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【111】 二学期(旅行③)

うつ病とやらとは無縁の人生を送ってきた筈なのに、病院で診断されてしまった。



投稿長い間なくて申し訳ない。



 ・次は文化祭を書くつもり。



 今回の話はうつ病の僕が書いていて、治ったら普通の僕が書き直すかも。


 蜂に刺されて20分が経過し、時刻は0時30分と日付が変わった。



「だぁからぁー、景と成君は結婚するんだってばー!」

「まだ高校生だし時期尚早。今はいっぱい恋愛して異性を知る時期よ」

「やだやだやだだあああ! 他の男に穢されたくないの!」

「女はたくさん抱かれて本当に自分に合った人を見つけるべきなのよ。女のほうが色々とリスクが多いんだから」

「いっぱい抱かれて選んで離婚したくせに」

「う、うるさいわねっ!」

 

 

 酔っぱらった母親二人の会話に入ることが出来ない私は、ジッと羽切君が帰ってくるのを待っている。

 体調には変化がなく、アレルギー反応は起きる予感もない。

 

 

「景は私達みたいに純粋な初めて同士でゴールインするのっ!」

「その確率は低いわね。それに結婚はゴールじゃなくてスタートライン。その後の方が長いんだから」

「うるさいうるさいうるさいっ!」


 

 お母さんが子供のように両手両足をジタバタとしはじめ、千尋さんはお母さんの上に跨って制圧した。

 会話は大人だけど、行動はまるで学生時代に戻って修学旅行に来ているかのようだ。



「景ちゃん、ごめんなさい」

「突然どうしたんですか?」

「成と離れ離れにさせてしまう事、私も本気でどうするか考えたけどやっぱり連れて行く事にしたのを謝りたくて」

「い、いえ......私も条件をクリアできなかったし、それにナル君はイギリスに行きたがってるみたいなので......」



 千尋さんも少しは私達のことを考えてくれていたらしい。

 だけど結局、連れて行く事にした。

 それには多分、羽切君の意向もあったんだと思う。

 


 私は羽切君の話題になって少し焦っている。

 目の前にいるのは羽切君のお母さんで、私が彼を好きなのを知っているから。

 そして千尋さんから出された条件をクリアできなかった事も知っている。

 何もできなかった後ろめたさから羽切君の話題で話すのが嫌だと私の心は言っていて、羽切家の観察眼が私のそういう悩みや苦しみを全部見切られているような気がするのだ。

 嘘も言い訳も通じないような視線に「答えにくい質問はやめて!」と心で訴え始め、それが硬直となって体に現れている。

 


「正直、私も困惑してるの」

「困惑……ですか?」

「イギリスか景ちゃん、どっちを選ぶかって聞いたら即座にイギリスに行くって答えたのよ成は」

「それは当然だと思います。私はナル君に色々してもらって助けられました……でも私はナル君に何も与えれてないんですから……」



 私は羽切君にいっぱい助けてもらったし、色々与えられた。

 でも私が羽切君に与えたものが思いつかない。

 結局私が羽切君に甘えてきたばかりで、彼を甘やかすことは出来なかったということだ。

 


 最近になって考えたことがある。

 羽切君にとって私みたいな甘えん坊な女は似合わないんじゃないかって。

 もっとしっかりしてて、羽切君の手を煩わせないような女性を好むんじゃないかなって。



「景ちゃんは他の男子と恋愛する気はないの?」

「私は今まで男性を避けてきました。だから一から関係を築く方法もわかりませんし、まだちょっと怖いんです」

「そっかぁ……私はね、イギリスに行くっていう成の決断を邪魔したくない。同時に景ちゃんを成に固執させて腐らせたくもないの」

「そうですか......」

「本心では景ちゃんみたいな可愛い子、成とくっついて欲しいって思ってる。だから景ちゃんが他の男子と関わりを持って、成以外の男を知ってしまうのが私も怖い」

「ナル君よりも私が好きになれる男子がいるかもしれないのを恐れてるんですか?」

「うん」

「男の人ってそんなにバリエーションあります?」

「色んな性格の人がいるし、色んな過去を持つ人がいる。十人十色よ。当然、景ちゃんに近づいてくる男は皆んな自分に自信があって景ちゃんを自分の女にしたい欲が強い人ばかりだと思う。そういう男は女にとってすごく魅力的に見えちゃうものよ」

