【27話】 修学旅行⑨ (最終日)
「なあ、羽切」
「うん?」
昨日は夜中の2時ごろに2階で鹿沼さんと別れて、3階の部屋に戻ると八木と佐藤さん、原田が寝ていた。
流石に女子校の生徒が修学旅行中に他校の男子部屋で寝ているのが見つかるとまずいと思い、八木と同じ布団で眠る佐藤さんだけを起こした。
佐藤さんは猛烈に眠たそうな顔をしていて、特に何も聞かれず自室に帰っていった。そして後、俺は布団に包まった。
「俺たちの班、朝弱い奴多すぎね」
「特に女子がな」
八木の言う通り、俺は猛烈に眠い顔をしているだろうし、女子の3人に関しては朝食に来てすらない。
まあ今日一日は班行動では無く、全体行動で移動して帰る事になるので今頃先生が起こしに行ってるだろうけど。
「おっはよ~、寝坊しちゃった~」
そんなことを考えていると、女子組が起きてきた。
全員が制服姿の中、うちの女子だけがいまだに寝巻き姿だった。
「夜更かしは肌に悪いぞ!?」
「八木君、私たちの肌気にしてくれるの~?」
「夜何してたら、こんな寝坊するんだよ」
「何ってそりゃあ……興奮すること?」
八木はブフォとむせた。
その言葉を聞いて、桐谷さんは赤くなっている。
そして何故か鹿沼さんも。
戸塚さんは突如、俺と八木の間に無理やり割り込んできた。お尻が当たるくらい密着している。
そして俺たちの腕を組み、自分の方に寄せた。
「八木君と羽切君、どっち貰おうかな~?」
突然、何を言い出すんだこの人は。
八木は自分の腕を戸塚さんの体に引き寄せられ、あたふたとしている。
「と、戸塚さん! お、俺には彼女が!」
「ああ~、そうだったね~」
そう言うと、八木の腕は解放された。
「じゃあ、羽切君貰っちゃおっかな~?」
俺の腕がグッと戸塚さんの体に引き込まれる。
まったく、戸塚さんは羞恥心というものを知らないみたいだ。男女関係なくボディータッチが多いし、言動も聞き手によっては勘違いしそうなことを平気で言う。
引き込まれた腕を意識してしまってドキドキしてきたが、無視して朝食を黙々と食べる。
そのうち戸塚さんのからかいも収まると思って。
「羽切君には寝起きのチューしてあげるね~?」
「は?」
「へ?」
「え?」
俺以外の三人が声を出して驚いた。
いつにも増して戸塚さんは過激だ。
早めにこの人の暴走を止めないと、今日一日とんでもなく疲れる事になる。
それに修学旅行をからかわれ続けたまま終わらせるわけにはいかない。
俺は箸を置いて、戸塚さんに顔を向ける。
そして右手を戸塚さんに肩をがっちり掴み、顔をゆっくり近づける。
「じっとしてろ」
「えっ?」
これは我慢比べ。チキンレースだ。
それに、いつもからかわれている仕返しでもある。
まさか俺からくるとは思っていなかったのか、戸塚さんの瞳の奥には少しだけ動揺が見えた。
俺の唇が戸塚さんの唇に近づいていく。
さあ、どこで根を上げる!?
