【115】 二学期(デート)
期間空きすぎ、ごめんなさい。
ちょっと精神的にきつくてなかなか手につかなくて……。
少しづつでも前に進めたらと思います。
最近、青春について考えている。
転勤やイジメによる発作によって私が経験したことがないそれが、一体何なのか。
ちなみにインターネットで調べてみるとこう書かれている。
・その言葉の意味は主に中学・高校教育の期間において恋愛や友情、進学や就職などの経験を通じて著しい成長と変化をする時期であり自己発見の時期の事を指す。
・若い時代。人生の春にたとえられる時期。希望をもち、理想にあこがれ、異性を求めはじめる時期。
これはあくまで定義だが、異性を求めたり自分にとって何が楽しくてどういう毎日を送りたいかを考えて過ごしている私は、心も体もこの定義の特徴を捉えていると言える。
だけど私には理想がないし、夢がない。
美香の夢を聞いてからずっと考えてきたけど、興味がある事も見つからないし見つける方法もわからない。
私は従順で影響されやすい人だから、誰かに「こういうの向いてるんじゃない?」って言われたら多分それが夢とかになっちゃう気がする。
「あー、面白かったね」
「俺達にはちょっと……なあ?」
「そう? 俺は結構楽しめたけど。鹿沼さんは?」
「えっ、私?」
スマホから顔を上げると男子二人と女子一人が私を見ていた。
映画が終わって一つ下の階にあるスタバのソファーで私達はくつろいでいる。
私以外の三人は全員同じ学校で普段から仲良くしているんだろう。
だから私とは一緒にいた時間が違くて、たまに話題が合わないことがある。
いつもこの人達とどこか行く時は私含めて女子三人と男子二人で遊びに行くのだが、今日は一人いなくて女子二人と男子二人。
「私は面白いと思ったよ」
「だよねー。俺と鹿沼さん相性良いのかも」
「私も面白かったって言ったんだから、もちろん私とも相性良いとか思ってるよね?」
「そ、それは……」
「やっぱ悠木、鹿沼さん狙ってるんじゃん?」
「ち、ちげえって!」
私は既に色んな人達と関係を持って遊びに出ているし、男子と一対一でデートにだって行っている。
おかげさまでこの地域の同年代との人脈はかなり増えたし、男子と関わる事にも慣れてきた。
それに前に検討していたインストも始めたし写真投稿もして結構充実しているんじゃなかろうか。
私はスマホを取り出しインストを開く。
プロフィール画面に表示されているフォロー数123人、フォロワー数4400人。
そしてフォローリクエスト31人。
フォロワーの中には過去、転校の度に仲良くしていた人達も含んでいて、その人達からのメッセージとかも届いた。
たった半年しか関わらなかったのに私の事を覚えててくれて、メッセージまでくれた事にどこか嬉しくて始めて良かったと思い始めている。
「鹿沼さんもうすぐフォロワー4500人じゃん。凄っ!」
私の左隣にいる女子がスマホを覗き込んで言った。
私は基本的にフォローリクエストが来たら全員承諾しているし、気づいたら4000人を超えてしまっていた
まだ始めて一週間なのにこれだけの人にフォローされている事に困惑しているのが正直なところで、これだけの人にフォローされると投稿する写真一つ一つにそれなりの反応があってちょっと怖いので最近はあまり“一般”では投稿しないようにしているのが現状。
インストには投稿した写真を誰に見せるかの公開範囲設定があり、私は一般と友達で分けている。
“一般”に投稿すると私をフォローしている4400人が見られるが“友達”で投稿すると私がフォローした人達(その内の範囲も選択可能)にだけ見れるように出来るのだ。
