【33話】 夏休み前② (水着屋)
「どうかな?」
仕切りが開けられると、水着姿の鹿沼さんがいた。
今回はワンピースタイプではなくビキニタイプの水着なので、胸と下半身以外の場所に布はない。
だから露出度は高い。
「景はビキニのほうが似合うかな」
「間違いないですね」
鹿沼さんは体をそわそわとさせている。
「なんか、恥ずかしい」
「下着姿とほとんど変わらないからな」
「鹿沼さんのそういう所も可愛いですね」
確かにすごく似合ってるし、可愛い。
だがどこか物足りない気もする。
やっぱり色とか柄が足りないのかもしれない。
「後ろ向いてみて」
「……うん」
鹿沼さんが後ろを向くと、背中があらわになった。
首で結ばれた紐は髪で見えないが、背中には一本の紐のみ。
ボトムは左右の太ももの付け根辺りでしっかり結ばれている。
「羽切君の評価はどうです?」
「お尻が最高です」
「水着の評価してってば!」
俺は鹿沼さんのいる試着室に入って背後に立つ。
「えっ、何!?」
「ちょっと近くで見たくて」
鏡に映る鹿沼さんは困惑している。
俺が選んだ水着は、黄色ベースの物ばかりだ。
それは3泊4日のお泊りの時に俺の黄色のTシャツが似合っていたからでもあるのだが、Tシャツと違って水着の黄色は少し印象が違って見える。
それに単色だけなのも、何だかシンプルすぎて微妙だ。
「竹内さん俺が迷ってた花柄のヤツ、持ってきてくれません?」
「わかりました」
店員の竹内さんは試着室の空間から出て行った。
小さな試着室に水着姿の鹿沼さんと二人きり。
鏡を見れば顔を赤くしてる鹿沼さんの全身が反射している。。
肩越しには首筋から胸の谷間までが見える。
鏡を見ながら近づいたので、思っている以上に鹿沼さんと密着していたみたいだ。
お互い何か話すわけでもなく、ただただ沈黙が流れている。
何だか室内の温度が一気に上がったかのように体が熱くなってきた。
「髪伸びたね」
沈黙を破ったのは俺の方。
俺が転校してきた時は肩より少し長いくらいだったが、今では肩甲骨の下まで伸びている。
「ナル君はロング派? それともショート派?」
「ロングかな」
「そっか」
そんな会話をしていると、竹内さんが戻ってきた。
手には地色がネイビーで、その上に小さな白の花が咲いた柄の水着。
「下はそのままで、上だけ試着します」
「上下で別々の色と柄になりますけど?」
「多分、結構似合うと思います」
俺は竹内さんに水着のトップを渡された。
女性の水着を持ったのが初めてだったので、まじまじと観察する。
「見すぎ」
鏡を見ると、鹿沼さんが睨んでいた。
俺は鹿沼さんに怒られる前に、トップを渡して試着室を出る。
仕切りが閉まり、中でごそごそと着替えが始まった。
「ちなみに、トップとボトムで別売りとかってしてるんすか?」
「うーん、店長に聞いてみないとわからないですね」
「そうですよね」
女性の水着は基本セット販売だと今日知った。
セット商品をばら売りしてくれるかどうかは正直微妙なところ。
セット商品を上下別で売れば、店側は1着分の料金しか得られないのに残るのは上下の違う水着だけだ。
多分誰も買わないだろうから、破棄されるだろう。
そうなれば店側に損失が出る。
「じゃーん!」
勢いよく仕切りが開かれた。
鹿沼さんの胸を包み込む、ネイビーの水着。
白の花柄が鹿沼さんをより女の子らしく引き立てている。
そして黄色のボトム。
上のネイビーと良い感じにコントラストを出している。
やっぱり鹿沼さんには黄色が必要という俺の判断は間違いじゃなかった。
「す、すごい綺麗です」
竹内さんは鹿沼さんの姿に見入っている。
思っている以上にいい感じに仕上がっていたので、俺もびっくりした。
「ナル君、感想は?」
鹿沼さんは試着室から出てきて、俺の前に立った。
その顔は明らかに恥ずかしいのを我慢している顔だった。
「む……むちゃくちゃ可愛い」
「ありがと」
俺が選んだ水着を着た鹿沼さんが至近距離にいて、俺はドキドキして目をそらした。
そんな俺を見て鹿沼さんは悪戯に笑う。
「ナル君、顔真っ赤だよ?」
「お前もな」
「私、これにする」
「いいのか?」
「うん」
顔だけでも平常心を保ちながら、俺は竹内さんを見る。
何故か竹内さんも赤くなっていた。
「それで、バラ売りできるか確認できますかね?」
「了解しましたー!」
竹内さんは再度、試着室の空間から出ていった。
「私も着替えるね」
鹿沼さんも試着室に入って仕切りを閉める。
試着室の空間にいるのは俺一人。
鹿沼さんの入っている試着室の前にある丸椅子に座わって壁に寄りかかると、壁の奥から店内の客の会話が聞こえてきた。
店員とサイズについて話している会話。
友達同士でどれにするか迷っている会話。
そして――。
「未央はこういうのが似合うんじゃない?」
「うーん、一回試着してみる?」
「その方が良さそうだね」
……未央?
