【116】
長いな。
最近、一話一話長くてすいません。
ガシャン!
という音と同時に足元にガラスの破片が散らばった。
真下を見ると抹茶ラテとココアが交わって溜まりになっていて、あちらこちらに緑と茶の液体が飛び散っている。
「失礼しました!」
私は咄嗟にお客様にお詫びをし、近くにあるモップを取って地面の掃除を始める。
幸いにも今は閉店間近でお客さんも二人しかいない。
だけど店のカップと商品を台無しにしてしまった責任は重く、今週に一度それで怒られたばっかりだ。
「大丈夫?」
肩をトントンと叩かれて振り返ると、王さんが心配そうな表情で私を見ていた。
「またやらかしちゃいました」
ぎこちない笑顔でそう返すと、王さんは私の持つモップを両手で掴んだ。
「掃除よりも先に商品をお客様に提供しなきゃダメでしょ。あっちは待ってるんだから」
「あっ、そうでした……」
「大丈夫じゃないね。今日はもうあがってもいいよ」
「でも私まだ30分ありますけど」
「鹿沼さん、最近疲れてるみたいだし休んだ方がいいって」
「じゃあ最後に落としちゃったのを提供してから……」
「それも大丈夫。店長がやってくれるし、鹿沼さん体調悪いから先に帰らせるって言ってあるから」
「そうですか」
「うん、だから着替えて帰りな」
「わかりました……」
なんだか邪魔な私を排除しようとしているような感じがした。
実際邪魔だし、仕方がない事か。
私はキッチンにいる店長に一度目配せしてから更衣室へと戻り、着替える前に椅子に座った。
今週に入ってから何もかも上手くいかない。
前までの自分と違ってミスも多いし、楽しかったことも楽しめなくなっている。
夜も寝れなくて睡眠不足だし、生理予定日も今日で三日も過ぎた。
何でこうなっているかはわかってる。
先週末、デパートでたまたま見てしまった羽切君とクリストファーさんのキス。
私以外の女子と唇を重ねて見つめ合っていたあの光景が脳裏に焼き付いていて離れないのだ。
そしてその後のクリストファーさんからの「羽切君を貰って良いか」という質問に私は動揺して思わず「勝手にすれば」と答えてしまった。
その返答にも後悔していて、無理にでもダメと言うべきだったと悔やんでいる。
そういったストレスで頭も体も重く、正常に動かない。
羽切君との関係は終わりに向かっていたけど、どこか細い糸で繋がっていると思っていた。
私とのキスや楽しかった思い出。
そういうので細く繋ぎ止めていたとか思っていたのに、それは私だけで羽切君は特に何にも思って無かったのかもしれない。
そういうネガティブな思考がどんどんと噴出してきて、更に蝕んでいく。
私は羽切君の事、よく知ってると思ってたけど今はもう何を考えてるか分からなくなっている。
これは私と羽切君との間に出来た溝が確実に深くなっているという証拠で、しかしながらその溝を埋める手段はもう無い。
時計を見ると時刻は19時20分。
私のシフトは後20分残っているから着替えるわけにはいかない。
そんな事を思って椅子に座っていると、トントンとドアを叩く音が聞こえた。
「鹿沼さん、今いいかな?」
「はい」
私が答えると中に入って来たのは店長。
三日前にも私はカップを割ってしまい、怒られたばかりで肩身が狭い。
ちなみにこの店のメニューは夏がパフェ屋で冬がカフェ屋となっている。
「あの……ごめんなさい」
「分かってると思うけど、商品を一つ落とされると利益が半分になっちゃう。それに新しいカップ費用も掛かる」
「弁償します......」
「弁償はしなくていいから、早く前の鹿沼さんに戻ってほしいんだ」
「分かりました......次のシフトまでになんとかします」
「お願いね」
店長はそう言うと脱衣所から出て行く。
私はシフトの終わりを待った後、着替えて家に帰る事にした。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「はぁ……」
心の底からの溜息を吐くと、息が白くなった。
もう11月中旬だし夜になるとだいぶ冷える。
「鹿沼さん?」
暗くなった道をトボトボと歩いていると、声をかけられた。
顔を上げてその人物を見ると、ダッフルコートに身を包んだ十月先輩。
私より二つ上の先輩で、私服はもっと大人に見える。
