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【106】 二学期(文化祭③)

約一か月ぶりの投稿……本当に申し訳ない。


 未央と手を繋ぐ。

 何度もそのタイミングを図ってきたけど、実際に行動に移すことは今でも出来ていない。

 もうすぐ付き合って半年になるし、デートは何度も行ったけどそれ以上に進展は無かった。

 俺はいつか自然とそういう流れが来ると思ってゆったり構えていたけど、未央の方は悩んでいたと聞いて少し申し訳なく思っている。



「宏平、アーン」

「アーン」



 口を開けるとひんやりしたアイスクリームが口の中に放り込まれた。

 未央と色んなクラスを回って、今は休憩中。

 今俺達は一年B組の廊下に置かれている椅子に座ってアイスクリームを食べている。

 ここはマンモス校で一学年の在籍数は物凄く多いけど、未央の顔はかなり広く知られていた。

 だから色んな人に彼氏と紹介されて物凄く小っ恥ずかしく、だけどそんな感情が出てくることに情けなさも感じた。



 羽切はこの文化祭中に手くらい繋げと送り出してくれたけど、どうしていいかわからない。

 手、繋がない? と聞くのが正解なのか、それともいきなり握るのが正解なのか。

 どちらにしても雰囲気みたいなのって大事だよなぁと思いつつ、人生初の彼女との雰囲気作りの仕方もわからない。



「なんか騒がしいねあっち」



 未央が見ている方角を見ると、確かに騒がしかった。

 この学校の制服を身に纏った女子生徒が何やら群がって向こう側を見ていて、俺達にはその先に何があるのかが見えない。



「はいはい、どきなさい!」



 そんな怒声が聞こえると女子生徒は廊下の端へと寄り、その奥から長身の女性教師が現れた。

 そしてその背中に追いかけるようにして羽切と鹿沼さんがいて、俺達の前を横切る時に二人は苦笑いでこっちに手を振って行ってしまった。



「あの二人、今度は何やらかしたんだろうね」

「今度はって前にも何かやらかしたの?」

「あっ、いや......そうじゃないけど」



 未央は羽切と鹿沼さんが付き合ってると思っていて、俺にも隠している

 しかしそれは羽切がついた嘘で、前に嘘をついている事をちゃんと謝りたいと言ってきた。

 その場をそのうち設けるつもりだけど、わざわざ暴露しなくてもいいんじゃないかと俺は思ってる。

 だってどう見ても両想いだし、形式上付き合って無いってだけで実際は付き合ってるのと同然でこのまま行けばくっ付くのは間違いないと思うからだ。

 