「そんなもんですかね」



 本気で私を求める男。

 女はそういう男に魅力を感じちゃう……か。

 もし本当にそういう男が目の前に来たら、その人を羽切君より魅力的だと思っちゃうのかな。

 羽切君の事、どうでも良くなっちゃう……のかな。



 なんだかそれも怖い。

 でも現実問題、私も前に進まなくてはいけない。

 せっかく得た高校3年間を無駄にしないように。


 

「うげーっ、ちーちゃんそろそろ離して!」

「ゴメンゴメン」

 

 

 お母さんは頬をプクーっと膨らませてフラフラと起き上がった。



「母さん、あんま飲ませ過ぎんなよ」



 羽切君が帰ってきて私の横に座った。

 


「まだ缶ビール一本よ」

「缶ビール一本でこんな酔わないだろ」

「奈々美はアルコールにめっぽう弱いの。大学時代、奈々美が飲み会に行くって言ったら絶対私がついて行ったんだから」

「へー、面倒見良いんだな」

「じゃないとこの人、お持ち帰りされちゃうでしょ?」

「こんだけ綺麗だと......まあそうか」



 私もレモンサワー一杯で記憶が飛ぶほどアルコールが弱いしこれは遺伝なのだろう。

 偶然だけど、あの時知れて良かった。



「鹿沼さん、体調大丈夫そう?」

「うん。ありがと」


 

 私の体調に変化は全くない。

 しかし私がそう告げると、羽切君は顔を近づけてきた。



「な、何?」

「なんか眠そうな目してる......まさか母さん、鹿沼さんに飲ませてないだろうな?」

「飲ませてないわ。もう0時45分だし、普通に眠いんでしょ」

「じゃあ、部屋戻ろうか」

「うん」

「ちょっと待ちなさい」



 私と羽切君が部屋に戻ろうと立ち上がったところで千尋さんに呼び止められた。



「お酒、買ってきてちょうだい」

「こんな時間に外出たら補導されるし、お酒は未成年じゃ買えないんだよ」

「大丈夫大丈夫、ほら一階にお酒の自販機あったでしょ。お金あげるからほら」


 千尋さんは財布から3000円取り出し、何故か私に渡してきた。



「3000円って、どんだけ飲むんだよ」

「二人で運べる分。全部使う必要ないわ」

「種類は?」

「売ってる全種類買ってきて」

「へーい」



 羽切君は畳の上に落ちている買い物袋を手に取り、歩き出した。

 私もその背中を追うようにして歩く。

 チラリと千尋さんを見るとなんか含みを持った笑顔で手を小さく振っていた。



 部屋を出るともう従業員も含め誰もいない。

 温泉も入れないし、この時間だとほとんどの人が室内で寝てるか楽しんでるかしてるはずだ。



 私達は一階に降りて自販機の前へと向かった。

 今時珍しい、アルコール飲料の自販機。

 ビール、カップ酒、酎ハイと色んな種類のお酒が売っている。



「どうしようか」

「うーん」

 


 思っていた以上に種類が多くて羽切君も困っている様子。

 それぞれのお酒にそれぞれのメーカーや味があって、3000円だと全部は買えない。



「まあ、適当でいいか」



 3000円全部を入れると羽切君は一本のビールを買った。

 ガタンと落ちる缶。

 そしてお釣りがジャラジャラと出てきた。



「えっ、そういう感じ?」



 まさかの一回一回お金を入れて買わないといけないスタイルの自販機だった。

 これだと3000円分買うのは結構面倒くさい。

 羽切君はビール缶一本を取り出し、お釣りのお札と硬貨を手に取ると回れ右して自販機から離れ出した。



「どこ行くの?」

「ちょっと時間潰そうと思って。鹿沼さん眠かったら先部屋戻ってていいよ」



 羽切君は大きな窓のある空間のソファーに腰掛け、ビール缶をプシュッと開けた。

 私は帰ることはせず、羽切君の横に座る。



「私達、まだ未成年だよ」

「ビールの味、興味あってね」

「私も飲む」

「ダメだよ」

「ナル君だけズルい!」

「わかったわかった」


 

