【46話】 夏休み⑥ (遊園地)
「ウワアアアアッ!」
「キャアアアアッ!!」
「ヒイイイイイッ!!!」
現在、俺達はものすごい速度で降下している。
自由落下に近い状態により、下からこみ上げられる浮遊感を感じながら再度上昇した。
最初に降下したスピードが落ちることなく、上がったり下がったりを繰り返して遂に終着点で止まった。
俺達は今遊園地に来ている。
一昨日前に突然妹が訪問してきて2日が経った。
妹とずっと家にいるのも飽きてしまうのでどこに行きたいかと尋ねたところ、遊園地に行きたいと言ったので今ここにいる。
終着点で止まり、安全バーが上がった。
左側にいる妹は口を押え、右側にいる鹿沼さんはゼェゼェと呼吸をしている。
俺は真ん中の席なので、どちらかが動いてくれないと降りれない。
「早く降りないと第二弾が始まるぞ」
「それは……勘弁かも」
そう言うと、鹿沼さんがよろよろと降りだした。
俺もその動きに合わせて降り、絵麻に手を伸ばす。
絵麻は俺の手を握って降りたのだが、少々顔色が悪い。
「うえっ、気持ち悪い」
「絵麻ちゃん大丈夫?」
鹿沼さんが心配そうに絵麻の背中をさすっている。
遊園地に行きたいと言ったのは絵麻だが、絵麻は生まれつき三半規管が弱いのだ。
絶叫系が大好きなのに、絶叫系に超弱い。
「つ、次はっ…うっ……あれに乗りたい」
絵麻は込み上げてくる胃液を全力で我慢しながら空高く指さした。
俺は指の差す場所を見上げると、人間が前後に大きく浮遊していた。
まるでブランコのように空高くから紐が繋がれており、人の体の部分だけが春巻きのような感じでグルグル巻にされていて、顔や足などは完全に外に出ている。
「お前、本当に大丈夫か?」
「は、吐くことはないかと……」
「頭の心配をしてるんだが」
あんなのに乗りたいなんて思ってるやつ頭がおかしいに決まってる。
正直俺もビビっている。
あんなのに乗って、意識を保っていられるだろうか。
「よ、よしっ。行こうか……」
絵麻は俺と鹿沼さんの手を握って歩き出した。
妹の願いだ仕方がない。
鹿沼さんをチラリとみると、かなり引き攣った顔をしていた。
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俺達は布が敷かれた地面に横たわる。
俺が真ん中で左に絵麻、右に鹿沼さん。
そして3人をぎゅっと一枚の分厚い布で包まれた。
必然的に両者と体が密着するが、もはや緊張がそれどころではない。
当然安全装置は布だけではなく、バンジージャンプの時に使われるような装置が太ももやら股関節やら脇の下やらに着けられている。
「では、いってらっしゃ~い」
遊園地のスタッフが笑顔でそう言うと、徐々に体が上昇していった。
横向きで上昇しているので、地面がどんどん遠ざかっていくのが見える。
こんな感じで空に持ち上げられたのが初めてで、超怖い。
そして一番上まで持ち上がった。
もう遊園地全体を一望できるほどの高さにいる。
夏の温かい空気が顔と足を撫でるが、体は冷や汗で寒くなっている。
ここからバンジージャンプのように自由落下で落ちて、ブランコのように長時間揺さぶられるのか……。
俺はあまりの恐怖に隣を見た。
左隣の絵麻は無茶苦茶興奮している。
右隣の鹿沼さんは完全に青ざめている。
二人の表情は全く対照的だ。
俺も歯がガタガタ震えている。
しかし、もうどうすることもできない。
腕も布に包まっていて動かせないし、後は時を待つだけだ。
「お兄ちゃんお兄ちゃん、次はあれに乗ろうよ」
絵麻は上空からもう次の乗り物を選定している。
「この乗り物に耐えれたらな?」
「絶叫系得意だから大丈――」
その瞬間、体が空に解き放たれた。
とんでもないスピードで地面が近づいて来る。
「ンゴオオオオオオオオ!!」
もはや悲鳴ではない悲鳴が体の奥から出た。
そしてぶぅんぶぅんと体が大きく前後に揺さぶられる。
地面が近づき、太陽へ。
そして太陽から遠ざかり、地面すれすれで通り過ぎて遊園地を一望できるほどの上空を頭を下にして一瞬止まる。
その繰り返し。
このマシンはどうやら人為的に止めることができないらしく、ブランコが完全に止まるまで揺さぶられるみたいだ。
さすがに10回ほど揺さぶられると、話せるほどには慣れてきた。
「ハハハッ、年寄がこれ乗ったら死ぬぞ」
「……」
「……」
誰からも返事が帰って来ないことを不審に思って左隣を見ると、絵麻は前後に揺さぶられながら、ゲロを吐いていた。
「お、おい! 大丈夫か!?」
「だ、大丈夫……ウエエエッ」
「もうすぐだから耐えろ」
絵麻の状況を理解できたので、右隣の鹿沼さんに視線を移す。
すると、鹿沼さんは白目をむいて気絶していた。
「ちょ、ちょっと鹿沼さん! おーい! 起きて!」
声をかけるが、帰ってくる気配が無い。
スウィングももう終盤に入っていて、後4回ほどで終了だ。
左側はゲロを吐いていて右側は気絶している中、俺は静かに終わるのを待った。
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「お疲れ様でした~」
