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【30話】 母親④ (鹿沼母)

一日遅れな上に辛気臭い話てごめんなさい。

 俺は今、鹿沼さん家でシャワーを浴びている。

 


 何でも鹿沼家には晩御飯を食べる前に必ずお風呂を済ませるというルールがあるらしく、それに従ったというわけだ。

 俺は自分の家の風呂場を使おうとしたのだが、鹿沼さん母は何故か頑なに俺を家に帰すのが嫌らしく、鍵を隠されてしまった。

 特に文句を言う事もせず、俺はただただ鹿沼さん母の要求を飲む事にした。

 

 

 鹿沼さんが毎日裸になってる場所で裸になり、風呂場でいつも座っているであろうバスチェアに腰掛ける。

 そしてシャンプーとコンディショナーを終えた後、顔を上げて今一度、風呂場を見渡してみる。

 風呂場にはシャンプーやコンディショナー、ボディソープや洗顔料の容器と、それ以外の何に使うのかわからない石鹸やカミソリなどの小道具が置いてあった。



 同じ社宅なので間取りはほとんど一緒だが、やはり女子と男子では細かいアイテムや色などが違っていて風呂場の雰囲気がまるで違う。

 鏡の横に掛けられているモフモフした薄ピンクのボディータオルや、鏡の下の小さなスペースに綺麗に並べられているL字のカミソリを見ると少しドキドキしてきた。

 

 

 ただでさえ女子の家の風呂場で緊張しているのに、鹿沼さんがこのボディータオルで体を洗っている姿や裸で眉毛などを鏡と睨めっこしながら整えている姿を想像すると余計に……。



 俺は下半身が反応する前に、思考を停止した。

 脱衣所と風呂場の間の扉は磨りガラスなので、フルで反応した状態だと外からそのシルエットが丸見えになってしまうからだ。

 

 

「羽切君ー?」

「ちょっと、お母さん! ダメだってば!」



 思考を停止していたら、脱衣所の磨りガラスに二つのシルエットが現れた。

 一つは興奮した鹿沼さん母で、もう一つは慌てふためく鹿沼さん。

 脱衣所の鍵はかけたつもりだったが、突破してきたらしい。

 突然声をかけられてびっくりしたが、それ以上に思考を停止しててよかったと心から思った。

 

 

「今から景も入りまーす!」



 磨りガラスの向こう側は何やら騒がしい。

 何だか鹿沼さん一家が普段どんな感じなのかがわかった気がする。

 それと同時にこれからこのテンションについて行かないと、と考えると既に疲れてきた。



「鹿沼さん、洗い合いっこしようか」

「はいい!?」



 冗談で言ってみる。

 すると外での騒がしい雰囲気がピタリと止まった。

 ヤバい、ミスったか?

 思えばこの家の俺の立場は女2の男1と弱い。

 更に言えば彼女の親がいるのにもかかわらず、変な感じの冗談を言ってしまった。



「そうね、私も入ろうかな」



 ……は?



 しかし俺の不安をよそに、鹿沼さんはそんなことを言ってきた。



 ゴソゴソという音が外で聞こえ、磨りガラスを見ると腰の後ろに両腕を回して何かをしている動作や手をお尻あたりから地面まで下ろす動作をしている人物がいた。



「……入るね」



 そして腕で自分の胸と下半身を隠すような格好の影が、磨りガラスに近づいてくる。

 俺はマジかマジかと磨りガラスに目が釘付けになったが、磨りガラスの側までその人物が近づくにつれて、やられたと感じた。



 そこにいたのは、間違いなく服を着た人物だったのだ。



「なんちゃって」



 そう言うと、ププププと笑いなが脱衣所から消えていく二人組。



 俺はこの親子のテンションに生きて帰れるか不安になった。

 


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 俺が脱衣所から出ると、すぐに入れ違いで鹿沼さんが入っていった。

 


「わかってると思うけど、覗きはだめだよ?」



 脱衣所の扉に少し隙間を開けて、そこから牽制するような目で言ってきた。

 俺は「はいはい」とだけ返事をしたが、どこかで必ずお返しをしようと思っている。



 とりあえずリビングまで行こうと3歩ほど歩いたが、自分の制服を脱衣所に忘れた事に気づき戻って再度脱衣所のドアノブに手をかける。



 何故か鍵がかかっていないようだったので、普通に開けると、目が合った。



「えっ?」



 そんな声が鹿沼さんから漏れる。

 彼女は下着姿だった。

 


