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【112】 二学期(文化祭⑥)

 ついに始まった我が校の文化祭。

 この地域にある三校で最後の開催校であり、大目玉と言われているのがミスコン・男コン。

 容姿に順位をつけるってどうなの? って俺は思ったんだけど、合コンとかも含めて男女に関するイベントが盛んであることを考えると自然な流れかとも思った。

 


「やっぱ可愛いな鹿沼さん」

「バスケの時もそうだけど、お淑やかな感じより動き回ってる方が好きだなぁ」

「えぇ? 俺は大人しくしてる方が好き」

「マジかー」



 俺の右隣で話す男子。

 体育祭の時、バスケをしていた鹿沼さんをエロの視線で見ていた先輩達だ。

 なんでまた俺の隣にいるんだよ……と思ったが、鹿沼さんを見るために校庭に来たという男子も少なからずいるし確率としてはありえなくはない。



 再度、視線をステージに戻す。

 鹿沼さんは長袖のパーカー姿で踊っていて、すごい魅力的だ。

 踊りのキレも、表情も、揺れる胸も、魅力的過ぎて胸がザワザワし始める。

 俺にしか見せなかった活発な姿を他の人に見られてしまっている事にここまで感情がざわつくとは少し予想外で困惑してしまう。

 今日は発作が無くなった鹿沼さんの晴れ舞台として色んな面を見られてしまうのは覚悟してたけど、ここまでとは……。

 


「もしかしたら初の一年生ミスコン優勝者が現れるかもな」

「それはねえよ。組織票が強すぎる」

「ってもあの可愛さだぜ?」

「この学校のミスコンってのは三年生に優勝者が出るんだよ」

「でも去年は十月とおつきさんが優勝したじゃん」

「去年のあれはこの学校の歴史上初らしいぜ。十月さんは後輩からの人気もすごいし、史上初の二年三年連続優勝が濃厚って噂されてる」

「半端ねえな」



 この学校のミスコン・男コンはほぼ全ての年度で三年生が優勝する。

 もちろん自由投票制だから絶対とは言えないけど、やはり三年生という卒業間近の組織票というのは強く、後輩にとって憧れの先輩という形での票も入る為ほぼ確実と言える。



 “ほぼ“というのは去年その傾向から初めて外れたからだ。

 去年は今の三年である十月先輩が史上初の二年生優勝者となったらしく、それだけで相当な人気者であることは間違いない。



「鹿沼さんミスコン優勝しちゃったりして」



 右からの会話を盗み聞きしていると、今度は左から俺に向けての話し声が聞こえた。

 見るといつの間にか佐切さんが立っていて、ステージを見ていた。



「それはないな」

「うわ、信用してないの?」

「信用云々じゃなくて、学校中の雰囲気が”どうせ十月先輩でしょ“みたいになってる」

「そんな雰囲気ないと思うけど」

「俺にはヒシヒシと感じる」

「でも今あのステージを見てる人達はその考えを改め始めてるかも」

「全校生徒が見てるわけじゃないし、厳しいと思うよ」

「羽切君は鹿沼さんに優勝して欲しくないみたいだね。独占欲?」

「論理的思考」

「雰囲気がヒシヒシと感じるとかほぼ感情論じゃん」

「まあ、確かに」



 今日のミスコンも十月先輩が優勝すると見込まれ、史上初の二年三年連続優勝の期待は大きく、鹿沼さんの優勝は薄い。

 独占欲では無いけど、心の奥底では鹿沼さんに優勝して欲しくないって思ってる俺は多分ひねくれてるんだろう。



「佐切さんは十月先輩って見た事ある?」

「同じ中学出身」

「マジで? 俺見た事ないんだよなぁ」

「私あの人嫌ーい」

「なんかあったの?」

「別に何もないけど、気に入らないんだよね」

「可愛い人とか美人な人は嫉妬されやすいってやつか」

「私が可愛くないって言ってるの?」

「いや、そういう意味じゃなくてだな……」



 そう解釈されても仕方がない。

 ただ容姿にも優劣があって好き嫌いがあるってだけ。

 中には可愛くて多くの異性からモテる人もいれば、そうでない人も当然いる。

 当然モテる人は嫉妬されやすい。

 特に女子はその傾向が男子に比べて顕著な気がする。

 


