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《完結》 霊 感 聖 女  作者: 三條 凛花
第1章 夢の章
5/22

4.これが、魔獣?

 夢を見ていた。その中で、あたしはやけにメルヘンな世界をぼんやりとあてもなく歩いていた。


 霧なのか、それとも低いところを流れる雲なのか。ふわふわとした白いものが煙り、目の前には空をそのまま沈めたような美しい湖。


 空を反射しているのに、なぜだか底の方までうっすらと透けて見える。その中を大きな魚たちの影がゆらめくのも不思議だ。一体、物理的にどうなってるんだ。


 けれどもそれは、まるで魚たちが空の中を泳いでいるようで、ひどく幻想的だった。



 湖の周りにはおもちゃのような街がある。


 家々は大きく、一軒一軒がアパートひとつ分くらいの大きさだ。特徴的なのは急勾配の三角屋根。雪深い地域なのだろうか。


 そして、街というには、家々が離れすぎている。

 あたしが立っているのはおそらく公園のような広場で、そこは美しく整備されていた。


 ーーけれども。


 思わずぶるりと震える。

 そこには、これまで日本のどんな場所でも見たことのないくらい、たくさんの霊がいた。


 はっきりと人の形を取っているものはおらず、すべてが黒い靄のような姿だ。

 街ゆく人々は、それを見て怯えて逃げていく。


 誰も彼もが恐れて駆け出していくのを見て、あたしは少し驚いた。視える人がこんなにいるなんて。





 けれどもそう思ったのも束の間で、彼らの言葉に疑問符が浮かぶのだ。


「魔獣だ……!」

「早く家の中へ」

「ーーむだだ、家に入ったところで……」


 まじゅう?



 そのときだった、後ろに誰かが立っていることに気がついて、はっと振り返る。


「魔獣? あれが……?」


 あたしが思ったのとまったく同じことを、その人は口にして、こてりと首をかしげた。


 年の頃は十四、五歳ほどだろうか。


 桃色の髪をした美しい少女だ。奇抜な色だが、不思議なことにかつらやウィッグの類には見えない。


 丸みを帯びた甘い顔立ちだった。

 アーモンド型の目は、空の上澄みのように青く、桃色の長いまつげに縁取られている。鼻の形は小さめだが、くちびるはぽってりと厚い。


 自分よりずっと年下の少女だというのに、ふと見とれてしまう。




「……っ!」


 少女がこめかみのあたりを押さえる。少し顔色が悪い。片目だけに涙が浮かぶ。


 あたしはどきりとした。浮かんだ涙を手の甲でそっと拭う仕草が、龍花にそっくりだったから。


「そうか、わたし……」


 少女はぽつりとそうこぼしたかと思うと、きゅっと眉を吊り上げ、そばにいたいかつい男性の手を振り払うように抜けて、こちらに駆けてきた。




 驚いて身をこわばらせていると、不思議なことが起こった。


 彼女と目が合うことはなく、ぱたぱたと走ってきた小柄な体は、あたしをするりと抜けたのだ。


「え、あたし、もしかして霊なの……?」


 あたしはあまりのショックに、その場に崩れ落ちた。少女は、あたしのすぐ前で立ち止まる。つられるようにそちらに目をやった。



 黒いものがうごめく。

 そして人々は、あいも変わらず悲鳴を上げて逃げている。


「うーん、小物ばかりだけど……」


 桃色髪の少女は顎に手を添えてふと考え込んだ。


 彼女がそばに来たあと、黒い靄だったものが少し鮮明になってきた。やはり人々が魔獣だと叫んでいるそれらは、どれも皆、人間だ。


 ただし、切り抜いた写真を空間に貼り付けたように、輪郭がぼやけている。そう、あれはやはり……。


「どうみても霊ですよね?」


 ふたたび彼女は、あたしの思考を口に出す。


「どれも悪質っぽいですし、とりあえず」


 彼女は準備運動だというように首を左右に傾け、ポキポキと鳴らした。ふわふわした髪がそれにつられて揺れ、甘い香りが漂ってくる。


「ーーっ、お嬢様!」


 後ろから我に返ったらしい男性が駆けてくる。

 その表情には怯えが滲んでおり、幼い少女を危険にさらしてはいけないという使命感とせめぎあっているのがありありと見て取れた。


「上げちゃいましょう!」


 少女はいい思いつきだというように手をぱちんと鳴らした。


 ぶわり。全身に鳥肌が立った。




 少女はそれから手を祈るように組んだ。ぶつぶつと小声で唱えるその文言には、たしかに聞き覚えがある。見た目も声もぜんぜん違う。年齢だって。


 でも、それは、懐かしい浄化の文言だった。


 あたしは這うようにして、彼女の顔を見ようと前に出る。桃髪の少女は、私に気づいていない。髪と同じ色のまつ毛がふるりと揺れた。


 そして、目がかっと見開かれた。金色に輝く瞳。

 瞬間、その手からぶわりと白い光が放たれて、辺りを徘徊していた"魔獣”たちは一瞬にして消滅したのだった。


「え……?」


 少女とあたしの言葉が重なった。


 そのとき、少女ははっとしたようにこちらを見た。そして、「佐保里……?」と目を見開いたのだった。






 それからもあたしは、たまにその世界を夢に見た。いや、たぶん、生霊となってその世界で飛んでいた。


 見たものをノンフィクションとしてそのまま書いているうちに、気づくと怪奇小説家からライトノベル作家へと転身していたのだった。


 タイトルは『霊感聖女』。





--夢の章・完--

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