「十月先輩、この辺に住んでるんですか?」
「違う違う。友達の家に遊びに行く所」
「こんな遅くに?」
「うん。いつも勉強教えてて、大体そのまま泊まって次の日一緒に学校に行くって感じかな」
「仲良いんですね」
「まあね......そうだ、鹿沼さんも来る?」
「それは流石に邪魔になっちゃいますよ」
「いやいや、一年生の範囲とか鹿沼さんが教えた方がタイムリーだしあいつも喜ぶんじゃないかな」
「アイツ......?」
「それに鹿沼さん凄い悩んでる顔してたし、先輩がお悩み相談にも応じちゃうぞ?」
今私の中にある大きな悩みを本当に打ち明けていいのか正直迷う。
羽切君が好きで色んな事してきたけど少しづつ関係が離れて行って、先週別の女子とキスをしていたところを目撃したなんて悩み、まるで私が失恋したみたいな話じゃないか。
そんな現状を話すのは恥ずかしいし、情けない。
「あっ」
拒否しようとしたが、十月先輩は何も言わずに私の手を取って歩き出した。
このまま家に帰ってもアルバイトでのミスの罪悪感と羽切君の事でまともな精神ではいられないだろうし、それならば人といた方がいい。
そう思い冷たい風を顔面に受けながら流されるままついて行く。
辿り着いたのは二階建てのアパート。
外見は古く見えるけど、外壁や屋根の色、階段などは新しくしたようで見栄えは悪くない。
しかし……。
「その友達って家族で住んでるんですよね?」
「一人暮らしだよ?」
「えっ」
女子高生が一人暮らしするにはセキュリティー的にも見栄え的にも変。
って、それ以前の問題だ。
てっきり一軒家かマンションの一室で家族と暮らしていて、泊まりに行くことを家族に伝えたうえで出迎えられると思っていた。
私や羽切君もほとんど一人暮らしだけど、それでも定期的に親が帰ってくる。
しかしアパートで一人暮らしという事は恐らくそういう感じではなく、100%自分一人で生活しているという事になる。
学校の所有している寮とかだったらまだわかるけど、普通のアパートって高校生としては異常な事では?
私は何か変な事に巻き込まれてるんじゃないかと不安になったが、流されるように一室の扉の前までついて行ってしまう。
十月先輩は一度髪の毛や身なりを整えて、呼び鈴のボタンを押した。
ピンポーンという音が室内に流れ、ガチャリと扉が開く。
私は不穏な感じがしたので扉が開いたその後ろに隠れるように移動する。
「......芽衣さん」
中から聞こえて来たのは男の声。
まさか......売春?
それとも援交?
そんな事を頭をよぎったが、瞬時に消した。
普通に考えて同級生の男友達だとか彼氏だとかの可能性の方が高い。
「眼鏡かけてなくてもわかるんだ?」
「芽衣さんだけはね」
「嬉しいこと言うね。ところで寝てた?」
「何でそう思ったの?」
「寝癖ついてる」
「......寝てない」
「嘘つけ」
「寒いからドア閉めよう」
「ちょっと待って」
乙女な表情と仕草になってる十月先輩を見ていると、手を引っ張られて正面に引きづり出された。
玄関の中にいたのはやはり男で、身長や体格も私の同級生とは違って大きく、顔は細くてカッコいい。
「今日はこの子も連れてきた」
男は目を細くして私の顔から足までを見下ろし、再度顔を見てくる。
眉間に皺が寄って睨みつけられ、私は怖くなった。
「何これ、等身大の人形?」
「よく見なよ。鹿沼さんだよ鹿沼さん」
「鹿沼ってミスコン二位の一年生でしょ? どうやって作ったの、そんな人形」
「だーかーら。人形じゃなくて本人を連れてきたって言ってんの!」
「はあああああああ!?」
男性は玄関の段差に躓き、尻もちをつく。
どうやら目の前にいる私が人形か人間か区別できないくらいの近眼らしい。
「今日は鹿沼さんも勉強教えてくれるんだって」
「え、ちょ、ま、ええええ!?」
「その反応、おもしろっ。ほら、鹿沼さん入って入って」
「お邪魔します」
状況がよく分からないまま中に入るとドアが閉じられ、十月先輩はガチャリと鍵を閉める。
「そうだ。勉強終わったら鹿沼さん加えて3Pしよう」
「さんぴー!?」
「そ、それはいいんだけど……」
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ! 私はそんなつもりで来たわけじゃ.......」