「分かってるって。私が鹿沼さんとか十月先輩と比べたら可愛くも美人でもないくらい」

「へー、認めちゃうんだ」

「私が気に入らないのは容姿とかじゃない」

「じゃあ何?」

「十月先輩、中学の時いっくんとものすごく仲良しだったの。噂では付き合ってたとも言われてた」

「で、実際付き合ってたの?」

「分からない。でもただならぬ関係だったのは間違いないと思う」

「やっぱ嫉妬してるんじゃん」



 俺がそう言うと、佐切さんは俺の顔に向けて手を伸ばしてきた。



「いててててっ!」



 そしてホッペを本気でつねられ、俺は激痛に悶絶する。

 亀野と佐切さんをくっ付けるのはもはや絶望的になったなこりゃ。

 恋敵が今この高校で一番の人気を持つ十月先輩じゃあ勝ち目がない。

 それも中学時代仲良しでただならぬ関係となれば、今もどこかお互いを意識してしまってるとかもありそうだし。

 っていうかだったら海の時に佐切さんが言った「いっくんの好きな人は鹿沼さんだと思う」って発言は何だったんだ。

 中学時代を知っている佐切さんなら普通は鹿沼さんじゃなくて十月先輩ってそこは言うだろ。



「よし、クラス帰ろーっと」

「俺も戻る」



 鹿沼さんのダンスが終わたので俺は佐切さんと一緒にクラスへ向かう。



「羽切君のクラスは何してるの?」

「ウチは屋台」



 俺たちのクラスの出し物は屋台。

 それも校庭ではなくクラス内での屋台。

 フランクフルトやたこ焼き、たい焼きをクラスの出入り口を除いた壁際にそれぞれ場所を設けて中心にイートイン用の机と椅子を用意している。

 午前中見た時は結構盛大に賑わっていて、中々の収益になりそうな予感がしていた。

 ちなみに利益はクラス全員で分ける予定。



「あれ美香じゃない?」



 クラスへと向かっていると、廊下の端で立ち止まって何かをしている戸塚さんの後ろ姿が見えた。

 近づくと戸塚さんの正面には知っている人物がいて、何やらお話をしている模様。



「美香、その人ってもしかして......」



 佐切さんもその人物を目にしてすぐに誰なのか理解したらしい。

 戸塚さんは振り返り、その人物を紹介する。



「景のお姉さんだって〜」

「お姉さん!?」



 奈々美さんめ......見た目若いからって嘘つきやがったな。

 


「そちらは?」

「さ、さ、佐切恵麻です! その......景さんとお友達させてもらってますっ!」

「ぷはは、よろしくね」

「こちらこそ!」



 佐切さんの挨拶が終わると、奈々美さんは俺の前に立ち、ニヤニヤしながら顔を近づけてきた。



「あなたは知ってるわ。よろしくね羽切成君?」

「ええ、よろしくお願いしますね。20歳以上年上のお姉さん?」



 俺が小声でそう言うと、鼻を強く掴まれた。

 


「もう少しお姉ちゃん設定で行くつもりだから、邪魔しないでよね?」

「どう考えても無理がありますって」

「大学生設定ならまだいけるはずよ」

「オバさんが大幅に年齢サバ読んで何するつもりですか?」

「私はまだオバさんじゃないってば! 何するかってそりゃ......若くて良い男を探す為よ」

「それは景さんの為に?」

「私の為」

「意味が分からないんですが」

「私の再婚相手に相応しい男子高校生を見つけるの!」



 ダメだこの人、終わってる。

 まあ多分これは冗談で、本当の目的は鹿沼さんの友達を知りたいという事なんじゃなかろうか。

 思えば俺達の親は俺達の友人関係とかを知った事も気にした事もないはずだ。

 けど今回、奈々美さんは鹿沼さんを日本に置いて行く決断をしたことで今までとは違った長期的な学校生活を与えた事や、今日の夜にイギリスへ出発して鹿沼さんを一人にしてしまうことから、友人関係などの身辺調査を行いたいんだろう。

