2.呪われた子 龍花
わたし、ーー龍花は、数奇な運命を辿った女だった。
呪われた子。
周りの人たちが、わたしのことをそう呼んでいるのは知っていた。
原因のひとつは、見た目だ。
日本人形のように不気味な長い黒髪。狐のように吊り上がった目のせいで、きつそうに見える顔立ち。女性にしては低めのハスキーボイス。
いかにも暗そうな容姿は、人に不快感を与えるらしい。
当然だ。わたし自身も、自分のことがきらいでしかたがなかった。なにもかもが嫌だった。
そしてもうひとつは、家族の不審死だ。
祖父も、祖母も、父も、母も。
わたしがまだ子どものころにこの世を去っている。皆一様に事故で、死に顔は壮絶だったという。
しかも、わたしは家族のことを愛してなどいなかったから、だれの葬儀でも涙のひとしずくもこぼれることがなく、それがまた周囲からすると不気味に映ったらしい。
つねに自分を否定してくる相手を、怯えた顔で痛めつけてくる相手を、どうしたら愛することができるのだろう。
呪われた子という呼び名はあながち間違っていない。
家族がわたしに怯えているのは、ひとえに、この目に映るものが原因だったからだ。
幼いころから、人ならざるものが見えた。
それは黒いもやのようであったり、生身の人間とほとんど変わらぬ見た目であったり、明らかな異形であったり……。
目に映るものをそのまま言葉に乗せた。
家族はみな、私に怒鳴り、諭し、怯え……。だんだんとおかしくなっていった。
五歳をすぎたあたりからは、暗くなるまで家に帰らずに、家のすぐ裏手にある神社で過ごすようになった。
そこはとても空気が清浄で、それでいて人はほとんど来ずに、呼吸がしやすかった。
わたしにとっての聖域だった。
境内にある大木の、いちばん低い大枝がわたしの特等席だった。
ろくに食べさせて貰えず体力がなかったので、ひいひい言いながらなんとか登り切ると、妙な達成感があったものである。
そして、ごつごつした木の幹に抱きつくようにして、眼下に広がる世界を眺めていた。
「どうしたの?」
下から声をかけられる。
そこに立っているのは、白髪の少年だ。
この神社の中に住んでいるらしく、服も毎回まったく同じものを身に着けている。
不思議と清潔感はあるが、おそらく、彼もまたわたしのように厄介者として追いやられているのだろうと思っていた。
彼のことを私は「ルカ」と呼んでいた。
名乗りたくない事情があるらしい。
けれども名乗りたくない理由を詮索すると彼が来てくれなくなりそうな気がしたので、知らないまま、すでに数年が過ぎていた。
ちなみにルカというのは、わたしがなりたかった名前だ。
腰まで伸びた長い髪に、くりくりとした大きな目をしていたので、てっきり同性なのだと思い、そう名づけてしまった。
「龍花」なんていう強そうな名前よりも、ずっとかわいいから。漢字をあてるなら「瑠香」か「琉果」がいいな、なんて思っていた。
「今日は来るの遅かったね」
わたしがいうと、ルカはほんのりと顔を赤くして、うなずいた。
彼が表情を変えることはない。そのときも顔を赤らめているのではなくて、ルカのまっしろな頬を夕日が照らしていたのだ。
ルカは白くて細い腕からは意外なほどに、するすると木に登ってきた。
「怪我してるじゃない」
すりむいたのだろうか。彼の腕には血が滲んでいた。
わたしは、一旦木の枝から飛び降りた。じめじめしたところに生えているチドメグサをぷちりとちぎり、ぺろりと舐めて、葉を揉み、傷口に貼った。
大人になってから考えるとどうなのだろうという止血方法だけれど、まだ祖父が優しかったころに教えてくれたその知識を、ーーわたしは大事にしていたのだと思う。
そうしてわたしたちは、並んで世界を眺めていた。
木の向こう側には、住宅地の間にぽっかりとできた広い空き地が見える。一面にすすきや雑草が多い茂っていて、沈んでいく夕日が見えて。
わたしはいつも、その空き地を通ってここへ来ていた。
空き地の向こう側の家から、おいしそうな料理のにおいが風に乗って流れてくる。遠くの道路を、子どもの手を引くおかあさんが歩いていくのが見える。
そういうものを眺めていると、無性に涙が滲んでくる時期があった。
そのころは、わたしもまだ、家族とうまくやれるだろうと思っていたのだ。
けれども、そうではなかったし、家族は皆、死んだ。