【53話】 夏休み⑬ (海)
【52話】(新) の続きです。
迷子センターには二つの部屋がある。
一つは事務所のような部屋で、もう一つは迷子の子供が待機する部屋。
俺達が迷子センターに入ると女性スタッフが近寄ってきて、待機部屋に誘導された。
女性スタッフの話では海で迷子になった子が迷子センターに来た場合、平均10分以内に親が見つかるらしい。
「蓮君、何して遊ぶ~?」
女性スタッフと子供とのやり取りで、名前が蓮という事が判明した。
女性スタッフが待機部屋から出て言ってしばらく経つと、ピンポンパンポーンという音が外から聞こえ、蓮君が迷子センターにいるというアナウンスが流れた。
一般人が迷子を見つけた場合、少なくとも一人は親が来るまで一緒に待機していないといけないらしく、俺達は親が来るのを一緒に待つことにした。
待機部屋には長椅子が二つあって、鹿沼さんは俺の隣に座り、対面にある長椅子には戸塚さんと蓮君が座っている。
迷子センターに来るまでは鹿沼さんにべったりだった蓮君は、今は戸塚さんにべったりだ。
戸塚さんは子供にべったりされて珍しく頬が緩んでいる。
いつものムラムラの緩みではなく、もっとまともな緩み方。
戸塚さんにも母性本能というものが備わっているみたいで安心した。
「子供って可愛いよね」
俺が戸塚さんの表情を見ていると、隣で鹿沼さんが口を開いた。
「そうかな?」
「羽切君は子供嫌い?」
「嫌いじゃないよ」
「じゃあさ、将来子供欲しいとか思う?」
「それは……まだよくわからないかな」
子供が欲しいと思ったことは無い。
だけど子供が出来てほしいとは思う。
この矛盾した感覚もまた本能なのだろうか。
それともこの感覚は無責任なことなのだろうか。
「私も同じ」
意外な返答が帰ってきて少しびっくりした。
チラリと鹿沼さんを見ると、鹿沼さんの横顔がそこにあった。
鹿沼さんはまっすぐ蓮君の事を見ていて、俺が見ていることに気づいていないみたいだ。
「私はね、将来子供が欲しいと思ってる。だけど、ちゃんと育てられるかなとか私が親で失望しないかなとか不安があるんだよね」
「ふっ」
鹿沼さんが真面目にそんな事を言うので、少し笑ってしまった。
「え……なに笑ってるの?」
鹿沼さんがこちらを見たので、目が合った。
その瞳には深い懸念の色が浮かんでいる。
「ごめんごめん、別に馬鹿にしたわけじゃないよ」
「じゃあ何?」
「鹿沼さんは自分がそもそも結婚できる事前提で話すんだなーってさ」
「あ……そっか。結婚が前提だもんね」
鹿沼さんにとって結婚という工程は特に不安にならないらしい。
それはそうか。
今ですら人の目を惹くほど可愛いし、綺麗だ。
高校生にしては大人っぽい雰囲気もあるが、その実子供っぽいところもあって魅力的だ。
いくらでも男は寄ってくるだろう。
「俺は結婚すら危ういと思ってるから、子供の事なんて考えた事ないんだよね」
「そっか……そうだよね」
「転校もいつまで続くかわからないし、親友も恋人もいない。将来は孤独死かもな」
悲観的な事を言ってしまった。
鹿沼さんは転校人生が終わり、将来に目を向けている。
それでも子供に関する不安を感じるにはちょっと早すぎる気もするが。
対して俺は今だに今の事しか考えていない。
いや、具体的には12月頃に転校するまでどう過ごすかしか考えていない。
鹿沼さんが静かになったので、もう一度鹿沼さんを見ると膨れっ面で睨んでいた。
「羽切君はもっと自分に自信を持った方がいいと思う」
「自信ねぇ」
「羽切君にも魅力はたくさんあるよ」
「そうかな?」
「私はいっぱい知ってるよ?」
