【43話】 夏休み③ (合コン)
人生二度目の合コンが始まる。
今回の合コンは5対5で、幹事は八木。
高校生の合コンはカラオケが定番らしく、前回と同じ駅前のカラオケボックスに集合することになっている。
俺は事前に指定された番号のカラオケボックスまでの廊下を歩いていると、その番号の扉の前に八木が立っていた。
「よっ」
「うい」
簡易的な挨拶を済ます。
「もうみんな揃ってるよ」
「今回の合コンはどんな流れでやるの?」
「前回よりは気楽な感じでやるつもり」
そう言うと八木は一枚の紙を取り出した。
そこに書かれているのは、今日の流れだ。
前回の合コンでは一人10分間のトークで親睦を深めてから、そのあとは気になる人とフリーでお話をするという形だった。
しかし今回は違うらしい。
今回召集されたのは女子側が気になる男子を幹事に伝えて、召集されたという形みたいだ。
よって多くの女子と話すのではなく、俺を指定した女子と今日一日お話をするという事らしい。
そして俺にとってのその女子は間違いなく一色さんだろう。
「なあ、これって合コンって言うのか?」
「女子は自分から男子を誘うのが恥ずかしいんだよ。だから合コンって形でマッチアップするのさ」
「その情報も言っていいのか?」
「特別にな」
どうやら身内びいきしてくれたみたいだ。
でもやはり幹事という立場は皆に平等に扱うべきだと思うが。
「それと、今日は基本的に自由だから」
「そうみたいだな」
今日の合コンは二人で一日過ごし、午後の17時までに一度カラオケボックスに戻ってきて解散することを報告すればいいらしい。
外に出て食事するのも自由、買い物するのも自由、途中で報告に戻って帰るのも自由。
あくまで合コンと言う形のデートという事なのだろう。
「一色さんが待ってるぞ」
「はいはい」
俺は扉を開けて、中に入る。
するとこちらに気づいた一色さんが手を振りながら微笑んでいた。
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俺は今、ペットショップにいる。
俺と一色さんはカラオケボックスでどこに行くかを話し合った結果、少し離れたところにあるペットショップに向かおうという事になったのだ。
俺はペットショップに行くことに合意したが、実は大きな不安を心に抱えている。
それは――。
「羽切君、フクロウ!」
「うわああああ!?」
振り返ると大きな目をしたフクロウが目の前で威嚇をしていて、俺は思わず尻もちをついてしまった。
情けない話だが、俺は動物が苦手なのだ。
奴らは何をするかするかわからないから怖い。
いきなり嚙みついてくるかもしれないし、引っ搔いて来るかも。
鳥に関しては突いてきて、それが目に入って失明するかもしれない。
考えれば考えるほど動物が危険に感じる。
「ぷはははははっ」
俺が尻もちをついたのを見て、一色さんが笑った。
「一色さん、びっくりさせないでよ……」
「ごめんごめん」
俺は立ち上がって、お尻の埃を払う。
どこを見ても動物だらけの通路を一色さんの背中を追いかける形で歩く。
「羽切君は動物が苦手なの?」
「実は、かなり苦手なんだよね」
「なんかごめんね、苦手な所をデートに誘っちゃって」
「デート……?」
一色さんは、はっと口を塞いでこちらを振り返った。
「ご、ごめんね。そういうつもりじゃなかったよね」
「いいや、デートって事でいいよ」
「えっ、いいの?」
「もちろん」
これは合コンの延長線上の何かだ。
だけど、やってることは男と女で出かけるというデートそのもの。
一色さんは瞳を輝かせている。
「私、デート初めてなの」
「初デートの相手が俺でよかったのかな」
「それは全然……というかむしろ、ありがたいというか……」
一色さんが通う学校は中高一貫の女子高。
今まで男子と関わった事が無い子も多いのだろう。
「一色さんの初デートを成功させるために俺も努力するよ」
「あ、ありがとう」
普通デートを成功させるために努力するなんて言わないとは思うけど、一色さんが嬉しそうだから良しとしよう。
それに俺もデートは鹿沼さんとしか行ったことが無いので、何だか新鮮で勉強にもなる。
女子にも色々なタイプがいると思うし、もしかすると関わっているうちに一色さんの事が好きになる可能性だってある。
俺ももう高校生だしそろそろ好きな人が出来てもいいと思うのだが、中々その感情を知ることができていない。
前に八木と話したときに得た3つのヒントを頼りにその感情を知ろうと努力はしているのだが……。
八木から得たヒントは次の三つ。
・その人とずっと一緒にいたいと思える感情。
・その人を守ってやりたいという感情。
・その人の表情や態度を独り占めにしたいという感情。
この3つが好きになるために必要な条件らしい。
正直ってこの条件は俺にとって厳しい。
一番最初のずっと一緒にいたいと思える感情という部分が現実的に無理であるという前提があるからだ。
