【51話】 夏休み⑪ (海)
亀野と恵麻さんはしばらく話した後、自分たちのパラソルへと帰っていった。
帰り際にもう一度来ると言っていたので、また会う事にはなりそうだ。
二人が帰ったことでビーチマットに二人分のスペースが出来て広くなった。
俺達はビーチマットを広く利用するために△に座る。
目の前には水着姿の女子二人。
鹿沼さんは俺が選んだ水着で戸塚さんは持参した赤の水着。
やっと当初予定していた3人になった。
それにしても男一人で女子二人と遊んでていいのだろうか。
いや戸塚さんは女子ではあるが、女子ではない部分もある。
男子一人と女子一人。そして両方の性質を持った人物が一人。
そう考えるとバランスがとれているな。
戸塚さんは体は女子で恋愛感情も女子に向いているように見える。
それはつまり心は男子という事なのだろうか?
修学旅行の時、戸塚さんは右手の親指と小指を立てて、胸に当てるという動作をしていた。
あの手話はバイセクシャルという意味だ。
今、世の中でかなり報道されているLGBTのBの部分。
つまり戸塚さんはLGBTの当事者という事になる。
「景の水着めちゃ可愛いじゃん~」
「そうでしょ。私もすごく気に入ってる」
鹿沼さんは俺をチラリと見て、一瞬だけ悪戯に笑った。
戸塚さんはいつもムラムラしてるし、悪戯に笑う鹿沼さんの後ろでニヤニヤしている戸塚さんが獲物を狙っているようにも見える。
いつか鹿沼さんも戸塚さんに食われてしまう日も来るかもしれない。
「それと今気づいたんだけどさ、羽切君と景二人とも唇が少し赤くなってるよね~」
これは2日前に鹿沼さんとぶつかった時にできたものだ。
だいぶ腫れが引いてほとんど見えないはずだが、さすが戸塚さんと言わざるを得ない。
あの後話し合ったのだが、あれがキスではないという事で鹿沼さんと合意した。
もちろん唇と唇がぶつかったので定義上はキスなのかもしれないが、お互いがそれがキスだと認識しなければキスではない。
それにキスに痛みが伴ってる時点で、それは事故と同じだ。
戸塚さんは四つん這いで俺の顔を観察している。
「殴り合いでもしたの~?」
「そんな血の気が多いように見えるか?」
「見えないね~」
そう言うと今度は鹿沼さんの顔を観察しだした。
「じゃあ羽切君とキスでもしたのかな~?」
「キスで腫れたりしないでしょ」
「いーや? ディープなキスずっとしてると唇が荒れたりすることもあるよ~?」
「そ、そうなんだ」
「それで? 羽切君とキスしたの~?」
戸塚さんは鹿沼さんの表情を観察しながら興味津々に再度問いかける。
鹿沼さんはそんな戸塚さんから目を逸らし、左手で口元を隠しながら言う。
「して……ないよ?」
その隠しきれていない表情と動作を見て、戸塚さんは驚いたのように目を見開いた。
そしてゆっくりと視線が俺に移り、目が合う。
「……マジ?」
「してないっての」
「え~、本当の事教えてよ~?」
戸塚さんは俺の隣に移動して、俺の首に腕を回して引っ付いてきた。
肌と肌が当たっていて、戸塚さんの体温を感じる。
それにかなり密着しているので、柔らかい横乳が俺の胸に当たっている。
「戸塚さん、胸が当たってる」
「前の時より柔らかいでしょ~」
「俺のアソコが反応しそうだから離れてくれる?」
「じゃあ、本当の事を教えて~?」
別に俺としてはこのままでもいいが。
柔らかい肌と胸が密着していて、男としてはちょっと心地良いし。
チラリと鹿沼さんを見ると膨れっ面でお怒りの様子だった。
それに俺の下半身も少しづつ反応しだしていて、ビンビンになる前に離れた方が良さそうだ。
「言っとくけど、キスはしていない」
「キスはしてないけど、ディープキスはしたとか~?」
「ディープキスなんてやり方も知らない」
「じゃあさ、私で予行演習しとく~?」