「そういえば、鹿沼さんって駅前の美容室モデルになってるって見たけど本当なの?」
「本当だよ。実は前から通ってて、先週カットモデルになってくれないかって頼まれたの」
「凄いなぁ」
私のフォロワーが多いのはこの地域のミスコンで史上初の一年生二位の結果と、美容室のカットモデルとしてホームページに掲載された事が影響している。
駅前の美容室は全国展開している上にリーズナブルな価格とカット技術の高さから若者中心に人気があって、その影響で私をフォローしてきているんだと思う。
再度スマホに視線を落とし画面を見る。
そしてフォローリクエスト31人をタップして一人一人承諾する。
しかし途中、見覚えのある名前を見つけ指を止めた。
見覚えのある名前が連続して三つあって、まさかと思い、そのうちの一つのプロフィール画面を見に行く。
その写真に写っている女子の顔を見た途端、私の手が震え、心臓がバクバクと早くなってブワッと冷や汗が噴き出た。
記憶にこびり付いているあのイジメの記憶。
本格的な発作は薬で抑えられてはいるけど、それでも体が恐怖を覚えている。
インストを始めるにあたって一番懸念していた事が起きてしまった。
私をいじめていた不良女子5人中3人が私のインストを見つけ、フォローリクエストを送ってきている。
それに連続で表示されているという事はあの人達はほぼ同タイミングで送信してきたという事になり、という事は誰かが見つけて情報を共有したのか、もしくは3人で集まった状態でそういう話になって送ってきたかという事。
もう一生関わりたくないと思ってた人達が私を見つけ出して情報を得ようとしている事と、また何かされるんじゃないかという恐怖感に我慢できなくなり、スマホを閉じる。
遠い場所から送られてきたはずの通知が、まるで物凄く身近から送信されている様に感じて気持ち悪くなり、席を立つ。
「ちょっとトイレ」
「はーい」
スタバを出て角を曲がるとトイレに向かって走る。
トイレに入るともう我慢できなくなり、手洗い器の前で吐いた。
これは自分で蒔いた種。
インストをやらなければあの人達の記憶に私という存在が蘇る事は無かったはずなのに、私が調子に乗ったからまた認知されてしまった。
私のフォロワーを探れば、プロフィールに書かれた情報から私のいる地域や学校が割り出せるかもしれない。
いや、それどころかミスコン二位という画像を見つけてまた反感を買う可能性だって......。
そこまで考えると胃液が再度こみ上げてきて、もう一度吐く。
全部吐き切って顔を上げると、顔色の悪い自分が鏡に映っていた。
過去を忘れるくらい今を充実させたいと思って頑張ってきたのに、結局過去の事に振り回されてこんな事になってしまっている。
脚に力が入らなくなりその場にへたりこみそうになったところで洗面台に置いてあるスマホの画面が明るくなった。
見ると鍵画面にポップアップしたインストの通知。
不良女子からのメッセージだったらと思うと一気に毛が逆立つが、恐る恐る見るとそこに表示されていたのは見覚えのある人物からのフォローリクエストだった。
”天野絵麻“
一瞬誰だろうと思ったけど、羽切君の妹の絵麻ちゃんだとすぐに気づいた。
よく考えたら離婚しているのだから羽切では無い。
天野というのが父方の方の性という事なんだろう。
パスワードを入力してホーム画面に行くと、再度上から通知が出てきた。
“羽切成からフォローリクエストが届いています”
まさかと思ってすぐにインストを開き“羽切成”をタップすると、まだ初期アイコンで写真も0の作り立てのアカウントだった。
