【19話】 修学旅行① (到着)
俺達は京都駅に着いた。
今回の修学旅行は3泊4日で班行動が基本。
最終的に17時までに旅館に戻ってさえいれば、どこへ行くのも自由だ。
ただし事前に行く場所は班で決めたので、基本ルートは決まっているが。
移動は電車ではなく、班ごとに貸切りの大型タクシーに乗って移動する。
俺達は京都駅について一度クラスで集合した後、大型駐車場に向かった。
そこには番号のついたジャンボタクシーが何十台も止まっており、自分達の指定された大型タクシーで3泊4日移動する事になる。
全員分の荷物を荷台に乗せた後、乗車。
そして鹿沼さんが運転手に行き先を伝えようと前のめりになる。
しかしそれよりも先に運転手はこちらを振り向いた。
「YO!YO! 君たちどこ行くのぉ?」
「とりあえずですね、銀閣寺までお願いします」
俺達の運転手は怪しい陽気なラッパーだった。
しかし何事もないように鹿沼さんが返答するので、車内の全員が苦笑いした。
鹿沼さんはキョロキョロと皆の顔を見渡して「えっ、何?」と困惑している。
ラッパー運転手は出鼻を挫かれたようで、微妙な顔をしている。
しかしさすがラッパー、すぐに気持ちを切り替え言った。
「りょうかーい、出発しんこーう?」
いやいや、全然韻踏めてないぞこの人。
大丈夫かな。
俺達を乗せたタクシーはスゥーと動き出した。
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「景ってさ、本当に何事も動じないタイプだよね~」
銀閣寺に向かう車内の中、戸塚さんが口を開いた。
新幹線の中でずっと寝ていたので、凄く元気そうだ。
いや、いつも元気か。
「そうかな?」
「そうだよお嬢ちゃん! 君みたいな子、初めてフォ~!」
「運転手さん銀閣寺まで後何分フォ~?」
「後10分フォ~!」
ラッパー運転手と戸塚さんは意気投合しているようだ。
どっちも陽キャっぽい雰囲気あるし無理もないか。
それにしても、ラッパーじゃなくてハードゲイ(芸人)になっちゃったよこの人。
俺は外の懐かしい景色に視線を動かした。
空気も雰囲気も全部が懐かしく感じる。
多分、人生で一番大変だった時期だったからだと思う。
あの学校で必死に生きる事だけを考えていた。
そのせいで傷つけてしまった人もいたけれど、したこともない殴り合いの喧嘩だとか
を率先していた時期。
そういえばろくに観光なんてしたことが無かったな。
今回の修学旅行は落ち着いて観光が出来そうだ。
「羽切君は京都に来た事あるの~?」
戸塚さんは振り返って言った。
「どうして?」
「なーんか、いつもより雰囲気出てるっていうか~?」
「雰囲気?」
「ちょっぴり怖いかも~?」
戸塚さんは本当に鋭い人だ。
合コンの時匂いを嗅ぎ当ててきたり、とんでもなく五感が優れているように感じる。
自分がピリピリしていた自覚は無かったが、一度深呼吸をする。
今はあの時とは違うんだ。
「羽切が怖い?」
左隣に座る八木とその更に隣に座る原田が俺を見る。
更に前に座る、女子3人も振り返って俺を見た。
「ちょっと恥ずかしいんですけど!?」
「別に普通じゃない?」
桐谷さんが言った。
「景はどう思う~?」
「うーん……」
振り返っている鹿沼さんと目が合う。
「いつも通り……かっこいいよ?」
鹿沼さんは悪戯に笑った。
「かっこいい!?」
他の3人が一斉に声を上げた。
「なんちゃって」
運転席からの「青春フォー!」という声だけがだいぶ遅れて聞こえた。
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今日は修学旅行初日という事で、銀閣寺・金閣寺・清水寺の三大名所巡りをした。
移動がタクシーだっただけあって、体力的はかなり余っている。
夜に枕投げでもして体力を消耗しておかないと寝れないかもしれない。
「羽切、実は相談があるんだ」
旅館に帰り、男子の風呂の時間。
大浴場に浸かっていると、八木は何やらオドオドしながら言った。
「どうした?」
聞き返すと八木は少し間をおいて、口を開いた。
「実は未央が……」
八木の彼女、佐藤未央。
もしかして別れ話でも聞かされるのか?