戸塚さんはゆっくりと顔を近づけてきた。
俺はその口に手のひらを置いて、力づくで遠ざける。
「それは遠慮しておく」
「え~」
顔は遠ざけられても、体は密着したままだ。
もう俺の下半身も限界に来ていたので、正直に話すことにした。
「確かに唇がぶつかったけど、事故だったんだ」
「事故でも唇がぶつかった時点でキスだと思うけどな~」
「昨日までめちゃめちゃ腫れてて痛かったんだぞ?」
「まあ、確かに感情のないキスはキスじゃないか~」
これで戸塚さんが離れてくれるかと思ったけど、むしろ顔を俺の耳元まで近づけてきた。
「羽切君は事故で納得してるかもしれないけど、景は内心複雑だと思うな~?」
「一応話し合って、あれは事故だったって事で合意したんだけど」
「女は感情の生き物だよ~? 事故とはいえ、初キスが痛い思い出だったなんて最悪だと思うよ~?」
「そういうもん?」
「そういうもんだよ~」
「じゃあ、どうすればいいんだ?」
もう起きてしまった事は変えられない。
鹿沼さんにとっての初キスが痛いものだったという記憶はもう変わらない。
「やっぱさ~、どこかで上塗りしたほうがいいんじゃない~?」
「上塗り?」
「すぐにじゃなくてもいいからさ~、もう一度ちゃんとキスすればいいんだよ~」
「もう一度ねぇ……」
「羽切君が言えば、すぐにできると思うけどな~?」
すぐにできる……は無いな。
しかし戸塚さんの言う事も一理あるし、正しいのかもしれない。
もう一度ちゃんとキス……か。
俺が転校する前に、鹿沼さんに対する全ての不安を払しょくしなければならないと俺は思っている。
もし本当に鹿沼さんが戸塚さんの言うように複雑な感情を抱いているのであれば、もう一度ちゃんとするのもありかもしれない。
だけど本心はその相手は俺でないとも思っている。
鹿沼さんはトラウマの所為で俺以外の男子と接することを敬遠しているかもしれないが、トラウマが無くなれば他の男子とつるむことも出てくるはずだ。
当然鹿沼さんのビジュアルなら多くの男が集まってくる。
その中には鹿沼さんと釣り合うほどカッコよくて、相性がいい人だっているはずだ。
すぐにいなくなる俺よりも、3年。それ以上の長い期間一緒にいられる方が鹿沼さんにとっても幸せに決まっている。
今だって鹿沼さんが俺と一緒にいたがる理由は、発作が起きた時に静めさせるための装置として俺を近くに置いておきたいというだけだと思うし。
とにかく、戸塚さんの家でちゃんとした精神科医に見てもらいトラウマを治す。
それさえできれば、俺の役割は終わりだ。
「まあ、検討はしておくよ」
そう言うと、戸塚さんはやっと俺から離れた。
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真夏の炎天下。
パラソルの中では女子二人が体中に白いクリームを塗っている。
最初は手首から始まり、二の腕、肩から首周り。
そして鎖骨、胸回り、肋骨、おへそ周り。
真剣な表情で日焼け止めクリームを塗っている鹿沼さんと戸塚さんを見ていると、戸塚さんが俺の視線に気づいたのかニヤリと笑った。
「羽切君、ず~っとみてるね~」
「女子は肌のケアとか大変なんだなとか思って」
「羽切君も塗った方がいいと思うけど」
「持ってきてないし、いいかな」
「後で私の使っていいよ~」
戸塚さんと鹿沼さんは上半身を塗り終えたらしく、下半身を塗り始めた。
鹿沼さんが先に塗り終え、戸塚さんを待っている。
恐らく背中を戸塚さんに塗ってもらうためだろう。
「そうだ、羽切君に背中を塗ってもらおうかな~」
「え、俺が?」
「ほら景、うつ伏せで寝て~」
「えっ私も?」
「男女で海に来た時の定番でしょ~?」
男女で海に行くとき、男子が女子の背中に日焼け止めを塗るなんて定番俺は知らないんだが。
