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【29話】 母親③ (鹿沼母)

「ごめんなさいね」

「大丈夫です」



 俺が泥棒か確かめに鹿沼さんの家を確認しにいったら、逆に泥棒だと思われてフライパンを投げつけられた。

 あまりの衝撃にその場に倒れ込み、両鼻から鼻血が大量に出た。



「君が羽切さんとこの息子さんね?」

「はい。羽切成です」

「うんうん」



 俺は今、鹿沼さん家のリビングで正座していて、

隣には鹿沼さん、テーブルの向こう側に鹿沼さん母がすわっている。



 俺は鼻にティッシュを詰めながら鹿沼さん母を見ると、ニコニコしながら俺を観察していた。



「羽切君、君のお母さんから話は聞いてるわ」

「話? どんな話ですか?」



 頼むからいい事であってくれ。



「相当な母親想いの良い子ってね」



 良かったぁ、変な事じゃ無くて。

 でもそんな事を他の人の母親から聞くとちょっと恥ずかしいんだが。

 俺は出されているお茶をクビっと飲む。



「それに景と3泊4日のお泊まりをしたって事も」

「グエッ、ゴホッゴホッ!?」

「ちょっと、お母さん!?」



 お茶が気管支に入って酷くむせた。

 母さんは、どうやってそんな情報掴んだんだ!? という疑問が真っ先に俺の頭に浮かんだが、それ以上に目の前にいる鹿沼さん母にどう説明しようかを考える。

 


 男子の親なら女子とお泊まりをした事は喜ばしく思うかもしれないが、女子の親はそうはいかない。

 大切に育ててきた愛娘が男と夜を共にしたとなれば、一大事件だろう。

 俺達は特別な何かをしたわけではないが、3泊4日したという情報の中にはそういう事が含まれているのは間違いない。



 俺は怒られるのか?

 それとも、説明すれば分かってくれるのか?

 


「羽切君にはうちの子が色々迷惑をかけたみたいで」

「いえいえ、迷惑なんてとんでもない」

「それでね、羽切君」

「......はい」

「景がどんな風に乱れたか教えて?」

「......はい?」



 乱れた姿というのは取り乱した姿の事だろう。

 迷惑とは思っていないが、鹿沼さんが大きく取り乱した瞬間というのはあの時以外はない。



 鹿沼さんの母親は、鹿沼さんが修学旅行中に、あの日のトラウマで精神的に大変な事になっていた事を知っているみたいだ。

 母さんの3泊4日の件といい、修学旅行中の出来事といい、この人達はどこから情報を得ているのだろうか。

 何にせよ、3泊4日の時に娘さんと俺にそういうことがあったとは思ってないらしく、安堵した。



「それはもう、乱れまくってましたよ」

「ちょっと、羽切君!?」



 鹿沼さんは「何を言ってるの!?」という感じでこちらを見た。

 しかし親には知ってもらう必要がある。



「景は普段、相当理性が強い子だから......そんな景を見てどう思ったのかしら」

「それはもうビックリしましたよ。とんでもない汗が出てましたし、体は小刻みに震えて。あの時の景さんには理性が働いてないようで、全部無意識って感じでした」



 あの日の出来事を嘘なく話す。

 俺達の親は滅多に家に帰ってこない。だから親が俺達の事を詳しく知る術は少なく、現状を正確に理解する事は困難だ。



 一度鹿沼さん母に視線を向けると、真っ赤な顔であわわわわと動揺していた。

 大切な愛娘がそんな事になったんだ、動揺するのも仕方がない。



「そ、そ、それで......最終的に景はどうなっちゃったのかしら!?」

「最終的には景さんが僕に抱きついて、落ち着きを取り戻していったという流れです。何で僕だと落ち着くのかは話すと長くなりますが......」

「要は、景でフィニッシュしたって事ね!?」



 フィニッシュ?

 それが何を意味しているのかは全く分からないが、とにかく話し終えて顔を上げる。

 すると鹿沼さんと鹿沼さん母は顔を真っ赤にしていた。

 鹿沼さんは俯き、母親はそんな鹿沼さんをニンマリとした表情で見つめていた。



「景ったら、羽切君に女にされちゃったのね」

「そんなんじゃないってば!」



 鹿沼さん母は悪戯に笑った。

 鹿沼さんのする表情とそっくりだ。



 しかし、女にされたとはどういう意味だ?