 

 

「佐切さんと戸塚さんは誰かと周る約束とかあるの?」

「ないです~」

「私もないです」

「じゃあ私と一緒に周っていかない?」

「大賛成~!」

「私も大丈夫です......羽切君は?」

「羽切君はシフトだから無理だね〜」

「あらー、それは残念」

 


 奈々美さんの顔は全く残念がっておらず、何故か嬉しそうだ。

 俺のシフトは10分後。

 十分な時間はあるが早めに行って準備をしたほうが良さそうだ。



「それじゃ奈々美さんまた後で」

「はーい」

「あっ、14時から景さんのミスコン。16時から演劇ですからね」

「分かってるわ。ダンスも最高だったし楽しみにしてる」



 年齢を大幅にサバ読んで高校の文化祭に参加する奈々美さんはテンションが高い。

 学生時代の奈々美さんってこんな感じだったのかな。

 そう思いながら俺はクラスへと向かった。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 この高校の文化祭で最も注目度が高いミスコンが始まった。

 ミスコン自体は文化祭の前から始まってはいるが、予選を突破した各学年3人の合計9人が体育館のステージで一人一人アピールをするという時間が訪れたのだ。

 予選で投票が少なかった順らしく、私は最後から二番目の席。

 私はこの学校の全生徒中二番目に多く投票を得ていて、先輩とかがいる中で身を小さくしながらその時を待っている。



「終わった~!」



 次々と舞台袖から出て行って舞台上でアピールし、また戻ってくる。

 アピールの場は実はそこまで時間があるわけじゃない。

 一人10分。

 司会者からの質問や体育館に集まった大勢の中からの質問に一つ一つ答えて最後に一分間、自由にアピールするという短時間決戦なのだ。

 しかしこれは最初で最後のアピールの場であり、短い時間ながら大勢の人が体育館に集まっている。

  

  

 時間が近づくにつれて、私の緊張がドンドン大きくなっていくのがわかった。

 大勢の前で何かをするのって初めてだし、こういうイベントだから大勢の好意の視線が私に向いてくるだろう。

 朝に薬を飲んだから発作が起きることはないとは思うけど、それでも怖い。



「大丈夫?」



 ガタガタ震えていると、右隣の人から声が掛かる。

 見ると恐らく先輩であろう人が心配そうな目でこちらを見ていた。

 座っている場所が左から順に舞台へと行っているので、この人は予選で最も票を得た人という事になる。

 確か順位表には十月先輩って書いてあったっけ。

 どこかで聞いたことがあるような名前だなと思っていたから覚えている。



「だ、大丈夫です」

「あなた、鹿沼さんでしょ?」

「え、あ、はい」

「すっごい可愛いね。三年でも話題になってるよ」

「そうですか......」

「だからそんな緊張しないで胸張ってればいいの」

「ありがとうございます......」

「ところで胸、何カップなの?」

「えっと......Fです」



 緊張で思わず自分のカップ数を言ってしまった。

 しかし十月先輩の口調から優しさが滲み出ていて、何だか安心する。



「私はC」

「聞いてません」

「もしかしたら今年は鹿沼さんが優勝かもね」

「それは無いですね」

「そのオッパイと無垢な可愛さで男性票は一位だったのに謙遜するの?」

「別に嬉しく無いですし、同性からの票の方が嬉しいです」

「あっ、分かっちゃった。彼氏がいるから異性からの票を毛嫌いしてるんでしょ? 残念だけど異性からの票が多い方が彼氏さんは優越感に浸れてもっともっと大事にしてくれるよ?」