鹿沼さんは睨み顔から一変、微笑んだ。
「それに……転校だって……」
鹿沼さんはもぞもぞと何かを言ったが、俺の耳に届かなかった。
「景と羽切君~?」
戸塚さんに名前を呼ばれたので見ると、戸塚さんはニヤニヤとこちらを見ていた。
時計を見ると、もう10分以上経っている。
親の到着が平均よりも遅いみたいだ。
「二人で遊んできてもいいよ~?」
「えっ、でも……」
「ほら、一人残ればいいだけだしさ~、私が残るよ~」
「それはさすがに悪いよ」
「いいのいいの~。私ちょっと疲れちゃったから休憩したいし~」
俺はいいけど、鹿沼さんはどう思っているだろうか。
もう一度鹿沼さんを見ると、再度目が合った。
「どうする?」
「行く」
「わかった」
俺達は立ち上がる。
「それじゃ、美香また後で」
「うん~」
「頼むからショタにイタズラするなよ?」
「羽切君は私の事、何でもありだと思ってるの~?」
「ショタは無理なのか?」
「さすがに無理かな~」
「なら良かった」
そう言って、出入り口へ向かう。
「羽切君ちょっと待って~」
待機部屋から出ようとした瞬間、呼び止められた。
「上塗り、頑張ってね~」
戸塚さんは人差し指を唇に当てて、言った。
俺は特に返答することなく、手だけ振ってその場を後にした。
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迷子センターは冷房ガンガンだったので、外に出るとその温暖差で一瞬で汗が噴き出した。
「何する?」
外に出たはいいが、特にやることが無い。
まあ海って何かやるために来る場所じゃなくてむしろ雰囲気を楽しむ場所と言える。
「とりあえず、日焼け止め塗り直したいな」
「じゃあ一回パラソルに帰るか」
「うん」
俺達はパラソルに向けて歩き出す。
時刻は13時になっていた。
俺がここに来たのが11時だからもう2時間が経ったことになる。
歩いていると、風に乗って美味しそうな匂いが漂ってきた。
よく考えたら俺達は昼食を食べていない。
そんな事を考えていると、グルルルとお腹が鳴った音がした。
その音の出どころは俺の腹ではなく、隣を歩く鹿沼さんのお腹。
鹿沼さんを見ると、恥ずかしそうにお腹を押さえていた。
「やっぱ何かご飯買ってから戻らない?」
「そ、そうしよう」
俺達は踵を返して、屋台のある方へ向かった。
さすがに13時という事もあって、屋台はすいていた。
俺はたこ焼きとアメリカンドッグ、そしてLサイズのドリンクを買う。
鹿沼さんは焼き鳥と肉巻きおにぎり、フランクフルトを買ったみたいだ。
そして30分ぶりにパラソルに戻ってビーチマットの上に腰掛けた。
さすがに二人だと広い。
鹿沼さんは食べる前に、日焼け止めクリームを体に塗りだした。
俺はその様子をまじまじと見ながら、アメリカンドッグを頬張る。
「そんな見られると恥ずかしいんだけど」
「日焼け止めって一日に何回も塗るものなの?」
「汗とか水に濡れると流れ落ちちゃうから大体2時間に1回くらい塗り直すよ」
「へー」
確かに汗いっぱいかいただろうし、海で濡れれば流れ落ちるか。
勝手に一日ずっと継続して効果発揮するものだと思っていた。
「背中塗ってくれる?」
鹿沼さんは背中を向けて言った。
今回はビーチマットにうつ伏せに寝転がるのではなく、座ったままのようだ。
「はいよ」
俺はクリームを鹿沼さんの背中に出して、手で塗る。
鹿沼さんの体温と塗ることで起きる摩擦によってどんどん手のひらが熱くなっていくのを感じた。
戸塚さんのアドバイス通り、紐の下までしっかりと塗った。
