【114】 二学期(文化祭⑧)
文化祭が終わってニ週間が経った。
結局、文化祭で受けた男子からのお誘いを受けて王さんと遊びに行ったし、王さんのいつメンの人達とも遊びに行った。
みんな私のこと受け入れてくれて、今すごく充実してるし、一個一個挑戦して私は羽切君がいなくても大丈夫だと自信がついて来ているのを感じる。
このままいけば完全に私の中から羽切君を消せるかもしれない。
この感情もモヤモヤも全部。
「鹿沼さん」
そんな事を考えながらスマホをいじっていると声を掛けられた。
顔を上げるとそこにいたのは佐々木君。
二つ隣のクラスから私に会いに来たらしく、その理由はなんとなく分かっている。
「今日のデートなんだけど......」
多少声を抑えているが、それでもクラスの全員にハッキリ聞こえるくらいの声量。
私と佐々木君が話しているだけでも注目されるのに、デートというワードにより一気に注目度が上がった気がした。
佐々木君とデートに行くのは今日で二回目。
一回目は文化祭が終わって二日後の学校帰りに制服のまま駅周りをフラフラして過ごした。
あれをデートと言うかどうかは私にはよく分からないけど、佐々木君がその場で次のデートの予約をしたいと言って来たので、一応デートだったのだろう。
佐々木君がわざわざクラスに来てきょうのデートの事を話に来たのには何か理由があるのだろう。
例えばクラスの男子に向けて、私とデートに行くと公言する事で優越感に浸るとか。
もしかしたら、そうする事で私を狙う他の男子を牽制したという可能性もあるかもしれない。
ミスコンの影響力と舞台上で羽切君とキスをした事が影響して、まるで尻に火がついたかのようにこの学校や他学校の男子からチャットの交換を迫られた。
しかしその中でも実際にチャットを送って来たり、私に直接会いに来た男子はごく少数で、その中でも二人きりでデートをしたのは今の所、佐々木君のみ。
もしかしたら佐々木君は他の男子よりもかなりリードしていると思っているのかもしれない。
普通は一度振られたら二度とチャンスがないと思うだろうが、佐々木君はもう一度チャンスが欲しいと直談判してきた。
私に告白して来た男子の中でそんな事をして来たのは佐々木君のみであり、それだけ本気という事だ。
私を本気で求める男子と付き合うのがベストだと思うが、それでももっと相手がどんな人なのかを見極めたい。
今まで男子と何かをした経験は羽切君くらいしかないから、もっと男の人を知って比べてみたい。
そしたら羽切君よりも好きになれる誰かを見つけられる気がするから。
「楽しみだね」
「最近、隣街にホットカフェラテ専門店が出来たみたいだからさ、そこ行ってからブラブラしたいなって......そういうプランでも良い?」
「うん、良いよ」
「じゃあ放課後、迎えに来るから」
「ありがと」
佐々木君は満足げにクラスを出ていき、同時にクラスの女子が私の元へ集まって来た。
「鹿沼さん、佐々木君と付き合ってるの?」
「ううん、付き合ってないよ」
「でもデートって......それに初デートじゃないよね?」
「今日で二回目。どうして初デートじゃないって分かったの?」
「だって佐々木君、先週のインストで鹿沼さんの後ろ姿の写真撮ってあげてたからさ。“鹿沼さんとデート”って」
「ふーん、知らない間に撮られてたんだ私」
「もしかして佐々木君の事、好きなの?」
「うーん、今はまだそういう感じじゃないんだよね」
「学年一の美少女と一年サッカー部エースのカップルかぁ、何だかドキドキするね」
「まだ付き合ってないってば」
「私の経験上、もうすぐって感じだけどね」
私とデートに行ったという事を佐々木君が写真付きでインストに投稿したというのは初耳だ。
盗撮されて勝手にSNS上にアップされるなんてまるであの日の延長みたいに感じる。
まあ今回は裸でも何でもないけど、こういう事をされるのはなんだか嫌だし、彼に対する信用度も落ちちゃう。
それに、あの学校でイジメて来た不良女子やそれを知っている不良男子がその写真を見るんじゃないかという不安もあって、怖い。
もしかしたら私だと気づいた誰かが、いじめの過去やその時の写真、動画をこの学校の誰かに提供するんじゃないかという不安。