「彼氏いないですし、いた事もありません」

「またまたー、嘘つきだね」

「本当ですって」

「じゃあ処女か」

「そ、それは......」

「その反応......本当なんだね」



 何だか悪口を言われた気がして再度先輩を見ると、微笑みながらこちらを見ていた。

 まるで赤子を見るかのような優しい瞳に貫かれて何だか恥ずかしくなってくる。

 こういう話は女子の間でも日常的に話題となる事はあるけど、今は十月先輩という私よりも二つ歳上でこの学校の先輩と話しているのだ。

 しかも史上初の二年生ミスコン優勝者であり、今年も優勝候補筆頭の超絶美人と。



 この地域にある三校は関わりが深く、伝統的な合コン等が行われているため男女の距離が近い。

 十月先輩はミスコン優勝者としてこの地域で有名だろうし、その美人さ的に男を惹きつけてきた筈。

 ならばちょっと先輩の話を聞いてみたいという気持ちが込み上げてきた。

 


「先輩はその......合コンとかって行ったことありますか?」

「一年生の頃に一回だけ」

「あっ、先輩くらい美人だと引く手あまただから合コンなんて行かなくて済むか......」

「何それ嫌味?」

「いやっ、そういうわけじゃないです」

「鹿沼さんこそ引く手あまたでしょ?」

「いいえ、告白とかデートに誘ってくる男子はごく少数です」

「だよね、私も同じ。結局どれだけ美人でもどれだけ可愛くても告白とかデートに誘うとかしてくる男子って本当に一部なんだよね。やっぱり凄い勇気がいるし告白なんて一回断られたら一生ノーチャンスみたいなもんじゃん? だからある程度、自分に勝算があると思ってる人しかしてこないんだよね」

「その通りだと思います。それに私、結構そういうの苦手なんです。なんか出会い方とか重要だと思ってますし、出会い方が普通でもコツコツとお互いを知って行きたいみたいなのもあって、そういうのを全部すっ飛ばされるとこっちとしては不安っていうか怖いっていうか」

「うんうん、私が一年生の時も同じ感じ方だったからすごく良くわかるよ。でもね、その考え方ってすごく贅沢だと思わない? 私達は私達に告白するだけの自信がある、いわゆる“良い男”を選ぶことが出来るんだよ?」

「まあ......確かにそういう考え方も出来ますね」

「だから鹿沼さんも突然の告白はともかく、デートのお誘いは全部行ってみた方が良いと思うよ。リードしてくれたり頑張って楽しませようとしてくれる“良い男”を知れるからね」