「あの先生は誰? これからどこ行くんだろ」

「あれは生徒指導の米先生。メチャクチャ怖くて学校のルールとか異性交友に厳しいの。向こうには職員室があるからそこで指導されるんじゃない?」

「へー」

「ちなみに羽切君が米先生に指導されるのはこれで二回目。一回目は修学旅行の帰りの新幹線で私をナンパしてると勘違いされて摘み出されてた」

「あー、そういえばそんなこと言ってたな。メスゴリラがいるから気をつけろとかなんとか」

「羽切君も結構メチャクチャな男だよね」

「そこが面白いところなんだよ」



 羽切は面白い男だ。

 常識人に見えてたまに強引で普通しない事をするし、何よりもあの鹿沼さんに世界一信用している人と言わせる程の何かを持つ男。

 過去に鹿沼さんの身に何かが起きてその何かによって今でもトラウマや発作が残っていて薬を飲んでいるというのは驚いた。

 羽切はその時に鹿沼さんの信頼を得たという事なのだろう。



「あ、あのさ」



 隣に座る未央を見ると、何故か少し緊張した表情になっていた。



「何?」

「私達、もうすぐ付き合って半年じゃん?」

「うん」

「だからもう少し関係を深めたいなーとか思ってるんだけど、こんな気持ちになってるのって私だけかな?」



 もうすぐ付き合って半年。

 未央が俺との関係に進展が無いことに虚しさを感じ始めているのは偶然知ってしまった。

 それは未央が悪いんじゃなくて、臆病な俺が悪いのはわかってる。



「俺も感じてるよ。彼女出来たの初めてだからさ、どうしたら関係を前に進められるのかとか未央がされて嫌なことって何だろうとか考えてたら半年も経っちゃった。ごめん」

「ううん、謝らないで。私も初めての彼氏だし、少女漫画とかに影響されてて、彼氏の方から何かしてくるのを待つみたいなのが普通だと思ってたから」

「それは間違ってないと思うよ。俺が臆病だっただけで......本当は手とか俺も繋ぎたくて、今日何度も挑戦しようとしたんだけどタイミングが分からなかったんだ」

「そっか宏平も同じ気持ちだったんだね」



 気持ちの疎通をした事で少しだけ肩が軽くなり、俺は未央に手を伸ばす。

 もう今しかない。

 そう頭が思うより先に体が勝手に動いた感覚。

 一度体が動くと不思議でもう後戻りが出来ず、覚悟か決まる。

 未央は何も言わずに俺の差し出した手を握ってきた。



 初めて出来た彼女と初めて手を繋いだ。

 未央の手は柔らかくて意外と指は細く、何よりも温かい。

 


「これで一つ進展したね」

「ありがと、宏平」

「こちらこそ」

「これからは話し合いながら関係進めていこうね」

「そうだね。多分、俺達は鹿沼さん達と違って本能で関係を進められる性格じゃ無いみたいだし」

「えっ、宏平は鹿沼さんの彼氏に気づいちゃったの!?」

「気づいたよ。絶対に口外するなって口封じされてる」



 実際は付き合ってないけど、もう付き合ってるってことにしちゃおう。

 


「そっかー、学校ではあの二人どんな感じなの?」

「学校じゃグループの一員程度で二人だけで話すってこともあまり無いね。学校の外じゃ相当イチャイチャしてるみたいだけど」

「イチャイチャ......ね。あのさ宏平」

「何?」

「週末、ウチ来ない?」

「えっ、いいけど」

「親が旅行で行ってていないんだ......」



 親がいない家に誘われている。

 それってつまり......。



「あっ、ヤバっ! シフトの時間過ぎちゃってる。じゃあ宏平、また後で」

「あっ、うん。また後で」



 少しだけ顔が赤くなっていた未央は廊下を走って離れていった。

 明日、俺はもしかすると未央で童貞を捨てるかもしれない。 

 本当ならば喜ばしい事なのかもしれないけど、心配の方が多い。

 


 一番心配なのは一度の行為で未央を嫌いになったりしないかというもの。

 俺は今まで合コンの幹事を何度もしてるからそういう行為が行われてすぐに別れるカップルを何人も知ってる。

 俺たち男子高校生からしたらその行為が行われるというのは一つのゴールみたいなものだ。

 そのゴールテープを切ったらそれ以上に相手に求めるものがなくなり目的を失って一気に冷める事があると聞いた。



 同時に男は好きになった女を自分の想像と合致した完璧を求めてしまう傾向にあるという事も知ってる。

 例えば女子高生ならアンダーヘアーは普通に生えているわけだが、男によっては全剃り、いわゆるパイパンが普通だと思ってたりそうじゃなきゃ嫌だと思ってる人もいる。

 だけど大学生や社会人のように脱毛にお金をかける人はほとんどいないから仮に剃っていたとしても剃り残しがあったりしてそれに萎えたなんて事もある。



 当然、女側も男側がパイパンじゃなきゃ嫌だなんて想像もつかないだろうからそもそも剃らない人だっている。

 すると好きだった人を勝手に清楚と想像していた男からすると、いきなりジャングルが現れて不潔だと感じて萎える。

 アンダーヘアー問題もそうだが、ニオイ問題やアソコや乳首の形問題など挙げればきりがないくらい童貞男子が萎える要素はあるらしい。

 


 俺は大丈夫だろうか?

