【101話】 二学期(体育祭準備)
資格試験合格しましたああああああ!
一回落ちちゃったけど、良かったぁ!
「お、おい、これどういう事だよ……?」
目の前の八木は俺のリュックに入っていたブラジャーが鹿沼さんの物だと分かると、激しく狼狽え始めた。
四限の授業はとっくに始まっているが、俺たちはまだクラスにいる。
戸塚さんは頬杖をついてニヤニヤしながらコチラを見ているし、鹿沼さんはブラジャーを胸に抱きながら座っている俺の横に立っていて少々落ち着きがない。
「お前が思ってるような事はしてない」
なんて返せばいいか分からなかったのでとにかく否定から入ってみる。
「んなわけねえだろ! お前のリュックにブラジャーが入ってるって事はお前と同じ空間で脱いだって事じゃねえか! って事は鹿沼さんは裸になったってことで、男の前で裸になったって事はそういう事だろうがっ!
「いや……一回落ち着け」
「落ち着けるわけねえだろおがよおおおっ!」
状況からして鹿沼さんが俺と一緒の空間で裸になったと思われても仕方がない。
何せブラジャーというアイテムが俺のリュックから出てきたのだから。
しかしもはや決定的すぎる証拠があって言い訳も思いつかない。
「あの鹿沼さんが裸に……男とエッチして……」
八木の視線が斜め左上に動き、鹿沼さんを一瞥した。
こいつの脳内では鹿沼さんの裸が再生されていているのだろう。
鹿沼さんの事を“あの”鹿沼さんと表現したい気持ちは男としてわかるが、しかし彼女がいる上に付き合うなら鹿沼さんか佐藤さんかという問いに佐藤さんと答えた八木がここまで狼狽えるとは意外だ。
男として出来るだけ多くの女と関係を持ちたいという願望は正直理解できる。
八木は鹿沼さんの裸を見たかったり、心の根底にはそういう行為がしたいという気持ちがあったのだろう。
しかしそういう性欲があっても、佐藤さんという本命を大切にしている。
それは性欲ではない本当の意味で好きな女がいるという事で、そういう気持ちを持っているのはやはり羨ましい。
「八木君、私をそんな目で見ないで……」
八木からの好意の目に晒されて鹿沼さんは机の上にある俺に手を右手で握った。
その手は震えていて、発作が起きている。
色々な薬を使って効果を試している期間とは聞いていたが、今のところその効果は発揮されていないらしい。
「ご、ごめん」
八木は焦るように鹿沼さんから視線を外し、鹿沼さんと繋いでる手と俺とを交互に見て頭を抱えだした。
「二人、最近すごい仲良くなってるなとは思ってたけど、まさかここまでとは……」
「お前は大きな勘違いをしてる」
「でも待てよ、鹿沼さん彼氏いるんでしょ? 他の男とこんなことしてていいの?」
「いや、それは……」
これはもはや誤魔化すのは不可能だ。
それに鹿沼さんの彼氏という嘘をつき続けるのもそろそろ止めにしたほうがいい。
嘘というのはいつか絶対ボロが出る。
そして嘘がバレた時、嘘をつかれていた側は必ず不信感を抱くし、相手の人間性を疑ったりする事もある。
俺はもうすぐ転校だから不信感を抱かれようがどうでも良いけれど、鹿沼さんは三年間ある。
今からでも少しづつこの大きく膨らんだ彼氏という嘘を解消していくべきだ。
「いいか八木、鹿沼さんに彼氏はいないんだよ」
「いやいや、未央が言ってたじゃんか鹿沼さんが男の腕に抱きついて歩いてたって。それに最初の合コンの時、鹿沼さん本人が彼氏がいるって言ってたじゃん」
「まず、佐藤さんが言ってた男ってのは俺のことだ。そして合コンで鹿沼さんが言ってたのは嘘だ」
「はああ? 何で転校して二日三日しか経ってないのに鹿沼さんとそんな仲になれるわけ!? この学校の先輩とか今でもめっちゃ鹿沼さんにアタックしてるけど全然手応えないって嘆いてたぞ!? それになんで嘘なんかつく必要があるんだよ?」
「俺と鹿沼さんは同じ中学時代知り合いだったんだ。そして鹿沼さんが嘘をついた理由は鹿沼さんの許可がないと話せない」
「鹿沼さんと羽切が知り合いだった……? えっ、じゃあ中学で二人付き合ってたとか?」
「いや……違くてだな」
「もしかしてあれか? 中学時代に付き合ってて、卒業と同時に自然消滅したけど高校で偶然また出会って、最初はギスギスしてたけどちょっとずつまた惹かれ合っていった的な?」