ゆっくりだが確実にその距離は縮まっている。
距離にして3cm程になった時、事態は動き出した。
戸塚さんが目を閉じたのだ。
俺は戸塚さんとチキンレースをして、勝つつもりでいた。
しかし戸塚さんが目を閉じ、俺との距離を測定するのを辞めたのだ。
こうなるともう、俺だけのチキンレースだ。
くそっ、俺の負けだ。
「俺の負け」
「私に勝とうなんて、100年早いよ~」
戸塚さんは目を開け、ニヤリと笑って俺達と反対側に座る鹿沼さんに背中から抱きついた。
鹿沼さんは膨れっ面で俺のことを睨みつけている。
「ごめんって~景」
戸塚さんは何やら謝っていた。
「なあ、羽切と戸塚さんってできてるの?」
一部始終を見ていた八木からの当然の質問。
「いや、できてない」
「じゃあ、さっきのは何?」
「対処法だよ」
「対処法?」
八木は理解不能という感じだ。
「あの変人の暴走止めないと、今日一日面倒くさいだろ?」
「まあ、それはわかる」
「だから戸塚さんの無理な要求をこっちから仕掛けて満足させたんだよ」
「な、なるほど……」
微妙に納得してくれたみたいだ。
「羽切、お前もだいぶ変人だぞ」
「は? どこが?」
「女子とキスしようとしたんだぞ? 普通はあんな事できない。」
確かにそうかもしれない。
俺は近い未来転校するという前提の行動が染み付いてしまっているにだろう。
だから大胆な行動ができるし、別に拒否られても構わないとまで思っている。
「だいぶネジ外れてるなお前。そこが面白いんだけどな」
そう言って八木は、再度朝食に向き合った。
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部屋に戻ると、私は美香を問いただした。
「ちょっと美香、アレはどういう事?」
「ただの冗談だって~」
「美香、顔赤い」
「え?」
美香は手鏡で自分の顔を確認する。
「あ、あっれ~? 突然のことで興奮しちゃったのかも~」
「そ、それに羽切君から顔近づけてたけど……もしかして羽切君は美香の事が――」
「それはないね~」
即否定された。
昨日、私は美香に羽切君の事が好きかもしれないと告白した。
そして告白した美香が羽切君とキスしそうになっていた。
それも羽切君から顔を近づけて。
「胸のあたり、ザワザワしてる~?」
「してる」
人生初のザワメキという感覚。
「景は本当に羽切君の事が好きなんだね~」
「鹿沼さんに好きな男子かー。私としてはちょっと複雑な気持ちかも」
「私も~」
昨日、美香に告白した際に桐谷さんも起きていたらしく、バレてしまっていた。
途中から桐谷さん含めて夜通し話した。
「さっきのはさ~、景を焚き付けるためにやったの」
「私を焚き付ける?」
「羽切君は合コンの時に3人の女子とチャットを交換したの。そして修学旅行が終わったら次に来るのは夏休みでしょ~? 早くしないと誰かに取られちゃうかもよ~?」
羽切君が誰かと付き合う?
人を好きになるという感覚を知らない彼が?
私も完全に理解しているわけではないが、この修学旅行でだいぶ成長した。
今の私よりも間違いなく彼はわかっていない。
「男子の場合は、恋愛感情のない体の関係から人を好きになる事も多いからね~」
「か、体の関係?」
「いわゆるセフレってやつ~」
また聞き慣れない言葉が出てきた。。
「何、ソレ?」
「セ○クスフレンド~!」
「せせせ、セ○クスフレンド!?」
ちょっと待って落ち着け私。
セ○クスってアレだよね、美香に教えてもらった男子と女子が裸で行う過激なヤツ。
あれを恋愛感情なしでやるの!?
そしてフレンドってどういう事!?
「あのね景、セフレっていうのは男子と女子がお互い性欲を満たすためだけにエッチする関係のことを言うの~」
「そ、そんな世界があったなんて……」
「景が募集したらすぐ男子集まるのに~」
「しないってば!」
男子は体の関係から恋愛感情に発展する事があるというのは良いことを聞いた。
羽切君に残された時間は残り5ヶ月。いや、私に残された時間と言った方が正しいかもしれない。
私は心のどこかで薄々感じていた。
本当の恋人になれるのは羽切君しかいないと。そして羽切君がいない3年間は耐えられないと。
あの日、羽切君のお母さんが言っていた。
自分について行かないとハッキリ言えるような彼女が出来たら、転校させないと。
人を好きになるのも、人を惚れさせるのも初体験。
私は残りの5ヶ月で羽切君を惚れさせたい。
そしてキャラじゃない、本当の恋人関係になりたい。
――私にできるかな?
そんな不安を抱えながらも、私は決意した。