百歩譲って男1女1ならそれはわかるが、今は女2でいるんだから女子同士で背中を塗ればいいと思うんだが。
そんな事を考えてると、鹿沼さんがこちらを見た
「変なことしないでよ?」
「変な事ってなんだよ」
「お尻触るとか」
「するわけないだろ」
「ならいいけど」
鹿沼さんはビーチマットにうつ伏せに寝転んだ。
「はいこれ、私の日焼け止めだから」
腕を後ろに回して日焼け止めクリームの容器を渡してきたので、受け取る。
俺は鹿沼さんの横に座ってその背中を見る。
色白の肌に二つの肩甲骨。
水着の紐が脇の下からと首周りから出てきて、一つの場所で混じっている。
そしてお尻の少し上から腰の中心まで谷みたいに凹んでいて、それが線のようになっている。
俺はとりあえず、日焼け止めクリームを鹿沼さんのお尻より少し上の谷底にたっぷりと垂らした。
すると白いクリームは一旦は円になったが、徐々に谷の内側に落ちていった。
「ねえねえ、羽切君~?」
戸塚さんは下半身を塗り終えたらしく、寝転んでいる鹿沼さんの俺と反対側に座った。
「バックで外だしした時みたいになってるね~」
とんでもない事を言い出しやがった。
「戸塚さん、ちょっと黙ろうか」
「は~い」
俺は谷に落ちた白いクリームを手のひら全体で谷の上部までスーッと塗った。
「ひゃっ!?」
すると鹿沼さんは体をビクンと跳ねらせて、悲鳴をあげた。
「ちょっと、羽切君!?」
「な、なに?」
鹿沼さんは顔だけこちらに振り返って睨んできた。
「塗り方がすごくくすぐったいんだけど!?」
「俺は普通に塗ってるだけだっての」
「本当でしょうね!?」
「本当だ」
そう言うと、鹿沼さんが大人しくなったので再度塗り始める。
鹿沼さんはくすぐったいのか、体をもじもじしながら耐えている。
「羽切君、ここも塗った方がいいよ~」
戸塚さんが水着の紐を少し上にあげたので、そこも塗る。
女子である戸塚さんの指導に従えば、間違いないだろう。
「ほらここも~」
「えっ、そこは……」
戸塚さんは水着の紐を持ち上げたまま鹿沼さんの体の側面を指さした。
胸の側面の脇の下。
戸塚さんは横乳に触れそうな部分の紐の下を塗れと指示してきている。
ここを触るのはだいぶ緊張する。
ていうか、ここは手が届くと思うんだけど。
まあ、戸塚さんの方が良くわかってるだろうから、従う他ない。
「ちなみに両手で左右一緒に塗った方がいいね~」
「左右同時に?」
「ほら、どうぞ~」
戸塚さんは左右の水着の紐を引っ張ったので、俺はその中に両手を入れる。
なんかいけない所を触ろうとしているようで、心臓がドキドキしてきた。
そしてその肌に触れる。
「ひゃっ!?」
鹿沼さんは再度悲鳴をあげた。
俺はその場所を円を描くようにしてじっくりと手を動かす。
「ちょっ!? ダメッ! そこはもう塗っ……あんっ!」
鹿沼さんから淫らな声が漏れた。
何だかいけないような事をしているようで、興奮してきた。
「や、やばい興奮してきたかも~」
戸塚さんをチラリと見ると、興奮しているときのいつものトロッとした顔になっていた。
「ねえ、俺がしてることって本当に正しいやり方なんだよね?」
「もちろん正しいよ~? 景が敏感すぎるだけ~」
本当か……?
「よしっ、終わり」
とりあえず、やるべきことは全部やった。
しかし鹿沼さんは中々体を起こさない。
「あの……鹿沼さん大丈夫?」
顔の方に近づいて、覗き込むとゼェゼェと息を切らして火照っていた。
しばらくその表情を見ていたら、徐々に膨れっ面に変わっていった。
「次は私の番」
「お、おう」
早くも復讐の時間が始まるらしい。
まだ海で遊んですらないのに、青春を味わっているような気分になる。
日本でしかできない事ではないけど、少なくともこのメンツといられるのは日本だけだ。
存分に今を楽しもうと思った。