【22話】 修学旅行④ (奈良県)
修学旅行3日目が始まった。
今日は丸一日観光できる最後の日。
俺達は京都を離れ、今日は奈良県で一日観光する予定だ。
「僕、奈良に一度来てみたかったんだ」
旅館を出てタクシーで移動中、原田が言った。
「原田は中学時代の修学旅行どこだったの?」
「東京とか北海道とかだった」
「逆にスゲーな」
八木と原田の会話は中学時代に遡っていた。
修学旅行が東京や北海道という事は、原田は中学時代西日本側に住んでいた可能性が高い。
「ビームズファンっていうバンドが結構好きで――」
「ビームズファン!?」
反応したのは桐谷さん。
修学旅行なのに何故かベースを持ってきている。
「あんた、ビームズファン知ってんの?
「あ……はい、僕の好きなアニメの主題歌でして」
「まさか、『明日の朝は恋の朝』……か?」
「桐谷さん、アニメ好きだったんですか!?」
原田は仲間を見つけたかのように瞳を輝かせた。
「いや……あれ、ドラマもあるし……」
「あれを見るなんて、意外と乙女なんですね」
「だっ、だっ、誰が乙女じゃゴラァ?」
桐谷さんは少し怖い顔をしたが、原田は怯んでいなかった。
「たしか、ビームズファンは東大寺の大仏の前で演奏してましたよね」
「ああ、無許可で捕まったんだけどな」
「桐谷さんもそのために持ってきたんですか?」
桐谷さんは「うっ」という顔になった。
「風花捕まらないように気を付けなよ?」
戸塚さんが警告した。
「わーってるって、ただ記念撮影したかっただけ」
「奈良公園に着いたぞフォ~!」
外を見ると、一匹の鹿が歩いていた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「ちょ、ちょっと? どうなってるのコレ!?」
奈良公園に着くと、多くの鹿が寄ってきた。
ここから東大寺の大仏のいる場所まで徒歩で行く予定なのだが、俺達が歩くと鹿もずっと着いてきていた。
歩けば歩くほどその数も増えていき、遂には道幅全体が鹿で埋め尽くされるほどになってしまっていた。
「どうやら俺達の中にシカのボスがいるみたいだな」
「ボス!?」
「一人ずつ止まってみようか」
八木の提案により、一人ずつ止まって見ることにした。
「そんじゃ、俺から」
俺は止まってみる。
すると後から来る鹿達は俺をかわしながら前の5人に着いて行った。
それを見て、俺はまた集団に戻る。
「俺じゃない」
「じゃあ次は私ね~」
そう言うと、戸塚さんが止まる。
同じように鹿達に変化はない。
そんな事を5人やって、最後の一人が残った。
「わ、わたし?」
残されたのは鹿沼さん。
顔が引きつっている。
「まぁ、名前に鹿が入ってるし~?」
「試しに止まってみたら?」
俺含む5人はニヤニヤが止まらない。
これから鹿沼さんの身に何が起こるかわからないからこそ、想像してしまって口角が緩む。
鹿沼さんは止まる。
俺達は5メートル程先に進んでその様子をみる。
鹿達は俺達を追うことなく、止まった鹿沼さんを囲った。
そして服のあちこちをいじられ、仕舞にはスカートの中に鹿の頭が入っていった。
「ちょ、ちょ、ちょっと!?」
「ぷっははははっ、見てよあの焦り具合」
俺達は遠くから爆笑した。
「鹿沼さーん、シカは神様の使いですよー!」
原田もまたこの状況を楽しんでいる。
「そ、そんなの知ってるから助けてってば!」
鹿は鹿沼さんのスカートの下でお辞儀をぶんぶんするので、スカートがめくれまくってる。
それを必死に抑えようとしている姿は正直、面白い。
しばらく笑っていると、鹿沼さんは鹿の合間を縫って上手く出てきた。
こっちまで小走りで近寄り、ゼイゼイ呼吸を整えている。
「いやー、面白かった」
「景はシカに愛されてたね~」
「今のシーンがアニメにありそうでした」
「神の使いに愛される神により造られた私達……歌詞に使えそう」
