【16話】 いじめ②
一週間、学校に行けなかった。
この一週間、ベッドの上からろくに動けず、ご飯も喉を通らなかった。
食事とトイレ以外の時間は、カーテンの閉め切った真っ暗な部屋で布団に包まり毎日が過ぎるのを待っていた。
学校には体調不良と伝えてあるので、何か連絡が来ることもなかった。
一週間が経つと、家のインターホンを鳴らす人もいなくなった。
転校するまで残り約3カ月。
これから3カ月間学校を休むわけにはいかない。
そう思い、私は重い体を起こし学校に行く準備をした。
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朝早くに学校に着くと、教室には誰もいなかった。
一週間休んでいたので、精神的にもだいぶ安定していた。
休んでいる間に一つ決心したことがある。それは不良男子の遊びの誘いに絶対に乗らないというもの。
私は押しに弱いが、これだけは絶対に拒否し続けると心に決めたのだ。
転校まで残り約3カ月。
たったの3カ月耐えればいいだけなのだ。
私は自分の席にかばんを置き、保健室に向かった。
そして保健室の扉を開いた。
その瞬間、心臓が跳ね上がった。
朝早くの保健室に不良男子が一人、丸椅子に座っていた。
「ん?」
こちらを振り向いた男子は羽切君だった。
頭には白い包帯を巻いており、顔や首も傷だらけだ。
滅菌ガーゼや絆創膏が不細工に顔に貼りついている。
多分自分で貼り付けたのだろう。絆創膏のゴミやら使った後のガーゼなどが散乱していた。
私は硬直した。
彼の事は中学1年生の時から知っている。
けど一度も話したことないし、あの時とは違って今や学校内でも有名なヤバい不良男子なのだ。
「あのさ」
扉を開けて突っ立てる私に声を掛けてきた。
「これ、貼ってくんね?」
困ったような表情でガーゼを差し出してきた。
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「こういうのは、消毒してから貼るんですよ」
私は羽切君の目の前に座り、彼の傷を治している。
傷ついた場所を消毒液を付けたガーゼで拭き、その後に絆創膏か新しいガーゼを貼る。
その作業を拳から始めて、今は顔の傷を診てあげている。
彼はずっと私から視線を外さないので、一瞬でも彼をみると目が合う。
ずっと見られていて、すごく怖い。
彼の悪い噂は色々聞いているし、目を付けられたくなかった。
「お前、大丈夫か?」
「えっ?」
危険人物から発せられたとは思えない言葉に手が止まった。
「顔色悪いぞ」
「そうですか?」
「それに、髪もカサカサ」
一週間のストレスは癒えていないようだった。
「大丈夫です」
今できる精一杯の笑顔で返した。
彼にも出来るだけ優しくする事は大事だ。
「その顔、やめろ」
「……えっ?」
「お前、自分の立場わかってる?」
さーっと血の気が引いた。
「ごめんなさい」
俯き、謝る。
転校初日に乱闘騒ぎを起こすような人だ。
彼は何をしだすかわからない。
「何に謝ってるの?」
「羽切君の気に障るような表情をしました」
私がそう言うと、羽切君は立ち上がり保健室のドアに鍵をかけた。
彼のとった行為に、私は恐怖で体が震え始めた。
彼は戻ってきて、私の前に立つ。
そして私の胸倉を掴んで、強制的に立たせた。
「このままだとお前、イジメられるぞ?」
震える唇をどうにか開いて、言葉を発する。
「それは羽切君が私をイジメるという事でしょうか」
「そうじゃない」
「じゃあどういう……」
羽切君は私の胸倉から手を離した。
「女子だ」
「女子?」
「この学校の不良女子にお前は目を付けられてる」
確かに先週、不良女子に調子に乗ってると言われた。
その時、胸にざわざわした何かを感じたのを憶えている。
それが何かはわからなかったが。
「それは……どうしてでしょうか」
「お前が不良男子に優しくしすぎたのが原因だ」
「どうして男子に優しくすると、女子にイジメられるんですか?」
「本当にわからねえの?」
「……はい」
「お前、男を知らねえな?」
「……はい」
私は人を好きになった事が無い。
もちろん、付き合ったことも。
だから彼の論理が理解できなかった。
「お前は男子の怪我を治し続け、優しく接し、明るい笑顔まで浮かべてる。こんな学校でだ」
その行動は全部、私自身を守るためのもの。
「それを続けられた男子の中には、お前に好意を抱き始めた奴らまで現れた」
「私に?」
「男子ってのは自分に優しい女子に弱いんだ。特に不良男子はな」
へー。
「気づいてなかったのか?」
「……はい」
少し前から不良男子が私に向けていた目の正体は、好意の目だったのか。
「お前は多くの男子から遊びに誘われ始めている」
「どうしてそこまで知ってるんですか?」
「噂になってる」
「そうですか」
「女子はその噂を聞いて、お前をどう思うだろうな?」
「遊びに誘われているのに、拒否し続ける冷たい女……ですか?」
「学校ではおしとやかで男子に優しく接しているが、裏では遊びまくってる裏表の激しい淫乱な女……だ」
「……へ?」
いやいやいや、それはおかしい。
私は全ての誘いを拒否している。
「噂の中に、お前が拒否し続けているという部分は入っていないんだ」
「なん……で」
「誘いはしたけど拒否されたなんて男子のプライドが傷つくだろ?」
だから流さない……か。
「それだけじゃない。お前が2組の先輩と歩いていたとか、夜中に男子の家に入るのを見たとかそういう類の噂も流れてる」
「……」
気づくと、指先まで冷たくなっていた。
「もう一度聞くけど、大丈夫か?」
今はただ、噂が流れているだけ。
噂なんてものはただ流れているだけで、実際に実害が出るのとは別問題だ。
まずは不良男子の誘いを徹底的に断る事。
それと不良男子に明るい表情は見せない事。
そして、不良女子とは関わらない事。
「大丈夫です」
「あっそ」
羽切君は保健室の扉を開けた。
「何かあったら、全てを捨てて全力で、だ」
それだけ言って、彼は出ていった。
それがどういう意味なのか、私には分からなかった。
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「あっれ~? 鹿沼さんじゃん?」
5限が終わり、6限の教室移動の最中に声を掛けられた。
振り返ると、不良女子5人組。
先週と同じメンバー。
「一週間も休んでたんだ?」
「は、はい。体調がすぐれなくて」
「違うでしょ? 男と遊びまくってたんでしょ?」
「ち、違います!」
クスクスと5人組は笑っている。
「あなたの家にいっぱい男来たでしょ」
心の中で「えっ?」と声が漏れた。
「あれ、私達が送り込んだの」
心臓がドクンと鳴った。
その言葉を聞いた途端に、恐ろしくなった。
まるで動物の潜在的な弱肉強食の本能のように。
私はうさぎで彼女らはオオカミ。
捕食者と被食者の関係になったかのように。
「そういうの、辞めてくれませんか?」
震える体を必死に抑えて、言った。
すると彼女は私に近づき、顔を覗き込んだ。
「アンタ、やっぱムカつく」
彼女は私の髪の毛をグッと掴む。
「ちょっと来い」
私は抵抗できず、真っ暗な空き教室に連れ込まれた。
そして彼女らは、私をボコボコにした。