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 お婆ちゃんとお爺ちゃんの顔は覚えていたが、会うのが久々すぎて何か恥ずかしい気分だった。

 ここは畑だらけの超田舎で、この家は昔ながらの大きな家。

 何もかもが昔の生活って感じがしたけど、流石に火の周りは現代的になっていて、IHコンロや電子レンジ、電気ポット等、電気が使われている。

 家自体が木製だし、火が付いたら一瞬にして全焼だろうしその方が良い。

 多分だが母さんが変えさせたんだと思う。



「暑っつ」



 しかしそんな内装をしているのにも関わらず、お風呂だけはあまり変わっていない。

 というのも俺が今入っているのは一般的なタイルに囲まれたお風呂でも、温泉のように石で囲まれた湯船でもなく、木製の五右衛門風呂なのだから。

 五右衛門風呂とは、釜戸に据え付けた鋳鉄製の風呂釜を、下から薪などで焚いてお湯を沸かすタイプのもので、かの有名な石川五右衛門が極刑されたときに使われた風呂の事だ。

 もちろん昔みたいに底を火で炙って湯を温めているわけではなく、一般的な家にある給湯器がちゃんとあってそこの「湯沸かし」ボタンを押すとお湯が下の方から出てくるというタイプ。

 


 ここまでするなら現代風にしろよとは思ったが、どうやらその準備も進めているらしく、今風の風呂のカタログなどが風呂場にたくさん置いてある。

 超田舎という事もあってそういう工事するのも時間と金がかかるのかもしれない。



 湯気を外に出す為なのか壁には穴が開いていて、そこから大雪が降っているのが見えて凄くきれいだ。

 昔の人はこの窮屈なお風呂に入りながらこういう外の景色を見て一日の疲れを流していたのだと思うと感慨深いものがある。

 そんな事を思いながら肩まで浸かっていると、後ろでギィィという音とともに誰かが入ってきた気配がした。

 ペチャペチャと小さな足音で近づくその人物はお爺ちゃんだろう。

 そういえば小学校低学年の時、この風呂で俺と絵麻とお爺ちゃんでよくお風呂に入ってたっけな。

 流石に絵麻はもう中3だし一緒には入れないけど。


 

「きゃっ!」



 俺がそう思った束の間、女の悲鳴とピタン!という肉が打ち付けられた音が聞こえてドキッと心臓が跳ねた。

 


 ……いや、まさかな。



 恐る恐る振り返ると、まさかの光景。

 妹の絵麻が地面に尻もちをついて「いたたた」と痛がっていて、体を巻いていたタオルが体からズルズルとずり落ちて体の上半身が俺の視界に飛び込んできた。



 実の妹の裸体。

 女性らしくなった骨格と肉の付いた体、小ぶりながらも膨らんだ胸。

 

 

 実の妹だからかその体を見ても何も感じないかと思っていたけど、全然そんな事はなかった。

 妹だろうが異性として意識するし、それが例え血のつながった兄弟でも体つきの違いは興奮剤になっていまう。

 それに長年、俺らは離れて生活してたから妹とはいえ妹という認識がまだ薄い。

 名誉を守るためにもすぐに目をそらして後ろを向き、何事もなかったかのように声をかける。



「誰?」

「私」

「何で入ってくるんだよ」

「だってぇ……気まずいんだもん」

「あのな、俺達もう高1と中3だぞ。兄妹とはいえ男女だし、こっちの方が気まずいと思わなかったのか?」

「はあ? まさか妹の私を女として見てるわけじゃないでしょうね?」

「見てるにきまってんだろ」

「きっっっしょ!」



 なんだか俺だけが異性として意識してるって言われているような気がして少し頭に来たので、勢いよく立ち上がって振り返ってやった。

 絵麻は既にタオルで体を隠した状態で座っていて、驚いたような視線で俺の顔を見た後、視線が下に移動して俺のイチモツを確認すると、ゆっくりとした動作で固形石鹸を手に取った。

