【39話】 夏休み前⑧ (女の子の日)
明日から夏休みという事もあって、学校中の気が緩んでいる。
しかし俺は明日から夏休みであるという緩んだ空気に飲まれることはなく、むしろ隣に座っている女子が気になって仕方がない。
今週に入って鹿沼さんの機嫌が猛烈に悪い。
それは生理のせいなのは事前に知らされているが、人の中身が変わってしまったのではないかと疑うほど変化しており、その豹変っぷりが恐ろしい。
俺は忠告通り、この4日間ほとんど関わることをしなかった。
というか普段から学校ではあまり関わることはないが、鹿沼さんからの接触が無くなったことでより疎遠になった。
なんとなく隣をチラリとみる。
先週までは背筋を伸ばして授業を受けていた鹿沼さんは、今週に入って背筋の角度がかなり落ちていて、かなり無理をしているのが感じられる。
そして貧乏ゆすりが止まらない。
そんな鹿沼さんの豹変っぷりを見ていると、彼女と目が合った。
「……何?」
ぎろりと睨まれた。
今まで見た事が無いマジの睨み。
「いや、別に……」
「あっそ」
鹿沼さんは一度ため息を吐いて、再度前を向く。
そして貧乏ゆすりのスピードが少し上がった。
正直、俺はビビっている。
鹿沼さんのこんな態度や表情を見た事が無いから。
さらに言うと今日は木曜日。
毎週木曜日は晩御飯を一緒に食べるという約束を先週した。
だから今日帰ったら機嫌の悪い鹿沼さんと二人っきり。
扱い方がわからなくて不安しかない。
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「景すごく調子悪そうだよね~」
4限が終わり、昼休みになった。
俺は戸塚さんに呼ばれて今職員室にいる。
職員室の一角にある会議室に置かれた大量の段ボール。
その中で自分たちのクラスの文字が書かれた段ボールをクラスまで持ち運ばないといけないらしい。
「戸塚さんに聞きたいんだけど」
「うん~?」
「生理の女子にどうやって接するのが正解?」
「それはね~」
戸塚さんは中腰になって、段ボールの側面を一つ一つ確認し始める。
「出しゃばらない事かな~?」
「出しゃばらない……?」
「さっき景の胸を軽く揉んだら、殴られかけたし~」
「俺がやったら生理とか関係なく、殴られるんですけどね」
「かなり胸張ってたから、景は今日がピークかもね~」
それは最悪な情報だ。
夜に機嫌がピークな鹿沼さんと二人きりなのだから。
「戸塚さんはいつくらいが生理の期間なの?」
「羽切君、それは女子に聞いちゃいけない事だよ~?」
「えっ、そうなの?」
「それを聞くってことはさ、あなたの排卵はいつ起きるんですかって聞いてるのと同じなんだよ~?」
「それを聞くのはダメなんですか?」
「女子として実際に見てきた身としては、汚いし、汚らわしいと感じちゃうし~、やっぱり間接的にでもアソコの話だから恥ずかしいわけ~」
「へー、そういうもんなんですね」
「男子だって最近いつ射精した? とか、何をオカズに射精した? とか女子に聞かれるの恥ずかしいでしょ~?」
「まぁ、確かに」
何故だか途中から敬語になってしまっている。
最近気づいたが、俺はデリカシーが無いと思う。
それはやはり知識が無いというのも関係しているのかもしれないが、女子の心とか体をちゃんと理解していない節がある。
鹿沼さんと二人で俺の水着を買いに行った時も、目の前で服を脱いだだけで赤くなっていた。
俺からすれば裸になるという“事実”には変わりないが、鹿沼さんにとっては俺が裸になる“行為”に恥じらいがあったらしい。
正直その真相は未だに理解はできていないが、男子である俺と女子とでは感情的な感覚がずれているのは間違いない。
「俺が聞きたかったのはさ、戸塚さんも機嫌が悪くなったりするのかなって」
