【108】 二学期(文化祭⑤)
繋ぎ
我が校の文化祭まで残り五日となり、学校中が文化祭の準備で慌ただしい。
そして今日までの二週間、私もとんでもなく忙しかった。
まずダンス部から一緒に舞台でダンスを踊って欲しいと言われ、振り付けを覚えたり実際に体を動かしてせる練習し、演劇部からもヒロイン役をやって欲しいと言われ、セリフや振る舞いの練習をした。
そしてミスコンの本選に向けた色々な準備。
二週間前、羽切君との間に気持ちの亀裂があることが明確になってから晩御飯を食べる事は自然としなくなった。
学校ではいつも通り接してくれるけど、今まで感じた事がない透明の壁を感じていて、かといってそれを改善する方法が思い当たらなくてずっとモヤモヤしている。
そのモヤモヤを少しでも忘れられるようにとダンスや演劇を一生懸命に練習してたのだが、やっぱり転校という根本な部分が変更できない時点でこのモヤモヤはふとした瞬間に出て私の心を蝕んでいく。
このままモヤモヤを引き摺りながら生活していくのは苦しくて、夜も考え込んじゃってあまり寝れていない。
「景、最近疲れてるんじゃない〜?」
私の顔色を見て美香が言った。
授業が全部終わって今はもう放課後。
部活がある人は部室に行き、そうでない人はクラスで友達と話をしたり、帰ったりしている。
「文化祭に向けて色々忙しいからね」
「発作が治ってからすごい活発になったね〜。もしかして元々活発な子だったの〜?」
「ううん、そんなに。せっかくの文化祭だから色々やってみようと思っただけ」
「へ〜」
羽切君とのモヤモヤを忘れたくて必死になってるなんて言えない。
なんとなくだけど美香は私達の関係の変化に気づいているような気がする。
いつも細かい変化を感じとってるし。
「鹿沼さん、ちょっと大変な事が......」
そんなことを考えていると、教室に演劇部の女子が入ってきた。
名前は佐々木愛さん。
黒縁メガネを掛けていて、髪型はツインテール。
今回の文化祭での演劇部の出し物は一年生と二年生三年生で別れている。
そして一年生の全てを任されている人がこの佐々木さんで、結構な責任のあるポジション。
「どうしたの?」
そんな佐々木さんは何やら焦っている。
何かトラブルがあったに違いない。
「清水君がインフルエンザだって」
清水君というのは隣のクラスの男子。
私達が舞台で演るのは“織姫と彦星”で、私が織姫で清水君が彦星だから結構大事な役だ。
大事な二役を演劇部じゃない人達に任せるなんておかしいと私は主張したのだが、演劇部は部員数が少なく、照明だったりその他の機材操作に人数を割かなくてはいけないのと、そもそも大事な役を皆んなやりたがらなかったらしい。
だからいわゆる“見た目”重視で声をかけたらしい。
清水君は今回のミスコン男子部門で予選一位で突破した女子から人気のイケメン。
だけど見た目なんて遠くから見たら分からないし、演劇部なのに主人公とヒロイン役をやりたがらないなんてどうかしてると最初は思ってたけど、実際にストーリーを改変したりセットを作ったりしている演劇部の姿はかなり真面目で、ちゃんと成功しようという意志を感じたのでOKした。
演劇部と言っても人それぞれ興味のある無しや得意不得意があるし、部員数が少なく一年生であれば主人公を飾ろうとする人が少ないなんて事もあり得なくはない。
「もうそんな時期か~」
「だから代役を探してるんだけど、良い人いないかな? 出来れば記憶力が良くて演技力のありそうな人」
「それなら羽切君とかいいんじゃないかな〜」
突然美香の口から羽切君の名前が出てきてドキッとしてしまった。
これは嬉しさの反応ではなく、不安の反応。
