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【54話】 夏休み⑭ (海)

「気持ち良いね」

「ああ」



 私と羽切君はビーチボールで楽しんだ後、今は海水浴をしている。

 浜辺に座っていると海の波が私のヘソくらいまで押し寄せてきて、引いていく。

 海水は夏でも冷たくて、気持ちが良い。

 

 

 時刻は13時30分。

 私達が迷子センターから帰ってきて30分が経った。

 しかし美香がまだ帰って来ない。

 まだお母さんが見つかっていないのか、それとも私を羽切君と二人きりにするために気遣いをしてくれてるのか。

 

 

 もし後者ならその思いを汲み上げないとダメだ。

 せっかくの海なのに、それを私のために犠牲にしてくれているのだから。

 私は羽切君の隣にお尻一つ分近づいて、彼の手に自分の手を重ねる。

 押し寄せてくる海水の中で感じる温かい手。

 

 

「最近積極的だけど、どうしたの?」

 

 

 羽切君は地平線を見たまま言った。

 どうやら彼は積極的に接してくる私に対して困惑しているみたいだ。

 私だってこんなに男子に積極的になったのは初めてだから困惑している。

 私はお母さんの言う「一緒にいる時間が長ければ長いほど良い」という考え方と美香が言っていた「ボディータッチを積極的に」の二つの方向性を信用してやっているのだが、今のところ羽切君に効果があるようには見えない。

 

 

「積極的な私は嫌い?」

「全然嫌いじゃないけど……」

「じゃあ、いいじゃん」



 羽切君の困惑した顔は変わらない。

 その表情を見て、私は不安になる。

 

 

「ねえ鹿沼さん」

「はい?」

「唇まだ痛い?」



 羽切君はこちらに視線を移動させた。



「ちょっとね」



 そう言うと、羽切君は空いた左手で自分の口元を隠す。



「ごめん」



 そして申し訳なさそうに視線を下げて謝罪した。

 

 

「何に謝ってるの?」

「初キスが痛かったの、本当は気にしてるんじゃないかと思って」

「羽切君はあれをキスだと認識してたんだ?」

「ま、まぁ……」

「良かった」



 てっきり何も感じてないかと思ってた。

 私だけが気にしているのだと。

 羽切君も気にしてくれてたんだと思うと、少し嬉しくなった。



「羽切君に私の初めて奪われちゃった」



 私はニヤリと羽切君を見る。

 羽切君は私の顔を見て一瞬目を見開いたけど、すぐに逸らした。



「それに関してもごめん」

「ううん、謝らなくてもいいよ」

「そ、そう?」

「でも責任は取ってほしい」

「……責任?」



 羽切君の顔にクエスチョンマークが浮かんだ。

 そんな彼に、私は勇気を振り絞って言う。



「もう1回、ちゃんとして?」



 恥ずかしくて羽切君の顔を見れない。

 こうやって自分からキスを要求したのはこれで2度目。

 一度目は遊園地のジェットコースターが上空で停止した時。

 あの時は吊り橋効果を狙ってキスを要求してみたのだが、失敗。

 


 ちなみに吊り橋効果とは不安や恐怖を強く感じる場所で異性に対して恋愛感情を抱きやすくなるという現象の事をいう。

 この心理学的な効果を使って羽切君に“好き”を理解させようとしたのだが失敗してしまった。

 

 

「わかった」



 羽切君が了承したので視線をあげると目が合った。

 しばらく見つめ合ってると、羽切君の方から顔を近づけてきた。

 しかし私は彼の唇に人差し指を立てて制止した。



「しないの?」

 

 

 羽切君は少し赤い顔で困惑している。

 

 

「今はダメ」

 

 

 そう、今ではない。



「羽切君がしたいと思った時に、して?」

 

 