私はすぐに“承認”をタップ。
すると羽切君のフォロワーが5人から6人へと増えた。
羽切君とは未だにチャットすら交換していなかったが、インストの相互フォローによって初めてメッセージを自由に送り合える。
私達はお互い離れることを決めたわけだが、だからと言ってSNSすらも離れる必要はない。
それに羽切君がフォロワー欄にいれば不良女子達への牽制にもなるし、何よりも私自信が嬉しい。
絵麻ちゃんのリクエストも承認して一息つくと、さっきまでの恐怖感や体調不良が無くなっていることに気付いた。
私はもう一度フォローリクエスト欄に行き、不良女子達の名前を見る。
一人一人“拒否”をした後“ブロック”をしようとしたが指を止める。
ブロックをすれば私の投稿やフォロー欄、フォロワー欄が見れなくなり、メッセージも送れなくなる。
だけどそれはなんだか逃げているような気がするし、彼女らを見返してやりたいという気持ちの方が今は大きい。
かつてイジメてた私が彼女らよりも充実してる姿を見せつけることで復習してやりたい。
それはフォロワー欄にある羽切成という名前の後ろ盾があるからこそできることだし、ブロックしてしまったらフォロワー欄も見れなくなるからしない方がやりやすい。
「鹿っ沼さん」
名前を呼ばれて鏡を見ると、スタバにいるはずの女子がそこにいた。
「遅いから心配になって来ちゃった」
「ご、ごめんなさい。化粧崩れが心配で時間掛かっちゃって」
「全然崩れてないよ?」
「ありがと。じゃあ戻ろっか」
スマホをポケットに入れて一緒にトイレを出る。
「っていうか鹿沼さん、化粧してたの?」
「興味を持ったのは実は最近で……」
「だよね。なんか最近雰囲気変わったと思った」
「変かな?」
「全然変じゃないよ。むしろ興味持たない方がおかしいし、元々すごく可愛いのがより可愛くなって良い感じ」
「それは良かった」
「鹿沼さんは素材が良いから今みたいに薄化粧の方が男うけ良いと思うよ。最近、鹿沼さん彼氏探し頑張ってるみたいだから同じ女として一つアドバイス」
「ありがと」
私達はその後、ショッピングした。
やや落ち着いた感じの若者のためのデパートの中。
あちこちにお洒落な店やカフェがあり、一つ一つの店を見て回った。
男子の服選んでみたり、選んでもらったり。
変なモノを見つけたら着てみて笑われたり、笑ったり。
普通の高校生らしい日常を経験して楽しく終わる……はずだった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「羽切君、アーン」
「あーん」
ご厚意に甘えて口を開けると口の中にプラスチック製のスプーンが入り、口を閉じると引っこ抜かれる。
すると冷たいバニラ味のアイスが口の中で広がり、すぐに溶けた。
「How is it?(どう?)」
「Delicious(美味しい)」
「良かった」
俺は今、クリストファーさんとデートしている。
正直言って一色さんの事もあって同じ学校のクリストファーさんとデートに行くのはちょっと気が引けるんだけど、誰にも言わないという約束と後は単純に英語での会話を練習したく承諾した。
「これは英語で何味?」
「ゔぁにーらぁ」
「それだとバナナ味が来るよ」
「発音の難易度高すぎない?」
「アハハ。日本語と違って“二”を“ネ”っぽく言って更にそこにアクセント。ちょっと難しいねこれは」
若者が行き交うショッピングモールで俺達はアイスクリームを堪能して休憩中。
ここまで来るのにクリストファーさんと頑張って英語での会話を練習し、既に脳みそがパンク寸前。