正直、その確率は低くないと思う。
今やネット上で人を見つけるなんて容易いし、ましてや鹿沼という苗字は珍しいし、髪色も珍しい。
もしこれから私の苗字と写真が投稿され続ければ、鹿沼と検索をかけるだけでその苗字を発信したアカウントを発見できるし、そのアカウントの情報を得れば学校も特定できちゃうかもしれない。
私が青春を謳歌すればするほどそのリスクが高くなり、自滅する確率が高まる。
私がイジメられていた事実を知ったら、皆んなはどんな目で私を見てくるのか。
私をイジメてきた女子の中にはずっとスマホを構えて動画を撮ってる人がいた。
もしその人が持ってる動画が出回ったら、みんな絶句するだろうし、デマも噂もいっぱい出てくると思う。
もしそうなった時、私はこの学校や地域に居場所はあるのだろうか。
前までとは違って半年に一回の転校は無いから、一度居場所がなくなったら後は卒業まで地獄を味わう事になるのは想像に容易い。
けど、そのリスクなしに私が青春を謳歌する事は不可能だ。
「鹿沼さんはインストやらないの?」
「あんまり好きじゃなくてね」
「時代に乗り遅れちゃうからやった方がいいよ。それに鹿沼さんだったらフォロワー凄い集まると思うし、インフルエンサーになれるかも」
「私程度じゃ無理だと思うけど」
「絶対そんな事ないって。この学校のミスコン二位だよ? 十月先輩が二年生で史上初ミスコン優勝した時、フォロワー10倍に跳ね上がったんだから」
「10倍!?」
「それに読モにスカウトされたみたいだよ」
「す、凄い......」
改めて凄い影響力だ。
でもそれは十月先輩だからであって、私がそうなるとは限らない。
でも......。
明日で11月。
羽切君が居なくなるまで残り1ヶ月と25日。
私は羽切君の事なんて見えなくなるくらい前に進むと決めたはずだ。
過去に怯えて立ち止まっていたら、すぐにその時が来ちゃう気がする。
「そうだね、私も始めてみる」
「アカウント作ったら教えて。友達になりたいから」
「分かった」
人生初のSNS。
皆んながやっている事とか流行ってる事とかを追いかけないと話題についていけなくなってしまうかもしれない。
色んな不安があるけど、始めてみる事にした。
もし何かあった時、もう羽切君には頼れない。
その時は私一人で対処するし、絶対に迷惑はかけないつもりだ。
「景、行くよ〜」
美香が廊下から顔を出して呼んできた。
私を取り囲む女子達が次の移動教室へと向かい出すと同時に私も教科書を持って立ち上がる。
美香の元へと歩き、一緒に次の授業へと向かった。
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「なあ羽切」
「んー?」
昼休みになりパンを頬張っていると前に座る八木が話しかけてきた。
その表情はなにやら不穏で、俺もパンを置いて前のめりに話を聞く態度をとる。
「鹿沼さんにさ、これから合コンの予定がある時は教えてほしいって言われたんだけど……」
てっきり彼女である佐藤さんについて何か不満やら不安やらを相談しようとしていたのかと思いきや、まさかの鹿沼さんの話題だった。
あのキスから俺達の状況は一変した。
最初こそ鹿沼さんのキスに関しては取り沙汰されていたが、今はその話題が全くない。
その要因は鹿沼さんの変化にある。
ミスコン二位という実績と彼氏を募集しているという発言。
そしてこの学校とこの地域にある××高校の男子と遊びに行き、デートにも行ったという事実。
これらの情報によって、鹿沼さんの彼氏が誰になるのかという話題が俺とキスをしたという話題を大きく上回っているのだ。
多分、皆はあのキスを鹿沼さんが台本通りの行為だったと思っているんだと思う。
仕方がなくしたキスよりも鹿沼さんから行動した男子との関係性の方が人々の目や耳に入りやすい。
それに鹿沼さんが俺という平均的な男子とキスをしたという事実は、他の男子に希望を与えたという事もあり得る。
ミスコンによって学校外にも知れ渡った鹿沼さんという存在と、キスによって学校内の鹿沼さんを求める男子を焦らせたのが今現状起きている事。
サッカー部の佐々木も焦ってる男子の一人だろう。