「じゃあ先輩の彼氏は厳選した人なんですね」

「いいや、私は高校生の間に彼氏は作らなかったよ」

「へ?」

「ちょっと男にトラウマがあってね」



 男にトラウマ。

 私にそっくりなそのワードが出てきて、さらに親近感が湧いた。



 美香のお父さんの経営している診療所にたまに行ってお話をするのだが、前に興味深い事を言われたのを覚えている。

 話題は私の発作が起きる原因の“好意の視線”とはなんなのかという話だった。

 先生はあくまで仮定的な話だと前付けした上でそれは女性の変化に対する恐怖心からきているかもと説明された。



 どういう意味かというと、思春期を迎えた女というのは男よりも体の変化が激しいため、その変化に精神がついて行けないという事。



 膨らんでいく胸と増える毛。

 脂肪がつくお尻やお腹、太もも。

 毎月来る生理。



 毎日そういう変化を目の当たりにして否応なしに自分が女になっていく事を自覚し始め、同時に日常生活の中で少しづつ異性を意識し始めるらしい。

 しかし私の場合は違った。

 確かに毎日の体の変化は自覚してたけど、異性を意識する事も自分が女になっているという意識もほとんどなかった。

 それは半年に一回の転校によって半年を過ごすために他人を分析してなんとかやり過ごそうとしていたからだと思う。



 しかしそんな私が初めて女としての自分を意識したのがあのイジメ。

 私が淫乱だと掲示板に書かれると毎日家に不良男子が来て卑猥な言葉を放たれ、その掲示板に書かれていた事を実行されるんじゃないかと怯えたあの日々。

 不良女子からは私が如何に男を引き寄せる淫乱な女かを暴力を振るわれながら説明されて、体を隠すブラやパンツを脱がされそうになり、最後には撮影されて異性に拡散されそうになった。

 普通の人ならゆっくりと日常生活の中で意識し、自覚していくはずのその感覚を私は一瞬で強烈に感じてしまった。



 だから時が経っても過度に好意の視線に怯えてしまい、それが発作になったのではないかと先生は言っていた。

 そしてこの“好意の視線”というのも私の強烈な意識改革によって感覚が敏感になってしまっている事による思い込みだとも。

 

 

「あの......良ければそのトラウマの話、聞かせてもらえませんか?」



 私はトラウマについて聞いてしまい、すぐにハッと自分のしてしまった事態に気づいた。

 トラウマになる程の何かがあったのに、それを話してくれなんて私だったら嫌だからだ。



「いいよ。でも、これは絶対他言しないでね」

「いいんですか?」

「もちろん。これは今後の鹿沼さんにとっても聞いて損はないと思うから」



 十月先輩は私から視線を外して真正面を見て話し出す。



「三年前、私には彼氏がいたの」

「三年前っていうと、中学生時代ですか」

「うん、中学三年生の時。人一倍真面目で結構良い関係築けてた筈なんだけど......私に魅力がなかったみたいで、変な感じで終わっちゃったの」

「それは......自然消滅ってやつですか?」

「そう、自然消滅。どうやら彼が私に対して抱いていた理想と現実にギャップがあって冷めちゃったんだと思う。ほら、中学生の恋愛って何もかもが初めてじゃん?」

「理想と現実......」

「彼にとって私は良い匂いで、想像通りの綺麗な体をしてて、何もかもが清潔だと思ってたんだと思う」

「それってつまり......」

「そう、初エッチが上手くいかなかった。私は初めて異性に体の隅々まで見られて恥ずかしかったのに、彼のアソコが十分に勃たなかったの」

「......」

「童貞男子って結構あるみたいだよ。そういうの」



 私は今の話を聞いて、やっぱり何処かで聞き覚えのある話だと感じた。

 十月先輩という名前とそのエピソードどちらも聞いたことがあるなんて絶対変だ。

  


「鹿沼さんは一年B組だっけ?」

「はい、そうです」

「じゃあ同じクラスだね私の元彼」

「えっ!?」

「亀野君って言うんだけど。あっ、学級委員長もやってるね」



 亀野君亀野君亀野君亀野君亀野君亀野君亀野君亀野君亀野君......!?!?!?!?

 山に向かって叫んだ時のように頭の中に鳴り響くその名前。



 そうだ思い出した。

 羽切君と佐切さんのデートの時、亀野君の初体験失敗エピソードだ。

 そしてその相手が十月先輩って言ってたし、美香も相当な美人だとも言っていた。

 


 全ての謎が繋がったが、同時に二人の話に大きな違いがある事にも気づいた。

 亀野君から聞いた初体験失敗談は決して十月先輩に対する理想と現実のギャップによって起きたことではなかったのだ。

 むしろ亀野君はヤル気満々で十月先輩のことを本気で愛するつもりだったらしいし、今でも好きな気持ちは消えていない。



 問題があったのは亀野君の方だったのだ。

 亀野君の男性器の問題。

 美香ですら驚き、知らなかったくらい構造的な部分。

 ほとんどの人が成長と共に解決するはずのそれが亀野君はまだだった。

 もしくは練習? を怠っていたために本番になって準備ができていなかったとも言える。



 原因がそれだと十月先輩は知らない......?

