【34話】 夏休み前③ (水着屋)
お会計を済ませると、紙袋を持った竹内さんが隣に立った。
紙袋の中には羽切君が選んでくれた、私の水着。
「どうぞ」
竹内さんは紙袋を私に差し出してきた。
「ありがとうございます」
私はその紙袋を受け取る。
「羽切君のセンスには驚かされました」
「私もです」
「まさか別々の商品の上下を組み合わせるなんて」
「ばら売りって普通はされてないんですか?」
「ありますけど、セット商品をばらす人はいないですね」
「なるほど」
男性は女性用の水着についてはあまりわかってないのかもしれない。
私の買ったトップを手にもってジロジロ観察してたし。
そう言う私も、常識が無いのだが。
水着をこうやって誰かと買いに行くのも初めてだし、学校指定の水着以外を着る機会もほとんどなかった。
だから正直、水着のトップの付け方がイマイチわからなかったので、試着室に行く前に色々な水着を着たマネキンを観察して、その着方を学んだ。
私が来た時に何の指摘もなく、間違っていないようで安心した。
「お二人はすごい仲が良いんですね」
「そうかもしれません」
「でも付き合っては無いと羽切君が言ってましたけど……」
「付き合ってませんよ」
どうやら私がいない間にそんな話になっていたらしい。
「それは失礼しました」
「……?」
「彼女さんとか彼氏さんとか呼んでしまっていたので」
「いいですよ別に」
竹内さんはまだ困惑している。
当然だろう。付き合ってないのに名前で呼び合い、一緒に下着や水着を買いに来て、さらには同じ試着室内で試着していることになっているのだから。
それに下着屋さんで彼女は羽切君に「付き合って何日目ですか?」と質問して羽切君は「一日目です」と答えていた。
私たちは嘘まみれの関係。
他の人から見れば、意味が分からない関係に見えるだろう。
「鹿沼さんはその……他の男子ともこういう所に来たりするんですか?」
「いいえ、羽切君だけですよ」
「そ、そうですか……」
竹内さんは少し微笑んだ。
私はもう一度「ありがとうございました」と言ってから、入り口で待っている羽切君の元へと歩く。
「後悔のないように」
後ろからそう囁かれたような気がしたけど、私は振り返ることはしなかった。
「次はナル君の水着だね」
私達は真夏の空の下を歩き出した。
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外に出ると、熱気が体を襲った。
一応、道の左右を見て八木と佐藤さんがいないことを確認する。
佐藤さんに試着室の空間に一緒にいるところを見られたが、佐藤さんは「それじゃ学校で」と言ってすぐに八木の元へと帰っていった。
佐藤さんも俺達と一緒よりも、八木と一緒にいたいんだと思う。
俺達が同じ箱の中にいた事の釈明はできなかったが、まぁ問題はないだろう。
俺達は佐藤さん達が店を出て行ったのを確認してから会計したので、八木には見つかることはなかった。
「ナル君はどんな水着がほしいの?」
「特に考えてない」
「ふーん」
「言っておくけど、男の水着は面白くないからな?」
「……そうなの?」
正直水着であれば何でもいい。
女子と違って水着にデザインとか求めていない人が多いと思う。
よっぽど変じゃなければ。
それに女子は水着で可愛さとかスタイルを引き立てることがあるだろう。
しかし男子のにはその役割はない。
むしろ筋肉みたいな肉体的な魅力の方が大事だと思う。
いや、女子も肉体的な魅力は大事だから、どっちつかず……か。
女子の方が求められるものが多い分、男子より大変ではあると思うが。
「そういえば、来週から体育はプールだよ?」
「そうだな」
「学校の水着一回来てみないとだめだね」
「今更サイズ合わなかったら最悪だからな」
「帰ったら、見てくれない?」
帰ったら今度はスクール水着の試着をするらしい。
「いいよ」
そう言うと、鹿沼さんは微笑んだ。
同時に俺はずっと懸念してた事を聞いてみることにした。
「あのさ、大丈夫なの?」
鹿沼さんは何とも言えない顔をして俺を見た。
「心配?」
「そりゃな」
鹿沼さんは多分、男子からの好意の目にトラウマがある。
修学旅行の告白の時や、合コンの時。そして普段の学校生活で手が震えているのを何度も見てきた。
そんな中で水泳の授業が始まるというのだから、どうなるかわからない。
ただでさえ、人気者の鹿沼さんが水着姿となれば、間違いなく男子の視線の注目の的になる。
とんでもない数の好意の目に晒されることになるだろう。
それに水着を買ったという事は、海に行く予定があるという事。
海にだって男はいるし、ナンパされる可能性も大いになる。
「何かあったら、守ってくれる?」
鹿沼さんはやっぱりちょっと不安な顔をしている。
「守るけど……」
「……?」
「わかってると思うけど、俺もずっと一緒にいられるわけじゃない」
「……ッ!」
俺は近いうちに間違いなく転校することになる。
それは彼女もわかっているだろう。
「ちなみに中3の時、水泳の授業どうしてたの?」
「……全部休んでた」
「マジか」
中学2年生の時は水泳の授業は無かった。
つまりはしっかり2年ぶりに水泳の授業を受けるらしい。
正直彼女の発作がどういう条件で、どの程度なのかがわかっていない。
手が震える程度であれば水泳の授業も耐えられるだろうが、修学旅行の時のような事になってしまったら大変だ。