鹿沼さんという存在が学校内に留まっているならば時間が掛かっても問題がないと思っていたイケメン層が、学校外に知れ渡った事でいち早く自分の彼女にしたいと行動し始めている。
メスを求めるオスの競争。
鹿沼さんがその競争を意図的に沸き立てたわけじゃないだろうが、結果的にそうなってるし、鹿沼さんはそれを嫌だとは思っていないらしい。
現に先週も今日も佐々木と二人きりでデートに行くみたいだし......。
「それで?」
「いいのかよ。ほっといて」
「いーんだよ。俺は彼氏じゃないし、拘束する理由なんかないんだから」
「お前、鹿沼さんに何かしたのか? あんなに仲良かったのに突然距離置いておかしいぞ」
「その程度の関係だったんだよ俺達は」
「キスもしたのに?」
「あれは台本だ」
台本ではないけど、嘘をつく。
鹿沼さんにとって三年の時間を得て青春を送るというのは内心夢見てた事だったはずだ。
同性と遊ぶというのも当然ながら、高校生となれば異性を求めるのは自然な事で、それを邪魔してた発作も適切に薬を飲めば発現しない。
そして鹿沼さんは活発的になって格好内外の男女と積極的に関わり始めている。
そんな鹿沼さんを邪魔するわけにはいかない。
「本当にいいんだな?」
「ああ」
八木は怪訝な表情で俺を見てからスマホに視線を落とした。
俺はこのまま何もしないでこの学校からフェードアウトする予定だ。
文化祭が終わった事で俺たち一年生の学校行事はもう何もない。
後は12月25日まで学校に行って、帰ってきての反復でどう時間を潰すかが問題。
ここから時間のスピードが異常に早く感じるというのは二十回も転校してきたらもう分かってる。
八木がスマホに視線を移したので俺は再度パンを手に取って頬張る。
全て食べ終え、廊下にあるゴミ箱に向かおうと立って教室の入り口へと歩くと、ちょうど鹿沼さんが入ってきた所に出くわした。
一瞬目が合ったが、何も会話せずにすれ違って廊下に出る。
ゴミ箱にゴミを入れて教室に戻ろうかと思ったが、鹿沼さんが教室にいるのが気まずいしあっちもそう感じるだろうと思って廊下を歩いて階段へと向かう事にした。
一人で静かに過ごせる場所といえばあそこしかない。
途中でホットの缶コーヒーを買って、俺は屋上へ向かった。
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もう11月で寒いという事もあってか、屋上には人がいなかった。
俺は校庭が見えるベンチに座ってホットコーヒーをチビチビと飲みながらスマホで英単語アプリを開き、勉強する。
「羽切君〜」
しかしあまり勉強に集中できずに金網の向こう側を眺めていると、真後ろから声が聞こえた。
見るとホットの紅茶花伝を手に持って立っている戸塚さん。
「隣いいかな〜?」
「どうぞ」
鹿沼さんとの関係が無くなっても俺達の周りにいる人達が消えるわけじゃないから、戸塚さんや八木などのグループ内での会話は普通にしている。
しかしやっぱり前と雰囲気が違うし、突然鹿沼さんが変わってしまったのにも困惑しているはず。
戸塚さんは俺の横に座り、紅茶花伝を一口飲んで「ふ〜」と白い息を吐く。
白い息が出たという事は、今の気温は13℃以下という事になる。
もう11月だから当然だが、やっぱり寒い。
「それで、どうしたの?」
「何が〜?」
「こんな寒い日に屋上来るなんて何か用事があったんじゃないの」
「いいや〜? ただ羽切君が寂しそうな顔して歩いてたからついてきただけ〜」
「そんな顔してないよ」
「今だってしてるじゃん〜」
今まで何万回って自分の顔を見てきたけど、寂しそうな顔がどんなか知らない。
多分また戸塚さんの戯言だろう。
「景の事なんじゃないの〜?」
「別に何とも思ってないけどね」
「もう素直になりなよ〜。失って初めて気付く事もあるんだよ〜」
「気付くって?」
「羽切君が景の事好きだって事〜」
「......」
長年理解できなかった、“好き”という感情。
鹿沼さんに対する特別な気持ちは他の女子と一緒にいても感じないもので、鹿沼さんが他の男と遊んだりデートに行き始めた事による喪失感に胸が張り裂けそうなのは事実だが、これが好きなのかどうかなんて俺には分からない。
いや、認めたくないだけなのかも。