 俺が思っていた反応と違ったので困惑していると、予備動作なしで固形石鹸が投げられ、偶然なのか狙ってなのか俺のイチモツに直撃した。



「おうっ!」



 激痛で変な声が出て、そのまましゃがみ込む。

 


「気持ち悪いもん見せんな!」

「やっぱ意識してんじゃねえか......」

「してない」

「してなかったら無反応だっつうの......」

「あっち向いて。体洗うから」

「あい......」



 先に出ようかと思ったけど、アソコが痛くて動けなかった。

 俺は後ろを向いて外の雪を眺めて下半身の痛みが治まるのを待つ。



「詰めてくれない?」



 しばらくすると後ろで作業が終わったのか、一瞬静かになった後、おかしな事を言い出した。



「まさか入るの?」

「寒いんだから早くしてよ」

「振り返ってもOK?」

「OK」



 振り返るとタオルを身に纏った絵麻。

 この五右衛門風呂は超狭いから二人入るには正面を向いた状態で脚の位置を工夫しないと無理だ。

 俺が隅に詰めると絵麻が入ってきた。

 俺の脚は絵麻の股の間にあって、絵麻の脚も俺の股の間にある。

 視線を上げると絵麻は「はぁぁ」と肩までお湯に浸かってゆったりし始める。

 しかしすぐに「タオル邪魔」と言って水の中でモゾモゾと動きタオルを水面から出して丸めた状態で手に持った。

 つまりこれは同じ狭いお湯の中で絵麻は全裸になったということになる。


 

「少しでもその視線が下に向いたら殴るから」

「理不尽すぎん?」

「なーんちゃって」

「なんちゃって?」

「こんなの持ってきたんだよね」

 


 ニヤリと笑った絵麻は、丸めたタオルの中から何やら緑色の固形物を取り出した。

 しゅぅぅぅという反応を既に起こているそれはまさしく入浴剤。

 すぐに絵麻は俺との間にわざと高い位置から落としてお湯の中に入れると、すぐさまお湯が緑色に変色して水の中が見えなくなった。

 これで体を見られる事なくゆっくりと入ることが出来るというわけだ。

 


 会話もなくただただ温まる。

 するとまたギィィという音が聞こえ、見ると全裸の母さんが入ってきた。



「あらあら、仲良しなのね」

「母さん……絵麻もう中3だぞ。親として止めろよ」

「別にいいじゃない。妹に発情はしないでしょう?」

「お母さん、お兄ちゃん私を女として見てるみたいなの」

「はえー、思春期の男子は妹でもそういう目で見ちゃうのねぇ」

「女は女だからな」

「じゃあお母さんの体でも発情するのかしら?」



 まるでグラビアアイドルの写真撮影のように右手を後頭部に当ててた状態で背筋をピンと伸ばし、グラマーなポーズをとる母さん。

 体全部が見えているが、やっぱりこっちではピクリとも動かない。

 母親というのもあるし、年齢的にも俺からしたらおばさんだからってのもあるかもしれないが、同じ女である事には変わりないのに不思議なものだ。

 


「母さんじゃあ無理だな」

「うーわ。お兄ちゃん最低」

「逆にいけたら気持ち悪すぎるだろ」

「絵麻のは興味あるのに?」

「別に絵麻の体に興味を示してるわけじゃないからな。年齢が近い女の体に興味があるってだけ。だから一緒にこういう場にいちゃいけないんだよ。言っておくが絵麻と行為したいなんて微塵も思ってないからな勘違いするなよ」

「本当かなー?」



 そんなこと考えてたら流石に気持ちが悪い。



「詰めて詰めて」



 体を洗い終えた母さんが五右衛門風呂に片足を突っ込んでくる。



「三人は流石に無理だって!」

「いけるいける」



 絵麻と肩がぶつかりながらスペースを作ると、母さんは無理やり押し込んで入ってくる。

 お湯がかなり溢れて、ぎゅうぎゅうだが三人入ることができた。

 緑色のお湯の中では脚が絡みまくっていてもはや誰が誰のかもわからない。



「大きくなった子供達とお風呂に入るの、お母さんの夢だったのよ」

「叶ったね」

「嬉しいわ」



 小さな五右衛門風呂に家族三人。

 母さんは微笑み、久々に見るその母親の表情に俺と絵麻は一度視線を交わして苦笑いした。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 合コンも終わり夜の道を十月先輩と歩いているが、何も会話がなくて気まずい雰囲気だ。