「まあ、週に1回だから一緒に耐えようか」
鹿沼さんに暗い顔は似合わない。
勇気づけるために俺がそう言うと、鹿沼さんは俺の目を見て少し微笑んだ。
その瞳の奥には心配や不安ではない何かが見え隠れしていた。
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「うーん……」
俺達は今、水着屋さんにいる。
女性と違って大々的にメンズの水着専門店というのが無く、個人経営の小ぢんまりとした店に入った。
結構こういう店の方がデザインの品揃えが良いみたいで、鹿沼さんが選んできた何十枚もの水着を試着させられている。
鹿沼さんは微妙な顔をしている。
もう24枚目の試着をしたのだが、しっくりくるものがないらしい。
正直俺はどんなでもいいのだが、俺が鹿沼さんの水着を選んだため、お返しのつもりなのか鹿沼さんもすごく真剣だ。
「男子の水着はつまらないって言ったろ?」
「その通りだった」
「どんなでもいいからさっさと買って帰らない?」
「私が納得するものが見つかるまでは嫌だ」
何故か頑固になっている。
「やっぱ服脱いでくれない?」
「いいけど……」
俺は今、Tシャツを着たまま水着の試着をしている。
正直裸になる必要が無いと思っていたからだ。
俺はTシャツをその場で脱ぐ。
「ひゃっ!? 何してるの!?」
「何って、脱げって言ったじゃん」
「ちゃんと隠れて脱いでってば!」
隠れて脱いでも結局裸なんだから変わらないと思うのだが。
鹿沼さんは両目を両手で隠して、指の間から俺を見ている。
「もう脱いじゃった」
「変態! 露出狂!」
色々罵倒されたが、その顔は何故か赤い。
そしてそれからまた何十枚も試着した。
「これ、いいかも」
やっと鹿沼さんのお目にかかるのが見つかったらしい。
長い事試着室にいるので、この店で一人しかいない店員さんが何度がチラチラと見に来ていた。
俺はその水着を受け取って、試着室の中で履く。
ベースカラーは黒だが、様々なフルーツが描かれた水着。
オレンジ色の紐をしっかり締めてから仕切りを開ける。
「すごくいい」
「なんか可愛すぎない?」
「夏って感じでいいと思う」
「ちょっと後ろ向いてみて?」
俺は言われたとおりに後ろを向く。
すると鹿沼さんは俺の背後まで歩いてきた。
「どうした?」
「ちょっと近くで見たくて」
俺は少し困惑した。
これは俺が鹿沼さんの水着を選んでいた時の行動と全く同じ。
やられたらやり返すという事なのだろう。
「ナル君、意外とがっしりしてるね」
「夏に向けて軽く筋トレしてたからな」
鹿沼さんは恥ずかしそうに俺の肩や腕を触ってきた。
こういう意図的なボディータッチは戸塚さんくらいしかしてこないから、何だか新鮮でドキドキする。
「さっきの私の気持ち、わかった?」
「はい、十分に」
鏡越しの鹿沼さんは悪戯に笑った。
そんな彼女の表情を見ると、何だか魅了される。
「お客さん、そろそろ店じまいだよ」
鏡越しの沈黙を店員さんが破った。
時計を見ると、時刻は17時20分になっていた。
「店員さん、これください」
「毎度あり~」
鹿沼さんが試着室から出たので、仕切りを閉めようと手を伸ばす。
「本当にいいの?」
「景のチョイスだし、いいよ」
仕切りを閉めて俺は着替えた。
会計が終わって帰るころにはそれが少し暗くなっていた。
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家の前まで歩くと完全に暗くなっていた。
俺は自分の家のドアまで歩こうとしたが、鹿沼さんにTシャツを握られ制止される。
「水着、見てって言ったじゃん」
「そうだった」
鹿沼さんとカギを開けて中に入る。
「先、シャワー浴びちゃうね」
「えっ、どうして?」
「汗臭いかもしれないし……」
汗の匂いを感じれるほど至近距離で見るわけじゃないんだが。
「わかった」
そう言うと、鹿沼さんは脱衣所に入っていった。
俺は鹿沼さん家のソファーに座って出てくるのを待つことにした。
30分くらい経つと、脱衣所のドアが開く音がして、鹿沼さんがリビングに入ってきた。
その姿を見た瞬間、俺のドキドキは最高潮に達した。
鹿沼さんはスクール水着を身にまとっていた。
肌にしっかりと密着した布が鹿沼さんのボディーラインを顕著に表している。
水着を押し上げる胸。そして紺色の布はへそやお腹を隠し、そのまま進むと少しづつ面積を狭めながら太ももの間を通過している。
隠れてるからこそ良いという事もあるみたいだ。
そしてこの家に水着姿の鹿沼さんと二人っきりというのも俺のドキドキを加速させている。
「どう……かな」
鹿沼さんは恥ずかしそうにそわそわと体を動かしている。
俺は何て言えばいいのかも、どう行動すればいいのかもわからずただただ凝視。
「胸が少しきついけど……サイズ的にはぴったりかな」
「正直、授業の前に見れてよかった」
「どうして?」
「まともに泳げなくなるだろうから」
鹿沼さんは何のことを言ってるのかわからないらしい。
クラスの男子たちは、まともに授業を受けれるだろうか。
そして鹿沼さんが男子から好意の視線の標的になるのも、もはや確定的になった。
俺は俺の下半身が収まるまで、鹿沼さんの家で過ごした。
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