 何だかさっきから鹿沼さん母の言っている意味がわからない部分がある。

 そういう時は大体、何らかの誤解がある時だ。



「間違ってるところがあるなら、聞くわよ? 景が上に跨るのが好きなのか、下敷きになる方が好きなのか、はたまた後ろからが好きなのか」

「そういう事じゃなくって!」



 ガッと鹿沼さんは立ち上がった。



 おっとっと、親子喧嘩が始まりそうだ。

 人の親子喧嘩に立ち会う時は、どういう表情や態度をすればいいんだろうか。



「私と羽切君はそういう事してないから!」

「またまたー、年頃の男女が3泊4日も同じ家にいて間違いが起きないわけないでしょう?」



 3泊4日の話はもうとっくに終わったはずでは?

 俺がしていたのは修学旅行話なんだが。

 いや待てよ。

 もし鹿沼さん母が修学旅行で起きた出来事の情報を得て無かったとして、さっきの俺の説明が3泊4日中に行われた“何か”の説明と誤解しているとしたら......。

 


 俺の頭で全ての辻褄が合ってしまった。

 そこでようやく気づく、フィニッシュの意味や女にされたの意味。



「お母さん」

「はあい?」



 惚けた顔が俺を向いた。

 


「話に誤解がありました」

「うん?」



 俺は如何に話に誤解があったのかを話す。

 この誤解を正すのは、非常に難しくかなりの時間を要した。

 話が進むにつれて鹿沼さん母も惚けた顔から、あちゃ〜という表情になった。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 鹿沼さん母は遂には心配そうに自分の娘を見つめていた。



「景、大丈夫なの?」

「......うん」



 親に心配をかけたくなかったであろう鹿沼さんは、自分の発作の事を知られて、複雑そうだ。

 ただ、彼女の発作の原因については俺が話していいのかが分からず、隠した。



「一応、精神科医の親を持つ友人に頼みまして、今度その家で診てもらう予定です」

「そう.......なのね」



 しばしの間、鹿沼さん母は何かを考える様子を見せた後、俺を見た。



「羽切君」

「はい」

「景の事は、あなたに任せるわ」



 そう言うと、少し寂しそうな表情になる。



「実はね、転勤が決まったの」

「お母さん」



 鹿沼さんは目で自身の母親を見つめた。

 そして、視線だけで何らかの会話をしているかのように何秒も沈黙があった。

 そしてその視線だけの問答が終わったのか、鹿沼さん母が口を開く。



「約束通り、景は置いていく」



 俺はその発言にひとまず安心した。

 しかし、鹿沼さん母は今までで見せた表情の中で最も真剣な顔になっていた。



「3ヶ月後、私はイギリスに転勤するの」



 俺はその言葉を聞いて、自分の期限を知った。

 今までの流れからして、鹿沼さん一家が転勤してから2ヶ月後に俺たちが転勤する事になっている。



 つまり、俺がこの場所にいられるのは12月下旬辺りまでだと逆算ができる。

 そして、次はイギリス。

 もうこの町で出会った人達とは、二度と会うことも連絡を取り合うこともないだろう。

 今までがそうであったように。



「羽切君、景。どういう意味かわかるわね?」



 この言葉には多くのメッセージが込められている気がした。

 要は自分がいなくなっても、お互い仲良くしなさいという事や、親の私はいなくなるのよムフフという意味まで多彩だ。

 

 

 しかしこの人は忘れている。

 俺もまた近いうちに鹿沼さんの前からいなくなる事を。

 鹿沼さんが一人でもやっていけるように、せめて発作の件だけは何とかしてあげないといけない。

 それも既に戸塚さん家にお世話になる事が確定している以上、俺にできる事は何もない。



 鹿沼さん母は自分の娘の事をじっと見ている。

 俺に対するメッセージよりも、自分の娘に対するメッセージの方が重大なものなのかもしれない。

 まぁ、他人の俺より実の娘の方が大事なのは当たり前のことか。



「はい! 辛気臭い話は終わり」


 

 そう言うと、鹿沼さん母はいきなり立ち上がった。



「羽切君、今日はウチに泊まりなさい」

「泊まるも何も、家が隣なので」

「そうね、じゃあ晩御飯を一緒に食べましょう?」

「それならいいですけど」

「景と羽切君の事、もっと知りたいの」



 鹿沼さん母は楽しそうだ。

 そして部屋の中に音楽が鳴り響いた。

 時計を見ると、17時ピッタリだった。




 

 

 

夏休み編の前に2話挟もうかな


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