 十月先輩の横顔はまだ機嫌が悪そうで、怒っているようにも見える。

 目的地のアパートに着くと私は十月先輩と一緒に階段を上がる。

 そして一番手前の扉の前まで行くと、ガチャリと勝手に開いた。



「今日はありがとうー。また来るから」

「はい。連絡くれればいつでも」



 そんな会話が聞こえ、中から出てきたのは大学生っぽい綺麗な女性。

 すれ違いざまに私達をチラッと見て去っていく。

 十月先輩は閉じかけている扉に手を入れて阻止し、再度大きく開くと玄関には雄図先輩が立っていた。



「芽衣さん......それに鹿沼さん」



 雄図先輩が色んな女と関係を持ってる事は知っている。

 しかし今このタイミングで出会うなんて最悪だ。

 ただでさえ十月先輩は機嫌が悪いし、好きな人が他の女を連れ込んでいたなんて現場を見てしまうなんて……。

 恐る恐る十月先輩を見ると、無表情。

 瞳も感情が無くなっていて、それがまた恐ろしい。



「あの、これ」



 私はカバンから封筒を取り出し雄図先輩に渡す。

 


「これは?」

「弁償の10万円です」

「あー。確かに受け取りました」

「そ、それじゃあ私はこれで」



 私の目的は達成した。

 合コン会場から家まで帰るときに雄図先輩のアパートの近くを通るので寄ったのだが、まさか機嫌が悪い十月先輩も一緒になるとは思わなかった。

 さっさと逃げるようにして離れ、途中で振り返ると十月先輩が家の中に入って扉が閉まった瞬間が見えた。



 あの二人はなんていうか……歪な関係だ。

 十月先輩は雄図先輩が好きだけど、雄図先輩は十月先輩だけじゃなくて他の色んな女性がいて、十月先輩もそれを認識している。

 好きな人が他の女と遊んでたり体を重ねたりしているのを知っていて、どうして十月先輩はそれを受け入れられるのだろうか。

 私には全く理解できない。



 階段を下りると、さっき雄図先輩の部屋から出て来た女性がたばこを吸って立っていた。

 私は軽く会釈をして通り過ぎ、帰り道を歩き始める。



 結局、羽切君は来てくれなかった。

 勇気出して招待状を渡したのに、あんな伝言残して亀野君に譲渡しちゃうなんて本当にひどい人。

 まあ......羽切君からしたら転校まで一ヶ月切ってるタイミングで合コンに行く事自体、何のメリットもないし当然の判断っちゃ当然か。



 はぁ......と心の奥底からため息を吐くと空気が白く濁った。

 気づいたらもう12月。

 街灯に照らされた静かな道をただ歩いているとどこか寂しさが込み上げてくる。



 このまま家に帰っても何もない。

 羽切君が遊びに来る事も、一緒にご飯作って雑談しながら食べる事も、ソファーで一緒にテレビを見て笑う事も。

 不思議なもので家に一人でいるよりも羽切君と一緒にいた方が安心できたし、今思えば家族みたいな感覚だった。



 それが今はない。

 静かな家に虚しく響くテレビの音に一言も声を発する事なく食べるご飯。

 前の生活に戻っただけなのに今では苦痛に感じて、最近は夜までバイトを入れて帰らないようにしてる。

 あの楽しかった日々を思い出すと喪失感と寂しさでおかしくなりそうだったから。



 家に帰ると時刻は20時10分になっていた。

 私は制服を脱ぎ、お風呂に入って、パジャマに着替え、歯を磨いて寝る準備を整える。

 すると時刻は21時ちょうど。

 今日は合コン中に色んな物を食べて来たから晩御飯を作らなくて済んだし、洗うものも無いしで結構時間があまった。

 この暇な時間が今の私には苦痛で、どうしようかと悩んでいるとスマホがピカッと光る。

 見ると絵麻ちゃんからのインスタDMがポップアップしていた。



「鹿沼さん今どこにいる?」

「家だけど」



 返信するとすぐにまたピコンと返信がきた。



「じゃあさ、今からお兄ちゃんの家に行って欲しいんだよね」



 ドクンと心臓が跳ねた。