聞いたことがある名前だ。
そして男の声もなんか聞き覚えが……。
俺達のいる試着室まで歩いて来る足音が壁を通じて聞こえてきた。
そして試着室の空間に入ってくる直前、俺の頭に未央という人物の顔とフルネームが浮かんだ。
佐藤未央。
八木の彼女。
つまり男の方は八木で、女の方は佐藤さん。
――まずい。
この試着室は男がいる場合のみ利用可能。
そして試着室の数は二つのみ。
隠れれる場所もない。
俺は瞬時に立ち上がり、目の前の試着室の仕切りを開けて勢いよく入る。
するとトップの水着の紐を解いた瞬間の鹿沼さんがいた。
解いた瞬間に俺が入ってきたのでびっくりしたのか、水着を受け止められずに地面に落ちる。
もはや条件反射のようなスピードで鹿沼さんは腕で胸を隠した。
そして口を開けようとしたので、俺は後ろからその口を塞ぐ。
両腕で胸を隠し、俺に後ろから口をふさがれた鹿沼さんが鏡に映っていた。
こんな場面を見られたら、裸の女子に後ろから抱きついて口を塞いでいる変態不審者と誤解されても仕方がないような状況。
鹿沼さんは鏡越しに真っ赤な顔で俺を睨みつけている。
着替えているところに突然入ってきて、口をふさがれているので当然だ。
後で殴られても仕方ないレベルの行為。
しかし鹿沼さんは抵抗するそぶりを見せない。
胸を見られる代わりに口をふさぐ俺の腕を掴むか、見られない代わりに現状維持かの二択。
女性なら当然胸を優先するだろう。
それに鏡越しなら片腕でも隠せそうだが、上からだとポロリする可能性が大いにある。
鹿沼さんは抵抗しないのではなく、抵抗できないが正しいのだろう。
俺は状況を説明しようと耳元に口を近づける。
が、その前に二人組の人物が試着室の空間に入ってきた。
そして隣の試着室に入り、仕切りが閉まった音が聞こえた。
「未央、鹿沼さんの彼氏ってマジで誰なの」
「それは言えない」
「なんでさ」
そんな会話が聞こえてくる。
試着室の中と外で会話をしているみたいだ。
その会話を聞いて鹿沼さんは状況を理解したらしく、警戒色を解いた。
それを見て、俺はゆっくりと口から手を離す。
すると鹿沼さんはこちらを向き、口の動きで「あっち」と言い、少し首を上げる動作をした。
“あっち向け”という意味と解釈した俺は、後ろを向く。
どうやらこの状況で着替えを続行するらしい。
俺は背中に感じる音にドキドキしながら着替え終わるのを待つ。
しかしすぐに状況が最悪に変わった。
「ばら売りできるみたいです! ってあれ?」
竹内さんが戻ってきてしまったのだ。
そして仕切りのすぐそこまで歩いてくる音が聞こえる。
「着替え、終わりました?」
「……」
男の俺が声を出すことはできない。
ここは鹿沼さんが「まだ終わっていない」と言う以外に選択肢はない。
「終わっている」と言えば、仕切りが開かれるのは間違いない。
しかし終わっていないと言って、長い時間出てこないと「羽切君、どこいっちゃったんですかね?」のように俺の名前が出てくる可能性が少なからずある。
もはや八方塞がり。
しかし「終わっていない」という選択肢が一番安全……。
いや、待てよ。
「すみません、まだ終わってません」
そう言ったのは俺だ。
外から3人分の「え?」という声が聞こえた。
そして内からも小さく「なっ」という声が聞こえた。
「実は今、別の水着持ってきて試着してるんです」
「そ、そうですか」
「まだ時間がかかりそうなので、終わったら声掛けます」
「わ、わ、わっかりました。ご、ごゆっくりどうぞ~」
動揺した声が聞こえ、足音が離れていく。
あまり時間をかけすぎると、中で何かをしていると疑われかねない。
どちらにしても、佐藤さん達が早めに帰ってくれないと俺達も帰れない。
トントンと肩を叩かれて振り向くと、着替え終わった鹿沼さんがいた。
声が出せないので、小さな空間でただ見つめあってるだけ。
しばらくすると、佐藤さんと八木はお会計をするために試着室の空間を出ていく音が聞こえた。
出て行ってから一応3分ほど待って、俺達も試着室から出る。
「焦ったぁ」
そう言うと、鹿沼さんはふくれっ面で俺を見た。
「私の方が焦ったんですけど」
「それはそうだ。ごめん」
「それで、見た?」
「見たって、何が?」
鹿沼さんはそわそわしながら言う。
「入ってきた時、私の胸……」
確かに入ったときに水着が落ちて、一瞬完全な裸になっていた。
しかし本当に一瞬だったし俺は真後ろにいたため、ぎりぎり見えなかった。
「ギリ見えなかった」
「えっち」
「本当だっての」
「見えてたら興奮する?」
何のことを言っているのかと思ったが、鹿沼さんの目線が俺の下半身に向いたのでその意味を理解した。
「当たり前だろ」
「そっか、良かった」
何が良かったのかはよくわからないが、俺の下半身は試着室に強行突入した時から全力で抑えて半分上に向いている状態だ。
しかし俺はポケットの中に入れている左手でその向きを操作しているため、衣服の上からではわからない。
そんな会話をしていると、試着室の入り口に誰かが駆け足で入ってきた。
「え?」
俺はその人物と目が合った。
「試着室で!?」
そこにいたのは、とんでもない誤解をしている佐藤さんだった。
【祝】10万文字突破!