【25話】 修学旅行⑦ (抜け出し)
俺達は今、真っ暗な押し入れの中にいる。
あまりスペースが大きくないので、3人で入ると窮屈だ。
結局あれから俺の下半身が収まる事が無く、それでも就寝時間で先生が来る可能性があったので一時的に避難した形だ。
アソコが棒のようになっていて走る事も出来ず、くの字のままゆっくり部屋を出るわけにもいかなかった。
それに、衣服が突起した男が女部屋から出てきた所を見られたらド変態の烙印を押されるだけじゃなく、鹿沼さんや戸塚さんにも迷惑をかける可能性があった。
それを避けるための避難。
「羽切君、まだ収まんないの~?」
「収まる気配もない」
「ねえねえ、さっきから何の話してるの?」
俺だけ避難すればよかったものの、何故か二人まで入ってきた。
先生が来ても、襖の扉を開けて中を見るだけなので布団の中に物を入れて寝てる風にすれば、ばれることはほぼない。
「さっきの景は刺激的だったもんね~」
鹿沼さんのあんな姿見たら、どんな男でもこうなる。
それにそれが10分以上引っ付いてたとなれば、尚更。
やばい、想像するだけで少し落ち着き始めてたモノがまたピークに達してしまう。
俺はチラリと鹿沼さんを見る。
すると、鹿沼さんもこちらを見ていたようで、目が合った。
さっきからずっとソワソワと体を動かし、落ち着きがない様子。
「どうした?」
「今更だけど、恥ずかしくて……」
それはそうだ。
いくら無意識だったとしても、思い返せばそうなる。
それが例えキャラで、恥ずかしさとかを捨てて割り切ってやったとしても、それを貫通してこみ上げてくるだろう。
「見つめ合っちゃって~、このまま自然とベッドインですか~?」
「ベッドインに“自然と”は無いだろ」
「いやいや~、体が自然と動くことってあるでしょ~?」
「……?」
俺が目をぱちくりしていると、戸塚さんは苦笑いして続けた。
「えっ、羽切君もそういう感覚わからないの?」
「正直、何言ってるかわからない」
「あちゃ~、景と同じか~」
確かにさっき、鹿沼さんを助けたときは半分無意識だった。
だけどそれは彼女を助けたいが一心だったから。
ベッドインする事があれば普通、問答してお互いの意思を確認してからだろう。何言ってんだこの人?
「まったく、二人は似た者同士だね~」
「そう……かな?」
「でも3年間一緒にいれば、いずれはわかる事だね~」
3年間一緒にいる……か。
戸塚さんは俺が半年後には転校してしまう事を知らない。
この関係が想像より早く終わるなんて事、夢にも思ってないだろう。
何だか忘れかけていた現実に戻された感覚だ。
もう一度鹿沼さんを見ると、どこか寂しそうにしていた。
俺が半年間でやってやれることは、彼女が発作を起こしたときに助けてやれることだけ。
彼女は俺がいなくなるまでに、発作が起きたときに対処できる人を作るべきだ。
そして現段階では戸塚さんが最有力候補だと思う。
そんな事を考えていると、俺の下半身も落ち着いた。
「そろそろ帰ろうかな」
「えー、もう帰っちゃうの~?」
「女子部屋にいる事ばれたらやばいだろ」
「夜はこれからなのに~」
戸塚さんが言うと全てそっち系に聞こえてくる。
俺が襖の取手に指を掛けようと手を伸ばしたら、鹿沼さんが俺の服を引っ張って制止した。
「確かに夜はこれからだね」
鹿沼さんまで何言ってんだか。
「ねえ羽切君、私外の空気吸いたいな」
振り返ると、鹿沼さんは悪戯っ子のような表情を浮かべていた。
「旅館、抜け出しちゃおっか」
どうやら夜はまだまだ続きそうだ。
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旅館を抜け出すという行為は非常に危険だ。
それにそんな簡単にはいかないだろう。
この部屋は階段までが遠いし、廊下は一本道だ。
時間もまだ22時30分頃で先生達も間違いなく起きている上に、もしかすると見張りがいるかもしれない。
そんな俺の不安を他所に、戸塚さんと鹿沼さんは計画を練っている。
計画と言っても、裏口がここにあったとか、廊下のここに隠れれる場所があるとかそういう類のもの。
3分程そんな会議が行われた。
「ほら景、服着てこなきゃ」
「そうだった」
戸塚さんがそう言うと、鹿沼さんは押入れから出て行った。
押し入れにいるのは俺と戸塚さんの二人っきり。
「羽切君、今ドキドキしてるでしょ~?」
「旅館を抜け出すなんて言うからな」
「その不安もあるかもだけど、顔は楽しそうって感じだよ~」
まぁ、少しは楽しそうという気持ちはある。
俺は今までまともな修学旅行を経験してこなかった。
今回はいつもと違って色んな経験が出来たし、旅館を抜け出すなんてことは修学旅行でしかできないイベントの一つだ。
「ちなみに、私は行かないから」
「……へ?」
「二人の時間を邪魔するわけにいかないし……それにそろそろ風花もイチャイチャしたいだろうし~?」
マジかよ。
ってか、今何て言った!?
「き、桐谷さんとイチャイチャって誰が?」
「私がだよ~」
女同士でイチャイチャ?