「私の場合はそういうのはないね~」
「人によって違うんですね」
「景の場合は相当極端だから、羽切君も気を付けたほうがいいよ~?」
「気を付けるって……何を?」
「それはさ~」
戸塚さんは立ち上がり、俺の肩に手を置いた。
「今の景にデリカシーのない事言ったら、一生目も合わせてくれなくなるかもよ~?」
「一生……ですか」
中々に恐ろしい事を言ってくる。
しかし一生目も合わせてくれない程関係が悪化したところで、寂しくはなるが5カ月で転校することを考えると別に大したことはない。
ただ自分の将来を考えて、女性の事をもっと知りたいだけなのだ。
とりあえず、生理期間中に女性にデリカシーのない事を言ってはいけないという事を学べた。
しかし同時に、デリカシーのない事って何だろうという疑問も湧いてくる。
男の俺があれこれ頭で考えてもわからない。
現状唯一そういう話が気兼ねなくできる相手、戸塚さんにできるだけ多く聞くことにした。
「ちなみに、デリカシーのない事ってどんなの?」
「エロイ話をするとか、体に触るのは論外だとして、むやみに近づくのもダメ、トイレ出た後すぐに入るとかもやめた方がいいかもね~」
「近づいちゃダメって、それはどうして?」
「羽切君はお腹が痛かったり、体調が悪かったりすると汗が出るでしょ?」
「うん」
「それと同じで常に汗が出たりして、いつもより体臭とか気にしちゃうんだよね~」
「なるほど……」
戸塚さんは男の俺にもわかりやすい例えで説明してくれている。
それがすごく助かるし、ありがたい。
「戸塚さんと話してると、俺って女子の事何もわかってないんだなーって思わされるよ」
「でもさ~こうやって理解しようとしてるだけでも、他の男子と違うと思うけどな~」
「他の男子とかはやっぱり授業とかで習うんだよね?」
「多分習ってるとは思うけど、今の羽切君の方が他の男子より知識あると思うよ~?」
「えっ、マジ?」
「私だって保健体育の授業で色々習ったけどもうほとんど忘れてるし、正直概念的な事ばっかり教えてもらって、重要な知識は実践で得たからね~」
実践で得た知識とは一体……。
しかし結局は“百聞は一見に如かず”という事なのだろう。
知識ばっかり詰め込んだって仕方がない。
今夜は鹿沼さんとしっかり対峙して、女子と言うものを学ぼうと思う。
これに関してはイギリスで彼女ができても、大学生になっても社会人になっても使えるだろうし。
俺達は指定の段ボールを抱えて、クラスまで歩いた。
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家に帰ってしばらくゆっくりした後、鶏レバーの下処理を始めた。
今日は鹿沼さんと一緒に帰ったわけではないので、どちらがご飯を作るとか何を作るかとかの相談は全くしていない。
だけどさすがに鹿沼さんの体調が悪そうなので、勝手に俺が全部担当することにした。
俺はレバーを一口サイズに切り、3度水で洗う。
そしてボウルに牛乳とレバーを入れて、冷蔵庫で1、2時間漬け込めば、レバーの臭みはだいぶとれる。
とりあえず今日の料理は俺がするという事を鹿沼さんに伝えないといけないし、どっちの家で食べるかについても話し合わなければならない。
俺は玄関から外に出て、鹿沼さん家の前に立つ。
もう何度も玄関のインターホンを鳴らしたことがあるのに、今日は緊張している。
しかし俺は勇気を出して、玄関のインターホンを鳴らす。
しばらくしてガチャっという音の後に覇気のない声が聞こえた。
「うるさい」
開口一番、怒られてしまった。
「あの、今日の晩御飯なんだけど」
「ああ……ごめん、今から準備するから」
「今日は俺が作るから、鹿沼さんはゆっくりしてて」