それとも、男と歩いていたのを見たという話だろうか。
修学旅行なんだから男と歩く事だって……。
ここで思い出した、彼女は女子高に所属している。
「未央がこの旅館にいる」
「……は?」
「どこに?」
「隣の旅館……」
この旅館は3階建てだ。
1階がロビーで女子が2階で寝泊まりし、3階は男子。
そして同じ形の旅館が隣にもある。
俺達のいる旅館の2階の廊下を更に奥まで行くと、隣の旅館に入る事が可能だ。
そしてあっち側の旅館には佐藤さんの女子高が寝泊まりしているという事。
「だから何?」
恐る恐る聞いてみる。
すると、八木は俺の方に近づいてきて言う。
「夜、会いに行こうと思う」
八木はまるで泥棒が宝石を取りに行くかのような目つきに変わっていた。
「お前……本気か?」
「ああ、誰にも言うなよ?」
「ばれたら、マジでヤバいぞ?」
あっちは女子高。
女子しかいない高校。
女子しかいない旅館の女子しかいない部屋に夜中忍び込むという行為のリスクは計り知れない。
「わ、わかってんよ」
八木はお湯につかっているはずなのに、身震いした。
これがばれたら、怒られるじゃすまされないと思う。
最悪、退学……。
それに簡単にはいかない。
階段は旅館の中央にあり、俺達の部屋は3階の一番端だ。
つまり、中央階段まで行き2階まで下りてそこから3倍以上ある廊下を渡らなければならない。
当然、先生は定期的に見張りに来るし、2階で女子に会ったらその時点でゲームオーバーの可能性だってある。
「……本気なのか?」
「あ、あ、当たり前だろ!?」
八木の声は声が裏返っていた。
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夜の1時30分。
「羽切、起きてるか?」
「ああ」
先生の見回りは30分ほど前を最後に来ていない。
どうやら八木は今から決行するらしい。
隣を見ると、原田は寝ていた。
結構遅くまでアニメを見ていたのだが、寝落ちしたらしい。
「行くぞ」
「再確認なんだけど、俺は何で行くわけ?」
「一人で行くのは心細いだろ?」
「なんじゃそりゃ」
「2階の白線まででいいからさ」
「しょうがないな」
俺と八木は襖をゆっくりと横にあけ、廊下を見る。
人の気配は全くない。
ゆっくりと廊下に出て、すり足で中央階段へ向かう。
中央階段にもやはり誰もいなかった。
そして女子のいる2階へ降りる。
降りてすぐに壁に貼りつき、廊下の左右を確認する。
誰もいない。
あれ?
実は余裕なのでは?
と思えてきた。
俺達は廊下を右に曲がる。
後はこの廊下を直進するだけだ。
左右には襖の扉が並んでおり、そこを空ければ女子達が寝ている。
そう思うと開けてみたい気持ちも少しあったが、抑える。
そしてすぐに白線のある場所が見え、
「羽切、サンキューな」
と八木が小走りしていく。
その途端、俺の右側の襖が横にゆっくりと開いた。
俺の心臓は大きく脈打った。
ゆっくりと襖を開けた人物を見る。
そこに立っていたのは、桐谷さんだった。
目を大きく開けて、苦笑いを超えてまるで宇宙人に出合ったかのように口元を歪ませていた。
俺は釈明しようと口を開い――。
「お前ら! 何してんだ!」
廊下に響く、怒声。
前を小走りする八木の歩みもピタリと止まった。
恐る恐る振り返ると、そこにはおっかない顔をした体育教師。
襖がピシャリと閉まった。
もう20話!?
間違えて、20話にしていただけでした笑。
次回は20話です!