 俺は未央の裸を見てちゃんと興奮できるのか。萎えたりしないだろうか。

 いや、それ以前に俺は女性の体についてほとんど知らないし、コンドームの付け方も分からない。

 準備の時間はもうほとんど残されていない。



 どどどどどうしよう。

 週末という事は、明後日の土曜日か日曜日という事になる。



 未央の裸体を見れる上に男としての念願の初体験を迎えられるかもしれないという興奮。

 同時に不安で、その不安を解消する時間があまり残されていないという焦り。

 俺はとりあえず誰かに話してこの不安を共有したいという気持ちになった。

 今ここでこういう相談をできる信用がある人は一人しかいない。

 俺は羽切を探すために立ち上がって廊下を歩き出す。



「あっれ〜? 八木君じゃん〜?」



 しばらく廊下を歩いていると、廊下で一人の少女と鉢合わせた。

 戸塚美香と知らない金髪の女子。



「景見なかった〜?」

「鹿沼さん? ああ、なんか羽切と女教師に連れられてどっか行ったよ」

「そっか~」



 戸塚さんなら何でも知ってそうだが、いくら何でも女子にこういうことを相談することはできない。

 


「それで~? 八木君は何してるの~?」

「いや、別に」

「佐藤さんらしき人が真っ赤な顔で走ってきてたけど、何かあったのかな~?」

「……イイエ、ナニモ」

「嘘は良くないね~、さあ、あっちでお話聞こうか~」



 俺は戸塚さんに引っ張られて、一年A組へと連れていかれた。


 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 今日は文化祭。

 私は前回の合コンで連絡先を交換した男子と各クラスを見て周り、その後帰らなきゃいけない用事があるという事で解散した。

 本当は羽切君を誘ってみたのだが、八木君と一緒に見て周るということで、やんわりと断られた。



 最近、何度か羽切君に遊びの連絡を入れてるのだが、全部何かしら理由をつけて断られてしまっている。

 何度も誘っては断られるを繰り返していると、何だか誘うのが怖くなってしまって最近はチャットを送っていない。

 正直、付き合うなら羽切君が良いな思っていたのだけど、羽切君の方は私の事何とも思って無いかもしれない。

 もしかすると同じ学校に好きな人がいて、私からの誘いを鬱陶しく感じてるのかも。



 女子校に所属してる女子が共学の男子と付き合うのはかなり難しい。

 何故なら共学は常日頃から身近に異性がいて、やっぱり長い時間同じ空間にいると恋愛感情が生まれやすいから。

 だから女子校で彼氏がいる人は中学から付き合ってるか、もしくは男子校の男子と付き合うパターンが多い。

 


「うわあ、見てよあの人」



 私はクラスへの廊下を歩いていると、同じ制服を着ている人や外部から来た人の視線が私に集まっていた。

 一瞬、スカートでも履き忘れちゃったかと思って自分の体を見るが、特段変なことにはなっていなかた。

 っていうかよく見ると、人々の視線は私にじゃなくてその後ろへと向いている。

 私は振り返ってその視線の先にある何かを見た。



 人々の視線を奪っていたのは、こちらに向かって歩いてきているこの学校とは違う制服を着た女子。

 整った顔に綺麗な髪。

 制服を押し上げる胸に気品のある雰囲気。

 視線はまっすぐ先を向いていて、まるで周りからの視線を気にして無いかのように堂々とした歩き姿。



 その女子の名前は鹿沼景。

 どういうわけか名前はかなり知られていて、だけど実際に見たことがある人はほとんどいない。

 理由は学校が違うからというのもあるけど、何よりも鹿沼さんはトリッターやインストなどのSNSを利用していないらしく、写真などが全く出回っていないのだ。

 もし私が鹿沼さんだったら、友達とイエーイみたいな写真だったり、スイーツと一緒に自撮りしたりした写真を載せる。

 あれだけのビジュアルを持ってたらそりゃフォロワーも増えるだろうし、SNSを通じて交友関係も広がるしですごいメリットがあるはずなのにどうしてしてないのだろうか。

 疑いすぎるのもよくないけど、私個人的には裏垢があると思う。



「あの」



 そんなことを考えてると、鹿沼さんが私の前で立ち止まり声をかけてきた。

 突然の事で心臓がドキッと跳ね、狼狽えそうになったけどすぐに変な感情が前面に出てきて冷静になる。

 ここは私の学校で、立場的には鹿沼さんよりも強い。

 たったそれだけのことで優越感がグツグツと込み上げてくる。

 まるで犬が絶対的に安全な家から窓越しに外にいる犬に吠えているかのような優越感。



 元々、私はこの人のことが好きじゃない。

 産まれつき容姿がいいだけでチヤホヤされてるし、学校では至れり尽くせりなんだろう。

 学校で名前を聞くたびに自分と比較してしまってグッと胸が重くなる感覚を何度も味わってて、気づいたらその名前を嫌いになってしまった。



「何?」



 そんな人を目の前にして、無意識にトゲトゲしい返答になった。



「高校棟ってどこでしょうか」



 ここは高校棟でも中学棟でもない、特別授業棟。

 視聴覚室だったり実験室などの授業に使う教室。

 そして中学の職員室と高校の職員室がこの棟に存在している。



 この棟は文化祭で何も出し物をしていないから、廊下にいるのはほとんどがこの学校の生徒。

 なのに鹿沼さんはなぜかここにいて、もしかしたら迷子になってる?

