれを狙ってるかもね~」
はっ、んなアホな。
女子が自分から自分を襲ってくれと誘導するはずがない。
いや、男はオオカミになる事もあるから押し倒してくれと言っていたなそういえば。
今思えばあれは何だったのだろうか。
「とにかく、するにしても誰も見てない家とかにしようと思う」
「ええ~、二人っきりの家でしたらそれこそ止まらなくなるんじゃない~?」
「俺は戸塚さんと違って理性があるから止めれるよ」
「本当かなぁ~?」
戸塚さんは小型スコップを俺の体を固めている砂に突き刺して、その砂を投げ出しながら笑った。
やっと俺の体から固い砂がどかされ、もういつでも力ずくで体を砂から抜け出すことが出来るくらいに纏わりつく砂が柔らかくなった。
「ところで羽切君はさ、景の事好き~?」
「それは人としてって意味? それとも恋愛的な意味?」
「恋愛的な意味だよ~」
「そういう意味での好きってまだよくわからないんだよね」
「前にも言ってたね。じゃあさ景の事どう思ってるの? 本心を聞きたいな~」
戸塚さんは珍しくちょっと真面目な顔だ。
鹿沼さんの事をどう思っているかなんて、何度も自問自答してきたことだ。
そして戸塚さんとこういった話をすると、いつも何らかの収穫があるので頼りにしている。
「大切に思ってる」
「大切にね~、もっと具体的に~?」
「俺は鹿沼さんに普通の青春を送ってほしいと思ってる。卒業しても連絡を取り合えるような友達を作ったり、恋愛したり」
「へー、羽切君は景の青春を気にしてるんだ~?」
「まあな」
「じゃあさ、景が羽切君に告白してきたらどうする~?」
「えっ」
鹿沼さんが俺に告白してくるなんてありえない。
何故なら俺も鹿沼さんも好きがわかっていないのだから。
でももし、仮にそういう事になったら俺はどういう返事をするだろうか。
断る? それとも 受け入れる?
「もし断ったら、大切な人を傷つけることになるね~」
戸塚さんはニヤニヤと俺の顔を見下ろした。
「何の話してるの?」
思考で頭がショートしそうになった時、鹿沼さんが戻ってきた。
「いや、別に……」
俺は柔らかくなった砂から起き上がって纏わりつく砂を払う。
絶対にありえない状況を想定しても意味がない。
俺は考えることを辞めて、再度海を楽しむことにした。
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「母さんと何話してたの?」
戸塚さんとは駅でお別れをした後、家までの帰り道を鹿沼さんと歩いている。
鹿沼さんは学校から直接来ていたので今は制服姿。
日焼け止めクリームの効力が発揮したのか、腕やスカートから伸びる脚はいつもと変わらず真っ白だ。
今日は同級生と海に遊びに行くという初めての経験をして楽しかったが、同時に疲れた。
そして亀野と佐切さんとの出会いもあった。
亀野と佐切さんとは2学期が始まったら関わっていくことになるだろうし、佐切さんとの約束も忘れてはいけない。
「それは内緒」
「えー」
鹿沼さんと母さんがどういう会話をしたのかはわからないけど、鹿沼さんの横顔を見るに、別に変な話をしたわけではないらしい。
鹿沼さんの口元は少しほころんでいて、何だか嬉しそうだし。
夏という事もあって、日が落ちるのが遅い
まだまだ明るい帰り道を何の会話もなく歩く。
最近気づいたが、近くに鹿沼さんがいるというだけで安心している自分がいる。
それだけ俺は彼女を信頼しているという事なのだろうか。
「あっ、そういえば」
俺は財布から2枚のチケットを取り出す。
それは桐谷さんから貰った、ライブハウスのチケット。
「桐谷さんから貰ったんだけど、これ行く?」
「何それ?」
鹿沼さんは不思議そうに俺の手にあるヒラヒラのチケットを見つめた。
「桐谷さんがライブハウスでライブするんだってさ。それで鹿沼さんと来て欲しいって言われた」
「ふーん」
「行きたくないならいいんだけど」
「絶対に行く」
鹿沼さんは俺の人差し指と親指で挟んでいるチケットの1枚を取った。
「今度はライブハウスデートだね」
「普通はライブハウスにデートしに行く人はいないと思うけど」
「私こういう所行った事ないから、ちょっと楽しみかも。ちゃんとエスコートしてね」
「はいはい」
鹿沼さんは薄ら笑みを浮かべて、再度前を向いた。
久々投稿。
会話文が多い上に、あんま面白くなかったかも。
次話は二人でライブハウスに行く話を書く予定です。
ちなみに海編が終わりましたが、終盤の微妙さ具合はひしひしと感じていていつか大きく改筆したくてうずうずしています。どこか大きく時間作れたら変えちゃうかも。
そして書きませんでしたが迷子の子の親はちゃんと見つかりました。