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【38話】 夏休み前⑦ (女の子の日)

 あ……アレ?

 意識が覚醒し始め、俺は戸惑った。

 何故なら家に帰った覚えも、眠った覚えもないからだ。

 


 ゆっくりと目を開けると、知らない天井。

 どうやら俺はベッドで寝ているらしく、天井からの仕切りが周りを囲っている。

 こういうベッドがある場所って……まさか病院か?

 自分に何があったかわからず、不安になってくる。



 とりあえず体を起こすと、突き抜けるように頭痛がした。

 そしてその痛みで今日の事を思い出した。



 4限に水泳の授業があって、その後鹿沼さん家まで走って往復した。

 学校に帰ってきて、鹿沼さんをからかうと鼻血が出て頭が痛くなって、くらくらして……。

 女子更衣室を出た後、昼食も食べずにそのまま保健室に行ったんだった。



 視線をベッドの左側にやると、ベッドに鹿沼さんが寝ていた。

 椅子に座りながら、上半身ごと体をベッドに傾けて。

 自分の腕を枕にしてぐっすりと。

 

 

「あっ、羽切君起きた?」

 

 

 彼女の寝相を見ていると、反対側のベッドの仕切りがシャッと開いた。

 そこにいたのは保健室の先生。

 


「先生、ありがとうございます」

「私は何もしてませんよ。鹿沼さんがずっと介抱してたので」

「そうですか……」



 もう一度、寝ている鹿沼さんを見る。

 水泳の授業による体力的な消耗もそうだが、発作を起こす可能性がある男子の好意の目に晒されていて精神的な疲れもあったのだろう。

 それに今日は注目を浴びていたのに堂々としてたし、発作も起きていなかった。

 彼女は俺が思っている以上に強い人なのかもしれない。

 最近、俺の中で鹿沼さんに対する印象が変わってきている気がする。

 

 

「それで羽切君、体調はどう?」

「体が少しだるいのと、頭がまだ痛いです」

「熱中症は最悪一日治らないから、今日は安静にしてなさい」

「わかりました」



 俺は時間を確認しようとしたが、仕切りに阻まれていて時計が見えない。



「先生、今何限ですか?」

「もう6限終わって、みんな帰り始めてますよ」

「僕は早退扱いになってるんですよね?」

「そういう手続きをしました」

「鹿沼さんは……?」



 さっき鹿沼さんがずっと介抱していたと言っていた。

 まさかとは思うが、5限から授業を休んでいる訳ではあるまいな? という心配があった。



「鹿沼さんは授業に出てましたよ」



 その言葉を聞いて、少しほっとした。

 それにしても二時間近くも寝ていたことにびっくりだ。

 熱中症で体調が悪いのもそうだが、昨日の鹿沼さん母から送られてきた写真のせいで睡眠が浅くなっていたのも影響しているのかもしれない。

 


「もう少し休んだら帰ります」

「後2時間くらいで保健室のカギ閉めちゃうから」

「了解しました」



 先生は再度仕切りを閉める。

 俺はもう一度ベッドに背中を預けて天井を見上げた。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 1時間すると、鹿沼さんの目が開いた。

 


「おはよう」



 俺は暇すぎて鹿沼さんの寝顔を眺めていたので、目が合う。

 


「お、おはよう」

「ヨダレ垂れてたよ」

「ッ!」



 鹿沼さんはビックリした表情をして、口元を隠しながら身を起こす。

 そしてポケットからハンカチを出して口の周りを拭いた。

 

 

「死んだように寝てたね」

「もうすぐアレの日だから……体質的に眠くなっちゃうんだよね……」

「……アレの日って?」



 何だか言葉を濁された気がしたので、質問してみた。

 すると鹿沼さんは俺を見たり、視線を逸らしたりしながら恥ずかしげに言う。



「その……女の子の日」

「女の子の日……?」



 って何?

 母の日とか父の日とかそういう関係だろうか?

 いやしかし今日は祝日ではないし、その日の前だと体質的に眠くなるってどういう事?