 羽切君は自販機の横にあるウォータークーラーの紙コップを取りに行き、戻って来た。

 そしてその紙コップにビールを注ぎ、一つを私に差しさす。

 私がビールの入った紙コップを受け取ると、ニヤニヤしながら私を見た。

 そのニヤニヤ顔をみて羽切君が何をしようとしているのか理解した私は、紙コップをタイミングよく羽切君のとぶつけた。



「「かんぱーい!」」



 そしてビールを口の中へと流し込む。

 物凄い苦くて、独特な香り。

 端的に言うと、マズイ。



「マッズ!」



 羽切君もまた同じように思ったらしい。

 苦そうな顔で私を見た。



「ナル君の舌はまだまだお子ちゃまだね」

「えっ、不味くないの?」

「全然?」



 私は強がって紙コップに入ったビールを一気に飲み干す。

 するとすぐに羽切君が紙コップいっぱいに再度ビールを入れて来た。



「ちょっ、もういらないって!」

「不味くないんでしょ?」

「んもー!」



 羽切君は私が強がってる事を分かっててこういうことをしているんだ。

 そういう顔をしてるし、間違いない。

 羽切君もまた自分のを一気に飲み干して「まっずー!」と言った。

 私は二杯目を飲み干すと、体と頭がフワフワしてきたのを自覚し始める。



 私は350mlアルコール度数5%ビールを3分の1程度飲むだけで酔ってしまうらしい。

 これ以上飲むとまた羽切君に迷惑かけそうだ。



「私、もういらない」

「後は俺が飲むよ」



 羽切君は逆に、アルコールにそこそこ耐性があるみたいだ。

 美香の家に行った時は真里さんとちょっとした我慢比べをして泥酔してしまったが、あの時に比べるとビール一本なんて全く問題なく飲めちゃうだろう。



 対して私は......。

 私は時間と共に回ってくる酔いに体がぽかぽかして来て思考も停止し始めた。

 思考よりも感情に任せて羽切君の腕を抱きしめて、寄りかかる。



「酔っ払ってるね」

「少しだけ」

「鹿沼さんは大人になっても飲まない方がいいよ」

「.......うん」



 お母さんがお酒を飲む時、千尋さんが絶対側に居たように、私もお酒を飲む時が来たら同性の信用できる人を側につけないとダメだなこりゃ。



 顔を上げて羽切君を見ると、苦そうにしながら缶に口をつけてビールをゴクゴク飲んでいた。

 視線は窓の外......いや、窓に反射してる今の私達の状況を見てるのかも。

 胸を羽切君の腕に押しつけて寄りかかってる私とビールを飲みながらも意識しまくってるであろう羽切君。

 何だかこういうの、久々で良いな......。

 本当だったらもっともっとこういう事したいのに......。

 そんな事を思っていたら、急激に眠気が来てブラックアウトした。


 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 ……あれ? 私、何してるんだっけ。

 


 何かに抱きついてゆさゆさと揺れる全身。

 寝ているのか起きているのか自分でもよく分からない状態だが、誰かにおんぶされているのは分かった。

 前に羽切君と夏祭りに行った時、おんぶしてもらったから間違っては無いだろうが、何でおんぶされてるんだっけ。



 確か私は羽切君とビールを飲んだ。

 そうか、私は酔い潰れてしまったのか。

 つまり今の状況は羽切君が部屋に送ってくれてる最中という事。



 ーーまた迷惑かけちゃったな。



 羽切君に触れてると安心してすぅっと眠りに落ちそうになったが、その前に丁寧にどこかに座らされた。

 多分、部屋に戻って来たんだと思う。



 羽切君の手が私の浴衣の中に入ってきて、両肩から二の腕にかけて私の地肌を擦ってきた。

 すると私の肩に掛かっていた物がファサッという音と共に地面に落ち、肩やお腹、首、太ももが冷たい空気に晒された。



 私は浴衣を脱がされた。

 羽切君は私が酔っ払って暑そうにしてるから脱がしてくれたんだと思う。

 そんな事を考えていると、今度はゴソゴソと私の背中で何かをし始め、何かが二の腕を伝って私の太ももへ落ちる。

 その瞬間、一日中締め付けられていた胸が解放され、凄く楽になった。



 そうそう……良い感じ。

 冷たい風が普段当たらない谷間の間を通ってひんやり気持ちがいい。

 解放された気持ちよさに全身の筋肉が弛緩し、私は後頭部を支えられながら布団の上に寝かされた。

 