「……いいの?」
「うん」
俺は帰ろうと思ったが、もう一つ聞くことにした。
「準備ができたら家に入ってもいい?」
「勝手にして」
遠くにいるのか、小さな声が聞こえてきた。
俺は許可をもらったので一度家に帰る。
そして1時間シャワーを浴びたり、テレビを見たりして過ごす。
1時間経った後、俺は冷蔵庫からレバー入りのボウルと長ネギとニラ。
そして生姜を持って、鹿沼さん家に向かった。
先ほど勝手に入っていいと言われていたので、鹿沼さん母から送られた鍵で開けて中に入る。
いつもと家の中は変わらない。
リビングに行くと、毛布に包まった鹿沼さんがソファーで寝ていた。
俺は料理をするために、台所に入って準備をする。
まずはボウルから鶏レバーを取り出し、ペーパータオルでよく拭く。
そして塩をまぶす。
次に片手鍋に水を一杯に入れて、沸騰させる。
その中にした処理した鶏レバーと生姜、長ネギの長い部分を入れてしばらく茹でた。
茹で終わったら、フライパンに鶏レバーを移して5cmに切ったニラとみじん切りにしたニンニクと生姜と共に炒める。
そして炒め終わったら大皿に移して、ごま油をまぶす。
今日は軽めのおかずだ。
冷蔵庫のタッパーに入っている白ご飯を二人分チンして、茶碗に盛り付ける。
そしてインスタントの味噌汁も作り、テーブルに並べた。
時計を見ると、時刻は18時50分。
晩御飯も出来てしまったので、寝ている鹿沼さんを起こそうと思ったのだが、果たして起こして大丈夫なのかという迷いが生じた。
「鹿沼さん、ご飯できたよ」
「んっ……」
俺は戸塚さんの忠告通り、近づかずに台所から声をかけた。
鹿沼さんは浅い眠りだったのか、俺の呼びかけにすぐに反応してソファーから起き上がった。
そして青白い顔の覇気のない瞳が一度俺を見て、フラフラとテーブルに向って歩き出す。
そして鹿沼さんが座ったのを見てから、俺もテーブルの向かい側に座った。
鹿沼さんは小さく「いただきます」と言ってから黙々と食べ始めた。
俺もまたいつもと違う雰囲気の中、食べ始める。
しかしさすがに鹿沼さんの事が不安になり、声をかける。
「体調、大丈夫?」
「……」
初めて鹿沼さんに無視された。
戸塚さんに出しゃばりすぎるなと忠告されたので、これ以上話しかけることはしない。
俺達は一言も話すことなく、ご飯を食べ終わった。
鹿沼さんは再度ソファーで横になり、俺は洗い物を始めた。
二人分の食器と鍋2つなので洗い物も早々に終わり、手を拭く。
「もう帰るね」
そっとしておいた方がいいと判断した俺は、小さくそう声掛けをした後に玄関に向かった。
「待って」
しかしリビングの扉を開けたところで、弱弱しい声で呼び止められた。
振り向くと、鹿沼さんはよろよろと俺の前まで歩いてくる。
そして俺の右手を握った。
「どこ……行くの?」
「もう帰ろうと思って……」
「行かないで」
薄暗い部屋の中、鹿沼さんの瞳には今にも零れ落ちそうな量の涙が溜まっていた。
戸塚さんは鹿沼さんが相当極端になっていると言っていた。
その通りなのだが、情緒も不安定でどうすればいいかわからない。
戸塚さんは体に触れるのは論外で近づくのもダメだと言っていたが、現状鹿沼さんから近づいてきたし、触れてきたのも彼女からだ。
何もかもが初めてで、何が正解かもわからない。
だから素直に聞くことにした。
「俺は、どうすればいい?」
「行かないでほしい」
鹿沼さんはそう言うと俺の手を引いてソファーまで行き、横たわった。
俺はどうすればいいかわからなかったが、握られた手を反対の手でさすりながら、鹿沼さんが寝るのを見守った。
長い上にあまり面白くなかったかも!!!!!!!!!
なんかごめんなさい!!!!!!
面白くなるよう努めます!!!!