「お前、恋愛漫画の読みすぎだ」
どいつもこいつも恋愛脳がすぎる。
そんなの現実の世界じゃ無いし、あったとしても多分高校で再度惹かれ合うってことは無いと思う。
「それで? どういう経緯で鹿沼さんがブラジャーを脱ぐなんてことになったんだよ」
「そ、それはね八木君」
鹿沼さんから昨日の出来事について話された。
俺と鹿沼さんの親も知り合いで、昨日は鹿沼母とドライブに行った事。
そして鹿沼母がお酒を飲んで泥酔してしまった事で帰れなくなり、快活クラベで一泊した事。
更に普段はブラジャーを脱いで寝ている上に、マットレスが硬くてブラジャーを脱がないと違和感があって寝れなかった事。
ブラジャーの柄が好みじゃなかったから隠したくて俺のリュックに入れた事。
八木は話し手が鹿沼さんだからか、うんうんと頷きながら落ち着いて聞いていた。
「なるほど、ブラジャーの件はよく分かった。そして鹿沼さんと羽切の関係もある程度分かった気がする。でも彼氏がいるって嘘ついた理由は何で?」
なかなか痛いところをついてくる。
この嘘は鹿沼さんの過去に直結するからあまり詳しくは話せない。
でも俺的にはそろそろ八木に発作の事くらいは話しておいた方がいいのでは無いかとも思っている。
現状鹿沼さんの発作について知ってるのは戸塚さんだけだし、俺以外の男側の理解者がいた方が色々安心できる場面もあるはずだし。
「八木」
「うん?」
「鹿沼さんと手を繋いでみてくれ」
「え?」
八木はビックリしたような顔をして、鹿沼さんの手もピクッと少し動いた。
「な、何で?」
「鹿沼さんの事について伝えなきゃいけないことがある」
「羽切君、まさかあの事について話すの?」
「嫌?」
「……うん」
「でも鹿沼さん、やっぱり伝えておいた方がいいよ。少なくとも八木と戸塚さんは卒業まで一緒にいる可能性あるだろうし、守ってくれると思うよ? それに今使ってる薬がちゃんと作用してるかどうか八木と握手して試すのも必要だし」
鹿沼さんの発作は常にあるわけじゃ無い。
だから薬の効果があるかどうか、いまいちわからない。
それに鹿沼さんが俺以外の男に触れられるとどうなるのかも興味がある。
鹿沼さんが発作を起こすのは好意の視線に晒された時、スマホを向けられた時、身動きが取れなくされた時の三つ。
あの学校で起きた事をフラッシュバックさせるような行為で発作を起こしている。
しかしあの学校で家の周りを徘徊されたり変な噂を流されたりされて狙われてはいたけど、実際に乱暴を受けたわけじゃ無い。
だから俺以外の男に触れられるとどうなるのか。
「あの事? 薬? 何の話してるんだよ」
事情を知らない八木はキョトンとなった。
「いいから手出せよ」
八木は言われるがまま、手を出す。
そして鹿沼さんと握手をした。
鹿沼さんが男子と肌を接触させているのは俺も初めて見て何だか変な気分だ。
「八木、感想は?」
「感想って言ってもな……柔らかくて温かいくらい? あっ、でもちょっとずつ震え始めてる」
八木と握手してすぐは大丈夫そうだったが、たった5秒くらいしか経ってないのに外から見ていてもその手が震えているのが分かる。
そしてその震えが激しくなると共に腕も震え始めた。
「おいおい、なんだよこれ」
「それが鹿沼さんの実態だ」
「どういう意味?」
「鹿沼さんはな、中学時代に色々あって男にトラウマがあるんだよ」
「男にトラウマ?」
「それだけじゃない。スマホを向けられるのにも恐怖心がある」
「えっ、それって……」
目の前の八木は信じられないというようにギョッとした顔になった。
それも当然、中学時代に男関係で色々あってトラウマがあり、スマホを向けられるのも怖いとなるともはや何が起きたか大体想像が出来る。
言葉で男にトラウマがあるとか恐怖心があるというだけではあまりその重大さを想像できないが、今は鹿沼さんの発作を実際に八木は感じてその重症度がわかったはずだ。
八木の頭の中にはレイプだったり、自分の裸写真や動画を流出させられた等、色々な可能性が浮かんでいるだろう。
実際には鹿沼さんは未遂で終わったわけだが、八木が勝手に鹿沼さんの被害を大きく想像しているのならばむしろ好都合。
