表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/122

【13話】 一学期(母親②)

「それで、景ちゃん」

「はい」

「息子について教えてほしいの」

「はい?」



 遡る事月曜日。

 私は羽切君の家で、彼のお母さんを前にしている。

 一泊しかしていないという嘘が早々にばれ、怒られるのかと思っていたのだが、そうじゃないらしい。

 


「私も羽切君についてはよくわかってません」

「3泊4日の仲なのに?」

「それについては、事情がありまして……」



 鍵を無くしたという事を説明する。

 


「ふーん」



 3拍4日した理由について、この人は興味がないらしい。



「それで、一緒に寝たんだ?」

「寝て……ません」

「あれー?顔が赤くなってきたね?」

「ち、違います!」

「それに、ベッドが少し湿ってたし」

「……ッ! それは、氷が解けたからですっ!」



 この人はどうしてもそっちの話に持っていきたいらしい。

 無論、そういう事はしていない。

 確かに朝方2度同じ布団に入っていたが、あれは事故のようなもの。



「赤くなってかっわいい~」



 羽切君のお母さんは上機嫌だ。

 


「こんな可愛い子襲わないなんて、うちの子も馬鹿ね」

「羽切君はそういう事しません」

「年頃の二人が三泊四日もしたら、普通はそういう事になると思うけど」



 そうなの?

 経験が無いからわからない。

 


「それで、どうして成がそういう事しないと思うの?」



 羽切君のお母さんは、少し真剣な表情になった。

 

 

「それは……」

 

 

 私は少し迷った。

 本当に言っていいのか。

 私と彼は同類だと思う。

 だけど、彼の事を完全に理解しているわけじゃない。

 あくまで自分を彼に当てはめているだけ。

 だから、今ここで母親に伝えようとしているのは、羽切君の事ではなくて私自身の事。

 

 

「彼は……親密な関係を望んでません」



 私もそうだったように。



「だから、親友も彼女もいないと思います」

「そうね、童貞でしょうね」



 童貞……って何?



「で、どうしてそういう性格になったと思う?」



 なんて言おう。

 それが転校が多かったのが原因なのは明白。

 だけど、それは転校が原因ですって言うのは、あなたが原因ですって言うようなもの。

 昔、母親と学校の話になった時に、この種の話題で口論になったことがある。

 羽切君のお母さんにそれを言って、怒られたらどうしよう……。



「景ちゃん、私怒らないわよ?」



 私の心を読んだのか、そんな事を言ってくる。

 私は覚悟を決める。



「そ……それは……」



 グッとこぶしを握り締め、言う。



「あなたが原因ですっ!」

「ワオ!」



 アレ?

 私なんて言った?

 それは多すぎる転校が原因って言ったよね……?



「私が原因かー」

「ち、ち、違います!言い間違いです!」

「いいの、いいの、わかってたんだから」



 羽切君のお母さんはにっこにっこだ。

 それが逆に怖い。

 


「原因は転校が多かった事。そしてそれがこの先も続くと思ってるから……でしょ?」

「……はい」



 うんうん、と羽切君のお母さんは頷いている。



「景ちゃんは、彼氏とかいるの?」

「えっ、私?」

「あなたも転校が多かったんでしょう?それでも親友や彼氏がいるなら、うちの息子の原因は転校じゃないと思うの」

「私も……いない……です」

「なら確定ね」



 羽切君のお母さんは、ふぅとため息を一つした。

 何かを考えている。

 考え事をするときに、瞼が半開きになるのが羽切君によく似ている。

 


「実はね、また転勤する事になりそうなの」



 ドクンと大きく心臓が鳴った。

 私の事じゃないのに、心臓の鼓動が早くなる。

 


「まだ先の事なんだけどね?」

「いつでしょうか……?」

「気になる?」

「……はい」



 心臓の鼓動が極限までスピードを上げる。

 


「半年後の12月30日――」



 半年後……。

 まだ先だ。

 何故か、少しほっとした自分がいた。

 


「イギリスに」

「イギリス!?」



 心臓に穴が開いたかのようだった。

 多分、彼が転校した後、二度と会う事はないんだろう。

 それが何故か寂しくて。

 

 

「景ちゃん」

「……はい」

「大丈夫?」

「……はい」

 

 

「成は私に付いて来ると思う」



 羽切君のお母さんは、微笑んだ。



「何だかんだ親想いで優しい子だからね」

「そうですよね……」



「でももし、私に付いて行かないと言えるくらい大切な人が出来たのなら、成を置いて行こうとも思ってるの」



 ――大切な人。



「それは、本人に伝えるんですか?」

「伝えたら、嘘の彼女を作るかもしれないでしょ?」

「彼ならやりかねないですね」



 私とお母さんは共に苦笑いした。



「だからね景ちゃん、チャンスはあるのよ?」

「……どういう意味ですか?」

「あなたが成を惚れさせるって手もあるって事」

「わ、私が!?」


 

 それは無理だと思う。

 私は異性を好きになるって感情がわからない。

 羽切君も同じようなことを言っていた。

 そんな人を惚れさせる方法なんて、あるのかな。



 そもそも、羽切君は転校を楽しんでるかもしれない。

 今度、彼に聞いてみようと思う。


 

 そんな事を考えてると、羽切君のお母さんは立ち上がった。



「景ちゃん、この話は内緒ね?」

「わかりました」

「私が来たことも、内緒で」

「了解しました。もう帰っちゃうんですか?」

「私がいないほうが、いいと思うし」



 そう言うと、玄関まで歩いて行った。

 私もお見送りの為に、玄関に行く。



「あっ、それと」



 羽切君のお母さんが玄関から出て、振り返った。



「ゴムはちゃんと着けるように」



 それだけ言い残し、玄関が閉まった。



 ……ゴム?



 それが何のことを指しているのか、私にはわからなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