「久々に心から笑ったわ」
そんな事をそれぞれが言うと、鹿沼さんは顔を上げた。
そして右手を俺達に見せるように同時に上げる。
「これ、神の使いさんの唾液」
見ると、右手にはべっちょりと粘着性のある液体がついていた。
「すごく臭くて、ねちょねちょなの」
鹿沼さんは少しづつ悪い顔になっていく。
その顔を見て、俺達は彼女が何をしようとしているのか気づき一斉に駆け出す。
「に、に、逃げろ~!!」
「待ちなさ~~い!」
神に怒られそうな鬼ごっこは東大寺の大仏の前まで続いた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
東大寺の大仏の前に来ると、桐谷さんと原田は興奮していた。
楽器がどうの、歌詞がどうの、ここにドラムが置いてあったやらなにやら。
そして桐谷さんはベースを構えだし、原田がその姿を撮影する。
逆に原田もベースを貸してもらい、桐谷さんに撮影される。
そんな事をしていたら警備員のような人が来て、今は何やら話している。
「これ、ちょっと面白いかも」
八木が指さしたのは、穴が開いた柱。
説明書もついているので、それが何なのかがわかる。
「大仏の鼻の穴の大きさらしいよこれ」
柱の穴は大仏の鼻の穴の大きさで、そこを通り抜ける体験ができるようだ。
「意外とおっきいんだね~」
大仏は確かに巨大だが、近くで見る鼻の大きさの穴を見ると大仏の大きさをより実感することが出来る。
八木はその穴に入る。
「あれっ、意外と狭い」
高校生くらいの体のサイズになると、やはり窮屈そうだ。
しかしそれでも這って出てきた。
「戸塚さんやってみたら?」
八木は少し汚れたワイシャツを払って言った。
「私はいいや~、景やってみたら~?」
「やる」
鹿沼さんはやる気満々だ。
穴の片方から入り、もう片方から出ようともがく。
しかしなかなか出てこれない。
そして体力が尽きたのか、一度動きを止めた。
「やばい、挟まったかも」
胸までは反対側に出ていて、お尻は入った側に出ている。
腰の骨盤の部分が通れないみたいだった。
「どうしよう」
対処法は簡単だ。
二人係で足を持って、元の場所に引っ張り出せばいい。
「羽切君、羽切君」
そう提案しようとしたら名前を呼ばれ、見るとニヤニヤ顔を緩めている戸塚さんが手招きしていた。
戸塚さんは俺の耳元に口を近づけて言う。
「めっちゃエロくない~?」
「お前なぁ……」
まったく、この人はずっとムラムラしているのか?
想像力豊かすぎて、逆に凄い。
「んじゃ景、悪い男にお尻見られないように気を付けなよ~?」
「えっ? どういう事?」
「そうだな、そんなんじゃ身動き取れないだろうから、やられ放題だな」
「ちょ、ちょっと!?」
俺達はそう言って、その場を離れる素振りを見せる。
鹿沼さんに背中を向け、3歩ほど歩いた後、再度振り返る。
「うっそ~ん」
すると鹿沼さんはふくれっ面になった。
唯一見守り役として柱に隠れていた八木もぷぷぷと笑っていた。
その後俺と八木で鹿沼さんの足を持ち、穴から引っ張り出した。
「ほら」
「ありがと」
穴から出てきた鹿沼さんが立ち上がるのを手を貸そうと俺は手を伸ばした。
掴んだ鹿沼さんの手は震えていた。
立ち上がった鹿沼さんは、スカートを自分の手で掃う。
そんな彼女に声を掛けた。
「大丈夫か?」
「うん」
「手の事だぞ」
鹿沼さんは何とも微妙な顔になった。
「ばれてた?」
「合コンの時からね」
「私の事よく見てるんだね」
そう言うと、彼女は薄っすら笑顔を浮かべた。
「あの日の事、トラウマになってるの?」
「まさか。もう2年も経つんだよ?」
「じゃあ……」
「大丈夫、羽切君は何も気にしなくて」
鹿沼さんは歩き出した。
「自分で何とかするから」
そんなセリフだけを残して。
その夜、彼女は壊れた。
まるであの日のように、体を震わして怯えていた。