遊園地のスタッフが引きつった笑顔で安全装置を外した。
俺はすぐに立ち上がったが、他は地面に寝そべり動かない。
絵麻は少し経ってからフラフラと立ち上がったが、鹿沼さんが動く気配が無いので体を仰向けにする。
一応、胸と胸の間に手を置いて心臓の音を確認する。
しっかりと鼓動はあるので、今度は息をしてるか口元に耳を当てて確認する。
息もしっかりある。
完全に気絶してしまっている鹿沼さんの股の間に腰掛けて、腕を俺の首に回してぐっと固定する。
そのまま俺は前かがみになって鹿沼さんの前方を背中に密着させて中腰になり、そのまま太ももの深いところを掴んでしっかりと腰に乗せる。
その状態で足と腰の力で立ち上がる。
背中の柔らかい感触と、手での太ももの感触を存分に味わいながらのおんぶ。
「絵麻、ちょっと休もうか」
「オ、オッケーイ」
顔は青白いが、回復しつつある絵麻と歩き出す。
この頭のおかしい絶叫マシンの空間から出て、飲食できる空間に移動した。
チラリと鹿沼さんの顔を見ると、心臓が高鳴った。
肩から鹿沼さんの顔が出てきているのだが、その距離が近いのだ。
頬が引っ付きそうなくらいの距離で、顔の細かい部分まで見れる。
長いまつげや鼻下の凹み、水分を含んだ唇。
何だか一方的に見るのは悪いと思い目を逸らすと、絵麻と目が合った。
何やらニヤニヤとしている。
「鹿沼さんの感触はどう?」
「超柔らかい」
「羨ましいくらい可愛いし、体も最高級なのにお兄ちゃんは興奮しないんだ?」
「今めっちゃ興奮してるけど?」
「そうは見えないな?」
いや、めっちゃ興奮してますけど。
現にアソコが反応しそうだし。
「興奮を必死に抑えてるでしょ」
「そりゃな」
「どうして?」
「こんなところでズボンが突起してたら、変態だと思われるだろ」
「勃起はしそうなんだ?」
「当たり前だろ」
絵麻はふーんと一瞬静かになった。
しかしすぐに次の質問が飛んでくる。
「お兄ちゃんは鹿沼さん付き合わないの?」
「お前、付き合うってどういう意味か分かってる?」
「恋人関係になるってことでしょ」
「恋人関係になるためには両想いにならないとダメだろ」
「お兄ちゃんは鹿沼さんの事が好きじゃないって事?」
「うーん」
好きなのかどうかもわからない。
前に八木が言っていたように、人として好きなのとただエッチがしたいだけの性欲によって好きと思わされているか判断ができないからだ。
現に今鹿沼さんの体の柔らかさと温もりで下半身が反応しそうになっているし。
「こんな良い人、今後二度と現れないと思うけど惜しいとか思わないの?」
「思わないね」
「へー」
「鹿沼さんは俺なんかよりもっといい男がお似合いだと思うだろ?」
「私はそうは思わないけど」
「それに、恋人関係になるためには両思いであることが必須条件だろ。鹿沼さんが今後俺の事好きにあることなんてないと思うけど」
「今後っていうか、もう既に――」
絵麻が何かを言いかけると、もぞもぞと背中で鹿沼さんが動いた。
ゆっくりと目が開いて俺と目が合う。
「おはよう」
「ひゃっ!?」
鹿沼さんは目を見開いて背中で激しく動いた。
「ちょっ、危ないって!」
そして状況を理解したのか、再度背中で大人しくなった。
「私気絶してた?」
「よだれ垂らして白目剥いてました」
「そ、それは……無様な姿を見せてしまって申し訳ございません」
「鹿沼さんのあんな顔初めて見たから、むしろ面白かったよ」
「人の不細工顔で面白がらないでくれる?」
「ごめんごめん」
俺は意識が戻った鹿沼さんを地面に戻そうと手を太ももから放そうとする。
しかし鹿沼さんは俺の首に回っている腕の締め付けを強くして、より密着してきた。
「もう少しこのままがいい」
「え、でも……」
「ダメ?」
再度鹿沼さんの横顔を見ると、恥ずかし気にそっぽを向いていた。
「わかったよ」
「ありがと」
俺は鹿沼さんを背中で感じながら、彼女が満足するまでおんぶした。
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飲食できる場所には多くの出店があった。
たこ焼きやたい焼き、焼きそばやハンバーガー。
まるで夏祭りにあるような品揃え。
もちろん飲食できる店舗もあるのだが、鹿沼さんが外の空気を吸いながら昼食を食べたいと申し出たので外のベンチで食べることにした。
それぞれが買ってきた物を食べて、食後のソフトクリームタイム。
「次はこれに乗ろうよ」
絵麻はまだ乗る気らしい。
パンフレットを広げて、指さしている。
指が差されたアトラクションを見ると、普通のジェットコースターで安心した。
しかしジェットコースターとはいえ、上下が逆さまになるらしい。
さっきの頭のおかしいアトラクションを経験してしまったら、どんなジェットコースターでも見劣りしてしまう。
「お前、また吐くなよ?」
「もう慣れてきたから大丈夫だよん」
絵麻は大丈夫らしい。
「鹿沼さんは大丈夫?」
「だ、大丈夫」
大丈夫と言っているが、絶叫系があまり得意ではなさそうだ。
「別に無理しなくてもいいんだぞ?」
「無理なんてしてないもん」
あくまでも強気。
俺達はソフトクリームを食べながら歩き出した。