 背中に感じる布団のシーツも冷たくて、スベスベだ。

 仰向けに布団の感触を堪能していると、今度は下半身を締め付けているモノの両腰の部分を掴まれた感触がした。

 私がお尻を少しだけ上げるとスルリとそのモノを剥ぎ取られ、今度はお尻と股が空気に晒された。

 普段、全裸で寝るなんてことしないけど今は気持ちよさ優先。

 シラフなら絶対にできない事をできちゃうのが酔っ払うって事なのだろうか。

 

 

「鹿沼さん」



 羽切君に呼ばれた。

 私は呼ばれ目を開けると、自分の胸の向こう側に私にはない筋肉質な体が見えた。

 私の両太ももの上に跨って私の事を見てる。

 何故か顔だけがボヤけていてよく見えないけど、声からして羽切君で間違いない。



 あれ? 私、羽切君の前で裸になってる......?

 こんな事して良いんだっけ......?



 善悪はよく分からないけど、体が急激に熱くなってエッチな気分になり始める。

 体の表面に薄く汗が張り始め、フワフワな頭で今どういう状況なのかを考えてみる。


 

 しかし私がこの状況の答えを導き出すより先に、首筋に顔を埋められ、吸い付くようにチュッとキスされた。

 一瞬にして思考が停止し、意識が自分の体に向く。

 あまりにも体の熱くて興奮している私はジッとしてられず、モジモジと体をよがらせる。

 首筋に当たる柔らかい唇の感触や太ももから弄ぶようにお尻や内股、お腹や胸をスリスリ触られる感覚に私の中で一種の答えが出た。


 

 これは夜這い......されてるって事かな?



 夜這いは100年前まで日本にあった文化であり、実は結構凄いことだと聞いたことがある。

 何が凄いって寝静まった頃、片道二時間も三時間も夜道を歩いて女に会いに行くんだから。

 今みたいに電気が無いし整備された道路なども無いのに草履みたいな履き物で山を越えていたらしい。



 よく勘違いする人がいるが、夜這いとは知らない女の元へと夜に忍び込む文化ではなく昼間に夜会いに行くと約束してから出発するものであり、恋愛なのだ。

 当然、親も一緒に住んでる訳だから、見つかるんじゃないかという恐怖感を感じながら家に忍び込んで行為に及ぶ訳で、想像するだけでドキドキする。

 吊り橋効果じゃないけど、弊害があってこそ男女は強く愛し合えると言われる元祖。



 ちなみに文明の発達により電気による灯りが開発された事で夜這い文化は廃れたといわれている。

 夜に電気が無いからこそ女側の親にバレずに忍び込み行為ができたが、灯りが開発されたことで忍び込むことも出来なくなったからだ。



 今では移動手段も多くあってすぐ会えるし、スマホで家まで行かなくても会話ができる上にSNSで相手の近況がすぐにわかる。

 現代の方が絶対に生活しやすいけど、男女の愛は昔の方が強かっただろうなと思う。


 

 いや待って、これは夜這いではないか。

 だって私と羽切君は付き合ってないし、私も羽切君に体を見たり触ったりして良いなんて許可与えてないんだから。

 でもなんて言うんだっけ、お酒で酔わせてエッチなことする事。

 確か悪い事だったような......。



 まあ、何でもいいや。

 羽切君に見られて、触られて、私も嬉しいしすごく興奮してる。

 もっと来て欲しい。もっと触って欲しい。もっとキスして欲しい。

 私の中にある羽切君への想いや欲求が弾けてもう止められなくなってる。

 欲求に溺れるってこんなに気持ちがいいんだ......。


 

 欲求に抵抗しなくなった私は頭が真っ白になって羽切君に体の主導権を全て任せることにした。

 羽切君の手は私の乳房を軽く揉み始め、首筋にあった頭がゆっくりと私の胸へと移動した。

 何をするのかと見ていると、胸の先端をその周辺の肉を含めて吸い付いてきた。



「んんっ」



 声が漏れた。

 私、今すごい事されちゃってる。

 興奮で体全体にじわっと汗が浮き出たような感覚がしたけど、何故か私の乳首には何の感触も感じない。

 再度、羽切君を見るとそこには頭。



 ......あれ?

