【32話】 夏休み前① (水着屋)
俺達はとりあえず駅前まで歩いた。
俺はてっきりリオンの中にある水着屋さんに行くのかと思っていたのだが、鹿沼さんが違う店に行こうと言い出したので、立ち止まりスマホで調べている。
やはり海が近いためか、水着屋さんは色々な場所にあった。
ほとんどが水着と下着を同時に売っているような店だったが、一つだけ水着専門店という場所があったのでそこをGPSに登録する。
俺達がいる駅前から水着専門店までの道のりはまっすぐだ。
駅前から海までの道は大通りの一本道で、そこを歩いた途中の右側にある。
「暑いね今日」
一本道をただただ歩いていると、鹿沼さんが言った。
左右には居酒屋やお洒落な飲食店、様々なブランドの服の店が立ち並んでいる。
「熱中症には気をけろよ」
「羽切君こそ」
歩けば歩くほど汗が噴き出してくる。
一本道を15分ほど歩くともう服が汗でびちゃびちゃだ。
隣の鹿沼さんを見るとやはりすごい汗で、髪から汗が滴り落ちるほどだった。
「ちょっと休まない?」
俺はちょうど目の前にあるタピオカ屋を指さして言う。
「ちょうど私も休みたかったところ」
ぜえぜえ呼吸しながら俺達はタピオカ屋に入った。
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タピオカ屋で俺達は一休みしている。
俺は杏仁豆腐タピオカで鹿沼さんはカルピスのタピオカ。
俺達はかぶっていたキャップを机の上に置き、一気にドリンクを吸い上げる。
鹿沼さんはキャップを持っていないらしく、前に貸したキャップを再度貸している。
水分が枯渇していた体の隅々まで行き渡ると、一気に体の熱が下がってきた。
「鹿沼さんが飲んでるの、海外だと名称が違うんだよね」
「そうなの?」
「海外だとカルピスじゃなくてカルピコだよ」
「ふーん、でもなんで名称違うんだろ?」
鹿沼さんはTシャツをパタパタさせている。
そして再度美味しそうにチューとドリンクを吸い上げた。
「海外の人からしたら鹿沼さんは今、牛のおしっこを飲んでることになるからね」
「んぐっ!?」
鹿沼さんはゴホゴホとむせた。
「ど、どういう意味?」
「カルピスは『Cow Piss』って聞こえるだろ? 日本語にすると牛のおしっこになっちゃう」
「あ、本当におしっこなわけじゃなくて、発音的な理由か……」
「当たり前だろ」
俺もまた杏仁豆腐タピオカを吸い上げる。
チラリと鹿沼さんを見ると、何故かニヤニヤしていた。
そしてストローの先を俺に向けて言う。
「飲んでみる?」
俺はそのストローに唇をつけて、一口もらう。
鹿沼さんは自分から差し出してきたくせに、何故か驚いている。
「何?」
「羽切君って、そういうの気にしないの?」
「そういうの?」
「その……間接キス的な?」
もぞもぞと言うので何だかこちらも恥ずかしくなってくる。
「ごめん、考えてなかった」
そう言うと、鹿沼さんはふくれっ面になった。
「ほら、お詫びに俺のもあげるから」
そう言って俺はストローの先を差し出す。
鹿沼さんはまじまじと見ながらゆっくりと近づき、パクッとストローの先を唇で包み込んだ。
そして杏仁豆腐タピオカを一口吸い上げる。
「お、美味しい」
間接キスの事を忘れてしまったかのように、微笑んだ。
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「いらっしゃいませー」
水着専門店に入ると、涼しい風が吹いた。
夏休み前の休日という事で店内は若い女性で賑わっていた。
どこを見ても女性用の水着。
花柄の物やへそが出ないタイプの物、モフモフの物まで様々だ
しっかり調べたわけじゃないので気づかなかったのだが、どうやらレディース専用の水着専門店らしい。
「ナル君、緊張してる?」
「してる」
「ふーん」
鹿沼さんを見ると、悪戯っぽく笑みを浮かべていた。
そして当たり前のように恋人キャラが発動されている。
「私の水着はナル君に決めてもらおうかな」
「はー!?」
「恋人ならそういうのもあると思う」
「キャラだけどな?」
正直、俺も悪い気はしないけど。
「女性用の水着、何もわからないんだけど」
「大丈夫、私もわからないから」
「一個づつ試着していくとかどう?」
「いいね」
そう言うと、鹿沼さんは遠くの店員さんに手を振った。
すると店員さんが近づいて来る。
「ナル君が選んで持ってきてくれるんでしょ?」
「いや、店員さんに選んでもらったほうがいいだろ」
「えー」
鹿沼さんは不満そうだ。
男の俺が女性用の水着をもって一人で店内を歩くのは恥ずかしい。
だから店員さんに持ってきてもらって、最終決定を俺と店員さんと鹿沼さんの三人で決めるのが良いだろう。
店員さんは目の前に来ると、「ん?」という顔になる。
俺も店員さんの顔を見て、何だか見覚えがある気がした。
そして店員さんが鹿沼さんを見ると、「あっ!」という声が漏れた。
「先月、リオンで下着買いましたよね?」
「あっ」
