【35話】 夏休み前④ (水泳の授業)
残り2週間で夏休みが始まる。
修学旅行と休日があったので、学校に行くのは何だか久々だ。
俺が自分の席に座ると、前の八木が振り返った。
「羽切、夏休み2回目の合コン来ない?」
「またか」
「実は、羽切を呼んでほしいって女の子がいてだな」
「えっ、俺を!?」
「一色さんって子なんだけど」
一色さん。
どこかで聞いたことある名前。
「前の合コンに参加してた」
「ああー、思い出した」
名前は覚えてないけど、俺に鹿沼さん狙いかどうか聞いてきた子。
そしてそうじゃないと言ったら嬉しそうにしていた。
中々に健気で可愛げのある子だった。
「一色さん可愛いし、付き合っちゃえば?」
「付き合うって、あっちの気持ちもあるだろ」
「いやいや、お前を呼んでほしいって言ってる時点でそういう事だろ」
「それでももう少しお互いを知ってからだろ」
「意外と慎重タイプなんだな」
「まあな」
「とりあえず参加するってことでいい?」
「オーケー」
八木はスマホを取り出し、操作しだした。
「それとさ、夏休み海行こうぜ」
「いいね、こないだ水着買ったばっかりだし」
こないだと言うか、昨日だが。
「未央も一緒だけどいい?」
「それはいいけど……二人の方がいいんじゃないの?」
「二人でも行くから大丈夫。未央がまだ転校して間もないし、羽切も呼んでみたらって提案したんだよ」
「へー、結構優しいんだな」
「羽切も一人、女子連れてきなよ。次の合コンで一色さんとかに声かけてみたら?」
「いいね。ちょっと考えとく」
ダブルデートというやつか。
そういうのをやったことが無いので、ちょっと楽しみだ。
日本での高校生活も残り5ヶ月。
短い期間だけど、楽しめることは楽しみたい。
なんとなく隣を見ると、鹿沼さんと目が合った。
特に何かを言われるわけでもなく、すぐに目を逸らされた。
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「景は夏休みの予定何がある~?」
昼休みになると、美香が振り返って聞いてきた。
「特にないかな」
「合コンとかのお誘いは〜?」
「全部断った」
「羽切君がいるもんね〜?」
私は羽切君とデートの約束をした。
しかしまだ日程も何をするかも決まっていない。
夏休みは30日あるので、その中で暇な日は毎日羽切君にアタックしようと思っている。
それはお母さんの提案でもある。
なんでも、同じ時間を共に過ごす時間が長ければ長いほど恋愛関係になりやすいらしい。
私にはそれが本当かどうかはわからないけど、一応人生の先輩でもあるし結婚もしているので信用することにした。
他にも色々提案されたが、夏休みはこの作戦で行こうと思う。
美香は私の顔を見て何やらニヤニヤしている。
「私達と海行かない~?」
「私達?」
複数形であることが引っ掛かった。
「実は、羽切君と海に行く予定なんだよね~」
「えっ!?」
「冗談で誘ったのに羽切君ったらすぐにオーケーの返事しちゃうから驚いちゃって。さすがに二人で行くのは景に怒られると思ってさ~」
「絶対に行く」
「だよね~、それにしてもさ~」
美香は私の机に頬杖をついた。
「景は悔しくないの~?」
「悔しいって何が?」
「さっき隣で八木君と話してたでしょ~? 合コンの事とか八木君カップルと羽切君とどっかの女子のダブルデートの事とか~」
「悔しいけど、どうすることもできないことだし」
実際どうすることもできない。
私がその件に関して口出しするのは変な話だ。
「だからさ~、早めに夏休みのイベントに羽切君との予定入れちゃいなよ~」
「イベントって何があるっけ?」
「私の家に来るときは当然羽切君も呼ぶけど、夏祭りとか花火大会とか……温泉とか~」
……温泉?
「夏祭りは確かに誘ってみようと思うけど……温泉って何?」
「どっか二人で温泉旅行行ってくるとかさ~」
「温泉旅行って高齢者がすることじゃん」
「何言ってるの~? 若いカップルも温泉旅行してるって~」
えっ、そうなの?
