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【36話】 夏休み前⑤ (水泳の授業)

「今日の体育、プールだね~」

「……うん」

 

 

 遂にこの日が来てしまった。

 真夏の日差しがとんでもなく暑く、プール日和と言える。

 しかし私にとっては羽切君に迷惑をかけてしまうかもしれない、不安な日。

 

 

「水着は中に着てきた~?」

「……うん」

「ちょっと景、なんか緊張してない~?」

 

 

 私にとって、中学1年生の時ぶりの水着の授業。

 そして学校で発作が起きる可能性のある唯一の授業でもある。

 羽切君が美香に私から離れないようにと言ったのは、発作が起きた時に対処するためなのか、それとも男子達からの視線を分散させるためなのかはわからないけど、心配させているのは間違いない。

 私の発作は私が原因で起きた事。だから私が対処しなきゃいけないし、いつまでも羽切君に迷惑をかけるわけにはいかない。

 

 

「ま、景は男子の標的になるのが確定的だから仕方ないか~」

「なんで私は男子の標的になるの?」

「そりゃ可愛いし、スタイルもいいし~?」

「でもそれって美香にも言えるよね」

「そうかな~?」



 美香だって可愛いし、スタイルもいい。

 それに私よりも男子と仲いいし、ボディータッチだって多い。

 そういう女子が男子から好かれるんじゃないかな。



「景はどこか男子の中で憧れの存在なんだよ~」

「私の事よくわかってないのに、どうして憧れるの?」

「めちゃくちゃ可愛くて、出来れば触ったり、裸を見たりしたいけど、俺なんかが鹿沼さんと釣り合うわけないよな~みたいな諦めと同時にそれでも心の底ではどこか諦めきれてないって感じかな~」

「やっぱり男子ってよくわからないね」

「景はそれだけ魅力的な女の子って事だから、もっと自信持っていいと思うよ~?」

「自信を持つ……か」



 自分の見た目とかスタイルに自信を持つって正直よくわからない。

 だって私のそれは努力で得たものではないのだから。

 皆と環境は違えど同じ15年間を生きてきて、運よく容姿が整ってるだけ。

 そんなものに自信を持つってのは変な話じゃないのだろうか。

 

 

 この話は是非とも羽切君にも聞いてみたい。

 彼にとって私がどんな風に見えて、どう思っているのか。

 何だか楽しみで顔が緩んでくる。



 とにかく、今日は水泳の授業を耐える。

 それだけを目標に過ごしていこうと思う。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 次は水泳の授業だ。

 女子たちはプールの近くにある更衣室に移動を始めている。

 俺達男子は教室で着替え、女子たちは更衣室で着替えるらしい。



「楽しみだな」



 前で着替える八木がそんな事を言ってきた。

 


「何が?」

「何がって、女子の水着がだよ」

「お前、彼女持ちなのにそんな事言っていいのか?」

「おいおい、彼女持ちでもクラスの女子の水着姿は気になるだろ」

「それはそうか」



 気持ちは正直わかる。

 男である以上、彼女がいようが嫁がいようが欲情するものはする。

 俺には彼女も嫁もいた事はないが、考えればわかることだ。



「羽切はさ、好きな人とかいないの?」

「俺まだ転校して1カ月だぞ」

「確かにそうだけど、気になる女子とかいないのかなーって」



 好きなとか気になるとか正直よくわからない。

 だから逆に聞いてみることにした。



「なあ、人を好きになるってどんな感じなんだ?」

「はあ?」



 八木は俺を見てパチクリしている。

 


「お前、誰かを好きになったことないの?」

「いや、お前にとってどんな感じなのかを聞いてるんだよ」



 高校生にもなって、人を好きになったことがないなんて世間一般的には異常者だ。

 だから俺の事は隠し、八木の事を説明してもらうことにした。

 


「やっぱ、一緒にいると楽しいとか?」

「他の女子と一緒にいても楽しいだろ」

「そうなんだけど……もっと別格なんだよ」

「何が別格なんだ?」

「やっぱ俺も男だからさ、感情的に好きとか関係なく今すぐにでも女子とエッチなことがしたいって思うわけよ。だけど、本当に好きな人とはそうはならない」

「何故?」

「それは体目的じゃないからだろうな。そしてやっぱり怖いんだよ。エッチなことをしてそれで満足しちゃったら結局、体目的だったんだってなるだろ?」



 これは多分、好きな人の説明というよりかは彼女である佐藤さんの事の説明なんだと思う。

 しかしだからこそ深い。



「自分が求めてたのはのはその人じゃなくて、その人の体だったんだって思うと一瞬にして冷めちゃう気がする。ずっと好きだったのにたった一つの行為で冷めるなんて嫌だろ」



 自分が何故その女子を好きになるのか。

 それが性欲なのか、本当に人間としてその人が好きなのか。

 その判断は確かに難しいかもしれない。

 もしかするとエッチなことをしてみないと本当のところどっちなのかはわからないのではないか?

