終章 半分だけ召喚
「わたしに視えてた寿命、合っていたのかも」
さらさらと風の渡る庭園で、龍花はこちらを見ずに言った。
「114歳まで生きるってやつ?」
「うん。あっちでは28で死んだけど、ここで86まで生きたら、トータル114歳にならない?」
そう言ってふわりと笑う龍花を見ていたら、胸が締め付けられた。
長いこと友だちをやってきたけど、こんなふうにリラックスして笑う龍花を、あたしは見たことがない。あたしでは引き出せなかった表情だ。
あたしこそが龍花を、最強霊能者・白雪龍花というアバターにしてしまったのではないかと、後悔すら滲んでいる。
王宮での除霊騒動から5年が経った。
その間に、龍花の元使い魔だったという第二王子ルカが魔道具をつくった。あちらとこちらで意思疎通ができるもの。あたしが望んだタイミングで行き来できるもの。
長いようであっという間だった。
二人は当然のように結婚し、ルカは公爵として王都の外れの、ちょうどいい場所に領地をたまわった。そして龍花は、ふっくらしたお腹を愛おしそうに撫でている。
「この子の名前、視えるの」
「まじかー」
「うん。この子はオリザ。オリザなのよ」
それは龍花の親代わりだった女性の名前で。あたしはメモ帳を取り出して『90歳の私、異世界に転生したチート霊能者の娘になりました!?』とメモを取った。
「ちょっと」
龍花は腰に手を当てて怒っている。あたしより身長が小さくなってしまったな、と、もう何度目かの思考を巡らせた。
「ってか、オリザさんが転生するなら師匠まで来たりしないよね? あの人の執念はただならぬものがあったよ。魔王とかに転生してさあ」
「沙保里」
龍花がぴしゃりと言った。やばい。地雷、踏んだ。
「わたしのことはなんでも物語にしてくれていい。でも、オリザはだめ。オリザが大きくなって、本人に了承を取ってからにして?」
「半分だけ召喚。あの古文書の意味を、俺なりに推測した」
龍花が呼ばれて席を立つと、すっとルカがやってきた。
「あたしも。答え合わせしよーよ」
「ああ。……召喚されたのは龍花の魂だけだったんじゃないかと」
「お。あたしも、同じ。身体をあっちに残してね。だから病気も外傷もないのに龍花は……。それから、"上がって"転生したっていうのがあたしの持論」
ルカは神妙な顔で頷いている。
「滅ぼしたいが、過去には行けない」
さらりと物騒なことを口にするルカに、そうだ、この人は元邪神なのだ思い当たる。あたしは口をつぐんだ。
あれからもいくつもの怪異に襲われた。
現代日本で倒したはずの悪婁が魔物として転移していたり、最恐怨霊といわれる崇徳上皇まで転生していた。
龍花の使い魔たちも、呼び寄せた。
あたしの日常は、どんどん怪異どころかファンタジーになっていく。日本に戻ったときのギャップがすごすぎて、たまにおかしくなりそうになる。
でもあたしは、命ある限りずっと、龍花のことを書き続けようと決めているのだ。
龍花は、憧れていた可憐な姿になり、たくさんの人に愛されながら暮らしている。その姿を見つめていたらふと、涙が落ちていた。泣いているつもりなんて、なかったのに。
戻ってきた龍花が、驚いてハンカチを差し出す。背伸びしてあたしの涙をぬぐう。
春の日差しが、あたしたちを見守るように照らしていた。
──霊感聖女・完──