 彼女の下着姿を見たのはこれで3度目だ。

 3泊4日のお泊まり初日、修学旅行で抱きついた後、そして今。



 鹿沼さんはバッと腕で胸を隠し、座り込んだ。

 俺は上辺だけ冷静に装い彼女の横を通り過ぎて自分の制服を拾う。

 鹿沼さんは顔を真っ赤にして言葉にならない何かをパクパク言っていたが、俺はそのまま脱衣所を出る。

 すると随分と遅れて中から悲鳴が聞こえた。

 


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「羽切君に裸見られた」



 3人の食事会が始まってすぐに、私は羽切君を睨みつけて言った。

 羽切君からしたら、私のお母さんがいる前でこんなことを言われて、焦るはずだ。

 思った通り羽切君の顔が気が気ではなくなったのを見て、私も顔が緩む。



「裸じゃなくて、下着姿な?」



 羽切君は少し慌てながら逃げ道を探している。

 私のお母さんの機嫌をちらちら確認しながら。



「私にとっては下着姿も裸と同じなの!」



 逃げ道を塞ぐようにそう言うと、何故か羽切君がニヤッと笑った。

 

 

「へー、じゃあ鹿沼さんは裸で俺に抱きついてきたんだ?」

「えっ!? いや、それは違くて……」

「あの時の鹿沼さんは温かくて、柔らかかったな~」

「ちょ、ちょっと! お母さんの前で恥ずかしいってば!」



 羽切君はもうお母さんを見ることをやめ、私だけに視線を向けている。

 それに恥ずかしい発言をお母さんに聞かせることで私を辱める作戦に変えたらしい。

 その作戦は効果抜群で、なんだかすごく恥ずかしくなってきた。



「ねえ」



 お母さんが初めて口を開いて、私と羽切君は同時にビクッとした。

 ゆっくりとお母さんの顔を見ると、何やら微笑んでいた。



「景と羽切君はどこまでやったの?」



 お母さんの質問の意味がイマイチわからない。

 


「どこまでやった……って、どういう意味?」

「エッチなことはしてないんでしょう?」

「するわけないじゃん!」

「じゃあ、手は繋いだの?」

「つ、繋いだ」

「へー」



 お母さんの質問攻めに早くも羞恥心が限界にきている。

 助けてくれと羽切君に視線を送るが、彼はご飯を黙々と食べていた。

 まるでこの会話に混じりたくないような雰囲気を出しながら。



「でも下着姿は見られたんだ?」

「それはね」



 私はお泊り初日の事を説明する。

 雨で濡れて脱衣所で羽切君の前で脱いだと。

 今思えばよくあんなことができたものだ。


 

「じゃあ一緒にお風呂に入ったんだ?」

「なんでそうなるわけ!?」

「じゃあ、一緒のベッドで寝たとか?」

「そ、それは……」

「その反応、寝たのね!?」



 お母さんは、何だか嬉しそうだ。

 私はコクリと頷いた。


 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 時刻は夜の20時30分。

 俺は食事を終えて、鹿沼さんとソファーでテレビのバラエティー番組を楽しんでいた。

 バラエティー番組の途中で鹿沼さんがやけに静かになったので見ると、自分の体勢を維持できない程ウトウトしていた。

 


 修学旅行や久々の母親との再会で疲れてしまったのだろう。



 俺はリモコンを手に取り、テレビの音量を下げる。

 そしてもう一度背もたれにもたれると、鹿沼さんが俺の肩に寄りかかって寝息を立て始めた。



 鹿沼さんを起こさないように意識しながら、バラエティー番組の続きを見る。

 薄暗い部屋にテレビの低音量と台所の水が流れる音が単調に流れていて、俺もウトウトし始めていた。

 