しかもクリストファーさんはかなり流暢に英語を話すから聞き取りにも神経使うし、聞き取ってから何を言っているのか理解をしてその返答を日本語から英語に変換。
そしてそれを正しい発音で口から出すという一連の流れに時間がかかってしまうという問題点が発覚し、ちょっと自信も喪失してしまっている。
俺はため息が出るのを我慢して右手にあるアイスの乗ったコーンをクリストファーさんの顔の前に差し出す。
「お返しに」
「Thank you!」
クリストファーさんは左手で金髪を耳に掛けて俺のチョコレートアイスを上からパクリと唇で一口食べた。
「んー、美味しい!」
口を綻ばせて美味しそうに食べる金髪のハーフ少女。
初めて会った時は文化祭中に定期テスト17点の現代文を復習してたっけ。
それでも教えを乞う健気さに惹かれて支えたくなったのを覚えている。
俺は多分、逆境にいるけど頑張ってる健気な女子に惹かれるんだと思う。
鹿沼さんもそうだったし、支えたくなった。
悲しい気持ちにさせたくなくて、そういう顔をするとこっちまで悲しくなるような感覚があったから。
「私の顔に何かついてますか?」
「いや何も」
「羽切君には可愛い彼女さんが居るんだから、もっと危機感持った方がいいよ」
「いや、鹿沼さんとは付き合ってないよ」
「え、別れちゃったの?」
「ま、まぁ......」
「WHY!?」
逆に鹿沼さんと付き合ってると思ってたならなんでデートに誘ったんだよと言い返したかったが、堪える。
俺が鹿沼さんと別れた理由を適当に答えるのは簡単だが、もう時期も時期だし色々隠すのも疲れてきた所。
それに本当の事を伝えた方がもっと仲良くなれる気がするし、あっちの生活についてもっと教えてくれるかもしれない。
「実は俺、親の都合で来月からイギリスに住む事になったんだ」
「えええええええええっ!?」
驚くのも当然だ。
俺が行くにはクリストファーさんの生まれ育った母国であり、ほぼ同時期に俺達はすれ違うかのようにそれぞれの国で住む事になったのだから。
「だからイギリスについて聞いてきたって事か!」
「うん」
「でもちょっと待って。それと鹿沼さんと別れたのとなんの関係があるの?」
「ほら、どうせ居なくなる俺に時間を使うなんて無駄でしょ」
「そんな理由で別れたの?」
「そうだけど......?」
「羽切君は酷い人だね」
「え、どうして?」
「鹿沼さんは羽切君が来月イギリスへ旅立ってしまうとしても最後の瞬間まで一緒にいたいと思ってるはずだもん」
「それは......どうかな」
「復縁しなよ。今なら間に合う」
「無理無理。話し合いで決まった事なんだから」
「タイムリミットが男女の仲を深くするって事もあるんだよ?」
「それ、誰の名言?」
「私の」
「自分のかい!」
「私もイギリスに彼氏がいてね、日本に住む事になったって伝えたら別れを告げられたよ。お互いの為とか言って。でも私はちゃんと自分の気持ちを伝えた」
「なんて伝えたの?」
「別れるかどうかは私が日本に行っちゃってから話し合おう。それまで一緒にいてほしいって」
「へー、結構ストレートに言うんだね」
「日本人は遠回りしすぎ」
「それで、どうしたの?」
「私が日本に旅立つ最後の最後まで一緒にいてくれた」
「良い彼氏だね」
「もう彼氏じゃないけどね」
「別れちゃったんだ」
「うん」
残念ながらクリストファーさんと俺達とでは状況が真逆だ。
俺がイギリスに行っちゃって鹿沼さんは日本にずっと残るのだから。
俺達の状況なら俺が別れを告げても鹿沼さんが最後まで一緒にいたいとは言わな......って一体俺は何を考えてるんだ?