「いいからいいから」
なんだか楽しそうにしている十月先輩に手を引かれてローファーを脱ぎ捨てるようにして玄関に上がる。
この家は1Kの間取りらしくて、玄関から部屋までの短くて細い廊下の右側に洗面台やガス台。左側にはドアが一つあって、恐らくユニットバス。
廊下の先の引き戸を開けるとそこには8条くらいの部屋があって、ベッドとパソコン、本棚、そして地面に机が置かれていた。
それらの家具を置いてあると部屋が狭く感じられるし、しかも三人も入ると窮屈で閉鎖的な空間に感じる。
「うわわあああ!?」
机の上に置かれていた眼鏡を掛けた男子が私を見ると、再度驚きだし十月先輩に抱きついた。
「何?」
「鹿沼さんがいる」
「さっき言ったでしょうがっ!」
「うぐっ!」
十月先輩のパンチが男子の腹部に刺さり、男子は十月先輩から離れた。
この二人は凄く仲が良いらしい。
しかしだからといって、さっきの3Pするという話はあまりにも許容できない。
私の知識も更新されていて、そのプレイがどれほど淫らなものなのかを映像で見たから知っている。
あんなプレイ、処女の私にはレベルが高すぎるし、したくない。
「お茶出すから、その辺に座ってください」
男子が腹を抱えて廊下の方へ行ったのを見計らって私はベッドに座った十月先輩の隣にそそそっと近づく。
「あの、私絶対にしないですからね?」
「しないって?」
「さんぴーってやつです」
「ああ......」
十月先輩は一度廊下にいる男子を見て、私に視線を戻す。
「私のトラウマ話、覚えてる?」
「え、はい」
十月先輩のトラウマ。
亀野君と中学時代に付き合い、ベッドでエッチな事をしようとしたが失敗した。
体を見られ、触られたにも関わらず亀野君の棒が十分に準備できなかった事で最後までできず、それが十月先輩にとって女としての体に欠点があるんだと自信が持てなくなり男を忌避するようになったが、高校二年になってとある男子と出会い、初めてを貫かれて自信を取り戻したという話。
「彼なの」
そのとある男子があの男子先輩。
十月先輩という学校で最も人気のある美女の初めてを貫き、セフレの関係にある男子先輩の家に私はいる。
先輩達が何度も体を重ねて来たであろうこの狭い部屋に……。
「だから何ですか。私は絶対にしませんからね?」
「そっか。まだ処女だったね」
「そうです。処女だからですっ!」
「アイツ初めての子の扱い慣れてるけど、どう?」
「い・や・で・す!」
もしかしたら私、危ない所に来ちゃったのかもしれない。
十月先輩は美人で清楚で頭も良いしって事で信用してついてきたけど、まさか私を連れ込んで3Pしようだなんて言うとは......。
「お待たせしました」
小さな丸テーブルの上にティーカップ三つと白のティーポットが置かれた
男子先輩は敬語になっていて、腰もだいぶ低い。
もしかしたら私からの好感度を上げるためにわざとこういう姿勢をして警戒心を取ろうとしているんじゃないか?
そんな疑惑が頭をよぎり、むしろ警戒を強める。
出されたお茶も皆が飲むのを待ってから飲んだ方が良いかもしれない。
「鹿沼さん警戒してる。ほら雄図、自己紹介」
「〇〇高校三年生、柏木雄図です。趣味は――」
「趣味は女遊び。特技も女遊び」
「ちょっと芽衣さん……それじゃあ俺の印象悪くなっちゃうよ」
「ちなみにド近眼で臆病者。頭も悪い」
「……」
雄図先輩はあからさまに落ち込んで下を向いてしまった。
高校3年生で同級生より身長も体格も大きく、まさに男という感じの人が落ち込む姿なんて見たことがない。
そんな姿を見て、気が弱くて臆病というのは本当なのかもしれないと信ぴょう性が出てくる。
「あの……ところで二人は受験生ですよね?」
「うん? 受験生ではないかな」
「え、でも高校三年生……」
「それはそうなんだけど私達、指定校推薦組なんだ」
指定校推薦。
それはその言葉の通り、学校を指定して推薦するというもの。
これは大学側から高校側へと「あなたの高校から成績優秀な方◯◯名推薦枠として設けます」と設定されて、大学側が求める内申点を持つ生徒がその推薦枠を争うというもの。
一年生から三年生までの全ての内申点が優秀で無くてはならず、結構厳しいもの。
