【12話】 一学期(合コン②)
続きです。
合コンが終わり、他学校の人達とは解散した。
解散後にカラオケボックスに残っているのは、俺、八木、鹿沼さん、戸塚さん、佐藤さんの5人。
八木と佐藤さんはそれぞれ箱を持っている。
その箱の中には、今回合コンに参加した全員の“希望の紙”が入っている。
希望の紙とは、それぞれが気になった人の名前を書いて、投票するというもの。
男子は八木の持つ箱に、女子は佐藤さんが持つ箱に投票する。
そして解散した後、それぞれの幹事が開票し、男女でお互いの名前を書いた人たちには後でその旨をチャットで伝える。
その後の事は本人たちに任せるらしい。
つまり、これからは幹事二人による開票。
当然俺達が覗き見ることは許されないので、俺と戸塚さんと鹿沼さんは二人と離れたところに座っている。
俺達は、戸塚さんを中心に、右側が俺で左側に鹿沼さんという位置関係。
「景は誰の名前書いたの~?」
戸塚さんが鹿沼さんに質問した。
「私は……内緒」
「内緒って事は、誰かの名前を書いたってことだよね~?」
「えっ、だって書かないとダメなんでしょ?」
「気になる人がい・た・ら、書いてくださいだから書かなくてもいいんだよ~?」
鹿沼さんは「えっ」という表情になった。
どうやら誰かの名前を書いたらしい。
誰かの名前を書いてしまった以上、鹿沼さんとその男子は何らかの繋がりを持つことになるだろう。
何せ男子のほとんどが鹿沼さん狙いだったからだ。
「羽切君は~?」
絶対来ると思ってた。
「俺は白紙」
「え~、つまんな~い」
そう言うと、戸塚さんは机に置いてあったオレンジジュースをチューチュー飲み始める。
「お目にかかる女子いなかったのか?」
遠くから八木が声を掛けてきた。
まだ二人は開票をしておらず、リラックスしている。
「まあな、でも結構楽しかったよ」
「そりゃ何より」
「にしても鹿沼さんが参加してくれるとは思ってなかったよ」
八木の隣に座る佐藤さんが微笑みながらこちらを見ていた。
「俺がジャンピング土下座して頼んだんだ」
「それも凄いけど……鹿沼さんって、彼氏いるんでしょ?」
「……は?」
カラオケボックスで驚いた声を上げたのは、八木だけだった。
「いやいや、マジ?」
目が点になった八木が、佐藤さんを見る。
これはまずいことになった。
「うん。先週の土曜日に、男子の腕に物凄く密着して歩いてたのを見た」
この話題が出た時の対策として、密着していたのは俺の妹だったと言うつもりだったのだが、まさか俺の名前を隠して逆に鹿沼さんが密着していたという話題が佐藤さんの口から出るとは思っていなかった。
これでは鹿沼さんが即興で言い訳を考えるしかない。
「鹿沼さんマジで彼氏いるの!? 男子の中じゃ噂になってたんだけど、マジだったの!?」
カラオケボックスが静まり返る。
鹿沼さん以外の全員がその返答に耳を傾けているからだ。
俺は極力誰の目も合わないようにしていたのだが、隣の戸塚さんがグイグイ肘で俺のわき腹を押してくる。
「彼氏は――」
どっちを言うつもりだ!?
「います」
放たれた嘘の解答。
その言葉に真っ先に飛びついたのはやはり八木。
「誰誰誰誰誰誰っ!?」
興奮しまくりの八木を佐藤さんが制止する。
「浩平、興奮しすぎ」
「だってよ、これ大ニュースだぞ?」
「鹿沼さんも一人の女の子って事、忘れてない?」
「逆に何で皆、そんな落ち着いてられるんだ?」
佐藤さんは立ち上がって、八木の前に立つ。
俺らからは背中しか見えないが、どういうわけか効果抜群のようで、八木が彼女を見上げると少し大人しくなった。
「鹿沼さんに彼氏がいたら何か問題があるの?」
「……いえ、アリマセン」
佐藤さんは再度八木の横に座りなおす。
八木の表情は歪んでいた。
「そ、それで……誰なんでしょうか?」
八木は再度、落ち着いて口を開いた。
「それは――」
ゴクリと喉を鳴らす。
「言えません!」
「なんで~~~!?」
八木はカラオケボックスのソファーから転げ落ちる。
「未央は知ってるんだろ?教えてくれよ~」
「ダーメ、鹿沼さんがいいって言うまでは」
「そんな~~~~!」
八木は尚もダダをこねる。
しかし、佐藤さんの「怒るよ?」の一声でまたシュンと静まった。
「それより、開票しないと」
そう言うと、佐藤さんは開票しだす。
一枚一枚“希望の紙”を見ていき、ある一枚でぴたりと動きを止めて微笑んだ。
そんな佐藤さんと一瞬目が合ったが、すぐに逸らす。
後にわかった事だが、この時佐藤さんは鹿沼さんの“希望の紙”を握りつぶしてポケットに隠したらしい。
「景、顔真っ赤だよ~?」
見ると戸塚さんの言う通り、鹿沼さんは赤くなっていた。
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「なんで彼氏がいるなんて嘘ついたんだ?」
合コンが終わり、俺達は帰路についている。
少し暗くなった空の下で、俺と鹿沼さんは並行して歩いている。
「あの状況で“彼氏はいない”って言ったら、佐藤さんは羽切君の名前を出すと思ったから」
確かに俺の名前が出ていたと思う。
「俺の名前が出てたとしても、そもそも一緒に歩いてた事実なんて無いって言っちゃえばよかったんじゃないか?証拠もないわけだし」
「でもそうしたら、佐藤さんを傷つけちゃうと思ったの」
「傷つける?」
「私達の中じゃ、佐藤さんだけ別の学校でしょ? 学校が違うってだけで壁を作っちゃったら、佐藤さんと八木君との関係も亀裂が入っちゃう可能性もあるのかなって」
なるほど、そういう解釈もできるのか。
でも佐藤さんは佐藤さんで自分の学校に友達がいるだろうし、グループもあるだろう。
だからそこまで気にする必要もないような気がするけど。
「優しいんだな」
「それに、秘密を握った女子を怒らせると後々とんでもない事しでかす人もいるから」
「まるで経験済みみたいな言い方だな」
鹿沼さんは速足で俺の前を歩き、振り返った。
「ナル君、手つなごっか」
「恋人キャラにハマってるの?」
「いいじゃん、ほら」
そう言うと、鹿沼さんは右手を差し出してきた。
「しょうがないな」
俺はその手を握り、走った。
「ほら、行くぞ景!」
「待ってよナル君!」
少し冷たい風を浴びながら、俺達は夜道を全力疾走した。