 


 羽切君のツムジってこんなだっけ?

 よく見ると髪型も違うような......。

 でも声は間違いなく羽切君だったし......。



 しばらく身を任せていたけどやっぱりおかしい。 吸われたり舐められたりしているはずの乳首に全く感触がないのだ。

 されている事に対して感情で気持ち良くなってるだけで、肉体的な気持ちよさが全くない。

 明らかにおかしい。



「ナル君」

「ん?」

「キスして」



 自分の体の違和感に興奮より恐怖感が出てきて集中できなくなったので、キスを要求。

 もう一度、混沌とした興奮状態へと身を沈めて興奮したいその一心で。



「いいよ」



 羽切君は胸から顔を遠ざけ、今度は私の顔へと接近してきた。



「......え?」



 しかし近くなってハッキリと見えたその顔を見て、私の心臓は止まりそうなくらい跳ねた。

 羽切君じゃなかったのだ。 

 私は今まで全く知らない男の人に運ばれて、裸を見せて、触れられて、味見までされた。

 一瞬にして血の気が引いて、ゾクっと全身の毛が逆立った感覚に襲われる。



「嫌っ!」



 近づいてくるその顔を右手で制止。

 ブルブル震える体で精一杯の拒否。



「鹿沼さん、どうしたの?」

「あ......あ......」



 あまりの恐怖に声も出なくなった。

 顔は羽切君に似てるし声はそのままなのに、全然違う男が心配そうに私を見つめている。



「ほら、要求通りキスしてあげる」



 再度力づくで顔を近づけてくるけどこちらもできる限りの力で対抗する。

 しかし男の人の力には勝てず、ゆっくりと顔が近づいてきた。

 顔を横に逸らそうとしたけど、何故か顔も動かない。



「鹿沼さん......鹿沼さん」



 目の前にいる人の口からではなく、別の遠くから名前を連呼された。

 そしてついに私の唇に知らない男の人の唇がーー。



「鹿沼さん!」



 大声で呼ばれてハッと気づいた。

 目の前にいるのは知らない男の人じゃなくて正真正銘の羽切君。

 汗をびっしょりとかいて、心臓はバクバクでブルブルと体が震えていた。



「ナル君.....?」

「大丈夫? うなされてたけど」

「夢......」



 夢だった。

 久々に見た悪夢。

 いや、途中までは吉夢だったか。



 周りを見ると、私は部屋にいた。

 つまり昨日のゆさゆさ揺さぶられて部屋に戻って来たところまでは現実で、そこから寝てしまって夢を見たらしい。

 


「震えてるね。それにすごい汗.......発作?」

「......うん」

「薬、効いてないの?」



 そうだ、よく考えたら昨日薬を飲んで無い。

 晩御飯の後は温泉に入って、その後は蜂に刺されて、お母さん達と話して、羽切君と乾杯して。

 色んなイベントがあって、皆といて楽しかったから忘れてたんだ。



「飲むの忘れてた」

「ダメだよ、ちゃんと飲まないと」

「……はい」


 

 いつものように発作を治めるため羽切君に手を伸ばす。

 しかし途中まで伸ばしたところで降ろした。

 私は羽切君のおかげでも発作を抑え込むことが出来るようになったのに、私のミスでまた頼るのは自分勝手な気がする。

 それに羽切君は着々と私から離れる準備をしていて、ここで羽切君に抱きついたりしたらその決断を邪魔する事にもなっちゃう。

 


 夢の事で興奮している体を両腕で抱く。

 チラリと羽切君を見ると、瞳を揺らして私をじっと見ていた。

 まるでラブホテルでキスした時と同じ。

 だけど私も多分羽切君もお互いに触れるのをグッと堪えている。



「ねえ、ナル君」

「ん?」

「私達、もう終わり?」

「......」


 

 ハッキリ言わなくとも羽切君にならこの意味が伝わるはずだ。



「そう......かもね」

 

 

 ここで断定しなかった。

 それが羽切君が抱えてる今の気持を表していると言える。

 私の体から離れた羽切君の名残惜しそうな横顔が、どこか幼く見えた。




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