しかもその推薦枠を使うと、他の学校への推薦や受験をすることが出来なくなり、絶対にその学校へ行かなくてはいけない。
「えっ、でもさっき雄図先輩は頭が悪いって......」
「うん。馬鹿だよ」
「じゃあ指定校推薦は無理なのでは?」
「指定校推薦にも色々あってね、内申点がほんの少し足らない場合は+試験を受ける事によってその点数で決定するっていうのがあるの。雄図は高校1年生までの成績は悪いんだけど、二年からは私が教えてほぼ4か5の成績。もう出願は終わってて、もしかしたら小試験みたいなのを受けないといけないから勉強教えてるの」」
「凄いですね。そこまで尽力するとは」
「まっ、恩返しって奴かな」
「恩返し......」
十月先輩の恩返し。
女としての体に自信が持てなくなったが、それを持てるようにしてくれた事に対して勉強で恩を返すつもりらしい。
そんな二人の関係性を羨ましいと思ってしまい、心が少し苦しくなった。
「十月先輩も指定校推薦なんですか?」
「うん。私は確実だからこの時期でも気が楽」
「先輩だったら超難関大学でも行けちゃいそうですね」
「ううん、私は××大学の教育学部に行く予定だよ?」
「十分、難関だと思いますけど」
「まあ有名大学だけど、教育学部は偏差値的にも優しい方だよ」
「へー、そうなんですか」
大学の事は正直全く分からない。
××大学が誰でも知っている大学である事は分かるけど、教育学部だとか偏差値だとか私が知るにはまだ早すぎる。
「とりあえず、雄図は勉強」
「......はい」
雄図先輩が勉強し始めたのは数学。
問題集には一年生の範囲も含んでいるけど、基本が二年か三年で習う範囲だから私には全く分からない。
っていうか十月先輩は雄図先輩を馬鹿だと言ったけど、全然そうとは思えない。
だって二年生から4か5の成績ってかなり優秀だと思うし。
「芽衣さん、ここ分からない」
「はいはい。ここはねーー」
まるで家庭教師となった十月先輩がベッドから降りて雄図先輩の横に座り教え始める。
十月先輩はかなり勉強出来るし、もはや私は要らない。
っていうかこの勉強方法はかなり非効率だ。
最も効率よく勉強するなら雄図先輩が自分で問題集を解いて分からない部分をメモして後日十月先輩に教えてもらうか、分からない部分の写真を送ってチャットかビデオ通話で教えてもらう方が良い。
この部屋に来てずっと思ってたけど、多分十月先輩が今日雄図先輩に会いに来たのは勉強を教える為じゃない。
十月先輩は雄図先輩との関係をセフレだと言っていたし、今日一晩泊まるってなってる時点でもうそういう事をしに来たんじゃないだろうか。
十月先輩が3Pしようと言い出したのは遠回しに雄図先輩に対して今日はそういうつもりで来たというのを伝える為で、私が拒否するのも見越した上でのそういう策略があったと考えると、十月先輩への印象が変わってしまう。
美人で優しく人当たりのいい人だと思ってたけど、本当は女の狡猾さを持つ腹黒い私の苦手なタイプなのかもしれない。
そもそもセフレ関係である事がもう普通じゃない。
自分の体を晒し、差し出すなんて事、そんな軽々しいことではないはず。
「さて」
しばらく二人の事を考察しながら観察していると雄図先輩は問題集を閉じ、十月先輩が立ち上がった。
勉強が始まってちょうど三十分が経過していて、私もそろそろ帰ろうとしていたところだ。
「3Pの時間」
そう言う十月先輩は一番上のセーターを脱ぎ捨て、長袖のTシャツ姿となった。
雄図先輩もパーカーを脱ぎ始める。
「じゃあ私はこれで......」
「だーめ」
逃げようとベッドから腰を上げたが、すぐに十月先輩に捕まった。
「離してください!」
「ほら鹿沼さんも脱いで。これから暑くなるんだから」
「嫌です! 帰りますっ!」
「大丈夫、優しくするから」
「そういう心配をしてるんじゃないんですっ!」
全力の力で十月先輩の拘束を振り解こうとするが、逆にベッドの上に押し倒されてしまった。
そして私の体に跨り、恋人繋ぎで両手をベッドに押し付けて体全体を倒して動けなくされる。
私の顔のすぐ右側には十月先輩の頭があって、もうこの状態になると逃げられない。
「雄図、準備」
「わかった」