そもそも恋人関係にすらなってないのに別れたという嘘からこんな話にまでなってしまっている。
顔を上げてクリストファーさんを見ると、クリストファーさんはちょっと寂しそうな顔をしていた。
ずっと住んでいた母国から日本に住むことになって、ほとんど全てをあっちに置いてきたのだろう。
異文化の国で色々と一から築き上げるのは大変なことだ。
「もし羽切君が鹿沼さんと復縁したくないなら......私が最後まで一緒にいてあげようか?」
「えっ、それってどういう......」
「期限付きで私が彼女になるって事。羽切君の事、結構好きだし楽しくできると思うなー」
クリストファーさんは体を横にスライドさせて、くっついて来た。
見ると物凄い近い距離にクリストファーさんの顔があって、日本人とは違う薄く青い瞳と視線が交わう。
「海外だとそんな感じで付き合い出すの?」
「depends on the person(人によるね)」
「恋愛って両想いだからするものなはずでしょ。俺クリストファーさんの事、まだ良く知らないし恋愛感情抱いてる訳じゃないんだけど」
「でも女としては見れるでしょ? 鹿沼さん程じゃないかもだけど私だってスタイルには自信あるし、羽切君がチラチラ胸とか見てるの知ってるよ?」
「いやまぁ......」
チラリと視線を下に向けるとニットカーディガンを押し上げる胸。
そして暗めのジーパンが下半身のラインを浮き出させているのが見えた。
「最初から本気で自分と相性が良い人なんて見つかるはずないじゃん? だから最初は友達感覚で付き合って、その後に性格を確かめたりセックスで体の相性を確かめ合うものだよ」
「なんか......クリストファーさん大人だね」
「いやいや、これが普通だって。相性がズレてると浮気したり自然と楽しめなくなって終わっちゃうじゃん」
「じゃんってクリストファーさんは今まで何人と付き合った事あるの?」
「それは内緒」
内緒とは言っているものの、これまでの発言からして少なく見積もっても二人以上の男とセックスしたんだなと予想できる。
確かに外見は可愛いけど、もっと大人しい人だと思ってたからギャップが凄い。
日本人的な感覚を持ってる俺と恋愛観がまるで違くて、しかしクリストファーさんの恋愛観の方が一生のパートナーを探すという大きな目的の上では間違いなく合理的な方法ではある。
恋愛ってどこか短期的なものだとというイメージが俺にはあるが、クリストファーさんの話で恋愛ってのは一生のパートナーを見つける為の過程の一部分に過ぎないものなのだと気付かされた。
当たり前の事ではあるけど、当たり前過ぎてあまりそういう感覚で恋愛というものを考えたことが無いし、そもそも高校生が考える事じゃ無い気がする。
クリストファーさんは俺の残り時間が一ヶ月である事を知っていて、それでも付き合っても良いと言って来ている。
さっきまでの発言からしてクリストファーさんはエッチな事も普通にするみたいだし、付き合えば間違いなく俺ともするだろう。
俺の初めての相手がクリストファーさん......?
YESと言えば、可愛いくてスタイルも良いこの人とセックスできる。
何の躊躇もなく俺の前で裸になって、キスして触れ合って、俺は童貞じゃなくなる。
俺も早く女とそういう事したい気持ちがあるし、この提案はむしろ歓迎......。
想像でピクピクとアソコが反応し始めたので思考を停止する。
こんな所で男子高校生になってる場合じゃ無い。
俺達が座る横長の椅子の前後には今も若い人達が行き交っていて、そんな場所でアソコを大きくさせたら変態だと思われるし、ここから立ち上がれないってなった時の理由がそれなんて情けなさすぎる。
返答は保留だ。
気持ち的にはかなりYESに傾いてるけど、もう少し考えたい。
「羽切君、早く食べないと溶けちゃうよ」
「あっ」
クリストファーさんに言われて我に帰ると、溶けたアイスがコーンを伝って手をベタベタにし始めていた。
俺は急いで上に乗ってるアイスとコーンを平らげ、キーンとなる頭を我慢して紙で手を拭く。
「よし、次どこ行く?」
「ちょっと待って。羽切君、口の周りにチョコレート付いてる」
「えっ、どの辺?」
「こっち向いて。取ってあげる」
クリストファーさんの方へ顔を向けると、右手に持つ紙で俺の唇の端を拭いてくれた。
「チョコレート、全然取れないよ」
「じゃあ、ちょっとトイレで洗ってくる」
「Wait, Wait(待って待って)」
待てと言ったクリストファーさんは俺に顔を近づけて来た。
何をするのかと見ていると、クリストファーさんの唇がさっき拭いていたチョコレートのついた箇所に触れた。
そしてチュッと音を立てて顔を離すと、再度手に持つ紙で拭いてくる。
「取れたよ」
「あ、ありがとう」
クリストファーさんは手に持つ紙をすぐ横にあるゴミ箱に捨てて再度俺の横に座る。
そんなクリストファーさんから何故か目が離せない。
するとクリストファーさんも俺の視線に気づいて顔を近づけて上目遣いで見てきた。
気づいたら目の前にいるクリストファーさんが鹿沼さんと同じように特別な存在として認識している自分がいた。
文化祭で会ってまだ今日で二回目なのに何故だろうか。
健気だから?