「どうして羽切君なの?」
「そんなの景だって分かってるでしょ〜?」
「そうだけど......」
「あっ、羽切君〜!」
美香は教室の入り口に手を振ったので見ると、どこからか帰ってきた羽切君が教室に入ってきてこちらに気づいた。
そして私達の輪に入ると、佐々木さんから受ける。
しかしその顔はあまり乗り気ではなさそう。
「他の男子の方がいいと思う」
やっぱり織姫が私なのが問題なんだろう。
羽切君が私を遠ざけようとしている事は分かってたけど、やっぱり傷つく。
「羽切君は文化祭に向けて何かしなきゃいけない事でもあるの〜?」
「別にないけど......」
「じゃあ引き受けなよ〜。セリフとか覚えるの大変だろうけど、羽切君そういうの得意でしょ〜?」
「お願いします!」
美香の押しと佐々木さんの必死な懇願。
「わかったよ」
羽切君は渋々了承した。
相変わらず押しに弱い。
私も一緒にいたいって押したら了承してくれるのかな。
「それじゃ、今から練習行きましょう」
「今から!?」
「一週間しかないんだから」
「えぇ......」
佐々木さんもまた強引。
羽切君にもこの後予定があるかもしれないのにお構い無しだ。
その後私達は体育館に移動して練習を行った。
今までの転校人生で羽切君は色んなキャラで生活してきた事もあって、演技力は全く問題なかった。
それにセリフも五日あれば覚えられるはず。
この舞台のラストシーンは織姫と彦星が一年に一度の7月7日に天の川を渡り一年ぶりの再会をするというもの。
右の袖と左の袖に橋がかけられていて、舞台の中心には大陸。
私と羽切君は左右別々の袖から橋を渡り、中央の大陸で抱擁して弾幕が降りて終わり。
発作が治ってからこのシーンは清水君とも何度も再現した。
羽切君以外の男子とそういう事をした事がなかったから少し抵抗があって、ちゃんとできず佐々木さんに注意されてばっかりだったけど、羽切君とでは注意されなかった。
練習が終わったのは夜の17時30分。
私達は別々に帰った。
明日は土曜日で学校はないけど、とにかく覚える事が多くて大変だ。
それに文化祭の日はお母さんとのお別れの日でもある。
羽切君のモヤモヤとお母さんとのお別れが近いという悲しみ、焦燥感、孤独感。
色んな気持ちを感じながらふと視線を上げると、家に灯りがついていた。
お母さんが帰ってきてる。
そう理解した瞬間、私は家まで駆け足で帰った。
一秒でも長く一緒にいるために。
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「お帰り、成」
家に帰ると、母さんが段ボールを開けて何か作業をしていた。
リビングに散らかる箱や透明の袋。
「何してるの?」
「カメラの開封なう」
「カメラ? 何に使うの?」
「この家に設置するのよ」
「何のために?」
「防犯のため」
「意味わかんないんだけど」
意味不明。
俺達は二ヶ月後にはこの家にいないのに今更カメラを設置する必要はないはず。
「私達が居なくなった後は絵麻が住むことになったから」
「え、いやいやまだ早くないか? 合格するかも分からないし、そもそももっと良い学校に合格するかもしれないだろ」
「それは大丈夫」
「根拠は?」
「成績も良いし、推薦で受けるみたいよ」
「それでも絶対じゃ無いだろ」
「いいや、絶対合格できる。あの子本気だから」
つまり根拠なしというわけだ。
この学校を受ける理由が父さんと離れたいからって事は母さんも理解してるはず。
しかしそれなら他の学校でも良い筈なのに、何でうちの学校なんだろうか。
っていうかここは社宅で、絵馬は一応羽切では無いわけだから部外者に近いはず。
本当にここに住めるのか?