ゴソゴソと引き出しを開けて何かをする音が聞こえ、いよいよやばいと感じる。
けっこう強めに上半身を潰されているから息も薄く、声も出せない。
耳元では十月先輩がクスクス笑っていて「これが鹿沼さんかー」と何やら意味深な事を言い出した。
「準備出来ました」
「よーし」
私は必死に足をバタつかせて抵抗する。
上半身には十月先輩が乗ってるから脱がされないけど、スカートの中のパンツを脱がされる可能性はあると思ったから。
しかし何故か十月先輩は私の手を離し、起き上がった。
そして雄図先輩に何か白い物を受け取り、それを私の胸に乗せてきた。
「これは......?」
白く長方形の物体。
小ちゃく青い光が点滅していて、一番上に十のボタン、そして真ん中に大きめの◯ボタン、一番下にA、Bと書かれた二つのボタン。
「はい、3P」
私は胸に乗ったその機会を手に取ると、ピコンという音が鳴った。
訳が分からず上半身を上げて雄図先輩を見る。
雄図先輩はテレビに映し出されたゲーム画面を操作していて、地面には体重計二個分くらいある白い板が置いてあった。
「あの......先輩? これはどういう事ですか?」
「鹿沼さん加えてゲームしようと思って」
「3Pしようというのは?」
「3playerで遊ぼうって事」
「暑くなるから脱いだ方が良いというのは?」
「あの板みたいなのもゲーム機で、昔流行った体を動かして操作するゲームなの。だから暑くなるから一枚脱いだ方が良いよって意味」
「紛らわしいこと言わないでくださいよ!!!」
「あっはっはっはははは、鹿沼さん純粋で可愛いからおちょくってみたくてさ」
大笑いする十月先輩。
「世の中怖いからねー、夜に男の家に入るのは辞めた方が良いよ?」
「先輩が無理やり連れてきたんじゃないですか」
「まあ、そうだけど。鹿沼さん最近、色んな人と遊び回ってるみたいだから危機管理できてるのかなって思って。同性に誘われたとしても、行った先が男の巣窟の可能性だってあるんだからね?」
「そうですね。もっとちゃんと考えるべきでした」
特に夜は本当に信用している人以外の誘いは受けない方が良い。
私って流されやすいタイプだし、何かあったら拒絶する事も覚えないといけない。
「さて、遊ぼっか」
「はい」
私達はその後ゲームをした。
昔のゲームではあったものの、体を使うゲームが初めてでかなり楽しむことができた。
暑くなって制服の一番上を脱いで、汗も出てきて。
何に悩んでいたのかも忘れて、ただただ夢中に先輩達と競い合った。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「私、もう帰ります」
時刻は23時10分。
夢中になりすぎて3時間もこの部屋にいた。
「もう遅いし、家まで送ろうか?」
「いえ、近いので歩いて帰れます」
「そう? 気をつけてね」
「今日はありがとうございました」
一度お辞儀をして部屋を出る。
廊下を歩き玄関に座ってローファーを履くと、肩に手を置かれた。
振り返ると十月先輩。
「悩み事、聞けなかったね」
「自分で解決できるので、大丈夫ですよ」
「無理しちゃだめだよ? 苦しくなったら相談してね」
「はい......それじゃあまた」
「またねー」
外に出てドアを閉めると、一気に静まり返った。
流石にこの時間だとジャンパーでも羽織ってないと寒く、少し急足で階段を降りる。
街灯のみが照らす道を進んでいかないといけないのだが、その前に鞄に入れていた手袋をはめようと考えた所で気付いた。
私は学校帰りそのままバイトに行き、そして更にそのままこの家に来たから制服姿。
だけど鞄を持っていない。
どうやら先輩たちの部屋に忘れてきてしまったらしい。
私は再度階段を上がり、先輩の部屋の前まで歩きドアを開ける。
私はただ忘れ物を取りに来ただけなはずなのに、何故か音を極限まで出さないように配慮して中に入ってドアを閉める。
部屋の方を見ると、廊下と部屋の引き戸が閉まっていて、モザイクのようになっている9つの正方形の形をした窓の向こう側に、人の影がぼんやりと見えた。
ローファーを脱いですり足でその引き戸に近づきほんの少し開けて中を覗いてみる。
ーーやっぱり。
部屋の中心にある小さな〇テーブルの下には私の鞄があって、向こう側にはベッド。