 いや、そんな話をするのは情けないと思って亀野君も言い出せないままギクシャクして消滅してしまったという可能性が高い。

 それを十月先輩は自分の体が魅力的じゃなかったから愛してくれなかったと今も勘違いしている。

 


 何でも言い合える仲と思っていても、自分の体の事や言ったら相手が気持ち悪がられる可能性がある事は言えないし、本番直前になって何が問題かを話し合えずに終わってしまったのは亀裂が入ってもおかしくない。



 私には十月先輩と亀野君の事についての真実を話す権利はない。

 亀野君は今でも十月先輩の事を想っているのかもしれないけど今更真実を話すのは二人をただ傷つけるだけかもしれないから。

 過去には物理的にも精神的にも戻る事は不可能。

 あの時こうすれば良かった、ああすれば良かったと解決不可能な事に悩んでしまうのは本当に苦しいものだと私はよく知ってる。



「ま、彼の事はもう良いの」

「そういう経験をして不安にならなかったんですか?」

「ずっと不安だったよ。私の体って男の人にとって一瞬にして魅力がなくなるくらいの欠点があるんだってね。でも前に進めた」

「それってもしかして......」

「うん。私の全部を知っても最後までしてくれた人がいてね、やっと自分に自信が持てるようになった」

「良かったぁ」

「鹿沼さん、本気で私の事心配してたの? 優しいねー。よしよし」



 十月先輩はスッキリした表情で私の頭を撫でてきた。

 十月先輩のトラウマが無くなったのは良かったけど、亀野君からしたら最悪な話。

 今でも好きな学校一の美女元カノが他の男に奪われたのだ。

 これはいよいよ絶対に本人には言えない。

 


 しかしちょっと待って。

 十月先輩は彼氏はいないし作らなかったと言った。

 でも初めてを経験したと。

 それはどういう事なのだろうか。



「えっと、その男性は彼氏では......ないんですか?」

「彼氏じゃないよ」

「ど、どういう関係で?」

「うーん、どういう関係かって説明するのは難しいけど......まあセフレに近い感じなのかなぁ?」

「セックス......フレンド!?」

「××高校の三年生。見た目は可愛くて大人しい性格だけどすごく臆病。そういう性格だから自分からは何もしない無害男なんだけど、相手から求められたらするタイプ。セックスだけじゃなくて遊園地に誘ったりしたら来てくれるよ」

「それって......ただ大人しいイケメンのヤリチンじゃないですか」

「まあ今の紹介だとそうなっちゃうよね。でも彼のおかげでずっと重荷になってたトラウマを克服して自分に自信を持てた。本当に感謝してるよ」

「そうですか」

「成長ってのはさ、行動の先にしか無いんだよね結局。過去の事に囚われてグズグズしてた時間が馬鹿みたいだよ本当に。自分に自信が持てたからかな性格が明るくなったし、ミスコン優勝も出来た。鹿沼さんも悩んでることとかあったらとにかく行動に移したほうがいいよ。二者択一があるなら一方を限界まで行動に移して、ダメだったらもう一方の選択肢を追求する。悩んでる暇があるなら全部の選択肢を行動に移せば解決するだろうからさ」



 なんていうか......大人だ。

 十月先輩の横顔はキラキラしていて、凄く充実しているのが伝わって来た。

 その横顔を見ていると、私の中にある悩みが払拭され頑張って一歩踏み出してみようって気になって来る。



「鹿沼さんー、ステージへどうぞ!」

 


 すぐ左の席に座っていた先輩がステージから戻って来て、私が呼ばれた。

 気づいたら体の震えが止まっていて、なんか自信が漲っているのを感じる。



「頑張って」



 右隣の十月先輩から背中をポンポンと叩かれ、立ち上がる。



「ありがとうございます」



 私は一度お辞儀をしてステージへと歩いた。

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