可愛いから?
積極的だから?
多分、全部正解。
だけどそれだけであれだけ関わってきた鹿沼さんと同列になるなんて絶対に変。
しかし一方でこんな考えが頭をよぎった。
あれだけ一緒の時間を過ごした鹿沼さんよりも短期間で特別な存在と認識したって事は、俺にとってクリストファーさんは鹿沼さんよりも特別な人なのではないか? ......と。
クリストファーさんの手が俺の手の上に乗り、恋人繋ぎのように全ての指の間に指を入れてくる。
それを皮切りに俺達は顔を近づけてキスをした。
形状も色も。
厚さも湿り具合も鹿沼さんとは全く違う唇。
一回のキスが鹿沼さんとしたキスの累計時間を超えるくらい長くて濃厚で、もはや俺の男としての反応は避けられなかった。
ドスンッ!
何かが落ちた音が聞こえ我に帰って唇を離す。
クリストファーさんの顔は真っ赤だったが、音がした正面を向くと瞳を大きく開いて驚きの表情になる。
俺も正面を向くと、誰かの脇腹がすぐそこにあった。
顔ごと視線を上に移動させると、鹿沼さんの顔。
信じられないというような表情で俺達を見下ろしていて、すぐに逃げるようにして歩いて去っていく。
「Wait. Let me explain!(待って、説明させて!)」
しかしクリストファーさんは即座に立ち上がって鹿沼さんの二の腕を掴み静止させた。
クリストファーさんとのキスを見られた事に俺の心も気が気ではなく、言い訳を必死に考えても何も思いつかず焦りで汗が滲み出てくる。
「ご、ごめんなさい。良い雰囲気なのに邪魔しちゃって」
振り向いた鹿沼さんはちょっと困ったような表情で謝罪する。
しかしその表情が演技である事は俺にはすぐにわかり、だからこそ強烈に恐怖を感じた。
「え、あ、怒ってないんですか?」
「怒る? どうして?」
「だって羽切君は鹿沼さんの......」
「え? 私達、何の関係もないよ?」
「じゃあ、羽切君は私が貰っても良いんですね?」
クリストファーさんの言葉に鹿沼さんは明らかに動揺した。
瞳を泳がせ、胸の前で両手を握り、最終的に左斜め下に視線を固定させて言う。
「勝手にすれば?」
その言葉に俺の心臓が握り締められた。
関係を無くそうと提案したのは俺で、行動に移したのも俺。
だけど何処か蜘蛛の糸一本くらいの関係は残したいという甘く、未練のようなモノがたった今、一気に崩れ去ったような気がした。
「鹿沼さーん! こっちこっち!」
向こう側には女子一人と男子二人がいて、鹿沼さんを呼んでいる。
鹿沼さんはクリストファーさんの手を振り解き、そのグループへと早足で合流した。
この日後、俺とクリストファーさんは定期的に会った。
付き合っていると確認し合った訳じゃないからクリストファーさんがどう思っているのか分からないけど、もはや付き合ってるのと変わらない。
毎回会うたびにキスして、手を繋いで、くっついて。
もちろんクリストファーさんとの英会話はちゃんとするし、役になっている。
そんな関係を続けてると、このまま転校までこの関係を続けるのも良いかなって思い始めた。