 しかし、これは好きがどういう感覚なのかの説明にはなっていない。



「それで、人が好きってどんな感じなんだ?」

「それは……」



 八木は少し考えた。

 顎に手を置いて、真面目に。



「やっぱり、ずっと一緒にいたいとか、守ってやりたいとか、その子の表情とか態度とかを独り占めにしたいって強く思う事かな」



 八木という男は俺が思ってた以上に大人なのかもしれない。

 いや、俺が子供すぎるのか。

 一緒にいたくて、守りたくて、独り占めにしたい何かがある……か。



 何だか少しはわかった気がした。

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 俺達は着替え終わるとゾロゾロとプールへと向かった。

 プールサイドまで行くと、先生に一列に並ばされる。

 女子はまだ着替え終わっていないらしく、誰一人として来ていない。

 


 しばらく雑談していると、男子の中で少し歓声が上がった。

 俺達がいる場所の反対側のプールサイドに女子が現れたみたいだ。

 見ると、いつもクラスにいる女子たちがスクール水着で入ってきていた。



 俺も男である以上、そのスタイルに目が釘付けになる。

 胸が大きい女子小さい女子。お尻が大きい女子小さい女子。太ももが太い女子細い女子。

 そして恥ずかしがる女子と堂々としている子。

 本当に人それぞれで面白い。



 そして全員が水泳帽をかぶっているため、いつもはロングヘア―で顔の輪郭が見えない子も髪をまとめているためしっかりと見える。

 顔の輪郭が見えるとかなり印象が変わるのもまた面白い。

 


「鹿沼さんいる?」



 男子の一部で鹿沼さん探しが始まっていた。

 クラスでの鹿沼さんは愛想が良いおしとやかな女子。

 それなのにどこか大人びた雰囲気もある。

 多分転校人生で苦労してきたからだと思う。



 それらの要素が不思議と男子の心を掴み、人気者になった。

 そんな憧れ女子のスクール水着姿を見れるのは確かに楽しみだろう。 

 さて、大丈夫だろうか。



 俺も目で探していると、群れの中に鹿沼さんと戸塚さんがいるのが見えた。

 男子側からだと戸塚さんに隠れてよく見えないが、意外と堂々としているように見える。

 


「うーわ、鹿沼さんマジで可愛いぞ」

「どこどこ? どこにいんだよ?」

「戸塚さんの横にいる」

「うわっ、マジヤバイ」

「おい、水着姿で勃起すんなよ」

「抑えらんねえよ。それに戸塚さんもスタイルいいよな」

「俺、いつもあれに触られてたのか……」

「ちょっ、お前も立ってんじゃねえか」



 男子高校生の日常の会話。

 しかし水着で立つのはガチでヤバイ。

 Tシャツで隠すこともズボンのポケットから手で方向を変えることもできないので、大きくなったそれはダイレクトに水着の突起につながる。

 それを女子に見られれば、ずっと女子から痛い目で見られる。

 それだけは避けなければならないだろう。



 なんにせよ、鹿沼さんが男子達の好意の目に晒されているのにも関わらず堂々としていられるのは良かった。

 


