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【47話】 夏休み⑦ (遊園地)

「お兄ちゃん、一口ちょうだい?」

「ほらよ」



 俺は宇治抹茶のソフトクリームを絵麻の口元に運ぶ。

 すると絵麻は舌でぺろりと一口舐めた。

 


「宇治抹茶美味しいじゃん」

「やっとわかったか。お前の舌も大人になったな」

「今まで子供だったみたいに言うな!」



 絵麻はふんっとそっぽを向いた。

 俺は戻ってきた宇治抹茶ソフトクリームをまた舐め始める。

 7月下旬の暑さですぐに溶けてしまうので、コーンの周りを早めに舐めてぽたぽた落ちるのを阻止するのが重要だ。

 


「実際子供だったろ」

「お兄ちゃんと一歳しか違いないっつーの!」



 確かに俺と絵麻は一歳しか違いが無い。

 でも絵麻とは小学校までしか一緒にいなかったので、俺の中の絵麻はまだまだ子供だ。

 


「それにしても、お兄ちゃんって昔から抹茶好きだよね」

「そうなの?」



 確かに子供の頃から抹茶が大好きで、中2の京都にいた頃は不良をやりながら飽きるほどの抹茶を飲み食いしていた。

 そしてその時に出会った宇治抹茶。

 今までの抹茶の中でも別格に好きでたまらない。



 実は宇治抹茶には表記が二種類ある。

 『京都府産宇治抹茶』と『宇治抹茶』。



 『京都府産宇治抹茶』とは京都府産の茶葉のみを使用した抹茶で、『宇治抹茶』とは奈良県や佐賀県、三重県の茶葉がブレンドされている場合があるものを言う。

 正直言ってその両者の違いはあまりわからない。

 それは俺の下が音痴だからなのか、そもそも違いがほとんどないのか。

 できれば後者であってほしいが。



 鹿沼さんはバニラアイスをぺろぺろしながら、俺を見た。



「今は俺の中で宇治抹茶がトレンド」

「じゃあ今度から家のお茶、宇治抹茶にするね」

「いやいや、そこまでしなくていいよ」



 いくら何でもそこまでする必要はない。

 俺が鹿沼さんの家に行くのは週に二日だけなのだから。



「まるで同棲してるみたいな会話だね」



 絵麻がニヤニヤしながら言った。



「全くだ」



 俺と絵麻は鹿沼さんを見る。

 

 

「そ、そんなつもりで言ったわけじゃないからね?」



 鹿沼さんはふくれっ面だった。


 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 絵麻が指定したジェットコースターはかなり人気みたいで、長蛇の列を成している。

 最後尾には女性スタッフが看板を掲げていて、そこには120分の文字。

 つまりこのジェットコースターを乗るためにはこの列に2時間以上並ばないといけないらしい。



 俺達はとりあえず列に並ぶ。

 するといきなり女性スタッフが「今の最後尾で締め切らせてもらいます!」と声を上げた。



 今から2時間となると、時刻は18時を過ぎてしまう。

 つまり最後に2時間かけてこのジェットコースターに乗るか、別の乗り物に複数乗るかを選択しなければならない。



「どうする?」

「2時間かー」

「俺はいいけど、鹿沼さんの意見は?」

「二人に合わせるよ」



 今日一日多くのアトラクションを乗って疲れた。

 特に後半に乗った二つのアトラクションは頭がおかしい人が考案したとしか思えない恐怖感と危険さを兼ね備えたもので、精神的にもクタクタだ。

 正直、ラスト1回これに乗って終わりたいという気持ちが強い。



 恐らくだが、鹿沼さんもそう思っていると思う。

 今日一日過ごしてみてわかったのだが、鹿沼さんは絶叫マシンがあまり得意では無さそうだ。

 それでも絵麻のためなのか、しっかりと付き合ってくれた。

 さっきは気絶までして付き合ってくれたのだから相当根性がある。



「じゃあラスト、これに乗りますか」

「おっけーい」



 とはいえ2時間は長い。

 夏の日差しは全く衰える気配が無く、ジンジンと俺達を照らしている。



「お兄ちゃんさー」

「うん?」



 あまりの暑さにしばらく全員が沈黙していたが、絵麻が気だるげに口を開いた。

 