 自発的なキスでないと意味がない。

 思えば私が“好き”を知るきっかけもキスだった。

 修学旅行の時に抜け出して行った中学2年生の時の学校。

 その教室の中で、私は羽切君にキスしようとした。

 ギリギリで制止されたけど、私は自発的にしようとしたことだ。



 頭より先に体。そして心。最後に頭に伝達していく。

 男子も同じなのかはわからないけど、羽切君に自発的にキスをしたいときにして良いという選択肢を与えることで少しは“好き”を理解してくれるかもしれない。



「じゃあしたくなったら言うよ」

「ううん、言わなくていい」

「へ?」

「羽切君がしたくなったら、何も言わずにしてほしい」

「後で怒ったりしないでよ?」

「絶対に怒らない。約束する」



 欲望のままにしてくれればいい。

 男子は欲望、性欲に忠実だと美香が言っていた。

 キスだって分類上は性行為になるだろうし、羽切君が自発的にしてきたことで少しは彼の気持ちに変化を与えるかもしれない。



 そこまで考えて、むしろ私がドキドキしてきた。



「わかった」



 羽切君はそう言うと立ち上がり、私に手を伸ばしてきた。



「そろそろ戸塚さんも寂しがってるかもだし、戻ろうか」

「そうだね」



 私はその手を握り、立ち上がる。

 そしてパラソルに向けて歩き出した。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



「あの二人、仲良いんだね」

「みたいだね」



 恵麻はちょっと困惑気味に言った。



 僕と恵麻は羽切グループのパラソルにお邪魔させてもらっている。

 2時間半恵麻と遊んだ後、恵麻が羽切グループと親睦を深めたいと言ったのでここに来た。

 パラソルには誰もいなかったが、ここからまっすぐ海の方には羽切と鹿沼さんがビーチボールで楽しそうに遊んでいるのが見える。

 二人は僕たちの事には気づいていないみたいで、僕たちも二人の邪魔をしてはいけないと思い、パラソルの下でただ観察している。



 羽切と鹿沼さんは確かにすごく仲が良さげだ。

 高校生活が始まって4ヶ月が経っているが、鹿沼さんのあんな表情は見た事が無い。

 学校では愛想が良い大人しめの雰囲気だが、今の彼女は元気いっぱいの無邪気な女の子って感じだ。

 すごいギャップを見せられていて、僕も釘付けだ。



「いっくん」



 そんな事を考えていたら名前を呼ばれ、隣を見ると恵麻が僕の事を睨んでいた。


 

「な、何?」

「鹿沼さんを見る目がいやらしい」

「そんな目で見てないよ!」

「いっくんも男の子だから仕方がないね」



 恵麻はぷいっと視線を二人へと戻した。

 どうやら機嫌を損ねてしまったらしい。



「それにしてもさ、羽切君って何者?」

「何者って?」

「まだ転校して1カ月しか経ってないのに、鹿沼さんとあんなに仲良くなれるなんてすごくない?」

「確かにそうだね」



 高校生活が始まって4ヶ月。

 鹿沼さんが男子と遊びに行ったという話は聞いたことが無い。

 鹿沼さんに興味がある先輩が鹿沼さんに積極的にアタックしていて、そのすべてを拒否されたらしく嘆いていたのは知っている。



 中には女子を使って鹿沼さんを誘えばチャンスがあるんじゃないかと試行錯誤している人もいるらしいが、成功したという話は聞いたことが無い。

 男子の中では鹿沼さんは男嫌いなのではないかという噂が出てきてるほどに男っ気が無いのだ。



 そして僕も今までそう思っていた。

 しかし目の前ではしゃいでいる鹿沼さんを見ると、それは間違っていることがわかった。

 男嫌いと噂されるほど男子を敬遠してきた鹿沼さんが男子である羽切と楽しく遊んでいるのだから。



 学校では見せない表情。活発な態度。

 あれが彼女の本当の姿なのだろうか。

 


 自分の素の姿を他人に見せるにはよっぽどの信頼関係がないと無理だ。

 いや、素の姿を見せるからこそ信頼関係が深まるのか?