「羽切君には言っておこうかなと思って」
戸塚さんは俺の正面に体を移動させる。
「私ね、これなの」
そう言うと、戸塚さんは右手の親指と小指を立てて、胸に当てるという動作をした。
その手話の意味は――。
「あの体を独り占めに出来るなんて、羨ましいな~」
突然のカミングアウトに唖然としてしまった俺は、その発言に否定することもツッコミを入れることも出来なかった。
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「それじゃ、いこっか」
鹿沼さんは私服に着替え、俺は寝巻きを脱いで下に来ているTシャツ姿になった。
外に出たいようなので、鹿沼さんは靴を履き、俺は戸塚さんのクロックスを借りた。
時刻は22時45分。
廊下は薄暗くなっていたが、それでも十分に遠くまで視認できる。
俺達は廊下を出て、旅館の端の階段まで歩き始める。
「ドキドキするね」
鹿沼さんの言葉の通り、心臓の音がドキドキだ。
この先の階段まで行き、一階まで下りてから戸塚さんの言っていた裏口と言われる扉まで歩かなければならない。
足音が出ない様にすり足で歩いて10秒。
視界の先の階段に人影が見えた。
――やばい!
俺は鹿沼さんの手を握り、ちょうどあったトイレに隠れる。
しかし、その人影は2階ではなく3階に上がったようだった。この旅館の2階と3階は俺達の学校の生徒しかいないため、今の人影は見張りの先生である可能性は高い。
廊下に誰もいない事を確認して、まだ歩き出す。
階段まで何とか辿り着いた。
「羽切君楽しそう」
「なわけあるか」
「ニヤニヤしてるよ?」
「えっ?」
自分の表情を手で確かめてみる。
確かににやけている。
自分が思ってる以上に、この状況を楽しんでいたらしい。
鹿沼さんを見ると、こっちもニヤニヤしていた。
「お前もな」
そんな会話を挟んでいると、誰かが1階から駆け足で上がってくる音がした。
俺達は2階から3階に行く階段の壁に隠れる。
もしこの人物が2階の廊下ではなく、3階に上がろうとしているなら、発見されてしまう。
――2階に行け、2階に行け、2階に行け。
心の中で何度もそう願っていたのだが、その人物は2階の廊下を通り過ぎて、3階の階段に振り返った。
「アレ?」
――万事休す……か。
「羽切君じゃん、それに鹿沼さんも」
「え?」
見るとそこにいたのは、佐藤さんだった。
「なんでここにいるの?」
聞いたのは鹿沼さん。
「私達1階で寝泊まりしてるの」
そうだったのか、ビビった。
「それにしても……」
佐藤さんは俺達の手を見てニヤッと笑った。
緊張で気づかなかったが、トイレのところから手を握っていた。
「やっぱ、二人付き合ってるんじゃん」
「いや、これはその……」
何の言い訳も思いつかない。
そんな俺を見て、鹿沼さんが援護射撃した。
「佐藤さんは八木君のところに行くの?」
「うん、1回くらいは会わないとね」
「さっき誰か3階に上がってったから、気を付けたほうがいいよ」
「うん、ありがとう」
佐藤さんは結構積極的だな。
それにドジな所もあるから是非とも気を付けてほしい。
「二人はどこに行くの?」
「ちょっと外に」
「外!?」
佐藤さんは驚きに目を見開いた。
「私、鹿沼さんの事勘違いしてたかも」
「どういう事?」
「鹿沼さんのイメージって誰にでも優しく接する、おしとやかな女の子って感じだったんだけど……羽切君と一緒だとこんなにアツアツになれるんだね」
「アツアツ?」
「もう、恋する乙女って感じ」
確かに鹿沼さんの事をよく知らない人はそういうイメージがあるかもしれない。
だけど、関わっているとわかる。
おしとやかな中に悪戯っ子のような無邪気さがある。
「恋する……乙女?」
鹿沼さんは目をパチクリとした。
「羽切君とはそういう関係じゃないからね?」
「またまた~。その辺はまた今度話そっか」
そう言うと、佐藤さんは階段を上がっていった。
「気を付けて」
「そっちもな」
俺達も一階に降りる階段を下った。
佐藤さんが上がってこれたという事は、安全である可能性は高い。
それに1階は佐藤さんの学校の管轄なので、知っている先生はいないだろう。
1階に辿り着くと、5メートル程離れた場所に正面玄関があったが、それとは真逆の方へ歩いていく。
するとそこには戸塚さんが言っていた裏口に出れる扉があり、それを開ける。
裏口を出るとすぐに駐車場となっていた。
「ゴールだね」
「ああ」
意外にあっけなかったが、とりあえずたどり着けた。
空はもう暗くて、街灯のみが駐車場を照らしていた。
夜でも暖かい7月中旬の風を感じながら、息を大きく吸って吐く。
しばらく沈黙をしていると、遠くから誰かの声が聞こえた。
「よよいのYO~いだYO!」
見ると、駐車場にはタクシーが止まっていた。
まさかと思い、近づいてみる。
すると見覚えのある人物がタクシーの中で歌っていた。
「近所迷惑ですよ、運転手さん」
「うわああああああああっ!?」
いきなり声を掛けられて、びっくり仰天する人物。
その人物は俺達が3日間お世話になった運転手だった。
改筆する方が、新しく書くより難しいという現実……。