異性に対して恋愛感情を抱くというのは、いわば爆弾の導火線のようなもの。
恋愛関係に発展したら火が点火され、少しづつ短くなっていき、最後には爆発して終わり。
転校というイベントもそうだし、親の関係も見てきたから分かる。
バッドエンドだと分かっている物語を読んでいても面白くないように、いつかは終わると分かっている関係を築くなんて事、俺には怖くてできない。
「黙ってるって事は認めたと同義だよ〜?」
「もしそうだとしても、もう俺は鹿沼さんと一緒にはいられないんだよ」
俺がそう言うと戸塚さんは立ち上がって俺の目の前にある金網に寄りかかって再度俺を見る。
「ねえ、教えてよ〜。いつ転校しちゃうの〜?」
戸塚さんの口か出た転校という言葉。
顔を上げて戸塚さんを見ると珍しく真剣な表情をしていて、予想や憶測で言っているわけじゃないとわかった。
「12月25日」
今まで転校前に自分が転校すると公言した事は一度もない。
先生にも言わないでくれと頼んでたし、本当に初めての事だ。
恐らく戸塚さんは鹿沼さんから聞いたのだろう。
そうじゃなきゃ、名探偵以上の超能力者だ。
「来月じゃん〜」
「そうだね」
「景の事、本当にもうどうでもいいの〜?」
「仕方がない事なんだよ。これは鹿沼さんの為でもあるから」
「大切にしてるんだね~。大切な女を他の男に奪われるってどんな気持ち~?」
「モヤモヤしてるけど、これで良いんだと言い聞かせてるよ。現に鹿沼さんも前を向いて青春を謳歌しようとしてるみたいだし」
「いいや〜、景はただ羽切君から逃げてるだけだよ〜」
「発作も無くなって俺と一緒にいる理由がなくなっただけだと思うよ。ミスコンで二位になったし、自分の価値に気づいて俺とは釣り合わないと思ったんじゃないかな」
俺がそう言うと戸塚さんは金網から離れて俺の目の前に立ち、前屈みで俺の顔を覗き込んできた。
「景がそんな女じゃ無いって分かってる癖に、言い訳が多いね〜」
「言い訳じゃないけどね」
「どうでも良いけどさ〜、このまま転校したらもう二度と会う事も連絡取る事もしなくなっちゃうって事をもっと真剣に考えた方がいいと思うな〜」
「それは......どうでも良いならほっといてくれ」
俺が真剣に考えていないと言われて少しムッとなってしまった。
真剣に考えた上で今の状況なのだ。
色々犠牲にした上で鹿沼さんと距離を置くと決断し、鹿沼さんもまた同じように距離を取るようになった。
それが最善だったというただそれだけの事。
「分かったよ〜」
戸塚さんは俺の横を通り過ぎて出入り口へと歩き始める。
「ところで景は学校終わったらそのままデートらしいけど、こっそり見に行く〜?」
「行くわけないだろ」
「え〜、絶対楽しいのに〜」
「バレたら怒られるぞ」
「じゃあ私一人で見に行っちゃお〜」
「勝手にしなよ。怒られても擁護しないからな」
「はいよ〜」
手を上でヒラヒラと動かし、戸塚さんは屋上の扉の中へと消えて行った。
昼休みが終わるまで残り三分。
スマホを確認するとチャットの通知が一件入っていて、見るとそれはクリストファーさんからだった。
内容は二人で遊びに行かないかというお誘い。
正直、佐藤さんや一色さんの事もあるからこの誘いを承諾するのはちょっと気が引ける。
しかし同時にクリストファーさんを利用したいと思っていたのは事実。
利用というと聞こえが悪いかも知れないけど、英語で会話をする練習が必要なのだ。
英会話教室に通ってるわけじゃないし、英語を話せる友達もいないしでスピーキングの練習が今までできていなかった。
そういう意味での利用。
俺はその誘いを承諾した。
ただし、二人で遊んだ事は誰にも言わないで欲しいという条件付きで。
すると直ぐに「Cheater!」と返事が返ってきた。
俺は最初何を言っているのか分からなかったが、スマホで調べるとそれがスラングであることが分かった。
「浮気者ねぇ......」
言葉の意味はさておき、やっぱりクリストファーさんから学べることが多いと分かり少しだけ興味が出てきた。
俺に残された時間は少ない。
この時間の間で少なくとも日常会話ができるくらいにはなっていないと学校の授業にもついていけなくなってしまう。
そんな焦りを感じながら俺は立ち上がり、教室へと帰る事にした。