【45話】 夏休み⑤ (妹)
「絵麻ちゃんはいつまでいられるの?」
「明後日には帰るつもり」
私は今、リビングで絵麻ちゃんと二人きりだ。
今日の昼食は外で食べることになったのだが、羽切君は寝起きで今シャワーを浴びている。
結果から言うと彼女は一色さんではなく、妹さんだった。
昨日の夜、羽切君が女子と抱擁しあっている現場を見た時から今日の朝まで不安で心と体が蝕まれている気分になっていた。
しかしそれが妹さんとわかった今、すごく安心している。
それが同時に、私にとって羽切君がどれだけ大切な存在なのかを再認識させられた。
「鹿沼さん写真撮ってもいい?」
「いいけど、誰かに送るの?」
「お母さんに」
「それならいいよ」
絵麻ちゃんはスマートフォンを私に向けた。
そしてカシャと一枚撮った後、私に体を密着させてスマホを自撮り機能にする。
すると絵麻ちゃんのスマホ画面には私と絵麻ちゃんの密着した姿が写り、2回目のシャッター音が鳴った。
私は自分の手が少し震えているのを自覚していた。
息も少し苦しくなった。
どうやらスマホを向けられるだけでも軽い発作が起きるみただ。
こんなことで発作が起きるなんて本当に勘弁してほしい。
絵麻ちゃんはスマホを何やら操作している。
そして最後に「送信!」とタップした後、スマホを机に置いた。
その瞬間、私のスマホが鳴ったので見ると、お母さんから写真付きでチャットが送られていた。
その写真はたった今、絵麻ちゃんが撮った写真だった。
そして内容はこうだ。
『羽切君の妹さんと仲良くなったのね! 外堀から埋めていく作戦ね!?』
文字からお母さんが興奮してることが伝わってくる。
しかしそれ以上に聞かなければならないことがある。
「絵麻ちゃん」
「はーい」
「誰のお母さんに送ったのかな?」
「うちのお母さんだけど?」
てっきり私のお母さんに送ったのかと思ってびっくりした。
絵麻ちゃんが写真を自分の母親に送る→絵麻ちゃん母が私のお母さんに送る→お母さんが私に送るが10秒も経たないうちに行われたらしい。
情報がとんでもないスピードで回り回ってて恐ろしい。
「絵麻ちゃんは今、中学3年生だっけ?」
「うん」
「じゃあ受験生かー」
「うっ」
絵麻ちゃんが変な声を出したので見ると、何やら引き攣った表情をしていた。
受験生に受験の話をするのは良くないと聞いたことがあるが、まさかこんな顔になるとは思っていなかった。
私の時は受験に緊張も心配も無かったから少々配慮が足らなかったかもしれない。
「絵麻ちゃんなら大丈夫!」
元気が見る見るうちになくなっていく絵麻ちゃんを元気づけるために立ち上がってそう言うが、あまりの説得力のなさと馬鹿っぽさからまた静かに座る。
「やっぱり不安だよね」
「うん」
受験の話題を出すのはセンシティブすぎた。
せっかくお兄ちゃんに会いに来てすごく楽しそうだったのにたった一言でこんなに元気をなくすとは……。
「やっぱり勉強が不安なの?」
「ううん、勉強はできる方だからいいんだけど……」
「えっ、じゃあ……」
受験生の不安と言えば勉強の事だろう。
偏差値が足りないかもしれないとか、滑り止めに落ちたらどうしようとか。
「学校選びが難しくて」
「学校選び?」
「行きたい学校とか無いから、どこ選んでいいのかもわからないし」
なるほどそういう事か。。
確かに大学受験とかと比べると、高校受験は選び方が難しい。
大学なら学びたい事である程度絞り込むことができるが、高校の場合は絞り込む要素があまりない。
多分ほとんどの場合、家からの距離とか偏差値で選ぶんだと思う。