どうせ半年で転校するのにずっと一緒にいたいなんて思わない。いや、思えない体になってしまっている。
であれば、他の二つで探してみるしかない。
「羽切君、大丈夫?」
少々ボケッとしてしまっていたらしい。
一色さんが心配そうに俺を見上げている。
「大丈夫だよ。デートの続きしようか」
「うん」
一色さんは嬉しそうに再度歩き出した。
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今日一日の合コンが終わろうとしていた。
ペットショップで動物たちを戯れた後は、ゲームセンターで遊んだり、ショッピングモールで買い物をしたりして気づいたら夕暮れになっていた。
スマホの時計を見ると、時刻は16時30分。
カラオケボックスには17時に戻らないといけない。
「そろそろ戻った方が良さそうだね」
「そうだね」
俺達はショッピングモールを出て、駅方面に歩き始める。
今日一日色々話せて、結構楽しかった。
「今日はありがとう」
歩きながら一色さんが振り返って言った。
「俺も楽しかったよ」
「それは良かった」
良かったと言ってる割に、一色さんは少し俯き加減だ。
「あ、あのさ……」
「うん?」
一色さんが立ち止まったので、俺も立ち止まる。
見ると、一色さんは何か言いたげな表情をしている。
「もう少し一緒にいたいな……って」
「もう少し?」
「晩御飯とか一緒に食べない?」
一色さんは俺の目を見てハッキリと言った。
今日一日関わってきて、俺の中で女子高の女子の印象が一変していた。
男子と接点が無いから男子慣れしていないのかと思っていたのだが、慣れていないからこそ積極的な言動をしてくることがあるのだ。
それが初対面でもまるで友達と話しているかのように。
彼女は女子高という特殊な環境で、コミュニケーション能力が相当鍛えられているのかもしれない。
俺としてはあまり乗り気ではない。
だけど拒否すれば彼女を傷つけてしまう心配もあるし、そもそもどうやって断ればいいのかがわからない。
「羽切君のお家にお邪魔しちゃダメかな?」
俺が一人暮らしという事は今日一日の会話で話した。
そして一人暮らしの男子の家にデートしている女子高生が行きたいと言っている。
それが捉え方や捉える人によってどういう意味を持つのか彼女はわかっているのだろうか?
「それは――」
俺は暗くなり始めている空の下で返答した。
すると彼女は少し微笑んで、駅までの道を歩き出した。
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私はすっかり暗くなった道を、歩いて帰路についている。
今日は昼から美香に誘われて一緒に化粧品を見て回った。
何故だか化粧品売り場を歩いていると、そこに品を出しているブランドの人から名刺と共に大量の化粧品を渡され、使い切ったら使用した感想を電話もしくはメールで教えてほしいと言われた。
面倒臭かったけど無料で最新の化粧品を貰えるのは嬉しかったので受け取った。
歩いていると様々なブランドの営業マンから声をかけられたので、今私は両腕に大量の化粧品の入った紙袋をぶら下げて歩いている。
確か羽切君は今日、合コンに行っているはず。
一色さんに随分と気に入られているらしくて少々心配だ。
現状の羽切君が誰かを好きになることは多分無いとは思うけど、私みたいに好きという感情を誰かにご教授されたり、何らかのきっかけによって理解することもありうる。
それに修学旅行の時に美香が言っていた。
男子は体の関係から恋愛感情に発展することがあると。
羽切君が転校してきて1カ月と少し経って気づいたのだが、今回の彼は今まで私が見てきた中で最も女子と関係を持とうとしているように見える。
羽切君は今日で2度目の合コンに参加して、既に多くの女子と連絡先を交換していると美香から聞いた。
そして、一色さんみたいに羽切君を気にする女子まで現れている。
羽切君は積極的な所もあるから、すぐに誰かと体の関係になる可能性も――。
そんな事を考えていたら、ドキドキしてきた。
羽切君が誰かに取られちゃうかもしれないという焦燥感。そして体の関係という過激な想像が心臓のリズムを速めている。
私ももう少し積極的に接した方がいいのだろうか……?
明日は木曜日で晩御飯を一緒に食べる日。
できれば朝から何らかの理由をつけて家に押しかけようと思う。
そしたらもっと積極的に――。
そこまで考えて、私は足を止めた。
道の少し先に私と羽切君の家が見えるのだが、羽切君の玄関前に人影があるのだ。
どこかただ事ではない雰囲気に、私はバレない様に近くに行って木の裏に隠れて覗き見る。
そこには羽切家の玄関灯に照らされて抱擁する男女の姿があった。
女子の顔は背中を向けているので見えないが、男子の方は間違いなく羽切君だ。
――噓でしょ……。
心の中で情けない声が出た。
そして長い抱擁を終え、羽切君と女子は家の中に消えていった。
私は胸のザワザワとした変な感覚と、心臓の高鳴りでしばらく動く事が出来なかった。