温泉旅行とかってお爺ちゃんとかお婆ちゃんが楽しむものなのだと思ってた。
というか、若いカップルが温泉旅行して楽しいのだろうか。
「私達、カップルじゃないんだけど」
「カップルじゃない男女が温泉旅行って、響きだけで興奮しちゃうじゃん~?」
「美香が何言ってるのかわからない」
「え~」
温泉はさておき、夏祭りや花火大会は良いかもしれない。
この地域の夏祭りは有名だ。
二日間の日程でたくさんの屋台や神輿が行き交う盛大な祭りで、全国から多くの人がこの祭りを見に集まってくる。
昔ニュースで見た時は人でぎゅうぎゅう詰めになっていて、歩きづらい上に暑苦しそうだったのが印象的だったが、実際に歩くとどうなのだろうか。
なんにせよ、帰りに羽切君に相談してみようと思う。
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この学校のプールは屋外にあって、俺はその様子を美術室の窓から見ている。
夏の風に乗ってくる塩素の臭いと水の音。先生の笛がピーと鳴ると、水着姿の男女がプールから出てきて、プールサイドに座って先生の話を聞き始める。
明日、俺達も水泳の授業がある。
実は高校で水泳の授業があるのは全国で3割くらいしかないらしい。
最近ではLGBT問題などがあって世間ではその意義を問われ始めてるし、将来的にはもっと減少するのかもしれない。
それに発育の違いを気にしている人も当然いるだろう。
特に女子は胸の大きさを気にしてスクール水着を着たくないという人もいるだろうし、そうでなくても男子にその体型を見られるのが嫌だという人もいるだろう。
男としては好きな子や気になってる子のそういう姿を見る機会はこのくらいしかないので、ちょっと嬉しかったりするわけだが。
「覗き魔さん」
ボケッと眺めていたら隣に鹿沼さんが隣に並んできた。
クラスのみんながいる中で、二人でこうやって肩を並ばすのは初めてかもしれない。
今日の美術の授業は教室の真ん中に置かれた花の絵を描くというもの。
早く終わった者は早めに自由な時間になる。
「スクール水着ってのを目に焼き付けておこうかなって」
「変態だったんだ」
「男はみんな変態だからな」
「お母さんも言ってた」
男は全員変態。
賛否あるかもしれないけど、俺的に間違いないと思う。
特に高校生の男子なんてもれなく全員変態だし、一日一回は何らかのオカズで抜いてるだろう。
「お母さんは何て言ってたの?」
「男子が毎晩シコシコ? してるって」
「へー……」
いったい娘に何を教えてるんだ。
母親として娘に性教育をするのは大事な事だとは思うけど、表現が間違っている。
「シコシコって、何?」
「いわゆる自慰行為ってやつだな」
「じいい!?」
自慰行為という言葉は知っているらしい。
「女子だってするんじゃないの?」
「わっ私!? 私はその……」
ちょっとデリカシーが無さすぎる質問だったか。
普通の女子にはこんなこと言えないけど、何故だか鹿沼さんには自然と言える。
この違いは何だろう?
てゆうか、鹿沼さんの事を聞いたわけじゃないのだが……。
「私はその……週に――」
「い、言わなくていいから!」
ちらりと鹿沼さんを見ると、真っ赤な顔で悪戯に笑っていた。
「景の顔真っ赤だけど、痴話話ですか~?」
突然背中に大きくて柔らかい衝撃がきて、肩に腕が回る。
見ると、戸塚さんの横顔が至近距離にあった。
戸塚さんが勢いよく後ろから肩を組んできたみたいだ。
「戸塚さん、胸が当たってる」
「ドキドキする~?」
「する」
「じゃあ明日はもっとドキドキさせるね~?」
戸塚さんは至近距離でニヤニヤしている。
女子としての何かが欠けた女子。
そんな戸塚さんにお願い事をすることにした。
「戸塚さん」
「うん~?」
「明日の水泳の授業、鹿沼さんから離れないでほしい」
「なんで~?」
「鹿沼さんは戸塚さんといると安心するらしい」
隣を見ると、鹿沼さんが目を丸くしてこちらを見ていた。
「私も景の事大好きだよ~」
そう言うと俺から腕を外し、鹿沼さんに全力で抱きついた。
「ちょっ、美香!?」
「学校終わったらホテル行こうね~」
それを戸塚さんが言うと冗談っぽく聞こえない。
そこが彼女の面白いところなのだが。
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夜になり、戸締りを確認しようと玄関に行くとポストに何かが入っていた。
取り出すと大きめの真っ赤な封筒だった。
俺はベッドに横たわってその封筒を開けると、中には一枚の便箋ともう一枚の封筒が入っていた。
とりあえず、一枚目の便箋を読む。
『拝啓、羽切君へ
この間は羽切君と話せて楽しかったわ。
それと景の事、色々心配してくれてありがとう。
景をちゃんと理解してくれてるのは羽切君だけだと思います』
『ただ、親としては景がすごく心配です。
なので身勝手な提案ですが、景と週に二日程度一緒に晩御飯を食べて頂けないでしょうか。
そして二人でいる写真や動画を毎週送ってほしいです
もしこれに同意できないなら、同封した写真を景に送っちゃいまーす』
途中まではかしこまった表現だが、最後は脅迫に近い文面だ。
俺は同封された写真を取り出してみた。
「マジかよ……」
そこに映っていたのは、俺と鹿沼さんがベッドで寝ている写真。
鹿沼さんは仰向けで寝ていて俺は鹿沼さんに向いて寝ている。
俺の右手は鹿沼さんの左胸を掴んでいて、パンツが鹿沼さんに向けて思いっきり突起している。
「やられた……」
間違いなく、鹿沼さん母が寝ている俺を操作した事で撮られた写真だ。
ズボンが脱げているのがその証拠。
これが鹿沼さんに送られたら俺は……。
考えるだけでゾッとする。
俺はその写真を封筒に戻して本棚の裏に隠して考える。
どうやって鹿沼さんに提案するかを。
昨日休載申し訳ない。