「鹿沼さんはどうやって選んだの?」
「私は、立地……かな」
本当のことを言えばそれだけじゃない。
不良がいなさそうな高校という大きな条件が入っている。
そのためにはある程度偏差値が高い学校。
そして通学しやすい距離にある学校という条件で選んだ。
中学3年生中にこっちに転校してくることが分かっていたので、説明会とか電車で行かなくてはならず大変だった。
「かっこいい男子が多い学校がいいなー」
「かっこいい男子が多い学校かぁ……」
「鹿沼さんはどんな男子がタイプなの?」
「うーん」
好きな男子のタイプとかわからない。
だって羽切君以外で好きになった男子がいないから。
答えようが無いからしばし沈黙していると、絵麻ちゃんは私に抱きついてきて何かを確かめるように私の体を触りだす。
「まぁ鹿沼さんはどんな男子でも虜に出来ちゃうもんね?」
「そ、そんな事ないよ!?」
「ふーん」
絵麻ちゃんは一通り触り終わったらしく、私から離れて言った。
「鹿沼さんの事もっと知りたいし、今夜一緒にお風呂に入らない?」
「いいけど……」
「やったあ!」
絵麻ちゃんの熱い視線が突き刺さり、断れなかった。
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俺達は駅から少し離れた場所にあるスパゲッティー屋さんにいる。
俺が風呂から出ると鹿沼さんと絵麻はかなり仲良くなっていた。
絵麻は妹とはいえ年頃の女子。
鹿沼さんという同じ女子で年齢が近ければ仲良くなるのは必然か。
この店を選んだのは、絵麻と鹿沼さんだ。
「鹿沼さんとお兄ちゃんって付き合ってるの?」
食後のコーヒータイムに絵麻は俺と鹿沼さんを交互に見ながら言った。
「いいや、付き合ってない」
「じゃあさ、鹿沼さんがお兄ちゃん家でシャワー浴びてたのはどういう事? もしかして付き合ってないのに事後だったとか?」
事後とはエッチの後という意味だろう。
俺はお泊りの事について絵麻に説明した。
「お兄ちゃんはその時、鹿沼さん襲ったりしなかったんだ?」
「襲うわけないだろ」
襲ったらただの性犯罪者だ。
高校生で前科が付いたら人生終わりだし。
「お兄ちゃん、だいぶ抑えてたでしょ?」
「そりゃな」
「鹿沼さん気を付けたほうがいいよ? お兄ちゃん女性の乳首吸った事とかあるから」
「フェッ!?」
残念。その手には乗らない。
確かに俺は女性の乳首を吸ったことがある。
だけどそれは今生きている全人類がしたことがあることだ。
何故なら赤ちゃんの時に母親のおっぱい吸ってんだからなぁ!
変な声を出した鹿沼さんをチラリとみる。
鹿沼さんは自分の体を抱くようにして、真っ赤な顔で俺を見ていた。
「(ミルクを出す)コツはな唇で根元を挟んで、大きく吸い上げる事なんだぞ」
「噛まれて痛かったとか言ってたね」
「歯が立っちゃうのは仕方ないだろ」
「まぁ、まだ何もわかってない時だもんね」
「そうだな、何事も経験してみて成長するものだ」
「ちょ、ちょっと! 何の話してるの!?」
鹿沼さんは我慢できなくなったのか、話の間に割り込んでくる。
俺達は母親と赤ちゃんの話をしているのだが、純粋な鹿沼さんには伝わっていない。
いや、純粋ならむしろ伝わるはずだが。
「え? 乳首の刺激の仕方の話だけど……鹿沼さんはしたことないの?」
「あ、あるわけないでしょ!?」
「鹿沼さんはされる側だもんね」
「ええっ!?」
絵麻はニヤニヤしながら鹿沼さんを見る視線が下がった。
鹿沼さんは困惑してあわわわと震えている。