 もしかしたら鹿沼さんって見た目によらず、おっちょこちょいな人だったりして。



「ついてきて」

「ありがとうございます」



 鹿沼さんを背中に感じながら私は歩き出す。

 この人を後ろに控えていると注目され、さっきとは違う優越感に浸れる。

 しばらく歩いていると、鹿沼さんは私の後ろではなく横へと追いついてきて並行して歩いた。

 


「鹿沼さんは誰と一緒に来たの?」

「友達と来ました……って、なんで私の名前知ってるんですか?」

「この学校でも鹿沼さんのこと知ってる人結構いるんだよ?」

「どうしてでしょうか? 部活動とかしてるわけじゃないのに」



 自分が自分の学校を超えてそこそこ有名であることにすら気づいていないらしい。

 


「可愛いからじゃない?」



 可愛いから名前が知られるって羨ましい。

 ちらりと鹿沼さんを見ると、なんだか少しだけ寂しいような悲しいような表情をしていた。



 へー、こんな顔もするんだ。



 こんな近くで鹿沼さんを見たことがなかったから知らなかった。

 って同じ人間なんだから当たり前なんだけど、鹿沼さんっていつも笑顔で明るいイメージがあったからちょっと意外だ。

 そんな事を思いながら私は鹿沼さんを連れて旧高校棟へと入った。



 この学校には四つの棟がある。

 その四つの棟は校庭を囲っておらず、校庭の後ろで□になっている。

 校庭から見て正面には現高校棟。

 右側に中学棟。左に特別棟。

 そして真裏に旧高校棟。

 鹿沼さんを高校棟に連れて行くなら右周りに歩けばすぐ隣で近いのだが、わざと旧高校棟を経て遠回りしようとしている。



「あの.......ここはどこですか?」



 鹿沼さんの不安な声が後ろから聞こえた。

 旧高校棟は結構ボロくさいし日もあまり当たらず、薄暗い。

 薄気味悪い上に色々あってここは立ち入り禁止になってるから私たち以外誰もおらず、不安になるのも当然だ。

 


 女子しかいない高校という事もあって、陰湿な事も度々起こる。

 いわゆるイジメというやつだけど、暴力みたいな事もあって結構な問題になったりもした。

 その現場が旧高校棟で行われていた事が理由で生徒も本来は立ち入り禁止となっている。

 マンモス校という事もあって、私の知らないところで知らない人たちがそういう愚行を行ってたことにかなり驚いた。

 中学一年生からこの学校にいて、教科書を隠すとか上履きを隠すとかのイジメは何度も小耳に挟んではいたけど、高校に上がってまさか暴力が発生するなんて夢にも思わなかったから。

 


 別にここで鹿沼さんに何か危害を与えようなんて全く思ってない。

 ただ何となく遠回りがしたかっただけ。

 だけどその何となくの中には気に入らない鹿沼さんを少し不安にさせようみたいな要素が本当にちょっとだけあって、それに気づくと一気に罪悪感が膨れ上がってきた。

 イジメって多分、自分でも気づかないくらい小さな企みを重ねて行くことでちょっとずつ大きなものへと発展して行くんだと思う。

 あまりそういう意識がなかったけど、今ハッキリと気づいた。


 

