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【31話】 母親⑤ (鹿沼母)


「んっ……」



 柔らかい何かに頬を撫でられて、目が覚める。

 目を開けると、お母さんが微笑んでいた。



「あら、起こしちゃったかしら」



 どうやらソファーで寝てしまっていたらしい。

 修学旅行の3泊4日では夜更かしが多かったので、そのツケが回ってきたんだと思う。

 それに加えて帰るとお母さんがいて、物凄い誤解されて。

 羽切君を含んだ3人での晩御飯では、お母さんからの質問攻めにもあって疲れてしまったのだろう。



 3人での晩御飯は笑ったり、恥ずかしんだり、怒ったりしてすごく楽しかった。

 まるでお父さんが生きていた頃のような雰囲気。

 静かな家で孤独な食事ばっかりだったから、楽しい食事がどんなだったか忘れていた。



 私は寄りかかっていた何かから体を起こして、あくびを一つする。

 


「羽切君、いい子ね」



 そう言って、お母さんは私の横を指差した。

 見ると、羽切君が私の隣でスウスウと寝息を立てて寝ていた。

 どうやら私は羽切君にもたれ掛かって寝てしまっていたらしい。



 お母さんはスマホを取り出して、画面をこちらに向けた。

 そこに映っていたのは、私が羽切君に密着して寝ている画像。



「ちょ、ちょっと!?」

「しー!」



 お母さんは人差し指を唇の上で立てて、静かに! のポーズをする。

 私は瞬時に自分の口を手で塞ぎ、隣を見る。

 幸い、羽切君が起きることはなかった。



「誰かに見せたり、送ったりしたら絶対駄目だからね?」

「チーちゃんには送ってもいいでしょう?」

「チーちゃん?」

「羽切君のお母さんのことよ」

「それならいいけど……」



 まさか私のお母さんと羽切君のお母さんがちゃん付けする仲だったとは知らなかった。

 そういえば羽切君のお母さんは、子供の頃の私に会ったことがあると言っていた。

 もしかすると、相当昔からの知り合いなのかもしれない。



 私は一度「んー」と声を出して伸びをする。



「景」



 お母さんは私に右手を伸ばしてきた。

 私がその手を左手で握ると、グイッと引っ張られて立たされた。

 そしてギュッと抱きしめられる。



「……ッ!?」



 突然のことで何が起きているのかわからない。

 お母さんに抱きしめられるなんて、いったい何年ぶりだろうか。

 何だかすごい安心して、私も抱き返した。

 薄暗い部屋の中での沈黙。

 

 

 私は久々に感じたお母さんの温かさや柔らかさ、そして匂いを堪能した。

 

 

「景、ごめんなさい」

「……どうしたの?」

 

 

 突然の謝罪。

 しかし私は何を謝ってるのかわからない。

 

 

「あなたが大変な時期に側にいれなくて……」

 

 

 お母さんの体が少し震えていた。

 お父さんが死んで、お母さんが仕事一筋になって。

 何度も転校させられて、ずっと大変だった。

 そしてあの学校での出来事。

 お母さんはあの学校での事を謝罪しているんだと直感で分かった。

 多分、私が寝ている間に羽切君が話したのだと思う。

 

 

「お母さんのせいじゃない。全部私のせいなの」

 

 

 そう言うと、お母さんはもう一度ギュッと力を入れた。

 

 

「羽切君は景の事、よく分かってるわね」

「どういうこと?」

「私が謝ると景が何て言うか、羽切君が教えてくれたの」

 

 

 ふふっと笑いが漏れてしまった。



「全部自分で抱え込もうとするからって」



 過去にいじめられていた事をお母さんに知られて、すごい惨めな気持ちだ。

 自分のプライドみたいな何かが崩れそうになっている。

 同時にお母さんに知ってもらえて安心してる自分もいる。

 

 

「お母さん、今はもう大丈夫だよ」

「でも、発作が……」

「羽切君がいれば大丈夫」

「だけど羽切君は、近いうちにいなくなって……」

「お母さん」



 私はお母さんから体を離す。



「私は羽切君の事が好き」

「……ッ!」



 私が告白すると、お母さんは大きく目を見開いた。



「羽切君のお母さんが言ってたの。羽切君がお母さんに付いて行かないと言えるくらい大切な人が出来たのなら、転校させないって」

「チーちゃんがそんな事を!?」



 どうやらこの条件については話していないらしい。

 親に自分の好きな人を告白したのが初めてで、すごく緊張している。

 


「だからね、私がそれになろうと思ってる」

「本気なの?」

「うん」



 お母さんは心配顔から、微笑みに変わった。

 

 

「景、あなたそんな顔ができるようになったのね」

「……?」



 気づくと私の顔は熱くなっていた。

 自分がどんな顔をしてるかわからないけど、今まで使ったことのない筋肉を使って表情を作ってるのは自分でもわかる。

 


「わかった。私も少しは協力するわ」



 その後私たちはひそひそと作戦会議をした。

 作戦会議といっても、ほとんどがお母さんからの質問攻めだった。

 羽切君のどこが好きなのかとか、いつから好きなのかとか。



 久々にお母さんと二人で熱く話せて、すごく楽しかった。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 腰が痛くて、俺は目を覚ました。