しかし2時間前に戸塚さんが塗った方がいいといった胸の横の脇の下は実際の所、塗るべきなのかがわからない。
だから聞いてみることにした。
「なあ」
「うん?」
「さっき塗った胸の横の脇の下の部分って、塗った方がいいの?」
「羽切君、さっきは私だから許されたけど、他の女子にいきなりしたら殴られるからね?」
「あ、やっぱそうなのか」
戸塚さんめ、嘘つきやがったな。
危うく間違った知識をつけるところだった。
「はい、終わり」
俺は鹿沼さんの背中を塗り終えて、最後に軽く背中をポンと叩いた。
「ありがと」
「じゃあ、飯食うか」
「そうだね」
俺達は遅めの昼食を食べ始める。
鹿沼さんはよっぽどお腹が減っていたのか、焼き鳥の肉をニコイチでモグモグと食べている。
屋台の食べ物なので、大した量が無く10分ほどで全部食べ終えた。
俺はドリンクを飲みながらふと気づいたことを口に出した。
「喉乾かないの?」
鹿沼さんはドリンクを買っていない。
「買い忘れちゃった」
「じゃあ、これ飲む?」
俺は自分のドリンクを差し出す。
周りは紙で蓋がプラスティックの容器。
そしてその上にはストローが差されている。
「いいの?」
「間接キスが気にならないのであれば」
前に水着を買いに行った時に入ったタピオカ店では間接キスを気にしていた。
しかし今の鹿沼さんはあまり気にしていないようだ。
俺が差し出した容器を手に取り、ストローでチューチュー飲み始めた。
容器の中の飲み物を吸い上げるたびに、鹿沼さんの目が見開いた。
「これって……抹茶?」
「アイス抹茶ラテ」
「本当に抹茶が好きなんだね」
「抹茶ダメだった?」
「ううん、むしろ抹茶ってこんなに美味しかったんだって思った」
「それなら良かった」
「私も抹茶信者になりそう」
「ようこそ抹茶道へ」
パラソルの陰で二人、同時に笑った。
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俺達はふくらぎまで海に浸かっている。
色々話し合った結果、ビーチボールで遊ぼうという事になった。
鹿沼さんは100cmの大きめのビーチボールを頭の上にのせて両手で支えている。
「ねえ、今更だけどさ」
鹿沼さんは両腕をあげた状態で、俺と向き合った。
「私の水着、どう?」
「すごく可愛いと思うよ」
そう俺が返すと、鹿沼さんは上げた両腕の肘の部分を内側に曲げて顔を隠す。
でもそれでは完全に隠すことができず、恥ずかしそうにしている表情が見えた。
「ナル君に選んでもらって本当に良かったと思ってる」
「景なら俺が選んだ水着じゃなくても似合うと思うけど」
「またネガティブになってる」
「これはネガティブじゃなくて、事実だから」
「ナル君のこういうセンスも、魅力の一つだよ」
「そ、そうかな?」
自分に魅力があるなんて、女子に言われたことが無いから何だか嬉しい。
「ナル君、赤くなってる」
「景も真っ赤だよ」
「こ、これは……ほ、ほら、今、脇とか胸とか全部見られちゃってるから恥ずかしいだけだもん」
「俺だってその全部見えてて、興奮してるだけだぞ?」
「変態」
鹿沼さんは頭の上に乗せている大きめのビーチボールを俺に向かって勢いよく投げてきた。
そのビーチボールが俺の体に当たると、俺は後ろにジャンプして海水に背中から倒れこんだ。
まるでビーチボールの衝撃で吹っ飛んだかのように。
鹿沼さんは腹を抱えて笑ってくれたので、やった甲斐があったみたいだ。
俺達はしばらくビーチボールで遊んで楽しんだ。
色々バタバタしててごめんなさい。
人生初めて、一回投稿したものを消して書き直して再投稿という事をしてしまった。
明日は新規投稿ないと思います。