「寝ちゃったわね」



 落ちそうになっていた瞼を無理矢理吊り上げ、声のした台所に目を向ける。

 そこには洗い物を終えて、手をタオルで拭いている鹿沼さん母が微笑んでいた。



 そして静かな足取りで俺たちの前まで来ると、同じ目線まで屈んだ。



「ウチの娘が男の肩で寝てる」



 ふふふと悪戯な顔でそんなことを言ってくる。



「す、すいません……」



 とりあえず謝っておく。



「謝ることじゃないわ。それよりチャンスよ」

「チャンス?」

「今ならどこ触っても起きないわ」



 この人は自分の娘が男の人に触られて嫌じゃないのだろうか。

 鹿沼さんは修学旅行から帰ってきて着替えたので、今はTシャツに短パン姿。

 

 

「じゃあ、遠慮なく」

「え?」



 俺が遠慮すると思っていたのか、鹿沼さん母は目を丸くした。

 戸塚さんもそうだが、からかってばかりいる人が自分の思い通りにならなくて目を丸くする顔は面白くて好きだ。



 俺は鹿沼さん母を見ながら、その娘の太ももやへそ、胸や首などを触るふりをして触らないという動作を繰り返す。



「嘘です。遠慮しときます。」

 

 

 鹿沼さん母はあわわわと動揺していた。

 鹿沼さんと同じような顔をするので、やっぱり親子なんだなと改めて感じさせる。



「羽切君、腹が据わってるわね……」

「お母さんこそ、触ったらどうです?」

「私?」



 鹿沼さん母は、首を傾げた。



「今の娘さんに触れられるのも、あと3か月ですよね?」

「そう……ね」

「次、いつ娘さんに触れるかわからないですよ」



 俺がそう言うと鹿沼さん母はゆっくりと手を伸ばして、鹿沼さんの短パンから出ている太ももに軽く触れた。

 


「すべすべで柔らかいわね」



 そして腰回りとへそから胸を触る。



「景ったら、成長したわね」



 俺がさっきフェイントで触れようとしていた個所を次々に触れていき、感想を言っていく。

 時々俺の顔を見て、ニヤリと悪戯に笑う。

 何だかさっきの復讐をされているみたいだった。



 そして最後、頬に触れる。



「可愛く育ったわね」



 そう言った彼女は、母親の顔になっていた。

 30秒ほど自分の愛娘を撫でた鹿沼さん母は、再度俺を見る。



「羽切君、景の発作の原因について教えてほしい」

「えっ」



 突然、そんなことを言われて驚いた。

 少し体が動いてしまい、鹿沼さんを起こしてしまわないか心配だったが大丈夫だった。

 


「2年前でしょう?」

「……はい」

「ある日家に帰ったら、ボロボロのブラウスがゴミ箱に入ってた」

「そう……ですか」

「私は親なのに、何があったか聞くこともできなかった」



 鹿沼さん母は自分の不甲斐なさに落ち込んでいるように見える。

 

 

「ダメな親ね」

「そんな事ないですよ」



 俺は今日一日、鹿沼さんの発作の原因については隠していた。

 それは娘である鹿沼さんが親に知られたくない出来事だと思っていたから。

 でも同時に親に隠しておくメリットもないとも思っていた。

 


「景はいじめられていたの?」

「はい……」


 俺は認めた。

 鹿沼さん母は当時の彼女の様子や、部屋や制服の状態から推測したのだろう。

 鹿沼さんは極限の精神状態にも関わらず、親に心配かけたくなくてずっと一人で我慢していたみたいだ。



「景さんは――」



 俺はあの日の事を話した。

 彼女があの学校でどういう立ち振る舞いをしたのか。

 そしてそれがどういう結果を招いたのか。


 

 とんでもない噂を流され、鹿沼さんを遊びに誘いたい不良男子が毎日家まで来た事。

 暴力を振るわれ続け、学校に行けなくなった事。

 最終的に裸を撮影されそうになり、男の俺に犯されそうになった事。

 そしてそのトラウマが今でもあり、修学旅行で発作が起きてしまった事。



 鹿沼さん母はビックリした表情になっていたが、最後まで静かに話を聞いてくれた。

 

 

一日遅れで申し訳ない。


遂に2000PVかぁ。

30話かぁ。


あと1話で母親編終えます。


質落とさないように頑張りたいけど、難易度高い!

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