【13話】 一学期(母親②)
「それで、景ちゃん」
「はい」
「息子について教えてほしいの」
「はい?」
遡る事月曜日。
私は羽切君の家で、彼のお母さんを前にしている。
一泊しかしていないという嘘が早々にばれ、怒られるのかと思っていたのだが、そうじゃないらしい。
「私も羽切君についてはよくわかってません」
「3泊4日の仲なのに?」
「それについては、事情がありまして……」
鍵を無くしたという事を説明する。
「ふーん」
3拍4日した理由について、この人は興味がないらしい。
「それで、一緒に寝たんだ?」
「寝て……ません」
「あれー?顔が赤くなってきたね?」
「ち、違います!」
「それに、ベッドが少し湿ってたし」
「……ッ! それは、氷が解けたからですっ!」
この人はどうしてもそっちの話に持っていきたいらしい。
無論、そういう事はしていない。
確かに朝方2度同じ布団に入っていたが、あれは事故のようなもの。
「赤くなってかっわいい~」
羽切君のお母さんは上機嫌だ。
「こんな可愛い子襲わないなんて、うちの子も馬鹿ね」
「羽切君はそういう事しません」
「年頃の二人が三泊四日もしたら、普通はそういう事になると思うけど」
そうなの?
経験が無いからわからない。
「それで、どうして成がそういう事しないと思うの?」
羽切君のお母さんは、少し真剣な表情になった。
「それは……」
私は少し迷った。
本当に言っていいのか。
私と彼は同類だと思う。
だけど、彼の事を完全に理解しているわけじゃない。
あくまで自分を彼に当てはめているだけ。
だから、今ここで母親に伝えようとしているのは、羽切君の事ではなくて私自身の事。
「彼は……親密な関係を望んでません」
私もそうだったように。
「だから、親友も彼女もいないと思います」
「そうね、童貞でしょうね」
童貞……って何?
「で、どうしてそういう性格になったと思う?」
なんて言おう。
それが転校が多かったのが原因なのは明白。
だけど、それは転校が原因ですって言うのは、あなたが原因ですって言うようなもの。
昔、母親と学校の話になった時に、この種の話題で口論になったことがある。
羽切君のお母さんにそれを言って、怒られたらどうしよう……。
「景ちゃん、私怒らないわよ?」
私の心を読んだのか、そんな事を言ってくる。
私は覚悟を決める。
「そ……それは……」
グッとこぶしを握り締め、言う。
「あなたが原因ですっ!」
「ワオ!」
アレ?
私なんて言った?
それは多すぎる転校が原因って言ったよね……?
「私が原因かー」
「ち、ち、違います!言い間違いです!」
「いいの、いいの、わかってたんだから」
羽切君のお母さんはにっこにっこだ。
それが逆に怖い。
「原因は転校が多かった事。そしてそれがこの先も続くと思ってるから……でしょ?」
「……はい」
うんうん、と羽切君のお母さんは頷いている。
「景ちゃんは、彼氏とかいるの?」
「えっ、私?」
「あなたも転校が多かったんでしょう?それでも親友や彼氏がいるなら、うちの息子の原因は転校じゃないと思うの」
「私も……いない……です」
「なら確定ね」
羽切君のお母さんは、ふぅとため息を一つした。
何かを考えている。
考え事をするときに、瞼が半開きになるのが羽切君によく似ている。
「実はね、また転勤する事になりそうなの」
ドクンと大きく心臓が鳴った。
私の事じゃないのに、心臓の鼓動が早くなる。
「まだ先の事なんだけどね?」
「いつでしょうか……?」
「気になる?」
「……はい」
心臓の鼓動が極限までスピードを上げる。
「半年後の12月30日――」
半年後……。
まだ先だ。
何故か、少しほっとした自分がいた。
「イギリスに」
「イギリス!?」
心臓に穴が開いたかのようだった。
多分、彼が転校した後、二度と会う事はないんだろう。
それが何故か寂しくて。
「景ちゃん」
「……はい」
「大丈夫?」
「……はい」
「成は私に付いて来ると思う」
羽切君のお母さんは、微笑んだ。
「何だかんだ親想いで優しい子だからね」
「そうですよね……」
「でももし、私に付いて行かないと言えるくらい大切な人が出来たのなら、成を置いて行こうとも思ってるの」
――大切な人。
「それは、本人に伝えるんですか?」
「伝えたら、嘘の彼女を作るかもしれないでしょ?」
「彼ならやりかねないですね」
私とお母さんは共に苦笑いした。
「だからね景ちゃん、チャンスはあるのよ?」
「……どういう意味ですか?」
「あなたが成を惚れさせるって手もあるって事」
「わ、私が!?」
それは無理だと思う。
私は異性を好きになるって感情がわからない。
羽切君も同じようなことを言っていた。
そんな人を惚れさせる方法なんて、あるのかな。
そもそも、羽切君は転校を楽しんでるかもしれない。
今度、彼に聞いてみようと思う。
そんな事を考えてると、羽切君のお母さんは立ち上がった。
「景ちゃん、この話は内緒ね?」
「わかりました」
「私が来たことも、内緒で」
「了解しました。もう帰っちゃうんですか?」
「私がいないほうが、いいと思うし」
そう言うと、玄関まで歩いて行った。
私もお見送りの為に、玄関に行く。
「あっ、それと」
羽切君のお母さんが玄関から出て、振り返った。
「ゴムはちゃんと着けるように」
それだけ言い残し、玄関が閉まった。
……ゴム?
それが何のことを指しているのか、私にはわからなかった。