 絵麻ちゃんは今の私と羽切君の現状が分かっていないから仕方がないけど、もう私達は家を行き来するような関係じゃない。

 


「流石にこの時間は迷惑だと思う」

「大丈夫。お兄ちゃん今家にいないから」

「えっ、でも......」

「確認したい事があるの。大至急。お願い!」


 

 羽切君は今家にいないらしい。

 確かに家の電気がついてなかったし、まだ帰ってないのかもしれない。

 でも、そうだとしても入る事は許されない。

 


「一分で終わるから!」



 私が返事を迷っていると絵麻ちゃんから続けてDMが飛んできた。 

 一分。

 それならバレずに用事を済ませられそう。



「分かった。でも何を確認したいの?」

「それは入ってから」



 うーん、本当は入る前に教えて欲しい。

 私からすれば一秒でもあの家から退散しないといつ羽切君が帰ってくるか分からないのだから。

 もし途中で帰ってきて家の中に私がいたらもう地獄のような空気が待ってるに違いないだろうし。



 羽切君の家の鍵を手に持って家を出ると、猛烈な寒さが体を襲った。

 私は今、もふもふの長袖パジャマにズボンで中はパンツ以外ブラを含めて何も着ていない。



 寒すぎて震える手で慌てて鍵穴に鍵を刺しドアを開けて中に入る。

 家の中は真っ暗で、しかしながらなぜか暖かくなっていた。 

 これはつまり暖房をつけて家を出たということになり、そんなに遠くには行っていない事を示している。



 私はすぐにリビングに向かい絵麻ちゃんに家に入ったというDMを送る。

 しかし絵麻ちゃんからの返事が遅い。

 いつ帰ってくるか分からない恐怖感にソワソワしているとパチッと小さく火花が散ったような音が鳴った。

 そしてーー。



「鹿っ沼さん」

「うわあああっ!?」



 突然声が聞こえて心臓が跳ねた。

 真っ暗なリビングに人はいない。

 なのに名前を呼ばれた。



「あははははっ。驚いた?」

「え、絵麻ちゃん? どこにいるの!?」

「上だよ上」

「上?」



 顔を上げるとリビングの天井の角に緑色の光が見えた。

 部屋の明かりを付けるとそこには小さいカメラ。



「やっほー。可愛いパジャマだね」

「絵麻ちゃん、それより用事を早く済ませたいんだけど。羽切君が帰ってくる前に」

「大丈夫だって。お兄ちゃん、今私の隣で寝てるから」

「えっ」

「お婆ちゃんの家に家族で来てまーす」

「ちょっと待って。でも暖房ついてるよ?」

「まさにそれを確認して欲しかったの。ここから遠隔で暖房つけたんだけど、ちゃんと起動してるかなって」

「そ、そうなんだ」

「ごめんね、お手数かけて」

「ううん、大丈夫だよ」

「鹿沼さん、またいつか遊ぼうよ」

「またこっちこれるの?」

「近いうちに行けると思う」

「わかった。その時、一緒に遊びに行こっか」

「やったぁ!」

「それじゃあ、私帰るね」

「うん。ありがとー!」



 予想外な角度での会話を終えると、カメラの緑色の光が赤に変わった。

 これはカメラがOFFになったという事だろう。

 ところでどうしてカメラが設置されているのだろうか。

 これから羽切君は転校してこの家は会社の別の人の社宅になるのに、今になってエアコンの遠隔操作の動作確認なんて気にしているのも変だ。

 しばらく考えてみたが結論は出ない。



 諦めて久々に入った羽切君の家を見渡す。

 冬仕様の厚めの青いカーテンに地面にはコタツ。

 地面に敷いてあるカーペットもふかふかの温かめのやつに変わっていて、羽切君と仲良く家事をしていた時とは全く違う雰囲気になっている。

 家の電気を消し帰ろうするが、もしかしたらこれがこの家に来る最後なのかもしれないと思ってもう少し居座る事にした。

 真っ暗なリビングで目を瞑って空気を深く吸うと羽切家のニオイがして、この家での日々が脳内に流れる。

 


