【21話】 修学旅行➂ (伏見稲荷神社)
「おもかる石?」
千本鳥居と呼ばれる大量の鳥居を抜けたその先に「おもかる石」と書かれた二つの灯篭があった。
説明文にはこう書かれている。
『灯篭の前で願い事をして灯篭の頭(おもかる石)を持ち上げる。おもかる石が軽いと感じれば、その願いが叶う日が近く、重いと感じれば願いが叶う日は遠い』
「私、やってみようかな」
隣にいる鹿沼さんは二歩ほど前に出て、手を合わせる。
20秒ほど願い事を込めてから、おもかる石を両手で持ち上げようとする。
「ふん!」
鹿沼さんはプルプルと腕を震わせながら、限界まで石を持ち上げた。
そしてゆっくりと降ろす。
「めっちゃ重いんですけど!?」
「じゃあその願い事は厳しいのかもな」
「ええー?」
「厳しい願い事を叶えた方が、嬉しくないか?」
「確かに」
そう言うと、鹿沼さんは横にずれた。
「次、羽切君の番」
俺はおもかる石の前に立つ。
そして手を合わせ、目をつむる。
願い事は――。
「鹿沼さんが、3年間楽しめますように」
わざと声を出して願い事を言う。
すると隣で「えっ」と声が聞こえた。
目を開け、おもかる石に両手を添える。
そして持ち上げるふりをする。
「あ、あれ?持ち上がらない……」
「噓でしょ!? 私の3年間がかかってるんだから本気出してってば!」
20秒ほどそんなギャグをやった後、ひょいと持ち上げた。
思っていたより軽かった。
鹿沼さんに「ばか!」と小突かれたた。
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山頂が近かった。
俺は今も鹿沼さんと隣り合わせで歩いている。
戸塚さんと桐谷さんはぐんぐんと前に勝手に進んでしまうし、八木はぽっちゃり系の原田と歩いているので、だいぶ下の方にいるのだろう。
八木はクラスの同じ学年の男子の中でもかなり顔の広い奴だ。
だから班決めの時に原田を連れてきたときは少し意外に感じた。
もっと自分と仲が良い奴を連れてくると思っていたからだ。
だけど、八木は原田を選んだ。
多分原田が班決めで一人溢れると思ったんだろう。
原田は他クラスにはオタク友達がいるが、クラスにはいないのだ。
八木にはそういう優しさがあるのだと知った。
「羽切君」
そんな事を考えていると、鹿沼さんが話しかけてきた。
今日の気温はかなり暑く、更に一時間近く山道を歩いているので体が暑いし汗も出る。あの日みたいに熱中症になったとか言われたら、超大変だ。
「どうした?」
そう聞くと、鹿沼さんは歩みを止めた。
俺だけ3段ほど上に歩いたので、鹿沼さんを見下ろす形。
鹿沼さんも汗をかいていた。
「まさか熱中症か?」
「ううん、違う」
鹿沼さんは疲労でかしばらく下を見ていたが、顔を上げた。
「羽切君に、聞きたいことがあるの」
その目は泳いでいた。
俺は2段降りて、鹿沼さんの近くまで寄る。
「どうした?」
「あ……あのね、もし……もしもだよ? 羽切君がこれから転校しなくて良くなったとしたら、嬉しい?」
そんな事言われると思っていなかった俺は、少し動揺した。
そんなの考えなくても答えはわかっている。
「嬉しいよ」
「そっか」
「でも、そんなのはありえない」
「どうして?」
「俺は母さんが大事だからだ」
俺は転校生人生で辛い思いをしている。
友達も恋人も出来ず、ずっと孤独な感覚がついて来る。
だけど、母さんも辛いはずなんだ。
離婚して、転勤しまくって、金稼いで。
そうやって育てられてきた俺は、母さんと同等の苦しみを味わうべきだと思う。
「お母さん想いなんだね」
そう言うと、鹿沼さんはまた石段を登り始めた。
「お前はどうなんだ?」
俺より一段上がったところで鹿沼さんの足は止まり、振り返る。
「私?」
「転校しなくてよくなって、嬉しいか?」
意地悪な質問かもしれないけど、一応聞いてみた。
「嬉しいよ。だけど不安もある」
「不安?」
「3年間っていう時間を与えられたのが初めてだから、上手くやれなかったらどうしようって」
短期間で終わると思っていたからこそ、思い切ったことが出来る。
思い切ったことが出来るから、転校先で上手くやっていける。
ただ半年乗り切ればいいだけの関係は簡単に作れる。
鹿沼さんは3年間という時間をいきなり与えられて、慎重になっているみたいだ。