 テレビの上にある時計を見ると、時刻は2時20分。

 一度大きなあくびをして横を見ると、鹿沼さんがまだ寄りかかって寝ていた。

 そして部屋を見渡すと、鹿沼さん母はもういなかった。



 俺は鹿沼さんの頭と肩を持ってゆっくりとソファーに横にした。

 鹿沼さん母がベッドで寝ているのかと思い、鹿沼さんの部屋に入るがいなかった。

 それにしても昨日の疲れが全然とれていない。

 寝ている体勢が悪かったのもあるが、何だか俺が寝てる間に話し声がしていた気がする。



 もはや眠すぎて家に帰る気も起きない。

 しかし女子のベッドに無断で寝るなんてこともできない。

 リビングにはソファーが1個。部屋にはベッドが1個。

 鹿沼さんがベッドで寝て、俺が空いたソファーに寝るのがベストだろう。



 俺はリビングに戻って、鹿沼さんを持ち上げる。

 初めてお姫様抱っこというのをやってみたが、女子と言えど結構重い。

 それでも落とさないようにしっかり持ってベッドの上に降ろす。

 

 

 鹿沼さんは仰向けに寝ていて、腕は力なくベッドの上にある。

 俺はなんとなくその横に寝て、鹿沼さんの寝顔を横から見る。

 銀と黒の乱れた髪、閉じられた長いまつげとその下でスウスウと寝音を立てる唇。そしてその寝音と同調して上下に動く胸。



 俺は後5カ月で鹿沼さんとお別れだ。

 彼女は発作さえなければ、最高の青春を送れるだろう。

 いつかはキャラではない本当の恋人ができて、その人とデートしたりキスしたり、エッチしたり。

 もしかするとそのまま結婚する可能性だってある。



 俺の知らない所で彼女がそうなっていくのを考えると何だか胸がザワザワする。

 俺が転校することはもう決定事項で仕方のないことだ。

 だからせめてこの瞬間だけでも目に焼き付けたい。

 


「おやすみ」



 そう言うと、瞼が自然と下がっていった。

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 チュンチュンと鳥の可愛い鳴き声が聞こえると同時に、なんだが不穏な会話も聞こえた。



「ちょっ、お母さんそれはまずいって!」

「大丈夫よ、ほらこれが男の子よ」

「えっ、こんなに大きいの?」

「男の子は興奮すると大きく硬くなるの」

「そうだったんだ……」

「ほら、触ってみなさい」

「さすがにダメだって!」



 とんでもなく騒がしい。

 目を開けると見覚えのある部屋の天井があった。

 何故かスウスウと下半身が涼しかったが、昨日の事を思い出す。



 昨日は三日ぶりに修学旅行から帰ってきて、鹿沼さん家で風呂に入って飯食って……。

 ベッドに鹿沼さんを運んで、その横顔を……。

 そこまで思い出してバッと体を起こした。



 スウスウする下半身は俺のズボンが膝まで降ろされているからで、パンツが思いっきり突起していた。

 そしてベッドの下から鹿沼さんと鹿沼さん母が真っ赤な顔をしてそれを見ている。



 俺がいきなり起き上がったので、鹿沼さんは現場を見られてあわわわと焦っている。対して鹿沼さん母は俺が起き上がったにも関わらず、なんも気にせず俺の下半身の解説をしている。


 

「ちょっ、何してんすか!?」

「景に性教育をしてるの」

「セクハラですって!」

「こんなにビンビンで喜んでるから、セクハラではないわね」

 


 あんたは倫理教育を受けたほうがいいぞマジで。

 俺はズボンを腰までしっかり上げる。



「あのですね、これは朝勃ちと言って喜んでるわけじゃないです」

「寝てる景に何かして朝まで興奮が収まらなかったんじゃなくて?」



 これが日本の性教育の実体か!?

 いや、俺も女子のそういう現象をあまり知らないから同じか。



「俺は何もしてないです本当に」

「本当かな~?」

「証明はできませんけど」



 鹿沼さん母はニヤニヤしながら俺を見ていて、鹿沼さんは自分が何かをされたんじゃないかという疑惑のせいか、恥ずかしそうに腕で自分を抱えるように胸を隠して小さくなっている。



 朝から元気すぎて頭が痛くなってきた。

 そして俺の下半身を女子に見られたという現実が朝の現象とは別に収まりがつかなくなっている。



「ま、いいわ。朝ごはんにしましょう」



 そう言ってリビングに鹿沼さん母が消えるが、俺と何故か鹿沼さんはしばらく立てなかった。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



「それじゃ景、イギリスに行く前にもう一度帰ってくるから」

「うん」

「それと羽切君、景を頼んだわよ」

「わかりました」



 鹿沼さん母は仕事に出かけて行った。

 またしばらく帰って来ないのだろう。

 鹿沼さんは少し寂しい顔をしていた。



 今日は日曜日。

 俺は帰ったらすぐにリオンに向かおうと思っている。

 もしかすると夏休みに海に行くかもしれないので、その準備をするために。


 

「もうすぐ夏休みだね」

「ああ」

「デートの約束、忘れてないよね?」

「デートでよかったのか?」

「いつでもデートしてやるって言ってたじゃん」



 まあ確かに言ったけど。



「羽切君、今日暇?」

「まあ、暇」



 水着とかを用意するのは別に今日じゃなくてもいい。

 どうせ暇だし、鹿沼さんが何かしたいならそれに従おう。



「私、水着買いに行きたいな?」

「俺も水着を買いに行こうと思ってた」

「じゃあ、一緒にいこ?」



 鹿沼さんは上目遣いで俺を見てきた。



「いいよ」



 そう言うと、鹿沼さんは嬉しそうに跳ねた。


夏休み前をもう少し書きたい

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