 どちらにしても鹿沼さんと羽切の間には既に信頼関係がある。もしくは、鹿沼さんは羽切と信頼関係を深めようとしているということになる。

 学級委員長でクラスメイトの僕の名前すら覚えてくれていなかったあの鹿沼さんがだ。



 そう考えるとおおよそ信じられない光景を目の当たりにしている気分になる。

 何故なら羽切は転校してまだ1ヶ月しか経っていないのだから。

 僕は鹿沼さんもそうだが、羽切という男子にも興味が湧いてきた。



「あの二人、本当は付き合ってたりして」

「さっき付き合ってないって言ってたじゃん」

「隠しているのかも」

「それは無いと思うな」



 たった1ヶ月で恋人関係に発展するというのは現実的ではない。

 ましてやあの鹿沼さんだ。そう簡単にはいかないだろう。



「お二人さん、人の拠点でイチャイチャですか~?」



 二人の関係について考え込んでいると、首に腕が回り、僕と恵麻の間に誰かが割り込んできた。

 見ると、割り込んできたのは戸塚さん。

 戸塚さんはにやけ顔で僕と恵麻を交互に見ている。



「美香なら知ってるかも」

「何の話〜?」

「羽切君と鹿沼さんは付き合ってるの?」

「付き合ってないよ〜」



 戸塚さんは即答で否定した。



「だから言ったでしょ?」

「いっくんが正しかった」

「なになに? あの二人が付き合ってると思ってたの〜?」

「付き合ってるかもって話をしてただけ」

「ふーん」



 戸塚さんは視線を海で肩を並べて座っている二人に移した。

 二人はビーチボールで遊ぶのを終えて海水浴を始めたみたいだ。



「付き合っては無いけど、もっとディープな関係かもね〜」

「ディープな関係って……どんな?」

「それはまだ私にもわからないけど〜、なんか訳アリって感じなんだよね〜」



 恋人関係では無いけど、訳ありでディープな関係。

 それはどういう関係だろうか。

 例えば元カノ元カレ関係とか?

 ありえない話ではないが、なんか違う気がする。



 元カレ元カノの二人が海に来たりビーチボールで遊んだり、肩を寄せ合って海水浴したりするだろうか。

 普通は気まずくて無理だ。



 訳ありでディープな関係+男女+短期間で親密になった。

 この3つから導き出される答え。

 それは……。



「あの二人、兄妹だったりして」

「……へ?」



 血の繋がった兄妹説。

 元々は同じ親に育てられたが離婚してしまい、離れ離れになってしまった兄妹が高校生になって偶然出会う。

 まさに訳あり。まさにディープ。

 それなら転校初日で羽切が鹿沼さんを見て転げ落ちたのも理解できる。

 長年会っていなかった妹が突然目の前にいたのだから。



 やばい、そう考えると色々辻褄が合う。

 男子からの誘いを断り続けていた鹿沼さんが羽切と海に来ている点もこれで納得できる。



「それはないね~。亀野君、ドラマの見すぎじゃない~?」



 戸塚さんは呆れたように言った。

 


「そう……かな」

「いっくん考えすぎ。悪い癖だね」



 さすがに考えすぎか。

 でもそれならあの二人はどういう関係なんだろうか?

 

 

「いっくん、あの二人呼んできてよ。5人でおしゃべりしよ」

「えー、何で僕が!?」

「学級委員長でしょ~?」

「それは関係ないと思うんだけど……」

「お願い、いっくん」



 恵麻は胸の前に両手を合わせて上目遣いで懇願してきた。

 うーん、可愛い。

 


「わかった」



 僕は立ち上がって羽切と鹿沼さんの元へと向かう。

 二人は海側を見て座っているので、僕は後ろから近づいて声を――。



「羽切君に私の初めて奪われちゃった」



 ――えっ!?



 僕は漏れそうになった声を手で押さえる。

 羽切を見る鹿沼さんの横顔。

 目を細めて、悪戯に笑っているその表情を見て、ズッキーンと心臓が跳ねた。

 


 僕は気づかれないようにゆっくりと後ずさり、パラソルへと走る。



「いっくん、どうしたの?」



 息を切らして戻ってきた僕に恵麻は困惑顔で言った。



「戸塚さんの言う通りだった」

「どういうこと?」

「あの二人、ディープな関係だった」



 僕は二人の女子に見つめられながら、心の落ち着きを取り戻すために何度も深呼吸した。

 

【祝】6000pv


クラスメイト視点というのをチャレンジしてみたんだけど、うーーーーーーーーーーーん微妙って感じ。



予告通り7月は不定期投稿になっております。

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