3年間の友達の作り方を知らないから。
とんでもないミスをすれば、まるであの学校のような事になるかもしれないと思っているのかもしれない。
たったの半年であんな強烈ないじめにあった彼女だからこそなのか、それとも俺も3年間という時間を与えられると慎重になってしまうのだろうか。
「あの学校みたいなことが3年間も続いたら……私、耐えられないから」
鹿沼さんは少し悲しい顔になった。
あの学校で起きたことは、多分他の学校では起こりえない特殊事例だと思う。
それでも彼女の人生が終わらされる瞬間はいくつもあった。
暴力で死んでしまっていたかもしれないし、裸を学校中にバラ撒まかされたかもしれない。もしかすると、耐えきれなくなって自殺していたかもしれない。
彼女がどれだけあの日の事をトラウマに思っているのか、俺にはわからない。
「別にゆっくりでもいいと思うよ」
彼女には時間がある。だから時間をかけてゆっくりと自分に合った人間関係を探して、育んでいくのがいいんじゃないだろうか。
「それは、3年間耐えるために?」
「そうじゃない」
転校が多かったせいか、彼女は学校生活を“耐える”事だと思い込んでるみたいだ。
だけどそれは根本から違うと思う。
「楽しむためだ」
「楽しむ……」
悲しそうだった彼女の表情が少し晴れた気がした。
「どうせ1度きりの高校生活だ。ゆっくりでもいいから楽しんだ方がいい」
「羽切君って、何歳年上だっけ?」
「同い年だ」
「にしては、オジサンみたいなことを言うんだね」
鹿沼さんは悪戯に笑った。
その表情を見ると、何故だか俺の心臓が一拍大きく鳴る。
「景は――」
「あれれ? ナル君からの恋人キャラ初めてじゃない?」
「う、うるさい」
「耳赤くなってるよ?」
「嘘つくな」
「本当だってば」
鹿沼さんは先程とは違って、楽しそうだ。
俺達はまた隣同士で歩き出した。山頂までそう遠くはない。
「さっき、何言いかけたの?」
「内緒」
「告白でもしようとしたのかな~?」
「好きだぞ景」
「もう少し感情こめて?」
「恥ずかしいから嫌だ」
「ナル君から始めた事だよ?」
鹿沼さんの要求がどんどんエスカレートしている気がする。
それでも鹿沼さんは楽しそうなので、乗らないわけにはいかないのだが。
俺は鹿沼さんの左手を掴んだ。
鹿沼さんは突然手を掴まれてびっくりしたのか「ふぇ!?」と変な声が漏れてこちらを向く。
そして目をしっかり見て言う。
「好きだ」
3秒ほど見つめていると、鹿沼さんは耐えられなくなったのかパッと目を逸らした。
しばらく沈黙が続いていると、後ろから歩いてきた老夫婦が「あらあら~、若いっていいわね~」と追い越していった。
「満足?」
何も反応が無いので、こっちから聞いてみた
「悔しいけど、満足」
「なら良かった」
久々の恋人キャラは山頂まで続いた。
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そして夜、鹿沼さんは本当の告白をされた。
したのは隣のクラスの男子。
サッカー部の中でもかなりの実力者でイケメン。
鹿沼さんはやっぱり男子から人気だ。
それは本来喜ばしい事だと思うのだが、当の本人は好意の目にまだ苦手意識があるらしい。
やはりいじめの影響はいつまで経っても治らないのかもしれない。
「結果はどうかな~?」
戸塚さんが問いかけてきた。
「見りゃわかるだろ」
俺達は空き部屋の襖の隙間から、中を覗いている。
中には鹿沼さんとサッカー部男子。
この空き部屋に鹿沼さんが呼びだされたらしいという戸塚さんからの報告により、ここにいる。
「告白の現場を覗き見るのって何か興奮するよね~」
「戸塚さんの性癖に俺を巻き込まないで」
「えー? 告白に失敗した男子が諦めきれなくて、その場で好きな子を襲っちゃうとかエロくない~?」
「ちょっとエロいかも」
「でしょ~?」
しかしそんな事が現実に起きるわけがなく、サッカー部男子は膝から崩れ落ちている。
それがこの告白タイムの結果がどうだったかを表している。
俺は告白の結果よりも、鹿沼さんの容体の方が心配でここに来た。
ここからだと後ろ姿しか見えないが、明らかに手が震えている。
合コンで「デートに誘われた」と言っていた時も震えていたように。
鹿沼さんのトラウマは今でも消えていないみたいだった。