そのベッドの上で二人がキスしていた。
なんとなくだけど、こうなってると思ってたから別に驚きはしない。
だけど今、部屋に入って行く事はできない。
どこかのタイミングで部屋に入ろうと思っていたのだが、二人はキスでは終わらずに裸になったのを見てそれは叶わないと悟った。
ミスコン一位で男女共に憧れる十月先輩の裸。
その裸を見る事が許された一人の男。
言葉一つ交わさずに次々とその体に触れ、手や舌を使って慣れたように愛撫する雄図先輩はやっぱり女慣れしているのだろう。
部屋に響くのは布団の擦れる音と十月先輩の小さな喘ぎ声。
雄図先輩の手が下半身に伸びて、何やら動かされると、十月先輩は小さく小刻みに体を震わせて声が出る頻度が増え、声量も大きくなる。
ほとんどの人が十月先輩の事を淑女だと思っているだろう。
品格も教養もあって、落ち着きがある人だと。
しかし私が見ているのは淑女とは遠く離れた姿。
こういう行為中にも品格を求めるのはどうかとも思うけど、それでもそのギャップに私の心臓はドキドキしっぱなしだ。
十月先輩の体も見せる表情も、漏れる声も全部が私を興奮させ、釘付けになってしまう。
頭はしかし冷静で、見て学ぼうという気になっている。
ネット上の動画とかでは分からない、リアルな営み。
何をどうすれば良いのか、どういう順序と流れで進んでいけば良いのかを知る良い機会だ。
十月先輩が棒に対して口や舌で色々とした後、ゴムを装着させた。
雄図先輩は同時にリモコンを操作して部屋の電気を消す。
月明りでベッドの上が薄く見えるが、しっかり見たくて目を凝らして前のめりになる。
動いたのは十月先輩。
座っている全裸の雄図先輩に跨って自らその棒を自分の中へと沈みこませる。
全部が入ると雄図先輩は十月先輩の体を包み込むようにして抱きしめ、一つとなった。
一つとなった二人の肌は月明かりで青白く輝く神秘的な姿になっていて、私もお股がムズムズしているのに気づく。
どうやら見るのに夢中になりすぎて自分の体がとんでもなく興奮しているのに気が付かなかったらしい。
しかし覗くのを辞められなかった。
しばらく抱きしめ合う二人だったが、雄図先輩がゆっくりと抱きしめながら十月先輩をベッドへと押し倒し腰を動かし始めた。
徐々に軋み始めるベッドの音と、十月先輩の甘い声、そして今まで聞こえてこなかった荒い息。
こんな時、貫かれてる私達はどういう表情をすれば良いんだろうか。
いつか私にも来るその時の為に、ずっと疑問だったその問題を解決したい。
そういう欲求が急激に高まっていく。
しかし十月先輩の表情は見えない。
仰向けの時は月明かりの影で暗くて見えないし、
お尻を突き出した後ろからの行為に変更されても枕に顔を埋めていてやっぱり見えない。
体の興奮と疑問を知る一世一代のチャンスと奮起したからなのか、体が前向きによろけたのがわかった。
最初は立ちくらみかと思ったが、原因が自分では無いことに気づいた瞬間、私の体は硬直した。
よく見たいが為に強く寄りかかりすぎたのか、引き戸が前へとゆっくりと倒れて行っているのだ。
そこからは完全なるスローモーションの世界。
何もできないまま引き戸が部屋側へと落ちていき、ガッシャ―ン! という音を立ててガラス片が飛び散った。
「きゃああああああっ!」
「うわああああああ!?」
放たれる二人の悲鳴と部屋から香る汗と動物のニオイ。
行為中の二人の視線が私へと移動した瞬間、頭が真っ白になった。
二つ年上の先輩のセックス中に覗いているのがバレて、更に引き戸も破壊。
そんな惨状に何の言葉も出てこない。
「鹿沼さん……?」
動物のような体勢で挿入されている十月先輩に名前を呼ばれたと思った瞬間、記憶が途切れ、気付いたら私は外を走っていた。
そして次に気付いた時には息を切らして自分の家の玄関にいた。
そう、私は逃げたのだ。
謝罪もせず、片付けもせず、かばんも持たず、逃げた。
明日も学校だし本当の意味で逃げられるわけがないのに。
放心状態のまま自分の部屋まで歩き、ベッドに倒れ込む。
夢である事を願って目を瞑ると、不思議とすぐにスゥッと落ちて行くのがわかった。
ーーああ、やっぱり夢だったんだ。
夢だと確信した瞬間、私は流れに逆らわず意識を途切らした。