「イギリス行くじゃーん?」

「行くけど?」

「そしたらさ、金髪美女に囲まれちゃうかもねー」

「お前、欧州の女性が全員金髪だと思ってる?」

「金髪割合多いでしょー?」

「残念でした。アレは染めてるんだよ」

「……は? 嘘でしょ?」



 日本人は欧米人の女性に金髪が多いという印象があるかもしれないが、実際はそうでもない。

 もちろん白人の子供は金髪で産まれてくることが多いが、成長すると濃い髪色に変化する場合がほとんどだ。

 しかしやはり金髪の方がモテたり、美しいという価値観があるので大人になって金髪に染める人が多い。

 まあもちろん大人になっても地毛が金髪の人もいることを忘れてはいけないが。



「ってなわけで、染めてる人が多いんだよ」

「へー、知らなかった」



 やっぱりイメージというのはある。

 日本人のほとんどが黒髪黒目だが、アニメの発展によって日本人女子の地毛が金髪だと勘違いしている外人がいるくらいだ。

 前にテレビ番組で初めて日本に来た外国人がびっくりしていたのを覚えている。

 こんな感じに世界に発信するような文化で間違ったイメージを浸透させてしまっている場合があることを忘れてはいけない。



「じゃあさ、鹿沼さんも染めてるの?」

「アウターの黒髪は染めてるぞ」

「えっ、地毛が銀髪なの!?」



 絵麻はキラキラした目で鹿沼さんを見た。



「私の地毛は銀髪ですよ」

「本当に!? 触ってもいい?」

「どうぞ」



 絵麻は鹿沼さんの髪を触りだす。

 インナーの銀髪が太陽の光に反射して綺麗だ。

 


「うわああ、綺麗」

「あ、ありがとう」

「鹿沼さんの両親は外国人なの?」

「ううん、両親はどちらも日本人。お婆ちゃんが外国人だったらしいんだけど、詳しい事は知らないの」

「ふーん」

「鹿沼さんのお母さんの髪色も銀髪入ってたし、やっぱり遺伝だね」



 絵麻は鹿沼さんの髪の毛を触りながら、俺を見た。



「お兄ちゃん、鹿沼さんのお母さんに会ったの?」

「会ったけど……?」

「どんな人だった!?」

「結構しっかりしてる感じだったけど……とんでもなく変態だった」

「ちょ、ちょっと羽切君!?」



 おっとっと。

 人の親を変態と言うのはちょっと問題発言だったか。

 しかし変態なのは間違いない。

 朝に寝ている俺のズボンを勝手に脱がし、性教育と称して朝立ちを自分の娘に触らせようとするくらいだ。

 それに自分の娘がベッドの上でどんな風に乱れたのかや好きな体位まで聞いてくる始末。

 あれが変態でなければ一体何が変態なのやら。

 


「じゃあ鹿沼さんも変態の遺伝子を受け継いでるかもね」

「変態の遺伝子って何!?」

「そりゃ良い体してるし? それに実は性欲強いでしょ?」

「そ、それは……」

「ヒャーその反応、毎晩一人でしてるんだ?」

「ま、毎晩はしてないってば!」



 自分で言って、自分で「あっ」と気付いたみたいだ。

 そして絵麻も当然突っ込む。



「毎晩“は”していない……ね」

「ち、違うってば! そうじゃなくって!」



 鹿沼さんは顔を赤くしてあわわわと慌てふためいている。

 

 

 絵麻は母さんと同じでずかずかと人の心に飛び込んでいくのが得意みたいだ。

 こういう所も遺伝なのだろうか……。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 ただ列に並ぶだけで2時間というのは意外と長かった。

 しかし恐らく次かその次くらいに順番が回ってくるだろう。

 時刻は18時20分で空も暗くなってきている。

 昼間の太陽の暑さはもう無く、生暖かい風がたまに吹く。



「あのう……」



 列に並んでいると女性スタッフが来て、俺達に声をかけた。



「次の座席に一席空きができてしまいまして、出来ればおひとり乗っていただけないでしょうか……?」



 女性スタッフは申し訳なさそうにそう言った。



「実はおひとり乗っていただけないと、その次の座席が一人分溢れてしまいまして……」



 このジェットコースターは恐らく後2回で終了なのだろう。

 それなのに次のコースターの座席が一席余ってしまい、そこに誰かが乗らないとその次の座席に誰か一人が乗れなくなってしまうというわけだ。

 そして唯一3人組の俺達に声をかけたという事なのだと思う。

 まあ、この場合は俺が挙手するべきだろう。



「じゃあ、俺が――」

「私――」

「私行きます!」



 以外にも挙手したのは絵麻だった。



「いいの?」



 鹿沼さんも声を上げようとしたが、俺と一緒で絵麻に先を越されてしまった。

 