見たことがあると思ったが、まさかまさかの再会。
彼女は先月、鹿沼さんとリオンに行ったときの下着屋さんの店員さんだ。
「どうしてここにいるんですか? もしかしてクビ……?」
「やだなー、私アルバイトなので掛け持ちですよ」
「えっ、アルバイトだったんですか!?」
鹿沼さんと店員さんはすごく仲よさそうだ。
もしかすると鹿沼さんはあの後もあの下着屋さんに行っていたのかもしれない。
それにしてもこの人がアルバイトとはビックリした。
正社員だとしても全然やっていけそうなくらいしっかりした人で、客との距離も近くて良い。
「それで今日は、水着をお探しですか?」
店員さんは俺をチラリとみる。
「俺のじゃないですよ」
「わかってますよ」
店員さんはニヤニヤしている。
俺に対してだけは何故かこんな感じだ。
まぁ下着の時もそうだが、この店では女性が客だから当たり前か。
「水着ってよくわからないので、一つ一つ試着していって決めようと思ってるんですけど……」
「なるほど、わかりました」
そう言うと、店員さんは歩き出した。
俺達は店員さんについていく形で歩く。
俺達は屋根に『試着室』と書かれた大きな看板ではなく、別の空間に連れていかれた。
どうやら下着屋さんの時とは違って、男がいる場合は別の場所で試着することになるみたいだ。
「それで、水着は彼氏さんが選びます?」
「いえ、店員さんが選んでください」
「えー」
鹿沼さんはやっぱり不満そうだ。
「やっぱり彼氏さんが選んだほうがいいのでは?」
「うーん」
俺は彼氏ではないが、そこはまあいい。
ただ、女性の水着を持って歩くのはちょっと……。
「私も一緒にいますので」
俺の心配事を理解したのか、そんなことを言ってくる。
やっぱりいい店員さんだと思った。
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鹿沼さんと店員さんの会話で知ったのだが、水着の試着は下着またはインナーショーツを着用して、その上に水着を着るらしい。
上半身はそのまま直接来てもよいのだが、下半身はダメみたいだ。
俺と店員さんはそれぞれ二着ずつ選んだ。
店員さんは上下が繋がった「ワンピースタイプ」と呼ばれる水着を二着。
俺はトップとボトムが分かれた「ビキニタイプ」の水着を二着。
「どうかな?」
「お似合いだと思います」
鹿沼さんはまずは店員さんが選んだ水着を試着した。
ワンピースタイプなので、上下が繋がっており、タンクトップのような紐が胸から両肩の上を通って背中の肩甲骨の水着に繋がっている。
色はシンプルな真っ黒。
「うーん……」
店員さんはそういうが、俺的には微妙だった。
鹿沼さんが着れば基本的に何でも似合うんだけど、なんかなーって感じ。
それに俺の中でちょっと懸念点も浮上している。
「彼氏さんは不満そうですね」
「うーんって感じですかね」
「じゃあ次は彼氏さんが選んだのを試しますね」
そう言って、鹿沼さんに俺の選んだのが手渡され、カーテンが仕切られる。
「鹿沼さんに彼氏がいたなんて知りませんでした」
「えっ?」
店員さんと二人で座っていると、そんなことを言われた。
「私、同じ学校の3年生の竹内です」
「今になって自己紹介ですか」
「だって同じ学校なんて知らなかったし」
どうやら彼女は先輩らしい。
それにしたって大人っぽいし、しっかりしてる。
「鹿沼さんの噂は聞いてたんだけど、それが誰なのかを知ったのは最近で」
「噂ってどんなですか?」
「可愛い女子が入学してきたぞ! って男子も女子も」
「あー、なるほど」
3年生からしたら最後の1年。
だからそういう情報も敏感になっているのかも知れない。
あわよくばアタックしてーみたいな。
受験が近いからほとんどの人はアタックしてこないとは思うが。
「ちなみに俺達は彼氏彼女の関係じゃないですよ」
「それは嘘ですね」
「本当ですよ」
「じゃあ、どういう関係なんですか?」
「そうですね……」
どういう関係か今一度考える。
そしてぴったりの言葉が出てきた。
「兄妹ってとこですかね」
「羽切君が兄で鹿沼さんが妹ですか? 逆じゃなくて?」
店員さんはニヤニヤしている。
「どっちでもいいですけど」
「普通は兄妹でも一緒に下着を買いに行ったり、水着を買いに行ったりしないと思います」
「すごく仲がいい兄妹だったらありえますよ」
「すごく仲が良いことは認めるんですね?」
はぁとため息が出そうなのを抑えて沈黙する。
俺には実の妹がいて、昔はすごく仲が良かったからわかる。
鹿沼さんとは兄妹の仲が良いとは違う何かだ。
「そうですね、仲はいいかもしれません」
とりあえず認めてこの場を収める。
沈黙中に脳裏で再生されるあの日の映像。
親が離婚して泣きながら父さんに連れられて行かれる妹の姿。
あれからもう3年か。
俺がイギリスに発つ前に、一度でもいいから会いたいな。
そんなことを考えてると、仕切りが開かれた。
2話に分けます。
次で10万文字突破しそうです。