 それは例えるなら、海の日だから海に行きたくなるみたいな事だと思うのだが。

 いや、その例えもおかしい。

 海の日だから山に行きたくなる、の方が正しい例えかもしれない。



「そ、それは大変だね」



 何の事を話しているかわからないけど、労う事にした。



「大変なのはこれからなんだけどね」

「そうなの?」

「体調も悪くなっちゃうし、色々我慢できなくなっちゃう。それに……」



 鹿沼さんは俺の目を凝視した。



「羽切君を失望させちゃうかもしれない」 



 いよいよ何の話をしているのかわからない。

 女子には女の子の日という祝日ではない日があって、その日に全国の女子が一斉に体調不良になるって事?

 女子の体がそんな風に設計されているのならば、逆にすごい。

 神を信じてない俺も神を信じてしまいそうになるくらいに神秘的だ。

 女子からすれば辛い事なのかもしれないが。



「だから来週は私と関わらないでほしい」

「……!?」



 これにはびっくりした。

 まさか鹿沼さんから関わらないでほしいと言われるとは。

 しかしそれくらいの何かしらのイベントがあることは理解した。



「わかったよ」



 俺がそう言うと、鹿沼さんは少し微笑んだ。

 そして俺はまたベッドに仰向けに横たわる。

 すると鹿沼さんは何故かベッドに上がってくる。



「お、おい!?」



 俺が見上げる天井に鹿沼さんの悪戯に笑う顔が割り込んできた。

 長い銀のインナーカラーをした横髪がすらりと俺の首筋に垂れてきている。

 こうやって下から鹿沼さんを見るのは初めてでドキッとした。

 保健室のベッドに二人。

 上と下でただただ見つめ合う状況。



「こういう事も来週はできないから」



 いったいどんなイベントが待っているんだと少し不安になってきた。

 しばらく沈黙していると、突如として仕切りが開かれた。



「保健室のベッドで盛らないでもらえます?」



 出てきたのは保健室の先生。

 どうやらまだ保健室に残っていたらしい。

 鹿沼さんは俺から視線を外し、先生の方をとんでもない顔をして見ている。

 まぁとんでもない状況を見られたから仕方ない。



「それより羽切君は生理を知らないみたいですね?」

「生理……?」

「君は性教育を受けた事が無いの?」

「いえ、基本的な事は受けてきたつもりですけど」



 基本的な性教育は間違いなく受けてきた。

 だがそれは全部母さんから受けてきたものや今まで関わってきた男子から得た知識。

 その中に確かに生理という言葉はあったが、詳細までは知らない。



「ちょっと羽切君と鹿沼さん、座ってもらえる?」

「……はい」



 俺はベッドの上に座り、鹿沼さんはベッドから降りて元の丸椅子に座る。

 そこで俺達は保健体育の教科書を渡され、生理が何なのかについて説明を受けた。

 その詳細を知って正気俺はビックリした。

 


「それで人によって生理期間は体調が優れなかったり、精神的に安定しなかったりするんです」

「なるほど……」

「それは生理前でも発生することがあって、例えば鹿沼さんが言っていたように無性に眠くなったり、性的にムラムラしたり……」

「わっ、私はムラムラしてるとは言ってません!」

「でも羽切君を襲おうとしてたし、そういう事でしょう?」

「いやっ、あのっ、そのっ、違くて、そのっ……」



 鹿沼さんはあたふたと慌てふためいている。

 先生はそんな鹿沼さんの姿を見て、フフッと笑った。

 そういう事なのか、単なる悪ふざけだったのかは俺にはわからない。

 ほぼ間違いなく悪ふざけだろうが。



「それで割合として多いのは、イライラです」

「イライラ……ですか」

「いつもなら気にならない事にイライラしたり、それによって喧嘩になったりすることがあります。鹿沼さんもそういう体質って事ですよね?」

「……はい」



 なるほど。だから失望させちゃうかもとか言ってたわけだ。

 それに来週は関わるなと言っていたのも納得した。

 確かにイライラしたりしてる鹿沼さんを見た事が無いから実際に見たらびっくりしちゃうかもしれない。早めに説明されて助かった。



「なるほど、勉強になりました」

「生理期間中はヤっちゃダメだからね?」



 先生は左手の親指を薬指と中指の間から出すというジェスチャーをした。

 