「ここは旧高校棟。ちょっと遠回りだけど、鹿沼さんとお話ししてみたいなと思って」



 鹿沼さんには無縁だろうし今も別に何とも思ってないだろうけど、鹿沼さんに対するケンケンとした態度はもうやめることにした。



「お話しですか? いいですけど、何話します?」



 即興で言い訳をしたから話す内容を考えてなくて少しだけ沈黙してしまう。

 廊下に響くのは外と廊下の奥の方から聞こえる文化祭の喧騒と私達の足音だけ。

 鹿沼さんと話したい事.......聞きたい事。



「鹿沼さんって今まで何人と付き合った事あるの?」

「一度も付き合った事ありません」

「またまたー、嘘でしょ?」

「本当ですよ」

「どうして? 鹿沼さんレベルなら誰とでも付き合えるでしょうに」

「好きな人がいなくて……」

「うわっ、自分に釣り合う男がいなかったって?」

「そ、そうじゃなくて、異性を好きになるってよくわからなかったんです」

「ふーん、それは今も?」

「今は……」

「あっ、今は好きな人いるんだ?」

「……」



 鹿沼さんの沈黙。

 その横顔は少し紅潮していて、無意識なのか右手で左の二の腕を掴んで胸を寄せ、少し俯いている。

 わかりやすすぎるその姿に、ドキッと心臓が跳ねた。

 鹿沼さんをこんな乙女にしちゃう男子って一体どんな人物なのだろう。

 イメージ的にはサッカー部のイケメン先輩とかだけど……恋愛経験ないってことは意外と落とすの簡単だったりして。



「その男子は同じ学校の人?」

「まだ好きな人がいるとは言ってません」

「いやいや、鹿沼さん隠すのへたっぴ。態度ですぐわかるよ」



 そういえば小学生の時、学校に好きな人がいても周りに言わないで隠してたっけ。

 自分がその人に好意を抱いてるって事を言うのが恥ずかしかったり、誰かに言ったら本人にまで伝わっちゃうんじゃないかという不安もあったりで「好きな人はいない」ってずっと言ってた。

 中学から女子校に来て好きな人とか気になってる人とかが学校内にいない事で何故かオープンにそういう話ができるようになったわけだけど、高校生になっても共学ならそういうのがあるのかな。

 

 

「それで? その人に好きって気持ちは伝えたの?」

「伝えてません」

「伝えたら一発で付き合えるのに」

「なんかその......この気持ちを伝えて本当に良いのかなって。迷惑になるんじゃないかってモヤモヤしてて」

「良いに決まってるじゃん。鹿沼さんだってその人とイチャイチャしたり、果てにはエッチなこともしたいんじゃないの?」

「したいけど......」

「もっと欲求に素直になりなよ」

「断られるんじゃないかって心配も......」

「鹿沼さんに告白されて断る男なんて絶対いないって」

「そうですかね......」



 一体どっこい何を不安視してるのやら。

 男子側だって鹿沼さんと付き合いたいだろうし、その制服の奥にある肉体に興味津々なはずだ。



 私達はもう高校生。

 付き合えばキスだけじゃすまない。

 お互い裸になって大人の行為をするに決まってる。



 中学の時点で初体験を済ませてる男女なんて本当に少数だし、初体験同士がウブな感じで初めて異性の体を目にして一つずつ確かめ合いながら行為をするという人生において重要な時期だと保健の先生が言っていた。

 本当にその通りだと思うし、同時にそんな時期に女子校に所属しているということの劣等感みたいなのもある。

 

 

 早くも鹿沼さんとの恋愛話が終わった。

 中学棟に着いたのだ。

 周りには文化祭で賑わう中高生と大人達。

 この廊下をまっすぐ行けばすぐに高校棟。



「お姉ちゃん、どこ行ってたの!?」



 目の前の教室から出てきた知った顔の中学生に道を阻まれ、足を止める。



「別にどこ行ってたって勝手でしょ」

「お母さん達がクラスに居なかったって探し回ってたんだから!」

「ごめんごめん、この人に道案内してたの」

「うわあ、誰この美人さん」

「鹿沼さん」

「えっ、嘘……お姉ちゃん知り合いだったの!?」

「まあ、ね」



 我が妹にいい顔をするために嘘をつく。

 

 

「鹿沼さん!」

「は、はい」

「私、三年A組の一色南って言います! よろしくお願いします!」



 我が妹南は鹿沼さんの前に出てきて深く頭を下げた。

 売名行為か?