 しばらくして目を開けるとそこには真っ暗で静かな虚無感溢れる現実。

 私は導かれるように羽切君の部屋へと入り、扉を閉める。

 羽切君の部屋も冬用の青いカーテンに変わっていて、布団も大きい羽毛布団になっていた。

 


 羽切君の部屋に私は一人ぼっち。

 家族でお婆ちゃん家に行っているという情報から羽切君も千尋さんも今日は絶対に帰ってこない。

 そこまで考えると、邪な考えが脳裏によぎって心臓が跳ねた。



 こんな事、しちゃいけない。

 頭でそう分かっていても、したらどうなるんだろうっていう好奇心に体を制御することが出来なかった。

 私はパジャマの前面にあるファスナーを掴んで一番下まで下ろし、その場で脱ぎ捨てる。

 ブラを付けていないから上半身はすっぽんぽん。次にズボンもその場で脱いで下半身はパンツ一枚の姿になる。

 悪い事をしている背徳感だとか裸になった羞恥心だとかでグングン気持ちが昂っていき、裸の状態で羽切君のベッドにのぼって布団の中に入った。


 

 冷気を帯びて冷たくなっているシーツと布団が直に私の体に触れて寒いが、それ以上に自分のしてしまっている事に興奮してドキドキしてしまう。

 耳まで届く心臓の音に耳を傾けながら膝を丸めてしばらく小さくなっていると徐々に布団の中が温かくなってくて薄く汗もかきはじめた。



 私……どうしちゃったんだろう。

 いくらこの家に私一人という状況だからってこんな事するなんてどうかしてる。

 ここは羽切君という男の人の毎日寝てる場所で、そんな場所に自分から裸になって入り込んで興奮してる私は変態としか思えない。

 

 

 もしかして私って変態なのかな……?

 

 

 いや、落ち着いて。

 私はただ興味があったからこういう行動に出ただけ。

 で、でも……少なくとも男の人の家だって事は知ってたわけだし、そこで裸になろうと考えること自体おかしなことで……ましてや行動に移すなんて普通ならやらないはずで……。

 自分が変態ではないという結論へ着地しようと必死に思考を巡らせるが、結局無理だった。

 目を閉じ、布団を顔に押し当てると羽切君のニオイがして、安心で体が弛緩して頭がフワフワし始める。



 ――こんな事してるって羽切君が知ったら、どう思うのかな……。


 

 合コンで疲れてしまったのか何度もスッと意識が途切れるが、流石に一晩こんな姿で寝るのはダメだと意識を戻す。

 しかし暑くなった布団の中から出られず、気づいたら寝てしまっていた。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 15年ぶりに返ってきた実家。

 隣には娘の絵麻が寝ていて、その更に奥には息子の成が寝ている。

 そんな寝室で私が釘付けになっているのはスマホ。

 その画面には成の家に設置されたカメラの映像が映されていて、景ちゃんが成のベッドの寝ている。



 昨日の夜、すごい光景を見てしまった。

 なんとなく成の部屋にあるカメラを起動したらそこには何故か景ちゃんがいて、自ら裸になって成のベッドの中へと潜りこんでいったのだ。

 昨日は思春期の影響で性欲に抗えないんだろうとほのぼのとして見ていたのだが、菜々美が身近にいない今、注意した方がいいのではないかという親の気持ちも出てきていて、一晩経った今は複雑な気持ちへと変化している。

 

 