「そういう関係じゃないから、大丈夫です」

「ふーん?」



 先生は何やら不思議そうに俺と鹿沼さんを交互に見た。

 


「ま、そういう事にしておきましょう」



 そう言うと、先生は立ち上がった。



「ほら、もう鍵閉めるから帰りなさい」



 窓の外を見ると、空が夕焼けに変わっていた。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



「二人で下校するの久しぶりだね」



 帰り道、鹿沼さんは楽しそうに歩いている。



「なんか楽しそうだね」

「羽切君も女の子の事、全然知らないんだと思って」

「学校で性教育受けてないからな」

「じゃあさ、ゴムって知ってる?」



 まさか鹿沼さんの口からそんなワードが出てくるとは。



「コンドームだろ?」

「正解」

「使ったことある?」

「あるよ」



 鹿沼さんは「えっ?」という顔になった。



「着ける練習したことがあるくらいだけどな」



 着ける練習は必須だ。

 もしそういう状況になったときに着け方がわからないと困るし。

 それよりも鹿沼さんが何故そんな事を聞くのかの方が気になった。

 いつもなら絶対にそういう系の話は振って来ない。



「やっぱ鹿沼さん、ムラムラしてるんじゃない?」

「そ、そんなことない!」



 横で歩く鹿沼さんはふくれっ面になった。

 しばらく歩いていると鹿沼さんは俺の前に来て、後ろ歩きで歩き始めた。



「そうだ! 今日、うちでご飯食べない?」

「うーん」

「あまり乗り気じゃない感じ?」

「そういうわけでもないけど……」



 正直あまり乗り気じゃない。

 熱中症で体がだるいし、頭も未だに痛いからだ。

 さっさと帰って、寝たいという気持ちが鹿沼さんのお誘いを上回ってる。

 しかし同時に鹿沼さん母の脅迫文が頭をよぎる。

 俺は鹿沼さんと週に二日晩御飯を食べて、その写真か動画を送り付けないといけない。

 


「わかった。帰ってシャワー浴びたらそっち行く」



 週に二日一緒に晩御飯を食べなければいけないことを、今日鹿沼さんに説明しよう。

 しかしどうやって説明するべきか。

 後でシャワーの中でゆっくり考えることにした。



「良かった」



 鹿沼さんは微笑んだ。

 


「ご飯食べたらすぐ帰るからな?」

「えー、なんで?」

「今日の鹿沼さん変だから、襲われそう」

「私に襲われたら嫌?」



 鹿沼さんを見ると、悪戯ににやけている。



「俺も男だからな。襲い返すかもしれない」

「羽切君に襲われても、私抵抗しないよ?」

「やっぱムラムラしてるじゃん」



 まったく、生理現象とは厄介なものだ。

 普段なら思ってもないことも、その日のノリで言えてしまうのだから。

 それに後で正気に戻ったときに、私は襲われた! と主張されたら敵わない。



「そういえば今日、発作は大丈夫だった?」

 

 

 鹿沼さんは悪戯顔から、苦笑いに変わった。



「ギリギリ大丈夫だった」

「それは良かった」



 保健室の先生から生理について説明を受けた事によって、少し女子の知識が広がった。

 生理のため、鹿沼さんは来週の水泳の授業はお休みするのだろう。

 夏休みまでは残り二週間で、水泳の授業は今日含めて2回。

 つまり、夏休みまで鹿沼さんは水泳の授業はないという事になる。

 夏休みが終わった後も水泳の授業はあるが、とりあえず直近の心配事は解消されたみたいだ。



「今日、何食べようか」

「そうだなー」



 そんな日常的な会話をしながら、俺達は家まで帰った。


 

累計ユニーク数が1000人突破!


もう夏休み行きたいです。

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