 俺達はプールに入る前にプールサイドに備え付けられている温水シャワーを浴びた。

 昔は地獄のように冷たいシャワーの中を歩かされたり、腰洗い槽という冷たいお風呂に入れさせられたらしい。

 しかし2001年ごろから撤廃が始まり、今では原型は残っているが使用されることが無い。



 水泳の授業で男女が一緒に何かをするというのは無い。

 だから授業中に女子を近くで見るという事はできない。

 だがトイレは入り口の同じ場所にあるのでそこで会うこともあるし、帰る時も入り口は一つしかないので一緒に帰ることになる。

 そこで近くで女子を見ることは可能だ。



 俺達はシャワーを浴び終え、準備体操をしてプールの中に入った。

 ここから本格的な水泳の授業が始まるらしい。

 俺は何にも気にせず授業に集中することにした。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



「美香、私から離れないでね」

「は~い」



 プールのある空間に足を踏み入れると、向こう側のプールサイドにはすでに男子が集まっていた。

 美香は私に自信を持ってもいいと言ってくれたので、いつもと変わらず胸を張って歩いた。

 それでもやっぱり無意識に手が震え始め、心臓もその速度を上げている。



 自分の自意識過剰っぷりに嫌気がさす。

 確かに男子達は私も見てるかもしれないが、他の女子も見ているはずだ。

 こんなことで手が震えて、ドキドキしてバカみたい。

 

 

 私達はシャワーと準備体操を終えてプールの中に入る。

 夏場だが中は物凄く冷たい。

 水の中に入ると視線も気にならなくなり、震えが収まった。



 水泳の授業の8割はプールの中にいた。

 50mプールを色々な泳ぎ方で泳いだり、水深2mの床をタッチして戻ってくるってのをやったり色々課題があった。

 授業終了まで残り20分。

 そこまで耐えることができたが、同時に我慢していたものが限界に来ていた。



「美香、トイレ行きたい」

「おっけ~」



 私はぷかぷか浮いている美香に声をかけてプールサイドに上がった。

 トイレは更衣室のすぐ隣にあって、プールのある空間から教室までの一本道の左手にある。

 プールサイドに上がってもみんな課題をしているため注目されることもないし、今日は初回の授業という事で課題を終わらせれば自由時間になっており、先生から何かを言われることもなかった。



 私は美香を連れてトイレに入る。

 そして個室に入ってから気づく、どうやってすればいいのか。

 スクール水着でトイレに行ったことが無いので、正しいやり方がわからない。



「ねえ、美香」

「うん~?」

「これ、どうやってすればいいの?」

「へ?」



 外にいる美香は変な声を出した。



「もしかして、裸にならないとダメなの?」

「そうだよ~?」



 どうやら一回水着を脱いで全裸になって、用を達してまた着るという面倒くさい作業が必要らしい。

 下の布の部分だけずらしてするのかとも思ったけど……。

 私は一度全裸になり、便器に座って用を達し始める。

 学校という皆のいる場所で、しかも全裸でおしっこをしていると考えるとなんか変な気分だ。

 用を達してから水着をまた着始める。



「景まだ~?」

「今、水着てるとこ」


 

 ちゃんと着れてることを確認してから個室から出る。

 


「変じゃない?」



 一応、美香に前と後ろを確認してもらう。



「大丈夫~」

「ありがと」



 私達はスリッパを脱いでトイレから出ようとドアノブに手をかけた時。

 外から男子の声が聞こえた。



「うちの女子レベル高くね?」

「マジでそれ。特に鹿沼さんな」

「写真とか撮らせてくれないかな」

「ばっか、盗撮は犯罪だぞ。それより目に焼き付けようぜ」

「盗撮するとは言ってないだろ。一緒に写真撮りませんかって聞くんだよ」

「エロ目的ってバレバレだし、3年間女子に嫌われるぞ。いいのか?」

「確かにな」

「早く戻ろうぜ」



 ――撮影会しようか。



 どこから彼女の声が聞こえた気がした。

 私は衣服を着ていない状態。

 髪が濡れていて、胸からへそ、お尻を覆う水着に付着した水分がまるで全身を濡らしているような感覚に陥った。

 


 ドアノブを掴む自分の手がぶるぶる震えるのが見える。

 そして心臓が高鳴り、息が荒くなり、今にもその場でへたり込みそうになる。

 しかし私は踏ん張った。



 こんなことで羽切君に頼るわけにはいかない。

 私は過去の事やこの発作を利用して羽切君に“可哀そうな女子”として優しく扱ってほしいわけじゃない。

 それにいつもこの程度で助けてもらってたら、いつか面倒くさい女だと思われるかもしれない。



 そんなの嫌だ。

 お願いだから耐えて私の心と体。



「ちょっと景、手が……」

「だ、大丈夫だからっ!」

 

 

 美香は心配そうに私を見ていた。

 


 外の男子がプール側へ歩いて行ったのを音で確認した後、外に出る。

 その瞬間、授業終了のチャイムが鳴った。

もうすぐ夏休編に入りたい気分ではあるが......

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