 思えば私は思春期の娘を育てたことがない。

 実の娘である絵麻は今まさに思春期ではあるけど、長年育てたのは父親の方だし私は小学生までしか面倒を見ていないから何が正解か分からない。

 こういう時は自分が育てられた時の事を思い出してそれを元に育てるのが通常だと思うが、私が思春期の頃はもう20年以上も前で、その時どんな育てられ方をしたのかなんて覚えてないしどうするのがベストなのか……。



 色々考えた結果、私はスマホに表示されたマイクのボタンをタップする。

 すると画面の右上に接続マークが現れ、画面の下の方には音量の横軸が出た。

 


 私が高校生だった時と、今の高校生では時代が違う。

 今の時代は私が今使っているような小型カメラがあったり、ほぼ全員がインターネットやSNSを使っていたりと何かと便利になった反面、危険が多い。

 特にSNSで拡散された動画や画像は一生残るし、これから一生かけて肩身の狭い人生を送る事になる可能性だってある。

 普通の高校生なら自分には関係ない事だと一蹴するかもしれないけど、景ちゃんはその恐怖感を理解してるはずだ。



「景ちゃん、起きなさい」



 私はスマホに向けて呼びかけた。

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



「景ちゃん起きなさい」



 どこか遠くで名前を呼ばれた気がして目を覚ますと、窓の外に鳥のようなものが飛んでいった影が見えた。

 物凄く深い眠りだったため体が軽いが、頭はまだちゃんと動いてなくてボーッとしている。

 その状態で体を起こすと、温かい風が体を吹き抜けてブルっと震えた。



「景ちゃん、おはよう」

「おはょ......ござぃます」



 目を瞑ったままタジタジな朝の挨拶を返す。



「景ちゃんのおっぱい、見えてるわよ」

「おっぱぃ?」



 目を薄く開けて自分を見下ろすと、確かに自分の胸があった。

 あれ......私なんで裸なんだっけ。

 昨日は合コンがあって雄図先輩の家に行って、帰ってきてそれからーー。

 一つ一つ記憶を辿っていって思い出した瞬間、私は布団を掴んで瞬時に胸を隠した。

 そして恥ずかしさよりもこんな事をしてるのを見れてしまったという罪悪感に蝕まれ、身の毛がよだつ感覚に襲われた。

 周りを見渡すと、扉の横にある羽切君の机の上にリビングと同じカメラが置かれていて、こちらを向いている。


 

「これは......違うんです!」

「何が違うのかしら?」

「えっと......それはですね......」



 必死に言い訳を考えるが思いつかない。

 だから私は黙って千尋さんの次の言葉を待つ事しか出来なくなった。

 エアコンの音だけが部屋に響いていて、久々に怒られてるという感覚を感じて怖くなる。



「景ちゃん」

「......はい」

「エッチな事に興味があるのは仕方がない事。だけど場所を考えなさい。もしこの家に来た成の友達がこのカメラに自分のスマホを接続してて、昨日の景ちゃんを録画してたら大変な事よ? あっという間にクラスや学校中にあなたの裸が拡散されるかもしれないし、そうじゃなくてもそれで脅されるかもしれない」

「……」

「過去に同じ経験をしたことがある景ちゃんならその怖さ、わかるでしょう?」



 確かにその通りだ。

 今はもうトラウマや発作は無いにしてもあの時の恐怖感は残り続けている。



「私のイジメの事……知ってるんですね」

「当然でしょう。あの写真と動画の削除要請に私も協力したもの。話は聞いてるわ」

「え......削除要請? 何の事ですか?」

「……へ?」

「えっと……」

「あっ、とっ、とにかくね。こういう事はプライベートな空間でやりなさいって注意したかったのよ」

「すいませんでした。気を付けます」

「じゃ、じゃあご飯の準備しなきゃだからまたね」

「はい」



 緑色の光が赤に変わり、一人ぼっちになる。

 ところで削除要請って何のことだろう。

 なんだか千尋さん凄く動揺していたし……。

 


 私はベッドから降りて、地面に落ちているパジャマを着た。

 そして最後になるかもしれない部屋を見渡してから家に帰る事にした。

 

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