いや、その辺は母さんがしっかりやってるはずか。
「それで、何でカメラが必要なわけ?」
「女の子が一人暮らしするのよ? ここは一軒家だしセキュリティ的にも必要でしょう」
「俺には無かったけど」
「あなたは男だから必要ないわ」
「うげ、女尊男卑だ。ってか何台買ったんだよ」
「5台」
「そんなにいる?」
「ベッドルームに3台、玄関とリビングに1台、」
「ベッドルーム多すぎだろ。絵麻も嫌がると思うけど」
「大丈夫。カメラで私が見てるかどうかはこんな風にすぐにわかるから」
母さんはそう言うと、スマホで何やら操作をする。
するとリビングの角にある丸型カメラがウィぃぃんと音を立てて動き出し、緑色のランプが着いた。
「これで見られてるってわけね」
「見てる間は録画もされてて、48時間は保存できる。まあ私も忙しいだろうからほとんど見れないと思うけど、一応ね」
「だったらベッドルームに三つは多すぎないか?」
「可愛い娘の寝顔を見るためよ」
「何じゃそりゃ」
俺はリビングからベッドルームへと移動する。
一台はベッドのすぐ奥にある本棚の中にあって、一台はドアの真上。
そして一台は窓と真逆にあるクローゼットの上。
ドアの真上にあるカメラは寝顔を見る為であり、それ以外は窓や入り口を向いているから防犯にはなっている。
「成にもパスコード教えようか? あっちに行っても絵麻を見れるわよ」
「兄が妹の一人暮らしを観察するって気持ち悪いだろ......」
「それもそうね」
着実に今後の準備が進んでいる。
絵馬がここに住むなら食器やら何やらは全部置いていって問題なさそうだ。
海外となると荷物は最小限で必要なものは全部あっちで揃えたほうが楽だし安いかもしれない。
「おっとっと、もうこんな時間。成、制服着替えなさい」
「え、何かあるの?」
「一泊二日の温泉旅行に行きましょう」
「マジ!? 着替えてくる!」
「奈々美も準備できたみたいだし急いで」
「えっ、奈々美さんも来るの!?」
「四人で家族旅行ー!」
久々にみるテンションの高い母さん。
四人という事は鹿沼さんも来るという事だろう。
この二週間、俺は鹿沼さんと距離を置いた。
それはお別れの悲しさを軽減するためでもあるし、発作が無くなった今、俺と関わる事は今後の鹿沼さんのためにならないと思ったから。
現に距離を置いたら鹿沼さんは活動的になった。
演劇部やダンス部の誘いを受けて今まで関わってこなかった人達と関わり、何よりもステージに上がるという今までできなかった事を決断した。
多分これからも色んなことにチャレンジして色んな人と関わり、どんどん変わっていっちゃうんだと思う。
それで良い。
それで良いと何度も自分に言い聞かせて納得させた。
鹿沼景という女は俺とは釣り合わない。
今までラッキーだっただけ。
ラッキーに漬け込んで色んな事をしてきたけどもう終わり。
鹿沼さんにはもっとちゃんと伝えようと思ってるんだけど、どんな表情をするのか怖くて伝えれてない。
全ての関係の初期化。
いや、正常化と言うべきか。
そんな事を考えながら着替えていると、家のインターホンが鳴った。
玄関に歩いていく母さんの足音とリビングに戻ってくる複数人の足音。
近々イギリスへ旅立つ母親の奈々美さんを不安にさせるような事をはしたくない。
だからこの温泉旅行は鹿沼さんとも普通に接することが要求される。
俺は私服に着替えてリビングへと行く。
そこには鹿沼親子と母さんの姿。
「電車で行くの?」
「車よ車」
「まさか奈々美さんの運転じゃないよな?」
「安心して私よ」
「なら安心だ」
「ちょっとちょっと! 私だってゴールド免許なんだからっ!」
プクッと膨れる奈々美さんを横目に皆んなで玄関へと向かった。
一泊二日の温泉旅行。
温泉は大好きだからそこはしっかり楽しもうと思った。