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【44話】 夏休み④ (妹)


目が覚めても、しばらく体を起こすことができなかった。

 原因は昨日の夜、帰り道で見てしまったあの場面。

 私は羽切君と女子が玄関前で抱擁して、一緒に家の中に入っていったのを目撃してしまった。

 女子は今日、羽切君と合コンしていた一色さんである可能性が高い。

 

 

 もしかすると晩御飯を一緒に食べるという話になったのかもしれない。

 そういう風に私の頭は冷静さを取り戻そうとしているが、玄関前で抱擁しているという事実がそれだけでは無いことを示唆していて、一気に不安になっていく。

 


 何とか現実逃避しようともう一度目を閉じて寝ようと思ったが、すでに覚醒している私の頭が色々と考えてしまって邪魔をする。

 仕方ないので、体を起こして脱衣所に向かう。

 そして私はパジャマと下着を脱いでお風呂場のドアを開ける。

 シャワーハンドルを回してシャワーヘッドから水を出し、湯気が出てきたのを確認してから体に当てる。

 


 これからどうしよう……。

 羽切君と一色さんが付きあったのなら、もう私と買い物に行ったり一緒に晩御飯を食べたりはしてくれないだろう。

 それどころか隣に私が住んでいることすら秘密にしてほしいと言われるかもしれない。



「はぁ……」



 無意識にため息が出た。

 一度顔を上げて鏡に映る自分を見る。

 昨日寝るのが遅かったせいか、顔色があまりよくない。

 髪の毛も寝ぐせでぼさぼさ。

 


 もう一度ため息が出そうになるのを堪えて、シャワーの水を頭に当てる。

 髪を伝わって胸、太もも、足へと水が流れていくのをボケッと見ながら、これからどうするかを考える。

 今日は晩御飯どころか朝ご飯から羽切君の家に行こうと思っていた。



 だけど行って、もう来ないでほしいと言われたらという不安が私の今日の予定を迷わせている。

 私は立ち上がって、本格的にシャワーを浴びる。

 ずっともやもやしてても仕方がない。

 この朝シャワー中に今日行くか行かないか判断することにした。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 時刻は朝の10時40分。

 私は今、羽切君家の玄関の前にいる。

 私はさっきからインターホンを押そうと指を置くが、押す勇気が無く突っ立っている。

 10分以上覚悟が決まらなかったが、さすがに人の玄関前にずっといるのもどうかと思い、勇気を出して押した。



「はーい」



 中から聞こえる女性の声に、私の心臓が跳ね上がった。

 まさか本当に一夜を共にしたの……!?

 私は今にも逃げ出しそうだったが、足がすくんで動かない。

 そうこうしていると、扉が開かれた。



「おはようございまーす!」

「お、おはようございます……」



 出てきたのはかなりラフな格好をした女子。

 私からインターホンを押したのに、声が発せなかった。



「……?」



 私が何も言わないので、彼女はまじまじと私を観察しながら困惑している。

 


 この人が一色さんか……。

 小柄な体だが、胸はしっかりある。

 そして童顔で可愛い。

 

 

 私は前の合コンで一色さんと同じ空間にいたのだが、一色さんの容姿については全く覚えていなかった。

 玄関の中と外でただ観察しあっている。

 そんな沈黙に耐えきれなくなって、私は口を開いた。



「あのっ、私、その……帰りますね……」



 羽切君の心を奪った勝ち組女子と負け組の私。

 負けた私は帰ろうと背中を向け、とぼとぼと歩き出す。



「待って」

「……?」



 しかし手を握られて、制止された。

 


「あなた、もしかして鹿沼さん?」

「そうですけど……」



 どうやら彼女は私の事を認識しているらしい。

 


「入っていいよ」

「……え?」



 彼女は私の手を玄関の方へ引っ張る。

 私は抵抗することなくその力に従って玄関に入った。



「実は鹿沼さんの話、聞きたかったんだよね」

「私の話ですか……」



 何だか不穏な空気が流れている。

 一夜を共にした女子と羽切君。そして私が同じ家の中にいる。

 もしかすると、羽切君とそういう関係になったことを私に自慢しようとしているのかもしれない。



「ほら、靴脱いでリビングで話そ?」

「……はい」



 私は言われるがままに靴を脱いで、リビングまで歩いた。

 いつもと変わらないリビングに入ると、彼女は台所に行き、コーヒーを入れだす。



「その辺に座っていいよ」



 まるで羽切家の主導権が彼女にあるかのようだ。

 しかし、もはやこの家では私よりも彼女の方が上位権限を持っている。



「羽切君は……今どこに?」



 リビングに入ったのはいいけど、羽切君の姿が見当たらない。



「まだ寝てるよ」



 彼女は台所から出てきて、羽切君の部屋のドアを開いた。

 そして私に来るよう手招きをしたので、私もドアの隙間から中を見る。

 そこにはTシャツに上向きに突起したパンツ姿の羽切君がベッドで寝ていた。



「すごい寝方でしょ」

「そうですね……」

「あれ? 鹿沼さん顔赤くなってる」



 顔が熱くなってるのは自覚していたが、指摘されてなんか嫌な気分になった。

 やっぱり彼女は彼とそういう関係になった事を自慢しようとしているように感じたからだ。



「昨日は夜中まで起きてたから、もう少し寝てるかも」

「……」



 もう確定だ。

 羽切君と一色さんは体の関係になった。

 もしかするともう恋人関係になっているのかも。



 私は居たたまれなくなって、ドアから離れる。



「もう帰ります……!」



 そして玄関に続く廊下を歩き出すと、私の腰に腕が回った。



「ちょ、ちょっと! お話ししようって言ったじゃん!」

「あなたと話す事なんてありません! 帰ります!」



 玄関に向かおうとする私とそれを阻止しようとする彼女。

 全力で力を使えば簡単に玄関まで行けそうだけど、力を使えば下瞼に溜まっている涙がこぼれ落ちそうで出せない。

 そうこうせめぎ合いをしていると、ベッドルームのドアが開かれた。



「何してんの?」



 出てきたのは寝ぐせのついた羽切君。

 視線を下に移すと、パンツが真上ではなくて斜め前に突起していた。

 