「うん、私が選んだわけだし一人でも楽しめるよ」

「絵麻ちゃんありがと」

「お兄ちゃんと楽しんできてね」

「頼むからゲロで周りに迷惑かけるなよ」

「わかってるって」



 絵麻は女性スタッフに連れられて前方へ歩いて行った。



「絵麻ちゃん優しいね」

「割とツンデレだけどな」



 昔よりデレの方が強くなっているが。



「ナル君」



 突然始まる恋人キャラ。

 何だか久々な気もする。

 鹿沼さんを見ると、悪戯に笑っていた。



「手、繋ごっか」

「嫌だ」

「うわー、ナル君は優しくないね」

「嘘だよ、ほら」



 俺は鹿沼さんに手を差し出す。

 すると鹿沼さんは俺の手を握った。

 


「絵麻ちゃん大丈夫かな」

「大丈夫であってくれないと困る」



 俺達は絵麻が乗っているコースターが空高く上がっていくのを見上げた。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 遂に俺達の番が来た。

 俺達は一番前の座席で前方に人がいない。

 安全バーは肩からしっかりと掛けられており、足は宙ぶらりんの状態だ。

 それに前に乗っていた人を見てわかったのだが、発射するときは胸が地面を向く状態で頭から発射するらしい。

 


 出発合図と共に、胸が地面に向くように座席が後ろに持ち上がった。

 そしてカタカタという音を立ててゆっくりと上空に上がっていく。

 上空のΩのてっぺんに近づき、頂点にたどり着いたその時。



 ピーという音と共に止まった。

 俺達は遥か上空で園内を胸を下にして見下ろしている。

 上空で一度停止して恐怖を煽ってからいきなり降下する仕様なのかと思っていたのだが、何分経っても動き出さず、さすがに他の乗客も困惑して話し出した。

 俺達は先頭で他の乗客が見えないが、中には悲鳴をあげてパニックになっている人もいるみたいだった。



 ……死ぬのか?



 心の中で無意識にそう呟いていた。



 遥か上空でのトラブル。

 このまま安全レバーが壊れたり外れたりしたら地面に一直線に落ちて死ぬ。

 そう思うと強い恐怖感が体を襲った。



 なんとなくチラリと隣の鹿沼さんを見る。

 真っ暗な夜空を背景に、鹿沼さんは目を強く閉じて小刻みに震えていた。

 当然だ。絶叫マシンが得意でないのに頑張って乗って、上空でトラブルに見舞われているのだから。

 ビュービューと吹く風が鹿沼さんの髪を大きく揺らしている。

 真っ暗な夜に輝く銀髪が幻想的で綺麗だ。



 俺は鹿沼さんのがっしりと安全バーを握っている手に優しく触れる。

 すると鹿沼さんは震える手でしっかりと握り返してきた。

 俺達の手は一つになって上空で宙ぶらりんになった。



「大丈夫?」



 もしここで死ぬとしても、鹿沼さんと一緒なら……なんて馬鹿な事を考えていたら死への恐怖が少し薄らいだ。



「……怖い」



 震える唇から発せられた声はやはり震えている。

 その声が発せられた途端、ただ手のひらを握りあっているだけじゃなく自然とお互いの指の間に指を入れて密着させる繋ぎ方に変わった。

 恐怖と相まってか密着している指の間に熱を持っている。

 そして指の間の奥深くの場所がくすぐったい。



 不思議な感覚を覚えながら、俺達は救助を待った。


全話読み返してみたんですが、もっともっと面白く書けたな~ってところが多くて悔しいのだ。


特に鹿沼さんの生理で豹変してる部分なんて、もっとめちゃくちゃ豹変させたかったんだよねぇ……。

いつの日か、全話改変する日がくるかもしれない。



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