もしかしたら清楚で無垢な鹿沼さんのイメージが今、八木の中で崩れている最中かもしれない。
八木と握手を終えた鹿沼さんは、俺の腕を自分に引き寄せて抱きしめた。
もはや腕だけじゃなくて体まで震えてるのがわかる。
「鹿沼さんが男にトラウマがあるっていうけど、羽切に触れてるのは大丈夫なの?」
「うん。羽切君はね私にとって世界で一番信用できる人なの。だからこうやって触れてるとすごく安心するし、発作も落ち着く」
「へー、でもさ男を寄せ付けないようにするために彼氏がいるって嘘をついたんなら、何でもっと大々的に広めたりしないの?」
「別に男を寄せ付けないようにしたかったわけじゃ無いんだよ。ただ、たまたま鹿沼さんといるところを見られちゃって……おかしいと思うだろ? 男の腕に抱きついて歩いてるのに彼氏じゃ無いなんて言ったら」
「まあな。じゃあ未央は羽切逹の嘘を今でも間に受けてるわけだ」
「ああ、だから今度セッティングしてくれよ。嘘って事俺たちの言葉で謝罪したいから」
「いいぜ。なんならダブルデートするか? 俺達と鹿沼さん羽切ペアで」
「それでも構わないからさ」
俺が授業に行くべく、立ち上がる。
すると少しだが肩の荷が軽くなった気がした。
嘘の事や鹿沼さんの現状を知ってもらえる人が増えた事で安心したのかもしれない。
「美香―? 授業始まってるよ?」
鹿沼さんは俺の腕から離れると、戸塚さんの机へと向かった。
戸塚さんは自分の机に突っ伏して寝ている。
今日の戸塚さんはやけに静かで大人しい。
「戸塚さん大人しいね今日」
「なんか体調悪いみたいだよ」
「へー、珍しいね」
戸塚さんも一応女子だし、もしかしたらそういう日なのかもしれない。
肩を鹿沼さんに揺さぶられ体を起こしたが、やはりいつもと違って顔が青白い。
「景、私吐きそう……」
「えええっ!? 保健室保健室っ!」
俺達は掃除用のバケツを持って戸塚さんを保健室へと連れて行った。
そして保健室の先生に戸塚さんを引き渡し、授業の教室へと向かう。
「まだまだ鹿沼さんと羽切の事わからない事だらけだけどさ、過去の事なんて聞いてもどうしようもないし今後の事について話そうぜ」
教室に向かうがてら、八木はこんなことを言ってきた。
過去の事より未来の事という考えはすごくポジティブで前向きだ。
「今年の学校行事ってあと何があるっけ」
「体育祭と文化祭だね」
つまり俺が参加できる行事は残り二つというわけだ。
なんだかんだいって時が流れるのが早い。
体育祭が終わればクラスの団結力みたいなのが磨かれるし、文化祭ではまだ知らない他クラスの人や先輩、他校の人とかと接点を持つ可能性がある。
そんな行事を終えていよいよ楽しくなるぞ高校生活というタイミングで俺はいなくなる。
何だか悲しいような寂しいような。
「体育祭はクラス対抗みたいだし、そろそろ競技を決める話になるんじゃないかな」
「競技ってどんな?」
「去年はサッカー、バスケ、リレー、卓球とかあったらしいけど今年も同じだろうね」
「なんか運動部有利だな」
「そういうもんだろ、体育祭って」
「まあ、そうか」
体育祭なんだから運動部が有利なのは当然だ。
「鹿沼さんは部活とか入らないの?」
「私はどちらかと言うとバイトとかしてみようかなって.......」
「バイトかー、良いじゃん。どこか働きたい場所とかあるの?」
「ううん、まだ探してすらいないんだけどね」
「あっ、そういえば未央のバイト先求人出してたよ。ほら、あのパフェのお店」
「えっ、本当? 私初めてだから知り合いがいると心強いなぁ」
「帰りに少し寄ってみてみようよ。窓に貼ってたと思うからさ」
「うん、行く行く」
「羽切も行くだろ?」
「ああ」
八木は鹿沼さんの発作を知ってもいつも通りの感じで安心した。
それにしても鹿沼さんがバイトかぁ。
しっかり者だし勤勉だから問題なく業務はこなすと思うけど、なんだか不安だ。
これが我が子を社会に送り出す親の感覚なのだろうか。
こんな事を感じるなんて少々俺も過保護すぎるな。
いやったああああああああああああああ!
100話超えるとページ移動しないといけないのだるいね。
投稿ペース遅くてごめんなさいいいいい!