「ちょ、ちょっとお兄ちゃん! 下!下!」

「別に生理現象だしいいだろ」

「鹿沼さんもいるんだけど?」



 羽切君の視線が私へと移動する。

 そして私を見た瞬間寝ぼけていた目から覚めたらしく、バッと下半身を隠した。



「お兄ちゃん……?」



 私は何が起きているのかわからず、ただ茫然と立ち尽くしていた。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



「こいつ、俺の妹です……」

「こいつって言うな!」



 俺の妹、羽切絵麻は鹿沼さんに興味津々みたいだ。

 現在中学3年生で俺達と一つしか違わない。

 


 昨日一色さんに家で晩御飯を一緒に食べたいと言われたが、上手く断った。

 別に家に招き入れても良かったのだが、何かが違うと感じたのだ。

 一日一緒にデートをしてみて、何となく彼女に恋愛感情を抱くことは無いんだろうなと思ってしまった。

 恋愛感情が無くても彼女が求めれば、家であんな事やこんな事もする準備はいつでもできているが、気分では無かった。



 家に帰ってしばらくゆっくりしていると、家のインターホンが鳴り、開けると妹が立っていた。

 3年ぶりに会ったので一瞬誰だかわからなかったが、いきなり抱きついてきて匂いや髪質、声などから自分の妹であることを確信した。

 兄妹とは不思議で、何年も会ってなくても何となくお互いを分かるものだ。



 妹は俺が5カ月後にイギリスに行ってしまうという情報を母さんから聞いて、夏休みの間に会いに来たらしい。



「この人が鹿沼さんかー」

「どうして絵麻が鹿沼さんの事知ってるの?」

「お母さんが言ってた。物凄い可愛くてエロい子がお兄ちゃん家でシャワー浴びてたって」

「……は?」



 俺がこの地域に引っ越してきて、まだ一度も母さんは帰ってきていないはずだが?

 鹿沼さんをチラリとみると、目が合った。

 どうやらその答えは鹿沼さんが知っているようだ。



「実は……私が熱中症で学校を休んでいるときに、羽切君のお母さんが帰ってきたの」

「それで全裸を見られたって事か」

「ま、まぁ……そういう事」



 鹿沼さんが俺の家のシャワーを浴びてる間に帰ってきて、鹿沼さんの全裸を見て帰っていった。

 鹿沼さんは全裸という言葉に反応しているのか、顔が少し赤い。

 それを見て、我が妹はニンヤリとした。



「鹿沼さん、赤くなって可愛いね」

「全裸って言葉に反応したんだろうな」

「女子に対してその言葉を使うお兄ちゃんも頭おかしいけど……鹿沼さんの反応見てると、ちょっと使ってみたくなる気持ちもわかる」

「だろ?」

「ちょ、ちょっと!?」



 さすが我が妹よくわかってらっしゃる。

 絵麻はソファーの隣に座る鹿沼さんの生の太ももをすりすり撫で始める。

 年下でさらに初対面とは思えない行為。

 だが鹿沼さんは怒ったりはせず、くすぐったさに耐えている。



「絵麻ちゃん、くすぐったいよ!」

「キャー! 私、鹿沼さんの事好きかも!」



 絵麻は鹿沼さんに抱きつく。

 昔と変わらず、元気で活発な子で安心した。

 しかし妹を見ていて今更だが疑問が湧いてきた。

 それは鹿沼さんが初めて俺の家に来た時の事だ。



「そういえば、鹿沼さん」

「はい?」



 鹿沼さんは妹の扱いに困惑しながらこちらを見た。



「最初うちでシャワー浴びた時、絵麻のパンツ渡したと思うんだけど、あれ穿けたの?」



 初めて鹿沼さんがうちに来た時、俺は脱衣所で妹の純白のパンツを渡した。

 しかしあれは3年前の妹のパンツ。

 つまりは小学校6年生用のパンツなのだ。

 見た目明らかに小さかったが、履けないとわかれば勝手に引き出しから母さんのパンツを探すと思っていて放置していたのだが……。



「履けなかった……」

「えっ、じゃあ引き出しから母さんのを取り出して穿いたんだ?」

「いや……何も穿いてませんでした」

「……!?」



 あの日、鹿沼さんに渡したズボンはバスケ用のガバガバな短パン。

 風通しが良い上にパンツを穿いてなかったなら、相当スース―していたはずだ。

 その状態で俺のベッドで寝ていて、事故ではあるが俺はその隣で寝ていたということか。

 想像すればするほど……。



「てことは、ノーパンで俺と寝てたのか!?」

「へ、変な想像しないでくれる!?」



 鹿沼さんは恥ずかし気に視線を絵麻の方に移動させた。



「お兄ちゃん、いい彼女作ったね!」

「彼女じゃないけどな」

「じゃあ……セフレ?」

「まぁ、そんな感じ」



 俺と絵麻は同時に鹿沼さんを見る。

 鹿沼さんは体をそわそわさせていたが、俺達の視線に気づくと咄嗟に口を開いた。



「ち、違うってば!」



 俺と絵麻は視線を交わして笑った。

【祝】4000PV!


 

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