絵麻も鹿沼さんの扱い方がお上手になったな。
まぁ、いつかやり返させるんだけども。
絵麻は明後日には帰ってしまうらしいので、復讐の対象は自動的に俺になるからそろそろこの辺で打ち止めにしよう。
「鹿沼さん」
「はいいい?」
「誰でも乳首を吸ったことがあるよ」
「な、何? 羽切君が女性の乳首を吸ーーま、まさか遠回しに私のを要求してるわけじゃ無いでしょうね!?」
「ち、違うって!」
鹿沼さんの顔はこの上なく紅潮して引き攣っている。
俺と妹の兄妹連携で鹿沼さんを引ん剝こうとしているのかと勘違いしているらしい。
「鹿沼さんも吸ったことがあるよ」
「ないもん」
「赤ちゃんの時を思い出してごらん」
「赤ちゃん……?」
鹿沼さんは今までの会話を理解したみたいで、慌て始めた。
「変な表現するから勘違いしちゃったじゃん! バカ!」
「お兄ちゃん」
「うん?」
「鹿沼さん、純粋で可愛いね」
「そうだな」
「夜が楽しみになってきた」
久々に楽しそうな妹を見れて、俺も嬉しかった。
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「鹿沼さんスタイル良すぎるよぉ」
「そ、そうかな……?」
昼に絵麻ちゃんと約束した通り、一緒にお風呂に入ろうとしている。
女同士なので裸を見られても恥ずかしくはないと思っていたのだが、絵麻ちゃんに見られるととんでもなく恥ずかしい気持ちになる。
それは頭の片隅に羽切家の人間と認識しているのが影響しているのだろう。
目元は羽切家のお母さんに似ていて何だかすごく細かいところまで見られている気がするし、口元は羽切君にそっくりだ。
私はTシャツとズボンを脱いで今は下着姿。
絵麻ちゃんも同じ下着姿だが、私が下着を脱ぐのを待っているかのように目を輝かせている。
そんな眼差しの前で下着を脱ぐのはすごく恥ずかしい。
だけど私の方が先輩だし、私が脱がないと絵麻ちゃんも脱ぎづらいのかなと思ったので、先に私がブラのホックを外して脱いだ。
「やばいよやばいよ、エロすぎるよ」
「ちょっと絵麻ちゃん、恥ずかしいんですけど!?」
私は腕で胸を隠している。
しかしこの状態でパンツを脱ぐのはなかなか難しい。
仕方ないので私は胸を隠すのをやめて、パンツを脱ぐ。
一番下までパンツを下したところでチラリと絵麻ちゃんを見ると、顔を真っ赤にしながら私を見下げていた。
そして色々隠しながら直立に戻る。
とんでもなく恥ずかしかったけど、同じくらい情けなさが込みがてきた。
先輩である私が同性の後輩に裸を見られてあたふためいている。
絵麻ちゃんだって恥ずかしいはずなのに。
私は絵麻ちゃんのために自分の体を隠すのをやめた。
するとあらわになった私の体を絵麻ちゃんはジロジロ見てくる。
しばらくジロジロ見られて恥ずかしかったけど、この行為が良かったのか絵麻ちゃんも脱ぎ始めた。
絵麻ちゃんは最初から隠すようなことをせず、堂々と慣れている様子だ。
「絵麻ちゃんもすごく綺麗だよ」
「ありがとう」
「じゃあ、入ろっか」
絵麻ちゃんが全裸になったが、私はあまりジロジロ見ずにお風呂場のドアを開ける
「ねえ、鹿沼さん」
「うん?」
「鹿沼さんって処女?」
「しょっ!?」
いきなりの質問にびっくりした。
「そう……ですけど」
こういう系の話で嘘をつくと後で遺恨が残りそうなので、正直に答える。
「良かった」
絵麻ちゃんは何やらホッとした表情を浮かべてお風呂場に足を踏み入れた。
何が良かったかよくわからなかったけど、絵麻ちゃんの顔を見て聞き返すことはしなかった。
一日ぶり申し訳ない。