【4話】 一学期(謎が解けた)
チュンチュンという鳥の鳴き声が脳を覚醒させた。
目を開けると、そこには俺の知らない天井。
どうやら寝てしまったらしい。
昨日のクレープ事故の後、空が暗くなるまで歩き回った。
歩き回ったのも疲れたが、会話とかでも鹿沼さんを気にしながら言葉を選んでいたので疲れてしまったのだろう。家に帰ったら無意識にベッドに直行したみたいだ。
別れ際に戸塚さんが、「また4人で集まろうね!」と言っていた。
俺は鹿沼さんと関わるつもりは無かったのだが、今回の事で戸塚さんを通じて距離を縮めてしまったのかもしれない。
昨日のワイシャツは少しシミが出来ていたので、段ボールから新しいのを取り出して着る。
時刻は7時で朝のホームルームは8時から。
学校までは歩いて20分ほどの距離なので、十分に余裕がある。
俺は積みあがっている段ボールを一つ一つ開けて、引っ越しの作業に入る。
俺が住んでいるのは社宅の一軒家。
リビングとダイニング、キッチンが一つの空間にあり、それ以外に部屋が二つある。いわゆる2LDKという間取り。
母親は月に1回くらいしか帰ってこないので、実質一人暮らしのようなものだ。
一人暮らしにしては広すぎる家の引っ越し作業をしている途中でふと時計を見ると時刻は7時45分になっていた。
「やっべ」
作業に夢中になっていたせいか、朝のホームルームまで残り15分になっていた。
急いで玄関まで行き靴を履いて外に出る。
鍵をしっかりかけて、振り返ると隣の社宅用一軒家の扉が力強く開かれた。
母親と同じ会社の人なんだろうな。
挨拶しようと隣に視線を移すと、目が合った。
「え?」
「え?」
隣から出てきたのは、鹿沼さんだった。
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「謎が解けたね」
「……ああ」
俺たちは今、並列で歩いている。
俺が先に歩き出したのだが、鹿沼さんが小走りで追いついてきたからだ。
「私と羽切君の親は同じ会社」
「そうみたいだな」
だから転校先が重なっていた訳か。
「なーんだ、そういう事だったんだ」
横目で鹿沼さんを見ると、何故か寂しそうな顔をしていた。
「逆に何だと思ってたの?」
「運命……とか?」
「マジかよ」
それがマジならドラマの見過ぎかもな。
「ふふっ、ちょっと赤くなってるよ?」
鹿沼さんはこちらをみて悪戯に笑った。
そんな彼女に俺は顔をグッと近づける。
すると鹿沼さんは驚きに目を大きく開いた。
「顔、真っ赤だぞ」
「えっ」
鹿沼さんは自分の熱を確かめるように、両手で自分の頬を包み込む。
「なんちゃって」
「ばか!」
わき腹をグーで小突かれた。
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ホームルームの開始を告げるチャイムと同時に俺はクラスの扉を開いた。
しかしそこには先生はおろか、クラスメイトの姿は誰もいない。
そういえば、この学校に入学するときにもらったパンフレットに毎週金曜日は体育館で全校朝礼があると書かれていた。
俺が過去にいた学校では体育館での全校朝礼は月曜日が主流だったので珍しくて憶えている。
とりあえず自分の席に行ってかばんを席に置く。
もうすでに遅刻が確定しているので、急ぐ必要が無い。
この調子だと鹿沼さんもギリギリだっただろうな。
俺と鹿沼さんは一緒に登校していたが、校内へは別々で入った。
校門から校舎までは距離があり、、校庭をぐるっと半周しないと辿り着けない。俺は鹿沼さんが校舎に入ったのを確認してから校門をくぐったので、5分程の差が生じた。
まぁ正直遅刻ギリギリだとは思っていた。
だから鹿沼さんを先に行かせた。
高校生活が始まってまだ序盤も序盤。しかし非常に大事な時期でもある。
俺みたいにすぐ転校する奴はいくら遅刻しようと影響がないが、彼女にとっては3年間通う学校だ。
それに一緒に登校するのも論外だ。変な噂が出かねない。
鹿沼さんの邪魔をしない。
俺はその約束を守るつもりでいる。
彼女にそれが伝わっているといいのだが。
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体育館に入ると、校長先生らしき人が壇上で話していた。
担任の先生に遅刻の理由などを伝え、自分のクラスの最後尾に立ち大きなあくびを一つすると前に立つ八木が振り返った。
「寝坊か?」
「まあな」
寝坊ではないが、寝坊という事にしておこう。
「羽切君おっは~」
八木の隣には戸塚さんが立っていた。
上半身だけこちらに振り返ってひらひらと手を振っていた。
「おっは」
「昨日は楽しかったね~、また4人で集まろうね~」
昨日の当初の予定は八木と二人で彼女を見に行く事だったが、意図せず戸塚さんと仲良くなった。
どうやら小さな4人グループのような関係ができてしまったみたいだ。
鹿沼さんはこれについてどう思っているのだろうか。
「景もいいでしょ~?」
俺の考えを読んだかのように戸塚さんは俺の隣にいる鹿沼さんに問いかけた。
「うん」
「よかった~」
戸塚さんは喜び、前を向いた。
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今日の天気予報は大外れだった。
朝の天気予報では今日の降水確率は10%と言っていたのだが、実際は1限が始まる頃には雨が降り始めていた。
雨は止まず、むしろ時間が経つにつれて激しさを増していった。
下校時には最高潮を迎えており、学校の傘の貸し出しも売り切れていたため、俺は走って帰る事にした。
家の玄関まで辿り着いた時には制服を通り越してパンツまで濡れており、すぐに風呂に入ろうと思ったのだが、走った疲労で風呂に入る元気が無かったので少し休憩してからにした。
俺はタオルで体と頭を拭いてから着替えた。
そしてリビングのソファーでくつろいだ。
外の雨の音と小さめのテレビの音量でウトウトしていたその時。
ピンポーン
と玄関のチャイムが鳴った。
時計を見ると時刻は19時30分。
どうやら結構寝てしまったらしい。
ゆっくりと立ち上がり、玄関まで歩く。
鍵を開けてドアノブをひねり、ドアを開ける。
すると大雨が降り注ぐ暗闇の中で誰かが立っていた。
「あの……」
小さく今にも消えてしまいそうな声がその人物から漏れた。
自分を抱きしめるように両腕で自らを包み込んで、小刻みに震えている。
「今日、泊めていただけないでしょうか……」
「……は?」
大雨の中、立ちすくんでいたのは傘も差さない鹿沼さんだった。