 鹿沼さんに名前を覚えてもらうことで何か得をしようという魂胆だろうが、残念ながら鹿沼さんに名前を覚えてもらっても大した得はない。



「一色?」



 鹿沼さんは適当にいなすのかと思ったけど、何やら引っかかったらしい。

 

 

「い、い、い、一色!?」



 私達の苗字が強調され、鹿沼さんは目を大きく見開いて私を見た。

 

 

「私は一色友菜。何をそんなに驚いてるの?」

「いや、別に……何でもありません」

「ふーん。まあいいや、私達は高校棟に行くから、お母さん達にも言っておいて」

「はーい」



 私達の苗字に驚いたのはちょっとだけ気になったけど、追求するほどのことでもない。

 私は鹿沼さんを連れて高校棟へと向かった。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 やっと職員室から解放された。

 正確には職員室の奥にあるもう一つの部屋で俺達は拘束されていたのだ。

 長々と聞かされたのは女子校の文化と伝統がどれだけ素晴らしいものかという事。

 そしてそれを穢すという事がどれほど罪深いことなのかという事。

 俺達は体育館の倉庫で何もしていないが、何かしたというテイで学校や親に連絡されると相当面倒くさいことになりそうだったので、その話をウンウンと大人しく聞いていた。



 ニュースでやっていたが、最近は女子校や男子校を廃止するべきみたいな動きがあるらしい。

 廃止するべきと主張する人の理由は、いわゆるトランスジェンダーへの配慮との事。

 女子校は女子しか入れず、当然心は女子でも見た目が男子だったら入れない。

 こういう人達の選択権を奪わないように全部の学校を共学にしたいらしい。



 しかしどうだろう、全ての学校を共学化するというのは健常者の選択を奪ってる事になる。

 人によっては女子校や男子校に入学したいと思う人もいるはずなのだから。



 これは難しい問題で性的マイノリティーの意見をどこまで反映するかという議論は大事だと思うし、同時に女性の権利や男性の権利という根本的な部分をいかにして守るかという事も議論は大事だ。

 それに男子校や女子校は2001年から比べると50%近くがなくなっていてトランスジェンダー配慮云々関係なしに減ってきているのが現状で、その文化というのは廃れ始めているのは間違いない。

 

 

 最終的には何故か鹿沼さんだけが解放され、俺だけが残された。

 そこから地獄が始まるのかと思ったけど、意外にもただの世間話で終わった。

 ゴリラ女教師は最近流行りのSNSやこの地域における合コンでどんなことが行われているのかなどを聞いてきた。

 どうやら教師の間でもこの地域の合コン文化は認知しているらしく、女子校という事もありちょっと心配みたいだった。

 ただ怖い教師かと思っていたのだが、結構生徒のことを考えているいい人なのかもしれない。

 

 

 そんなことを思いながら、俺は一年A組へと戻る。

 仕切りのカーテンの間をすり抜けて一番奥のカーテンを開けると、男1女4というハーレム状態が目に入った。



「あっ、羽切君」



 ここの学校の制服を着た一人の女子がこちらを振り向いて言った。

 マットに座った状態で両手を合わせて少し落ち着きのない様子。

 当然だ、俺はこの女子からの誘いを全て断っているのだから。



 母さんから転勤の正確な時期を教えられ、俺は既にその準備を始めている。

 俺は女子に対して強く言えるような人じゃないから、少しづつ関係を無くしていき、自然と消滅するという手段をとる事にしたのだ。

 現にデートやら何やら誘いは受けたが全部断り、一色さんとのチャット上の会話は少なくなっていた。

 そうやって意図的に遠ざけている相手が目の前にいる。

 


「どうも」



 文字上とはいえ、俺が意図的に遠ざけてる事は感じているだろう。

 物凄い気まずさが俺と一色さんの間にある。

 でもこれはしょうがない事だし、一色さんのためでもある。

 もうすぐ居なくなる俺に時間を使うなんて高校生活の無駄遣い。

 別に人にもっと有意義な時間を使ってくれた方が良いに決まってる。



 俺は一色さんとの間の気まずさを抱えながらも会話の輪の中に入った。

 しかしすぐに気まずさに耐えきれなくなったのか、一色さんは親に会うと言って出て行った。

 


 ーーこれでいいんだ。



 デートまで行って俺に好意を抱いている女子をみすみす逃した。

 転勤というイベントがなければ付き合っていたかもしれない女子。

 俺は何度も何度も心の中で反復して自分を納得させた。




約一か月ぶりの投稿……本当に申し訳ない。

約一か月ぶりの投稿……本当に申し訳ない。

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